88度目の忘却のあとに

88度目の忘却のあとに

渡り雨 · 完結 · 21.0k 文字

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紹介

これが最も一般的で、日本の読者が自然に受け入れやすい翻訳です。

養妹に腎臓を一つ提供した。

七日目、冷たいベッドの上で横になっていると、廊下の向こうから婚約者と家族の笑い声が聞こえてきた。

養妹の退院を祝って、シャンパンを開けているのだ。

私が手術を終えたばかりだということは、誰も覚えていない。私がナッツアレルギーだということも、もちろん誰も。

アーモンドの皿が目の前に差し出された時、私は笑った。

一つかみ、また一つかみと口に詰め込み、飲み込んでいく。そして、もう二度と何も争わないと、彼らに告げた。

婚約者からは結婚式の延期を求められ、兄には殴られ、屋上に閉じ込められて死ぬのを待つだけだった。

八十八回も見捨てられて、私はようやく自分を愛する方法を学んだ。私を裏切ったすべての人間に、私の人生から消えてもらうのだ。

チャプター 1

 妹に、私の腎臓を一つくれた。

 術後七日目。ひんやりと冷たい病室のベッドに横たわりながら、廊下の向こうから響く婚約者と家族の笑い声を聞いていた。

 彼らは、妹の退院祝いにシャンパンを開けているのだ。

 誰も……私がつい先日メスを入れたことなど覚えていない。ましてや、私が重度のナッツアレルギー持ちであることなど、誰の記憶にもない。

 目の前に差し出されたアーモンドの皿を見て、私は笑った。

 鷲掴みにして、口に詰め込む。飲み込む。そして彼らに告げた。もう二度と、争ったりしないと。

 婚約者は結婚式の延期を求め、兄は私を殴りつけ、屋上の手すりに縛りつけて「死ね」と罵った。八十八回目にして最後の裏切り。私はようやく、自分自身を愛する方法を知った。私を蔑ろにする人間すべてを、私の人生から追い出す方法を。

***

 病室で天井の亀裂を数える日々。今日で七日目だ。

 呼吸をするたび、左の脇腹が引きつる。そこにはもう、あるはずの臓器がない。

 朝の回診に来た看護師が、包帯を替えながら言い淀んだ。

「星野さん、ご家族の方は……」

「薬だけで結構です」

 私は彼女の言葉を遮った。

 廊下から、聞き慣れた喧騒が近づいてくる。友里子の銀鈴のような笑い声。母の「すごいわ、私の宝物」という大袈裟な称賛。父がシャンパンのコルクを抜く軽快な音。

 私は点滴のラインを引き抜いた。針孔からじわりと血の玉が滲む。壁に手をついて歩き出す。その一歩一歩が、自身の砕け散ったキャリアを踏みしめるようだった。プロテニスプレーヤー、星野夏美。この手術でもう二度と、ラケットを振ることはできないかもしれない。

 病室のドアを押し開けた瞬間、クラッカーが弾けた。

 全員の動きが、凍りついたように止まる。

 婚約者の有友。彼は友里子のベッドの縁に腰掛け、その指先は彼女の髪に触れたままだった。あまりにも親密すぎる距離感。

「夏美?」

 有友が真っ先に立ち上がり、早足で駆け寄って私の体を支えようとする。

「どうしてベッドから出たんだ? 医者から絶対安静と言われてるだろう。傷が開いたらどうする」

 私はその手を振り払った。

「あとで顔を出すつもりだったのよ」

 母の静留がケーキを置き、不自然な声で言った。私の目を見ようともしない。

「今日は友里子の退院日だから、ささやかなお祝いをしてただけ。あなたを起こしたくなくて」

 父の謙一郎はようやく私を一瞥すると、有友にだけ言葉をかけた。

「部屋へ連れて行け。風邪でも引いたらどうする。ここは人が多くて空気が悪い」

「平気よ」

 私の声は、死水のように凪いでいた。

 母はふと思い出したように、サイドテーブルのナッツの盛り合わせを差し出してきた。

「お腹空いた? 少し食べなさい。手術の後は体力が落ちるんだから」

 アーモンド、胡桃、カシューナッツ。友里子の好物だから、実家には常に常備されている。

 幼い頃、アーモンドクッキーを誤食して救急搬送されたことがある。カルテの一枚目には赤字で『堅果類アレルギー・クラス3』と記載されているはずだ。あの日も友里子は入院していた。ただの捻挫で。両親はずっと彼女の病室に付きっ切りで、看護師が「もう一人の星野様の同意書にサインを」と呼びに来るまで、私は放置されていた。

「いらない」

「夏美、いい加減にしろよ」

 兄の桐友が、手にしたまま結んでいない風船を床に叩きつけた。

「誰に向かってそんな顔をしてるんだ? 俺たちがお前の所に行かなかったのは、お前のためを思ってのことだぞ! 腎臓を提供したばかりなんだ、安静が必要だろうが。俺たちが押しかけて騒いだら迷惑だろう? 少しは気を使えよ」

 私はナッツの皿をじっと見つめた。

 そうか、彼らは私が腎臓を提供したばかりだということは覚えているのだ。ただ、来ないことを選んだだけ。この七日間、有友からのLINEは「明日行くよ」で止まり、母は「スープを作ったから持っていくわ」と言い、父は「退院の時は迎えに行く」と約束した。すべて、空虚な嘘だった。

 私はアーモンドを鷲掴みにし、口の中に押し込んだ。

 咀嚼し、飲み込むと喉の奥がチリチリと痒くなり始める。まるで無数の棘が這い回っているようだ。

「夏美、何してるんだ?!」

 有友が皿を奪おうとするが、私は体をひねって避けた。

 さらに胡桃を掴む。口へ。奥歯で強く噛み砕く。ナッツではない、別の何かを噛み砕くように。

 最後の一口を飲み下し、パンパンと手を払う。

「堅果類アレルギー。カルテの一枚目に書いてある。でも、構わないわ」

 見開かれた母の目を見据える。

「どうせあなたたちは、一度だって覚えていたことなんてないんだから」

 母の顔色が瞬時に白紙のように変わった。

「アレルギー……どうして言わなかったの?! 誰が食べるように言ったのよ!」

 父の眉間に深い皺が刻まれる。

「わざとか? 友里子が退院した今日という日に、どうしても泥を塗りたいのか? 昔からそうだ、お前は。そうやっていつも気を引こうとする」

 腎臓を失って空いた胸の空洞が、今、別の何かで満たされていくのを感じた。冷たく、硬質で、血管を伝って四肢へと広がっていく何か。

「以前なら」

 自分の声が奇妙なほど落ち着いて聞こえる。

「私は泣いて、喚いて、どうして友里子の好きなものしか覚えていないのかと問いただしていたでしょうね」

 有友が私の腕に触れようとしたが、私は一歩後ずさった。

「十七歳の時のアナフィラキシーショック。蘇生に三時間かかった」

 私は父を見て続けた。

「あなたたちは救急処置室の外で、『明日の友里子の試合に影響が出たらどうしよう』と話していたわね」

 母が口をパクパクとさせたが、声は出なかった。

「でも、もういいの」

 私は彼らを見回した。

「私は今後一切、友里子とは争わないから」

 病室に死ごとき沈黙が落ちた。

 キラキラした紙吹雪が、ゆっくりと床に漂着する。シャンパンの泡がグラスの底で弾けて消える。

 友里子でさえ、得意の無垢な演技を忘れて私を見つめていた。

 全員が私を見つめている。まるで、見知らぬ他人を見るような目で。

 あるいは、初めて「私」という人間を見たかのように。

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