紹介
声優アワードで大賞を受賞した日、司会者から、私がかつて手掛けたアニメ主題歌『祈り』は、愛する人の名から取ったのかと問われた。
私は首を横に振って否定した。
しかし、ステージ下の荒木祈は、その瞬間、ひどく動揺していた。
後日、彼は苦しげに私に尋ねた。「君は昔、俺を愛していたのか、いなかったのか?」
私は少し考えて、こう答えた。「もう、過去のことです」
チャプター 1
「『幻境』のゲーム、主役のキャスティング契約が打ち切られました。先方はまた江戸未来に差し替えたそうです」
車窓の外で東京の夜、ネオンが雨に揺れる。佐藤理沙の声は、いつもより掠れて聞こえた。私は彼女がハンドルを握る指に目をやる。強く握りしめているせいで、指の関節が白くなっていた。
「慣れました」
私は静かに答え、視線を再び窓の外に戻した。
これが初めてではない。『光の彼方』のヒロイン役、声優としての広告契約、そして今度は『幻境』のゲーム音声収録の仕事。
江戸未来は一陣の風のように、私の手からすべてを奪い去っていく。
佐藤理沙が煙草に火をつけた。今日これで三本目だ。
普段の彼女は火のついていない煙草を咥えるだけで、ストレスが極限に達した時だけ火をつける。
「ミサエ、私が一番心配してること、わかる?」
彼女は深く煙を吸い込んだ。
「もし今回も江戸未来の引き立て役になったら、また掲示板で笑いものにされて、ツイッターのトレンド入りよ」
私は苦笑を浮かべた。
何度もノミネートされ、その度に受賞を逃す。
そして今回、私と江戸未来は、揃って主演女優賞にノミネートされていた。
「彼女の背後に荒木祈がいるのは誰もが知ってることよ。荒木エンターテインメントは多くのエンタメ企業を傘下に収めてるんだから。彼女なんて業界入りしてたった一年でトップクラスの作品に恵まれてる」
佐藤理沙は憤慨して言った。
「あなただって荒木祈と付き合ってたじゃない。あの頃、彼がこんな風にあなたの道を切り拓いてくれたことなんてなかったわよね?」
「理沙さん。私は本当に、彼と恋愛をしていただけなんです」
私は静かに、そっと訂正した。
ただ、恋愛をしていただけ。
取引でも、打算の交換でもない。
記憶の中の荒木祈が浮かび上がる。彼が一度だけ、私のためにトップクラスの吹替の仕事を取ってきてくれたことがあった。
あの夜、彼は私をプライベートな晩餐会に連れて行き、その後、私は『星の声』のヒロイン役の機会を得た。
「荒木君、あなたがくれるリソースは重要すぎるわ。もうこんなことはしないで」
当時の私の不安を覚えている。
彼の答えは、ひどく無頓着だった。
「僕の心一つに比べれば、こんなもの、何でもないさ」
私が口に出せなかった懸念はこうだ——もしある日、あなたが私を好きじゃなくなったら、これらのものはどうなってしまうのだろう?
今、その答えがわかった。
彼が与えたものであろうとなかろうと、彼は全て取り返すのだ。
『光の彼方』は、私が最も割り切れないでいる作品だ。
あの役のために、私は半年間準備し、一年間のスケジュールを空け、特殊な声の出し方を練習した。
そして土壇場で、役が江戸未来に変更になったと告げられた。
「着いたわ」
佐藤理沙の声が私を現実に引き戻した。
東京国際アニメフェアの照明が、眩いばかりに輝いている。
私はディープブルーのドレスを整え、深呼吸をしてレッドカーペットに足を踏み入れた。
フラッシュが焚かれ、メディアが私の名前を呼び始める。私は微笑みながら、一歩一歩前へ進んだ。しかし、突然、全てのレンズが私の背後に向けられた。記者たちの呼び声も変わる。
「荒木さん!」
「江戸さん!」
「こちらお願いします!」
振り返らなくても何が起きたかはわかった。江戸未来が荒木祈と連れ立ってレッドカーペットに現れたのだ。荒木祈が彼女に付き添ってレッドカーペットを歩くなど、極めて稀なことだった。
彼はこういった公のイベントにはほとんど参加しない。
私はそのまま前へ進み続けたが、一瞬、背中に視線が注がれるのを感じた。
思わず振り返った時、ちょうど荒木祈が素早く視線を逸らし、屈んで江戸未来の着物の襟元を直しているのが見えた。
江戸未来は何かに気づき、訝しげに彼に尋ねた。
「どうしたの?」
「何でもない。通りすがりの人だ」荒木祈の声がはっきりと私の耳に届いた。
通りすがりの人。
三年の想いは、彼の口にかかれば、かくも淡白なものになる。私は背を向け、何も聞こえなかったかのように前へ進み続けた。
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「?」
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全ての仮面が剥がれ落ちた時、全世界が彼女の足元で震撼する――。













