山奥に置き去りにされたので、夫も息子も捨てて「天才科学者」に戻る

山奥に置き去りにされたので、夫も息子も捨てて「天才科学者」に戻る

68拓海 · 連載中 · 604.3k 文字

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紹介

家族でのキャンプ中、彼女は山奥に一人、置き去りにされた。
夫と息子が、怪我をした「あの女」を病院へ運ぶために、彼女を見捨てて車を出したからだ。

命からがら自力で帰宅した彼女を待っていたのは、同じく家で放置され、怯えていた幼い娘の姿だった。
その瞬間、彼女の中で何かが壊れ、そして決意が固まる。

「あなたたちには失望しました。離婚させていただきます」

夫と、彼に懐く息子に別れを告げ、彼女は家庭という檻を出た。
世間は彼女を「哀れなバツイチ」と笑うかもしれない。
だが、誰も知らなかった。彼女がかつて、科学界で名を馳せた稀代の天才研究者であることを。

あるベンチャー企業の社長にその才能を見出された彼女は、夢の技術「空飛ぶ車」の開発プロジェクトを主導することに。
かつての夫が復縁を迫り、愛人が卑劣な罠を仕掛けてきても、もう彼女は止まらない。

愛する娘を守るため、そして自分自身の輝きを取り戻すため。
捨てられた妻の、華麗なる逆転劇が今、始まる!

チャプター 1

家族揃ってのピクニック。ずっと楽しみにしていたそのイベントが、まさか自分が野外に置き去りにされるという形で幕を閉じるとは、橘芹奈は夢にも思っていなかった。

困難の末、親切な通りすがりの車に乗せてもらい、ようやく家に戻った彼女の目に飛び込んできたのは、ソファに座る黒田奏多と白川雪、そしてその二人の間に挟まれて座る息子の海人の姿だった。

三人は何かを楽しそうに話し合っており、その光景はまるで、絵に描いたような幸せな家族そのものだった。

橘芹奈は痛む足を引きずりながら歩み寄り、ようやく息子の言葉を聞き取った。

「雪お姉ちゃんが僕のママだったらいいのに。本当に、雪お姉ちゃんにママになってほしいよ」

白川雪は優しく微笑み、海人の頭を撫でた。

「海人がそう望むなら、今すぐ海人のママになってあげられるわよ」

「本当? ママ!」

海人は喜びを爆発させ、そのまま白川雪の懐に飛び込み、何度も何度も「ママ」と呼び続けた。

黒田奏多はそんな二人を、溺愛と優しさに満ちた眼差しで見つめている。

橘芹奈は一瞬にして心が底まで冷え込み、目の奥に砂利を撒かれたような、ざらついた痛みが走るのを感じた。

身体の痛みなど、今の心の痛みの万分の一にも及ばない。

かつて難産の末、命を懸けるようにして産んだ双子たち。

この数年間、彼女は自分のキャリアも人生も諦め、二人の子供と黒田奏多の世話に全てを捧げてきた。

それなのに、息子は平気で他の女を「ママ」と呼び、あんなにも嬉しそうにしている。本当の母親が山に置き去りにされたことなど、微塵も気にかけていないのだ。

そして黒田奏多もまた、それを止めようとする素振りさえ見せない!

橘芹奈は奥歯を強く噛み締め、リビングへと足を踏み入れた。

「昨夜出発する時、どうして私を呼ばなかったの?」

瞳には怒りが宿っていたが、心の奥底では鋭い痛みが暴れ回っていた。

その声で、ようやく三人の注意が彼女に向けられた。

黒田奏多の端正な顔に浮かんだのは、先ほどの優しさとは正反対の、不機嫌そのものの表情だった。

「無事だったんだろう? 橘芹奈、そうやって悲劇のヒロインぶるのはやめてくれないか」

橘芹奈の目の奥の痛みがさらに増し、苦渋に満ちた声で問い返した。

「あの一帯は獣が出る森なのよ。私を一人あそこに置いてきて、危険だとは思わなかったの?」

「百歩譲って帰るとしても、どうして誰も私に声をかけてくれなかったの?」

ただ少し、うっかり眠ってしまっただけだった。それなのに目が覚めた時、誰の姿もなかった。

人里離れた荒野でのキャンプ、しかも深夜。周囲からは時折、獣の遠吠えが聞こえてきた。

テントの中でどれほど震え、どれほどの恐怖に襲われていたか、誰も知らない。このまま山で死んでしまい、黒田奏多や子供たちに二度と会えなくなるのではないかと怯えていたのだ。

辛さ、苦しみ、悔しさが一気に込み上げてくる。誰か一人でも、彼女を呼んでくれていれば。

黒田奏多の瞳に不快感が走る。

「だから、無事だったじゃないか」

見かねた白川雪が慌てて口を開いた。

「芹奈、責めるなら私を責めて。昨夜、私が急に体調を崩してしまって……奏多と海人はそれを聞いて、急いで私を病院へ送ろうとして、あなたに伝えるのを忘れてしまったの」

橘芹奈が口を開く間もなく、海人が顔をこわばらせて彼女を睨みつけた。

「ママ、どうしてそんなに冷血で自分勝手なの? 雪お姉ちゃんが倒れたんだよ。僕とパパが病院へ連れて行くのは当たり前でしょ? それなのに、呼ばなかったことを責めるなんて」

その瞬間、橘芹奈の全身から力が抜けていくようだった。

彼女ははっきりと見た。この父と子の目に宿る、瓜二つの不満の色を。

まるで、彼女の発言こそが許されざる大罪であるかのように。

胸の傷口が引き裂かれ、そこから冷たい風が吹き抜け、骨の髄まで凍りつくようだった。

白川雪が現れてからというもの、海人との関係はますますぎくしゃくし、最後には海人は何も話してくれなくなり、代わりに白川雪とばかり共有するようになった。黒田奏多が白川雪に割く時間も増え、その頻度も高くなっていた。

今回のピクニックで、家族との関係を修復しようと考えていたのに。

白川雪の一言で、彼女は躊躇なく野外に捨てられたのだ。

昨夜、彼女は狼に遭遇した。

さらに恐ろしいことに、狼は群れで行動する動物だ。

暗闇で光る緑色の瞳に見つめられ、本当に食い殺される寸前だった。手元にあった火起こし道具で狼の群れを追い払わなければ、今頃彼女は死んでいたはずだ!

人は死に直面した時、走馬灯を見ると言う。人生で最もやりたかったこと、心残りが頭をよぎるのだと。

その時、彼女の頭は真っ白になり、ただ自分の前半生が恋愛と家庭だけに縛られていたことを後悔した。

まだ「空飛ぶクルマ」を完成させていない。恩師の期待に応えていない。先生を失望させないと誓ったはずなのに。

橘芹奈は深く息を吸い込み、その瞳に静けさを取り戻した。

「黒田奏多、離婚しましょう」

彼女は一言一句、ゆっくりと、しかし確固たる意志を込めて告げた。

黒田奏多と海人は一瞬呆気にとられ、白川雪は口元に浮かびそうになる笑みを必死に噛み殺していた。

白川雪は焦ったように口を開き、自責と悲しみで目を赤く潤ませた。

「芹奈、離婚なんて簡単なことじゃないわ。もし私のせいで二人の結婚生活が壊れてしまうなら、私、一生後悔して自分を責め続ける……」

黒田奏多は眉間に皺を寄せ、冷たい声で言い放った。

「橘芹奈、離婚をちらつかせるのは初めてじゃないだろう。俺はそんなに気が長くない。お前のくだらない茶番にいちいち付き合っていられないんだ」

橘芹奈は袖の中で、掌に爪が食い込むほど拳を握りしめた。

確かに以前、離婚を口にしたことはあった。だがそれは、黒田奏多の関心を少しでも自分に向けたいという手段に過ぎなかった。

同じ「離婚」という言葉でも、今回は違う。彼女は冷静で、そこに一切の打算はなかった。

「あなたが私に付き合ってくれたことなんて、一度でもあった?」

橘芹奈は唐突に問いかけた。

黒田奏多は薄い唇を引き結び、さらに不機嫌さを募らせる。

「一体いつまで騒げば気が済むんだ?」

問いへの答えはなかったが、橘芹奈は答えを知っていた。一度もなかったのだ。

黒田奏多はいつも高みから彼女を見下ろし、忙しいから相手にできないと告げるだけだった。

だが白川雪が少し転んだだけでも、黒田奏多はひどく狼狽する。昨夜のように、一本の電話で夜通し車を走らせ、息子を連れて戻り、白川雪を病院へ送るほどに。

海人もまた、不満げに言った。

「ママ、いい加減にしてよ。ママが帰ってくるまではみんな楽しかったのに、どうしてママが来るといつも楽しい気分を台無しにするの?」

橘芹奈は数秒間沈黙した。

黒田奏多よりも、海人の言葉の方が深く彼女を傷つけた。

「離婚後、海人はあなたが引き取って。私は小春を連れて行くわ」

黒田奏多は冷笑した。

「小春の親権だと? 夢を見るな」

橘芹奈はその言葉を聞かなかったことにして、部屋の中を見回した。

「小春? 小春?」

先ほどから娘の姿が見えない。

「小春、どこにいるの?」

橘芹奈は何度も呼びかけ、焦燥に駆られた目で黒田奏多を睨んだ。

「小春は?」

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