彼の浮気相手に流産させられて、やっと愛が冷めた

彼の浮気相手に流産させられて、やっと愛が冷めた

大宮西幸 · 完結 · 17.1k 文字

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紹介

彼の愛人が故意に、私がアレルギーを起こすイチゴケーキを食べさせた。アナフィラキシーショックで流産してしまった。

もう、すべてが終わったのだと悟った。

すべてを捨てて故郷に帰った私のもとに、彼がやってきて言った。「もうやめろよ、俺はまだお前を愛してるんだ」

裏切りに満ちた、こんな愛?

いらない。

チャプター 1

「石原茉由、お前、大袈裟すぎるだろ?」

 渡辺裕也の声は氷のように冷たく、あからさまに不機嫌そうだった。

 私は喉を押さえた。気道が急激に狭くなっていくのがわかる。

 舌にはショートケーキの甘さが残っているのに、息が苦しくなり、肌に赤いぶつぶつが広がり始めていた。

「裕也、ごめんなさい。私、これがイチゴ味だってこと忘れてて……」白井梨絵は渡辺裕也の袖を掴み、目を潤ませていた。「本当にわざとじゃないの」

「いいんだ。君は茉由がこんなに体が弱いなんて知らなかったんだから」渡辺裕也は白井梨絵の肩を叩き、宥めるように言った。「どうせこいつが難癖つけてるだけだ。自分でわかっててショートケーキを食べたんじゃないか?」

「待っ……」私は必死に口を開いた。喉がざらざらして、まるで紙やすりで擦られているみたいだ。「病院に……行かないと……」

 渡辺裕也は足を止め、苛立ちを隠さずに言った。「全社員がお前のイチゴアレルギーを知ってるだろ? 食べる前に確認しなかったのか? 石原茉由、何でも人のせいにするな。俺にそんな馬鹿げた手を使うなよ。俺が一番嫌いなのは、そういう計算高い真似だって知ってるだろ!」

 弁解したかった。白井梨絵がケーキを渡してきた時、マンゴー味だと言ったのだ。だが、喉が腫れ上がってもはや声が出ない。

「裕也、茉由姉さん、本当に具合が悪そうだけど……」白井梨絵が小声で言う。

「演技だろ」渡辺裕也は冷笑した。「行くぞ、会議に遅れる」

 彼は白井梨絵の手を引き、給湯室を出て行った。

 私は壁に寄りかかり、ずるずると床へ崩れ落ちた。渾身の力でスマホの緊急通報ボタンを押す。

 意識が遠のく直前、同僚が悲鳴を上げながら駆け寄ってくるのが聞こえた。

 医師の話では、あと十分遅ければ命が危なかったらしい。

 さらに残酷だったのは――まだ形を成していない子供を失ったことだった。

 ……

 病院での処置を終え、容態が安定してから、私は衰弱しきった体を引きずるようにして帰宅した。

 リビングの明かりは消えている。渡辺裕也はまだ帰っていない。

 機械的な足取りで寝室へ向かい、着替えようとした時だった。ナイトテーブルの引き出しが半開きになっている。

 その中には、コンドームの箱が静かに横たわっていた。

 私は呆然とした。

 渡辺裕也と私の間に、もう一ヶ月も肌の触れ合いがない。

 なのに、その箱の中身は三つ減っていた。

 以前の私なら、この箱を突きつけて問い詰めていただろう。

 だが、異常なほど冷静に、私は引き出しを閉じた。

 スマホが震えた。ヘッドハンターの高橋さんからのメッセージだ。「石原茉由さん、栄光証券があなたの経歴を大変評価しております。来週、お時間をいただいて一度お話しできればと思うのですが、いかがでしょうか?」

 そのメッセージを見て、三年前のことを思い出した。

 当時、栄光証券の内定を貰ったばかりの私は、興奮して渡辺裕也に報告した。だが、彼の顔色は曇った。「あんな所、深夜残業が当たり前だぞ。お前に耐えられるのか? それに、俺に必要なのは家庭をしっかり守ってくれる彼女だ。仕事中毒の女じゃない」

 当時の私は一秒だけ迷い、その仕事を断った。

 今思えば。愛のためにキャリアを捨てるなんて。

 本当に滑稽だ。

 私は高橋さんに返信した。「ありがとうございます。来週でしたら調整可能です。具体的な日時をお聞かせいただけますでしょうか」

 渡辺裕也が帰ってきたのは、もう十一時近くだった。

 彼はスーツの上着をソファに放り投げると、スマホに向かって優しい表情で笑みを浮かべ始めた。

 私は彼のために夕食を作ってあり、そのことを伝えた。

 一時間後。

 彼はダイニングテーブルの上の夕食を見て、眉をひそめた。「食べた後の残り物、なんでまだ片付けてないんだ? いちいち言わなきゃわからないのか?」

「残り物じゃないの。さっき作ったばかりよ。言ったはずだけど」私は説明した。

「すっかり冷めてるだろ。捨ててくれ」彼は顔も上げず、指先でスマホの画面を素早くスワイプしながら、口元に笑みを浮かべていた。

 私は、夕食を作った時にできた手の火傷の水膨れを見つめた。

「わかった」

 渡辺裕也はようやく顔を上げ、私を一瞥すると、不満げに言った。「茉由、午前の件はお前が気を引こうとしてやったことだろ。俺に見抜かれたからって、不機嫌になるなよ。そういうの、本当にうんざりする」

「これからはもう二度としないわ」

「あぁ、態度は悪くないな。じゃあ覚えとけよ」彼は適当に相槌を打ち、またスマホに視線を落とした。

 私は書斎へ向かい、パソコンを開いて退職届を書き始めた。

「シャワー浴びてくる」渡辺裕也は立ち上がり、二歩進んでから立ち止まった。「そうだ、お前のそのイチゴアレルギーの件だけど、これからは気をつけろよ。梨絵を困らせるな。あの子は入社したばかりで、まだよくわかってないんだから」

 つまり彼は、本当は私に非がないとわかっているのだ。それでも、どうでもいいと思っている。

 私の指はキーボードの上で止まり、一文字も打ち込めなかった。

 突然、スマホが震えた。

 白井梨絵のSNSに新しい投稿があった。

 テキストは「幸せな一日」。そして二枚の写真。

 一枚目は、渡辺裕也が白井梨絵に謝罪しているチャットのスクリーンショットだ。五分遅刻したせいで、手作り弁当をすぐに渡せなかったことを謝る内容だった。

 白井梨絵はこう返信していた。「謝らないで、もう愛を感じちゃったから」

 二枚目は白井梨絵の自撮りだ。凝った弁当箱を掲げ、甘い笑顔を浮かべている。

 私が「いいね」を押す間もなく、白井梨絵から同じ画像が送られてきた。

 続いてすぐにメッセージが届く。「あ! 茉由姉さんごめんなさい、間違えちゃった!」

 私は返信した。「見たわ。お熱いことね」

 甘い恋人同士の間に、第三者は入れないものだ。

 恋愛において、先着順というルールはあまり役に立たないらしい。

 私は荷物をまとめ始めた。

 八年間の感情は、たったの段ボール三箱分だった。

 写真、ペアのストラップ、彼がくれたプレゼントの数々――かつては一生の宝物だと思っていたものたち。

「大掃除か?」渡辺裕也はドア枠に寄りかかり、箱の中身もよく見ずに無関心に言った。「確かに、そういうゴミは片付けたほうがいいな」

 ゴミ?

 確かに、もう片付けるべきだ。

「そうね」

 私は段ボールを抱えて階下へ降り、マンションの中庭にあるベンチに腰を下ろした。

 月光が明るく、地面に散らばる落ち葉を照らしている。

 この八年間、私たちは数え切れないほど冷戦状態になった。そのたびに私が先に頭を下げて、惨めに和解を求めてきた。

 今日一日だけで、私は何度「そうね」「わかった」と言っただろう。

 ああ、わかった。

 うん、問題ない。

 そうね。

 すべて順調よ。

 白井梨絵が言っていた「今日は幸せ」という言葉をふと思い出す。

 私は月を見上げ、口角を無理やり上げて笑ってみた。

「そうね、今日は幸せな一日、何もかも順調だわ」

 アレルギーのせいで私が失った、あの子供のこと以外は。

 でも今となっては、もうどうでもいいことだ。

 私は笑いながら思った。

 ここを離れれば、私もきっとすべてうまくいく。

 なのに、どうして涙が止まらないのだろう。

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