夫と息子に捨てられた私は、幸福という名の檻を抜け出すことにした

夫と息子に捨てられた私は、幸福という名の檻を抜け出すことにした

白石 茉鈴​ · 連載中 · 178.6k 文字

259
トレンド
1.2k
閲覧数
42
追加済み
本棚に追加
読み始める
共有:facebooktwitterpinterestwhatsappreddit

紹介

嫁ぐ前は、夢見ていた。幸せな家庭を築けると信じていた。
しかし現実の結婚生活は、私を泥のような惨めな境遇へと引きずり落とした。
夫と息子にとって、私は愛人の飼い犬にさえ劣る存在でしかなかったのだ。
離婚届に淡々と署名する二人の姿を前に、私の心は不思議と静まり返った。
「そう、それでいいわ」
最後に乾いた笑みを浮かべ、私は決別を告げる。
今日で、私たちは正真正銘の赤の他人。

チャプター 1

「渡辺さん。離婚協議書は作成して郵送いたしました。もうお手元に届いておりますでしょうか」

受話器の向こうから、弁護士の声がする。

美咲は窓辺に立ったまま、眉ひとつ動かさず答えた。

「届いています。ありがとうございます」

「いえ、当然のことです」弁護士はそこで言葉を切り、少し迷ってから続ける。

「ただ……本当に、身ひとつで出ていかれるおつもりですか。田中さんとは長いご結婚で、界隈でも仲睦まじいと評判でしたのに、いったい何が……」

美咲は、その言い回しが可笑しくて仕方なかった。

仲睦まじい。――どこが。

ただの一方通行だ。追いかけていたのはいつも自分で、彼はずっと背を向けていただけ。

海城の上流階級で、渡辺美咲が「貢ぐ女」だと知らない者はいない。

姉の元恋人と結婚し、結婚してからも徹底的にへりくだり、すべてを夫の顔色ひとつで決めた。田中康介がスキャンダルで街を騒がせたときでさえ、前に出て頭を下げたのは美咲だった。『誤解です』と。

「妻にするなら渡辺美咲」

それは賛美ではない。笑いものにするための決まり文句。

美咲は思考を切り替え、淡々と言う。

「何でもありません。合わなかっただけです」

少し置いて、続けた。

「協議書には早めに署名させます。あとの手続き、お願いします」

その瞬間――。

「誰が離婚するって?」

低く沈んだ男の声が、背後から割り込んできた。

心臓がひくりと跳ねる。だが美咲は表情を崩さず振り返る。

「別に。友だちが夫婦喧嘩で離婚しそうってだけ」

田中康介がドア口に立っている。眉間にうっすら皺。追及しようと口を開きかけた、そのとき。

「パパ! 莉々おばさん、待ってるよ! 早く!」

廊下から息子――田中健人の声が飛んだ。

田中康介の迷いはそこで霧散した。

上着をつかみ、外へ向かう。

「待って」

美咲が呼び止める。

「どこへ行くの?」

田中康介は足を止め、振り返った顔にはすでに苛立ちが浮いていた。

「莉々の犬がいなくなった。ひとりで慌ててるから手伝いに行く。お前の誕生日は、あとで埋め合わせる」

「でも……」料理もケーキも用意して――。

言い終える前に、田中康介が遮った。

「誕生日くらいで今ここで張り合うな」

そこへ田中健人が外から入ってきて、露骨に嫌そうな顔で美咲を見る。

「ママ、なんでいつも莉々おばさんのところ行くの邪魔するの?」

見慣れた光景。

鋭い銀の針が胸の奥を抉るようだった。

渡辺莉々が半年前、海外から戻ってきてから――こういう場面は数え切れないほど繰り返された。以前なら泣き崩れて叫んだ。けれど今は、ただ味気ない。

美咲は唇をわずかに上げた。

「誤解してる。署名してほしい書類が二つあるだけ」

用意してあった書類を差し出す。

「これは何だ」田中康介が眉をひそめた。

受け取って目を通そうとした、その時――着信音。

田中康介は画面を見た瞬間、表情が柔らかくなる。電話に出ながら、書類の署名欄にさらさらとサインした。

「こういう車とか家とかの買い物は、今後はお前が勝手に決めろ。いちいち俺に見せる必要ない」

田中健人も続けて署名し、吐き捨てるように言った。

「そうそう。ママの特許とかも自分で持ってれば? 俺、いらないし」

言い終えるや否や、父の腕を引いて外へ。

「パパ早く! 莉々おばさん、絶対待ちくたびれてる!」

父子は慌ただしく去っていった。

玄関の扉が閉まり、美咲だけが取り残される。

美咲は手元の書類を見下ろして、苦く笑った。

少しでも目を通せば分かったはずだ。離婚協議書と、母親への親権放棄同意書――つまり、母についていく権利を放棄する書類だと。

だが、知ったところで気にもしないだろう。

この結婚は最初から最後まで、田中康介が望んだものではないのだから。

十年前。美咲は祖母を亡くし、見送りを終えた後、長年疎遠だった両親のもとへ戻った。

そこで姉・渡辺莉々の恋人だった田中康介と出会った。

当時の田中康介はビジネス界の若き実力者。投資の勘は神がかりで、田中グループを次の段階へ軽々と押し上げていた。

彼の伝説は数え切れない。だがそれ以上に、渡辺莉々との恋愛沙汰が噂の中心だった。

美咲は妹として、二人の別れと復縁、誓いの言葉を見続けた。

いつからか、その人に心が動いている自分に気づいた。

想いを隠すため、海城から遠く離れた都市へ進学し、医師の道を選んだ。

距離と時間があれば、心から消せると思った。

だが卒業間近、渡辺莉々は突然「将来のため」と別れを告げて出国した。

田中康介は追いすがって空港へ向かう途中、スピードを出しすぎて事故を起こした。

その事故で光を失った彼は、それまでとは別人のように心を閉ざし、性格まで一変してしまった。

半月も経たぬうちに、田中母が美咲の前に現れた。

「美咲……お願い。今の康介を支えられるのは、あなたしかいないの。どうか助けて」

胸の奥で、押し殺していた想いが静かに息を吹き返した。

三日後、美咲は田中康介のもとへ行く。

声が渡辺莉々によく似ていたせいで、田中康介は美咲を姉だと思い込んだ。美咲はその誤解を解かなかった。傍らで彼の目の治療を支え続けた。

本当は、視力が戻ったら去るつもりだった。

ところが、光を取り戻す前夜、田中康介が薬を盛られ、二人は関係を持ってしまう。

事後、隣に横たわる美咲を見た田中康介の瞳は、怒りで燃えた。

「渡辺美咲……莉々のふりをするなんて、いい度胸だ」

首を絞められ、殺されるかと思った。

駆けつけた田中母が止めなければ、美咲は終わっていた。

そして最悪なことに――美咲は妊娠していた。

情報はどこからか漏れ、田中母は田中康介に結婚を押し付けた。

ほどなく田中健人が生まれる。

嫌われていると自覚していた美咲は、せめて息子だけでも大切に育てようと決めた。

だが、かつて小さな手を広げて母を守ってくれた田中健人は、渡辺莉々が戻ってきてから、彼女を刺す刃になった。

「ママってほんと恥ずかしい」

「俺、莉々おばさんと遊ぶほうが好き」

「莉々おばさんがママだったらいいのに……」

なら、望み通りにしてあげよう。

美咲は離婚協議書を持ち、家を出た。

喫茶店で弁護士に二通の書類を渡す。

「署名は取れました。手続きを急いで。あと……私の痕跡をできる限り消してほしい」

「承知しました」弁護士は頷く。

細部を詰め、三十日後に離婚が成立する見込みを確認してから、美咲は席を立った。

店を出た瞬間、少し先のレストランから歓声が上がる。

続いて、聞き慣れた声が耳に刺さった。

「パパ! 莉々ママ、キスして! 俺、電動スクーターもほしい!」

美咲は反射的に視線を向けた。

レストランの前に人だかりが三重にでき、中心で田中康介と渡辺莉々が注目を浴びるように立っている。二人は互いを見つめ、甘い空気を纏っていた。

最新チャプター

おすすめ 😍

転生して、家族全員に跪いて懺悔させる

転生して、家族全員に跪いて懺悔させる

308.1k 閲覧数 · 連載中 · 青凪
婚約者が浮気していたなんて、しかもその相手が私の実の妹だったなんて!
婚約者にも妹にも裏切られた私。
さらに悲惨なことに、二人は私の手足を切り落とし、舌を抜き、目の前で体を重ね、そして私を残酷に殺したのです!
骨の髄まで憎い...
しかし幸いなことに、運命の糸が絡み合い、私は蘇ったのです!
二度目の人生、今度は自分のために生き、芸能界の女王になってみせる!
復讐を果たす!
かつて私をいじめ、傷つけた者たちには、十倍の報いを受けさせてやる...
余命宣告された日、帰宅するとベッドに「引き裂かれた愛人の下着」があった

余命宣告された日、帰宅するとベッドに「引き裂かれた愛人の下着」があった

40.3k 閲覧数 · 連載中 · 七海
結婚して5年、夫とは円満だと思っていた。
しかし、運命は残酷だ。

病院で「白血病」という絶望的な診断を受けたその日。
震える足で帰宅した私の目に飛び込んできたのは、夫の裏切りの証拠だった。

私たちの神聖な寝室。
そのベッドの上には、無惨に引き裂かれたレースの下着がわざとらしく残されていたのだ。

それは明らかに、夫の愛人からの宣戦布告。
「あなたはもういらない」と嘲笑うかのような、残酷なマウントだった。

命の期限を突きつけられた日に、愛まで失った私。
絶望の淵で、私はある決断を下す。
サヨナラ、私の完璧な家族

サヨナラ、私の完璧な家族

98.6k 閲覧数 · 連載中 · 星野陽菜
結婚して七年、夫の浮気が発覚した――私が命がけで産んだ双子までもが、夫の愛人の味方だった。
癌だと診断され、私が意識を失っている間に、あの人たちは私を置き去りにして、あの女とお祝いのパーティーを開いていた。
夫が、あんなに優しげな表情をするのを、私は見たことがなかった。双子が、あんなにお行儀よく振る舞うのも。――まるで、彼らこそが本物の家族で、私はただその幸せを眺める部外者のようだった。
その瞬間、私は、自分の野心を捨てて結婚と母性を選択したことを、心の底から後悔した。
だから、私は離婚届を置いて、自分の研究室に戻った。
数ヶ月後、私の画期的な研究成果が、ニュースの見出しを飾った。
夫と子供たちが、自分たちが何を失ったのかに気づいたのは、その時だった。
「俺が間違っていた――君なしでは生きていけないんだ。どうか、もう一度だけチャンスをくれないか!」夫は、そう言って私に懇願した。
「ママー、僕たちが馬鹿だったよ――ママこそが僕たちの本当の家族なんだ。お願い、許して!」双子は、そう言って泣き叫んだ。
家族を離れ、自由を望んでる私は既にある者の虜になった

家族を離れ、自由を望んでる私は既にある者の虜になった

99.1k 閲覧数 · 連載中 · 鯨井
彼氏に裏切られた後、私はすぐに彼の友人であるハンサムで裕福なCEOに目を向け、彼と一夜を共にした。
最初はただの衝動的な一夜限りの関係だと思っていたが、まさかこのCEOが長い間私に想いを寄せていたとは思いもよりなかった。
彼が私の元彼に近づいたのも、すべて私のためだった。
地獄の淵で誓った「死」の宣告――裏切り者たちへのレクイエム

地獄の淵で誓った「死」の宣告――裏切り者たちへのレクイエム

2.9k 閲覧数 · 連載中 · 南宮
夫は私を病院へ放り込み、愛人と笑い、娘を飢えさせた。
雪の中で凍え死にかけた私を救ったのは、復讐の代行者。
「選べ。彼らを許すか、地獄へ送るか」 私の答えは決まっている。
膝をついて泣き言を漏らす夫を見下ろしながら、私は冷たく微笑む。
罪を償う時間よ。地獄の火よりも熱い、復讐の始まりを教えるわ。
すべてを奪われた令嬢は、やり直しの人生で微笑む

すべてを奪われた令嬢は、やり直しの人生で微笑む

18.1k 閲覧数 · 連載中 · 夢物語
冷たい土の中、私はゆっくりと息絶えようとしていた。
視界を染めるのは絶望の闇。そして、耳元に届くのは――従妹・原田紀奈の、歪んだ嘲笑。

「お姉ちゃん、恨むなら自分の甘さを恨みなさい」

父の薬をすり替え、母を死に追いやり、兄の事故さえ仕組んだ。すべては、目の前で笑うこの女の仕業だった。
さらに突きつけられる、あまりにも残酷な真実。

「あなたの婚約者はね、あなたが身を削って得たお金で、私への婚約指輪を買ったのよ?」

――すべてを奪われ、絶望の中で命を落とした、はずだった。

しかし、次に目を覚ますと、そこは見覚えのある「19歳の誕生日パーティー」の会場。
前世と同じように、婚約者の七瀬崚介が私に無実の罪を着せ、謝罪を迫っている。

(……でも、もう私は、あの頃の愚かな人形じゃない)

奪われた人生も、向けられた悪意も、そのすべてを覚えている。
今度は、私が奪い返す番。
裏切り者たちに、地獄以上の絶望を――たっぷり利子を付けて、返してあげる。
家族の縁を切った日、兄たちはすべてを失った

家族の縁を切った日、兄たちはすべてを失った

336k 閲覧数 · 連載中 · 風見リン
前の人生で両親が交通事故で亡くなった後、長兄は世間体を気にして、事故を起こした運転手の娘を家に引き取った。
公平を期すという名目のもと、兄たちは彼女からリソースを根こそぎ奪い、その尊厳を踏みにじってまで、運転手の娘を支えた。
彼女は兄たちのためにすべてを捧げたというのに、家を追い出され、無残に死んだ。

生まれ変わった今、彼女は人助けの精神などかなぐり捨てた。許さない、和解しない。あなたたちはあなたたちで固まっていればいい。私は一人、輝くだけ。

兄たちは皆、彼女がただ意地を張っているだけだと思っていた。三日もすれば泣きついて戻ってくるだろうと高を括っていたのだ。
だが三日経ち、また三日経っても彼女は戻らない。兄たちは次第に焦り始めた。

長兄:「なぜ最近、こんなに体調が悪いんだ?」――彼女がもう滋養強壮剤を届けてくれないからだ。
次兄:「会社のファイアウォールは、なぜこうも問題ばかり起こす?」――彼女がメンテナンスに来なくなったからだ。
三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
六兄:「なぜチームが負けた?」――彼女が脱退したからだ。

兄たちは地に膝をついて許しを請うた。「戻ってきてくれ。俺たちこそが、血を分けた本当の家族じゃないか」

彼女は絶縁状を兄たちの顔に叩きつけ、冷ややかに笑った。
「車が壁にぶつかってから、ようやくハンドルを切ることを覚えたのね。株が上がってから、ようやく買うことを覚え、罪を犯して判決が下ってから、ようやく悔い改めることを覚えた。残念だけど、私は――許さない!」
婚約破棄後、私はヤクザの組長と結婚した

婚約破棄後、私はヤクザの組長と結婚した

55.2k 閲覧数 · 連載中 · やもり
裏切りと陰謀が渦巻く世界で、妃那(えな)は突然の誘拐事件に巻き込まれる。
救いの手を差し伸べたのは謎めいた男・葉夜(かなや)だったが、彼の真意は読めない。
一方、妃那の宿敵であり自信家の祈葉(いのか)は、自らの美貌と魅力を武器に黒社会の頂点を目指すが、
思いもよらぬ残酷な試練に追い込まれていく。
誤解と嫉妬、愛と憎しみが絡み合い、
それぞれの思惑がやがて一つの危険な運命へと収束していく――。
今さら私の墓前で悔いるな

今さら私の墓前で悔いるな

46.8k 閲覧数 · 連載中 · 神奈木
あの頃、私はまだ木村家の長女だった。
学校は私にとって、遊び場が変わっただけのようなものだった。
けれど、私は次第に気づいていった。どの授業でも一番前の席には、いつも同じ真面目な男子学生が座っていることに。
そして、いつも学校の一等奨学金が、同じ名前の生徒に贈られることに。山本宏樹。
いつからか、私は彼の後を追いかけるようになっていた。
大学の卒業式で、山本宏樹は奨学金を得た優秀な卒業生だった。
彼は卒業生代表の挨拶の場で、私が彼の恋人だと公言し、全校生徒数万人の前でプロポーズしてくれた。
あの頃、彼は前途有望な若き社長で、卒業前からすでに自分の会社を立ち上げていた。
一方の私は、骨肉腫だと診断されたばかりで、明日の太陽を見ることさえ贅沢な望みだった。
私は彼のプロポーズを断り、それから治療のために海外へ渡った。
しかし誰もが、私が貧乏な若者である彼を見下し、金持ちの御曹司に乗り換えて海外へ行ったのだと思っていた。
帰国後、彼は私に五百万円を投げつけ、彼と結婚するように言った。
本物令嬢の正体がばれました

本物令嬢の正体がばれました

110k 閲覧数 · 連載中 · ワニノコ
新谷南は新谷家で二十年も育てられたのに、本当の娘が戻ってきた途端、あっさり家を追い出された。

デザイン部のディレクターの席? 本当の娘へ。
何千万円もの価値がある婚約話? 本当の娘へ。

会社中の人間が、彼女という「野良扱いの娘」がどう転げ落ちていくか、笑いものにしようと様子をうかがっていた。

そんなある日、世界限定二十台の高級バイクが会社の前に止まる。降りてきた不良っぽいイケメンが言った。

「妹、兄貴と一緒に帰るぞ」

新谷家の人間「……は?」

そのあとで彼らはようやく知ることになる。

彼女こそ、国内外の美術館の館長たちが面会待ちの列を作る「南先生」と呼ばれるアーティストであり、
新谷グループの全受賞特許の名義人であり、
さらに、伝説の「国家並みの資産を持つ」と噂される周防家の、本当の長女だということを。

大手財閥の若き当主は、封印していた婚約書を取り出し、薄く唇を吊り上げる。

「なるほど。俺の本当の婚約者は、君だったわけか」
社長、突然の三つ子ができました!

社長、突然の三つ子ができました!

226.8k 閲覧数 · 連載中 · キノコ屋
五年前、私は継姉に薬を盛られた。学費に迫られ、私は全てを飲み込んだ。彼の熱い息が耳元に触れ、荒い指先が腿を撫でるたび、震えるような快感が走った。

あの忌まわしい夜から逃げるように去った私だったが、ほどなくして三つ子を妊娠していることに気付く。

五年後、医療界の新星として戻ってきた私は、継母、継姉、実の父へ全ての仕返しを誓う。

その時、彼が現れた。三人の小さな自分そっくりの顔をじっと見つめながら、優しく「パパ」と呼ぶよう子供たちを誘う彼。

ふとシャツのボタンを外し、悪戯っぽく笑って言った――

「どうだい、あの夜の熱をもう一度味わってみないか?」
自己犠牲はもうおしまい。虐げられた養女の反撃

自己犠牲はもうおしまい。虐げられた養女の反撃

7.7k 閲覧数 · 連載中 · 神楽
丸十五年もの間、涼宮寧音の人生は、ただ一つの残酷な目的のためにあった。
――病弱な義妹のための「生きる血袋」として仕えること。

健康も、才能も、尊厳も、そのすべてを捧げて尽くしてきた。しかし、必死に媚びへつらい、 縋り付いてきた家族から彼女に返されたのは、冷酷な裏切りと追放だった。

彼女の最初の人生は、あまりにも惨めな悲劇で幕を閉じる。
底知れぬ悔恨のなか、彼女は高層ビルから身を投げたのだった。

――だが、運命は彼女に二度目のチャンスを与えた。

二十三歳の誕生日の朝、目を覚ました寧音は誓う。もう二度と、理不尽に耐え忍ぶだけの犠牲者にはならない、と。

彼女は、毒親と義妹が巣喰う涼宮家を毅然と離脱。彼らが決して奪うことのできない、自分だけの唯一無二の武器――非凡なる「デザインの才能」を手に、新たな世界へと飛び込む。

その圧倒的な輝きは、政財界に絶対的な権力を誇る最高経営責任者、伏見盛重の目を引いた。彼は同情という名の施しではなく、対等なビジネスパートナーとして、彼女に救いの手を差し伸べる。

いまや寧音は、ただ生き延びるために足掻く哀れな女ではない。

自らの人生を狂わせた「家族」を冷徹に、一歩ずつ破滅へと追い詰めながら、彼女は愛する実母の死の真相へと迫っていく。