私の心臓が止まるまで

私の心臓が止まるまで

間地出草 · 完結 · 24.4k 文字

868
トレンド
1.1k
閲覧数
0
追加済み
本棚に追加
読み始める
共有:facebooktwitterpinterestwhatsappreddit

紹介

紅林恵美(くればやし えみ)は、花咲堂(はなさきどう)の作業台でカーネーションを生けていた。
突然、胸に重い衝撃が走り、息が詰まる。まるで胸を槌で打たれたような痛み。恵美は作業台を掴み、立っていようとするが、足が力を失っていく。

子どもの頃から動悸はあったが、こんな感覚は初めてだった。
「恵美!」花咲堂の店主・春野美智子(はるの みちこ)の声が遠く、水の中から聞こえるようだ。「どうしたの?」
答えようとしても息ができない。視界が傾き、気づけば床に倒れていた。

春野は慌てて電話を取り、「田嶋隆志(たじま たかし)先生に連絡するわ」と言う。
桜丘総合病院(さくらがおか そうごうびょういん)への搬送は、心配そうな声と絶え間ない痛みの中で過ぎていった。田嶋先生は恵美を一目見るなり、表情を変える。

「紅林さん、すぐに総合病院へ行ってください。命に関わるかもしれません。」

チャプター 1

 キッチンテーブルの上に置かれた処方薬の瓶は、まるで小さな白い爆弾のようだ。

 心疾患治療薬。0.25mg。不整脈のため、一日一回服用。

 新が金物屋のバイトから帰ってくる前に、それをハンドバッグに押し込む。これを見られるわけにはいかない。まだだめ。もしかしたら、永遠に。

 携帯が震え、春野さんからのメッセージが届く。『週末は休んでちょうだい。働きすぎよ』

 仕事こそが今、私の正気を保ってくれている唯一のものだと、彼女が知っていたらどんなによかっただろう。新鮮な花の香り、花束を整える単純な作業、記念日や誕生日を語ってくれる笑顔の客たち。ありふれたこと。美しいこと。

 私がもう長くは見られないものたち。

 新のトラックが私道に入ってくる音がする。ポーチを上がる素早い足音。私は料理本を掴むと、適当なページを開き、何気ないふりをしようと努めた。

「ただいま」彼はそう言って、ドアのそばに道具ベルトを置く。仕事で髪は埃っぽく、指の関節には小さな切り傷がある。十八歳にして、彼はもう光の身長を追い越してしまったけれど、シンクで手を洗うその手つきは、まだ優しい。

「仕事どうだった?」私は料理本から目を上げずに尋ねた。

「別に。また松井のじいさんがホースのこと聞きに来たよ。今週三回目」彼は冷蔵庫から水のボトルを取り出す。「大丈夫? 疲れてるみたいだけど」

 私は無理に笑顔を作る。「ちょっとビタミン剤を買いに行かないと。鉄分のサプリ。田嶋先生に、少し貧血気味かもしれないって言われたの」

 嘘が口の中で苦い味を帯びる。

 新は眉をひそめる。「貧血? いつから?」

「どうやら、昔からずっとみたい。だから最近疲れてたのね」私は料理本を閉じる。「大したことじゃない。ただ、もっと自分の体に気をつけなさいってこと」

 彼はしばらく私の顔をじっと見ていた。十八歳にしては鋭すぎる、あの青い瞳で。だが、やがて頷いた。「薬局まで車で行く?」

「ううん、歩きたいから。新鮮な空気が吸いたいし」

 また嘘を重ねる。

 本当は、宮本麗子と話しているところを新に見られたくなかった。まだ。

 金曜の午後、メインストリートは静かだ。薬局は森本の金物屋と古い床屋の間にあり、その緑の日よけは長年の陽射しで色褪せている。ドアを押し開けると、小さなベルがチリンと鳴った。

 カウンターの向こうから麗子が顔を上げる。一瞬だけ、彼女の仕事用の仮面が滑り落ち、安堵にも似た何かが表情に浮かぶのが見えた。そして、それはすぐに消えた。

「こんにちは」彼女は感情のない声で言った。

「こんにちは」私はハンドバッグから処方箋を掘り出す。「これをお願いします」

 彼女は紙を受け取る。指が私の手に触れないよう、慎重に。その目が処方箋に走り、彼女の表情が変わるのを私は見ていた。目元がわずかに引き締まる。唇が真一文字に結ばれる。

 彼女はこの薬が何のためのものか知っている。

「在庫を確認してきます」彼女は静かに言った。

 彼女が奥の部屋に消える間、私はビタミン剤の棚のそばでラベルを読んでいるふりをしながら待った。薬局は消毒液と古い紙の匂いがする。いつも春の雨と可能性の香りがする花屋とは、まるで違う。

 私が十二歳の頃、麗子、母の香水はバニラと煙草の匂いがした。母が出て行った朝、その匂いが私の服にまとわりついていたのを覚えている。

 麗子が小さな白い袋を持って戻ってきた。「二万円になります」

 私は瞬きする。「二万? 保険でほとんどカバーされると思っていたんですけど」

「保険会社が補償内容を変更したんです。この薬は自己負担の割合が高くて」彼女は、私と真っ直ぐに視線を合わせようとしなかった。

 二万円。花屋で一週間に稼ぐ半分だ。

「ジェネリック…とか、もっと安いのはないんでしょうか?」

「これがジェネリックです」麗子の声がわずかに和らぐ。「ブランド品なら四万円になります」

 私は袋を見つめる。そんな余裕はない。新の大学の資金に回すべきお金だ。

「私には――」と言いかけた時だった。

「待って」麗子はコンピューターに何かを打ち込む。「忘れていました。製薬会社の割引プログラムがあります。十分な保険適用がない患者さん向けの」彼女の指がキーボードの上を動く。「これで八千五百円になります」

 そんな割引プログラムなどないことは分かっている。

 私が知っていることを、彼女も知っている。

 でも、私たちは二人とも、これがごく普通の商取引であるかのように振る舞う。

「ありがとう」私はそう言って、財布からしわくちゃの紙幣を取り出した。

 彼女にお金を渡す時、ほんの一瞬、指先が触れ合った。彼女の肌は温かく、指の関節には私と同じ傷跡があった。私が八歳の時、二人で同じオーブンで火傷をした時の傷だ。

 彼女もあの日を覚えている。その目にそう書いてあった。

「指示通りに服用してください」彼女は慎重に、プロらしい声で言った。「それから、もし異常な症状が出たら、すぐに主治医に連絡を」

 彼女が本当に言いたいのは、『どうか体を大切にして』ということ。

 私が聞き取ったのは、『立場は変わっても、今でもあなたのことを心配している』ということ。

「そうする」と私は約束する。

 私が本当に言いたいのは、『まだ私を愛してくれてありがとう』ということ。

 彼女が聞き取ったのは、『あなたが出て行ったことを許すわ』ということ。

 私は背を向けて立ち去ろうとしたが、ドアのところで振り返った。麗子が窓越しに私を見ている。ガラスに手を押し当てて。一瞬、彼女は十二年前とまったく同じに見えた。私が初めて光のトラックに乗り込んだ時、うちのキッチンの窓辺に立っていた彼女と。

 あの時も、彼女は泣いていた。

 家までの道のりは十五分だが、私はゆっくりと歩いて二十五分かけた。考える時間が必要だった。新に見せるための顔を準備する時間が。普通を演じる練習をする時間が。

 ハンドバッグの中の薬の袋が重く感じる。あるべき重さ以上に。

 一錠一錠が、残された時間の貴重さを物語っている。新と過ごせる一日が減る。私が計画していた未来から、一日遠ざかる。

 光はよく、明日とは希望の別名だと言っていた。でも光は、処方薬の瓶で自分の明日を数える必要なんてなかった。

 角を曲がって我が家の通りに入ると、正面の窓からキッチンの温かい光が漏れているのが見えた。新のシルエットが中で動き回り、何か料理の匂いがする。

 温かい野菜スープと、安らぎの匂いがする何か。

 我が家のような。

 私は深呼吸をして、玄関のドアを開ける前にもう一度笑顔の練習をした。

「新?」私は呼びかける。「ただいま」

「こっちだよ」キッチンから彼の声がする。「夕飯作ったんだ」

 キッチンに入った私は、はっと息をのんで立ち止まった。

 コンロの上には温かいスープの鍋があり、湯気が立ち上っている。私が病気の時に、光が作ってくれたのと同じレシピ。彼が亡くなって以来、私が作る気になれなかった、あのレシピ。

 新はカウンターに立ち、二つのボウルにスープを注いでいる。その動きは慎重で、丁寧だ。何かを寸分たがわず再現しようとしているかのように。

「どこでこれの作り方を習ったの?」私は思ったよりもか細い声で尋ねた。

 彼は答える時、私の方を見なかった。「光兄さんが教えてくれたんだ。火事の前。恵美姉さんの一番好きなものだって言ってた」

 薬の袋が私の手から滑り落ち、床に当たった。

 新がようやく顔を上げる。その額には心配そうな皺が寄っていた。「姉さん? 大丈夫?」

最新チャプター

おすすめ 😍

不倫夫を捨て、私は大富豪の妻になる

不倫夫を捨て、私は大富豪の妻になる

91.7k 閲覧数 · 連載中 · 七海
人生最良の日になるはずだった、結婚式当日。
新郎の車から出てきたのは、見知らぬ女の派手なレースの下着だった。

しかも、その布切れにはまだ。生々しい情事の痕跡が残されていた。

吐き気がするほどの裏切り。
幸せの絶頂から地獄へと突き落とされた私。

けれど、泣き寝入りなんてしてやらない。
私はその場でウェディングドレスの裾を翻し、決意した。

「こんな汚らわしい男は捨ててやる」

私が選んだ次の相手は、彼など足元にも及ばない世界的な億万長者で?
離婚後、奥さんのマスクが外れた

離婚後、奥さんのマスクが外れた

285.8k 閲覧数 · 連載中 · 来世こそは猫
結婚して2年後、佐藤悟は突然離婚を申し立てた。
彼は言った。「彼女が戻ってきた。離婚しよう。君が欲しいものは何でもあげる。」
結婚して2年後、彼女はもはや彼が自分を愛していない現実を無視できなくなり、過去の関係が感情的な苦痛を引き起こすと、現在の関係に影響を与えることが明らかになった。

山本希は口論を避け、このカップルを祝福することを選び、自分の条件を提示した。
「あなたの最も高価な限定版スポーツカーが欲しい。」
「いいよ。」
「郊外の別荘も。」
「わかった。」
「結婚してからの2年間に得た数十億ドルを分け合うこと。」
「?」
跡継ぎゼロの冷酷社長に一夜で双子を授けてしまいました

跡継ぎゼロの冷酷社長に一夜で双子を授けてしまいました

98.7k 閲覧数 · 連載中 · 風見リン
結婚三年目、浅見紗雪は名門の偽令嬢だったことが発覚した。

姑は彼女に離婚を迫り、婚約を真の令嬢に返すよう要求した。

浅見紗雪は不安を抱えながら夫に尋ねた。

しかし彼は冷淡な表情で言った。

「俺が誰と結婚しようと、どうでもいい」

彼女は心が冷え切り、離婚協議書にサインした。

一週間後、十数機のヘリコプターが浅見紗雪の前に着陸し、そこから三人の財閥御曹司が降りてきた。

彼らは興奮した面持ちで言った。

「妹よ、二十年間、ようやく君を見つけることができた!」
逃げる秘書の資産は三千億!?急げ、社長!

逃げる秘書の資産は三千億!?急げ、社長!

73k 閲覧数 · 連載中 · 神楽坂奏
十年前、中林真由の母親が腎臓移植を必要としたが、家には手術費を工面する金がなく、挙句の果てに家まで叔父一家に乗っ取られた。
少しでも多くのお金を稼ぐため、彼女は高級クラブでウェイトレスとして働き始めた。
女があまりに美しく、誰も守ってくれる者がいない時、その美しさは原罪となる。
初出勤の日、彼女は危うく猥褻行為の被害に遭いかけた。
男たちが彼女を取り囲み、卑猥な視線をその身に注ぐ。
クラブの金持ちたちは、彼女のような世間知らずの子羊を見つけ出すのが実にうまかった。
彼女が最も惨めなその時、今野敦史が現れた。
この十年、彼女はずっと今野敦史の傍にいた。
友人たちも、家族も、皆が今野敦史を知っていて、二人が付き合っていると思い込んでいる。
でも、今まで彼の周りには女が絶えなかったじゃない。それが今、「ついに運命の相手を見つけた」なんて言ってるの。
今、ようやく彼から離れる機会を得たというのに、どうして手放せようか。
死んだはずの妻が、自分と「瓜二つ」の双子を連れて帰ってきた

死んだはずの妻が、自分と「瓜二つ」の双子を連れて帰ってきた

58.6k 閲覧数 · 連載中 · 白石
5年前、身に覚えのない罪で投獄され、身重の体で捨てられた私。
異国の地で必死に生き抜き、女手一つで双子の息子を育て上げた。

平穏を求めて帰国した私だったが、運命は残酷だ。
かつて私を捨てた元夫・ベンジャミンに見つかってしまったのだ。

「その子供たち……俺にそっくりじゃないか」

彼の目の前にいるのは、彼を縮小したかのような「生き写し」の双子。
ベンジャミンは驚愕し、私たちを引き留めようとする。
しかし、息子たちは冷酷な父親を敵視し、断固として拒絶するのだった。

「僕たちを捨てた男なんて、父親じゃない!」

やがて明らかになる、あの日の「火事」の真相と、悪女オリビアの卑劣な罠。
すべての誤解が解けた時、彼が差し出す愛を、私は受け入れることができるのか?

憎しみと、消え残る愛の間で揺れる、会と許しの物語。
社長、見て!あの子供たち、あなたにそっくりです!

社長、見て!あの子供たち、あなたにそっくりです!

81.3k 閲覧数 · 連載中 · 風見リン
結婚三周年――
中川希は期待に胸を膨らませて、高原賢治に妊娠の報告をした。
しかし返ってきたのは――十億円の小切手、一言「子供を中絶しろ」、そして離婚契約書だった。
子供を守るため、彼女は逃げた。
――五年後。
双子の愛らしい子供を連れて帰ってきた彼女は、医学界で誰もが憧れる名医となっていた。
追い求める男は数知れず。
その時、高原賢治は後悔し、全世界に向けて謝罪のライブ配信中。
中川希は冷ややかに見下ろす。
「離婚して、子供もいらないって言ったんじゃないの?」
彼は卑屈に頼み込む。
「希、復縁して、子供を――」
「夢でも見てなさい。」
「希、子供たちは父親が必要だ。」
双子は両手を腰に当て、声をそろえて言う。
「私たち、ママをいじめるパパなんていらない!」
部屋から布団も荷物も投げ出され、大人しく立つことすらできない高原賢治に、希は言い放つ。
「目を見開いて、よく見なさい。結局誰が誰をいじめてるのか――!」
不倫修羅場の翌日、財閥の御曹司とスピード婚!?

不倫修羅場の翌日、財閥の御曹司とスピード婚!?

106.3k 閲覧数 · 連載中 · 朝霧祈
田中唯はドアの外に立ち、部屋の中から聞こえてくる淫らな声に、怒りで全身をわなわなと震わせていた!
ここは彼女の新居。彼女と高橋雄大の新居になるはずの場所だ。
部屋の中にある調度品は一つ一つ彼女が心を込めて選び抜き、その配置も隅々まで熟考を重ねて決めたものだった。
中にある新婚用のベッドは、昨日届いたばかり。
明日は、二人の結婚式だ。
それなのに今日、彼女の婚約者はその新婚用のベッドの上で、別の女と情熱的に絡み合っている!
「俺と結婚しろ」
背後の男が突然口を開き、驚くべきことを言った!
「俺の姓は鈴木。鈴木晶だ」男は自己紹介を終えると、言った。「明日の結婚式、俺と高橋雄大、どっちを選ぶ?」
田中唯は心の中で、どちらも選びたくないと叫んだ。
だが、それは不可能だと分かっている。
明日の結婚式は予定通り行わなければならない。キャンセルすれば祖母が心配する。自分にわがままを言う資格はない。
「あなたを選びます」
冷酷社長の愛の追跡、元妻の君は高嶺の花

冷酷社長の愛の追跡、元妻の君は高嶺の花

80.2k 閲覧数 · 連載中 · 午前零時
「離婚しましょう」——夫が他の女性と恋に落ち、私にそう告げた日。
私は静かに頷いた。

離婚は簡単だった。でも、やり直すことはそう簡単にはいかない。

離婚後、元夫は衝撃の事実を知る。私が実は大富豪の令嬢だったという真実を。
途端に態度を豹変させ、再婚を懇願して土下座までする元夫。

私の返事はたった一言。
「消えろ」
天使な双子の恋のキューピッド

天使な双子の恋のキューピッド

86.7k 閲覧数 · 連載中 · 鯨井
妊娠中の私を裏切った夫。不倫相手の策略に陥れられ、夫からの信頼も失い、耐え難い屈辱を味わった日々...。

しかし、私は決して諦めなかった。離婚を決意し、シングルマザーとして懸命に子育てをしながら、自分の道を切り開いていった。そして今や、誰もが認める成功者となった。

そんな時、かつての夫が後悔の涙とともに現れ、復縁を懇願してきた。

私の答えはただ一言。
「消えなさい」
離婚と妊娠~追憶のシグナル~

離婚と妊娠~追憶のシグナル~

71k 閲覧数 · 連載中 · 月見光
離婚して、すべて終わると思った。
伊井瀬奈は新生活を歩み始める决心を固めていた。
しかし、その時、訪れたのは予期せぬ妊娠——それも、最悪のタイミングでの激しいつわり。
瀬奈は必死に吐き気をこらえるが、限界を迎え……。
「お前……まさか……」
冷酷無比な元夫・黒川颯の鋭い目が、瀬奈のお腹へと向けられる。
あの日から、運命は、もう一度動き出していた。
跡継ぎ問題に悩む御曹司様、私がお世継ぎを産んで差し上げます~十代続いた一人っ子家系に、まさかの四つ子が大誕生!~

跡継ぎ問題に悩む御曹司様、私がお世継ぎを産んで差し上げます~十代続いた一人っ子家系に、まさかの四つ子が大誕生!~

90.7k 閲覧数 · 連載中 · 蜜柑
六年前、藤堂光瑠は身覚えのない一夜を過ごした。夫の薄井宴は「貞操観念が足りない」と激怒し、離婚届を突きつけて家から追い出した。
それから六年後——光瑠が子どもたちを連れて帰ってきた。その中に、幼い頃の自分にそっくりの少年の顔を見た瞬間、宴はすべてを悟る。あの夜の“よこしまな男”は、まさに自分自身だったのだ!
後悔と狂喜に押し流され、クールだった社長の仮面は剥がれ落ちた。今や彼は妻の元へ戻るため、ストーカーのようにまとわりつき、「今夜こそは……」とベッドの隙間をうかがう毎日。
しかし、彼女が他人と再婚すると知った時、宴の我慢は限界を超えた。式場に殴り込み、ガシャーン!と宴の席をめちゃくちゃに破壊し、宴の手を握りしめて歯ぎしりしながら咆哮する。「おい、俺という夫が、まだ生きているっていうのに……!」
周りの人々は仰天、「ええっ?!あの薄井さんが!?」
愛した令嬢は、もう他の男のものです

愛した令嬢は、もう他の男のものです

42.5k 閲覧数 · 連載中 · 塩昆布
彼の“日陰の恋人”として過ごした五年。
優しく、聞き分けの良い女でいれば、いつか彼の心を手に入れられると信じていた。

しかし、神様は残酷な悪戯を仕掛けた。
私に下された診断は、心不全。そして、余命数ヶ月という非情な宣告だった。

やがて、彼の“本命”が帰国する。
そして、私はあっけなく捨てられた。

騒ぎ立てることもなく、私は静かに彼の前から姿を消した。
彼から一銭たりとも、受け取らずに……。