婚約者を間違った後

婚約者を間違った後

渡り雨 · 完結 · 19.4k 文字

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紹介

佐藤宗樹は、田舎からやって来た婚約者の私が気に入らない。

私の方から婚約破棄を申し出させるため、学校の貧乏な生徒を自分の身代わりとして仕立て上げた。

しかし、いざ私本人と顔を合わせると、彼は一目で私に恋に落ちてしまう。

そして彼が本当の身分を明かそうとした、まさにその時——
私は、貧しい家育ちの“婚約者”と、キスを交わしていた。

チャプター 1

 六歳の時、私には婚約者が決められた。

 高校二年生になった頃、父は私を東京の学校へ進学させた。良い大学に合格するため、そして婚約者と前もって交流を深めるためだ。

 新幹線を降り、スーツケースを引きずって改札を出たものの、迎えに来るはずの佐藤家の姿はどこにも見当たらなかった。

 少し腹が立ったが、学校で痩身の中村正樹が、洗いざらしで白っぽくなった制服を着ているのを見た時、その怒りはどういうわけかすっかり消え失せてしまった。

 スーツケースを手に学校へ向かう道すがら、私は佐藤宗樹の写真を取り出した。

 写真の中の少年は、仕立ての良い高級な制服をきちんと着こなし、眉目秀麗で、気品に満ちていた。

「君、新しく来た転校生だよね?」

 制服を着た男子生徒が私の前に立ち止まった。

「俺は近藤浩二。この学校の生徒だよ」

「こんにちは、私は櫻井智香子です。静岡から転校してきました」

 私は彼に笑顔で挨拶し、「この人、知っていますか?」と尋ねた。

 私は写真を指差した。

 浩二は写真を見ると、驚いて目を見開いた。

「これ、佐藤宗樹じゃないか。君、彼と知り合いなの?」

「ええ、まあ」私は言葉を濁した。

「でも、彼は今、中村正樹って名前に変わったんだ」

 男子生徒は声を潜めた。

「知ってる? 佐藤家は二年前に倒産したんだよ。借金取りから逃げるために名前を変えて、今じゃ佐藤宗樹は学校で奨学金を申請しなきゃいけないし、放課後は上野の古い商店街でバイトしてるんだ」

 私は驚いて彼を見つめた。

「本当ですか?」

「本当だよ」

 男子生徒は頷いた。

「でも、俺が言ったってことは誰にも言わないでくれよ」

「言いません。教えてくれてありがとう」

 教室は新学期の喧騒に満ちていたが、私の視線はすぐに窓際のひとつの影に引きつけられた。

 陽光が彼の横顔を斜めに照らし、くっきりとした輪郭を描き出す。

 写真の中の意気軒昂とした少年と比べ、目の前にいる古い制服を着たこの男子生徒は、ひどく寂寥として見えた。

 中村正樹、彼だ。

「櫻井さん、あの空いている席に座って。中村くんの隣ね」

 担任の先生が窓際の空席を指差して言った。

 授業が始まる前、担任は来週、美術館へ校外学習に行くこと、そして一人三千円の活動費を集めることを告げた。

「櫻井さんは来たばかりだから、ちょうどいい機会だし皆と親しくなって。自分の列の費用を集めてくれるかな」

 先生は微笑みながら言った。

 クラスメイトたちは手早く用意していた封筒や真新しい紙幣を渡していく。

 中村正樹の番になると、彼は一瞬躊躇してから、使い古された財布の中から苦労して小銭の山を数え始めた。中には一円玉さえ混じっている。

 彼の手指は少し荒れており、指先には明らかに労働の痕跡があった。

 小銭を数えている時、彼の制服の袖口が擦り切れていて、手首が骨ばって見えるほど痩せていることに気がついた。

「うわ、噂の中村正樹がまさかの小銭集めかよ。さすがは『お金持ち』様だな!」

 教室の後ろの方からわざとらしい嘲笑が響き、周りからどっと笑いが起こった。

 中村正樹の顔が青ざめたが、それでも彼は一言も発さずに小銭を数え続け、結局五百円足りなかった。

「残りは明日必ずお持ちします」

 彼は抑えた羞恥と諦めを滲ませた声で、先生に低く告げた。

 終業のチャイムが鳴り響くと、私は彼の方を向いた。

「こんにちは、櫻井智香子です。覚えてる?」

 彼が顔を上げると、私は初めて彼の瞳をはっきりと見た。きらめく黒曜石のようで、睫毛は黒く長く、写真で見るよりもずっと綺麗だった。

「六歳の時に会ったの。私が鯉に餌をあげようって連れて行ったら、あなたが池に落ちちゃったのよ」

 私は笑いながら思い出す。

「あなたの婚約者よ。覚えてるでしょ? 私たち、小さい頃に婚約したんだから」

 彼は水を飲んでいたが、その言葉を聞いて激しくむせ込み、顔を真っ赤に染めて、ひどく狼狽えた。

 気まずい雰囲気になったのを見て、私は仕切り直すことにした。

「ごめんなさい、唐突すぎましたね。私は櫻井智香子、静岡県から転校してきました。よろしくね。そうだ、放課後、学校を案内してもらえませんか?」

「時間がない。放課後はバイトだから」

 彼の声は低く、どこか突き放すような響きがあった。彼は素早く鞄をまとめると、ほとんど逃げるように教室を後にしてしまった。

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