身代わりで嫁いだ先は、秘密を抱えた大富豪でした

身代わりで嫁いだ先は、秘密を抱えた大富豪でした

月岛澪 · 連載中 · 423.7k 文字

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紹介

私は荻原和夏。金に目の眩んだ父親によって、富豪の冴島家に売り飛ばされた身代わり花嫁。
最悪なことに婚礼の当日、新郎は姿すら現さず、たった一本の電話で私をあしらったのだ。

屈辱のなか、私は誰かに薬を盛られ、暗闇のなかで素性の知れない見知らぬ男と一夜を共にしてしまう。
だが――泥沼の夜が明けた後、私は驚愕の真実を知る。あの男こそが、世間で「醜く、不治の病を患っている」と噂されていた私の夫、冴島零だったのだ。

もう、大人しく虐げられるだけの私ではない。
私を売った冷酷な実家へ怒りの鉄槌を下し、傲慢な冴島家の鼻を明かしてあげる。

――果たして、最悪の始まりを迎えたこの波乱の婚姻は、一体どこへ行き着くのか。

チャプター 1

純白のウェディングドレスを纏った花嫁が、ブーケを抱えて神父の前に立っていた。

ステンドグラス越しの陽射しが頬を照らす。だが、その光は少しも彼女を温めない。

この結婚式は、どこかおかしい。教会のどこにも、新郎の姿がないのだ。

花嫁の隣にあるのは椅子が一脚。そこに置かれているのは、スマートフォン一台。

チャペルは水を打ったように静まり返っていた。招待客たちは声を潜め、誰も大きく話そうとしない。スマートフォンの向こうから流れてくる声を、かき消してしまうのが怖いのだ。

神父が厳粛な面持ちで花嫁を見つめ、問いかける。

「荻原さん。あなたは冴島さんを夫とし、妻となることを誓いますか?」

荻原和夏の表情は凪いだまま。だが参列席へ視線を滑らせた瞬間、瞳の奥にひと筋の憎悪が宿った。

「……誓います」

見られた三人が、羞恥と後ろめたさを隠すように視線を落とす。

(荻原征佑、原村美保子、荻原美菜……今日わたしが受けた辱め、簡単に終わらせると思わないで)

荻原征佑は実の父。原村美保子は継母。荻原美菜は義妹。

荻原和夏は、怪異じみた結婚式に立たされていた。理由はひとつ――家が金を欲しがったから。そして自分が差し出された生贄だったから。

参列者たちは小声でささやき合う。

「冴島家の伝説の若様に会えるって話じゃなかった? なんでスマホだけなのよ。顔、見たかったのに」

「すっごいブサイクらしいよ。女が誰も嫁ぎたがらないって。荻原征佑の会社、倒産寸前で投資が欲しくて必死なんだろ」

「冴島家も名門のくせに、新郎も親も来ないとか……執事だけ寄越すなんて、嫁のこと気に入ってないの丸わかり」

「かわいそう。娘が二人いるのに、こっちだけブサイクに押しつけられるとか、親が露骨に偏ってる」

声は小さい。だがチャペルが静かすぎた。荻原和夏の耳にも、断片が刺さる。

(母さん、天国で見てる? あなたの娘は嘲笑われてる。これが、あなたが愛した男の末路よ)

荻原和夏は荻原征佑へ視線を戻した。

軽蔑が、深く沈んだ瞳に滲む。

荻原征佑はまた目を逸らした。膝の上の拳をぎゅっと握り、周囲の嘲笑を聞くたび、席を立って逃げ出したい衝動に駆られている。

原村美保子が堪えきれず立ち上がり、怒鳴った。

「黙りなさい! 和夏が冴島家に嫁ぐのは幸せになるためよ! 冴島零の奥様になることがどれほど尊いか、あなたたちに分かる!?」

参列者が慌てて口を閉ざす。

荻原和夏は白目を剥き、内心で冷笑した。

(幸せ? その福とやら、あんたと娘で受け取れば? 結婚式当日に新郎も家族も来ないのに。嫁いだ先で、どんな扱いをされるか想像するだけで笑える)

荻原征佑は顔色を変え、原村美保子の腕を引いて低声で罵る。

「何やってる。冴島零の誓約がまだだろうが。このタイミングで騒いで式を邪魔したいのか、面倒を増やす気か」

原村美保子ははっとして口元を押さえ、椅子のスマートフォンを見る。

そこからは、何の音もしない。

冴島零が怒った――そう思ったのだろう。原村美保子の顔が青ざめていく。

荻原征佑、原村美保子、荻原美菜が、固唾を呑んでスマートフォンを見つめる。

そして。

「……誓う。契約書を渡して、署名させろ」

それきり、通話は途切れた。画面には〈通話終了〉の表示。

冴島家は地元随一の名門。百年の歴史を持ち、幾つもの財団を抱え、投資先は世界を代表する大企業ばかり。

だが、そんな冴島家にも世間に知られた傷がある。

後継者であり長男の冴島零が――醜い容貌だと言われ、滅多に人前に出ないこと。

さらに、女性に触れられないほど身体に問題がある、という噂まであった。だから冴島家は、表向き後継者の話を避けてきた。

式のあいだ壁際に控えていた執事、福生が近づいてくる。手には一通の書類。

「荻原さま。こちらへ署名を。これであなたは冴島零さまの妻となり、荻原家は冴島家の投資を得ます。さらに、あなたの弟君には最良の医療が提供されます」

荻原和夏は書類を見つめ、瞳に濃い憎しみを燃やした。

(この紙切れのために、わたしの尊厳は踏みにじられた。あの三人は、早く署名しろと待ち構えてる)

「荻原和夏、何をぐずぐずしてる。さっさと署名しろ」

荻原征佑が急かす。原村美保子と荻原美菜も並び、目を釘づけにして書類を追う。

荻原和夏はペンを取り――署名しようとして、ふっと口角を上げた。

そして書類を福生へ戻す。

「福生さん。少しだけ……家族と二人きりで話す時間をいただけますか。最後に言っておきたいことがあるんです」

福生はわずかに眉を寄せたが、頷いた。

「承知しました。10分後に参ります」

福生がチャペルを出ると、招待客たちもぞろぞろと離れていく。

ほどなく、残ったのは荻原和夏の家族だけ。

「で、何だ。話があるなら手短にな。会社の用事が山ほどある」

荻原征佑は眉をひそめ、荻原和夏を見下ろす。

その目は娘を見る目ではない。躾の悪い犬でも見るような冷たさだ。

「そうよ、お姉ちゃん。みんなの時間を無駄にしないで。あたし午後はデートなの」

荻原美菜は腕時計に視線を落とし、苛立った声で言った。年は同じくらいで美人だが、原村美保子譲りの艶めいた派手さがある。

荻原和夏はその腕時計を見て、胸がきゅっと痛んだ。

今年、荻原征佑が荻原美菜に贈った誕生日プレゼント。

母が亡くなってから、荻原和夏が贈り物をもらったことは一度もない。

荻原美菜は自慢げに腕をひらひらさせ、荻原和夏の瞳の痛みなど意に介さない。

――かつて荻原征佑は、荻原和夏の母、葉山莉子に誓った。永遠に愛すると。

二人で会社を切り盛りし、葉山莉子の才覚で企業価値は上がり続けた。だが過労が祟り、運転中に事故に遭った。

荻原和夏が母の重傷に打ちのめされている間に、荻原征佑は会社の権限を奪い取ったうえで、一組の母娘を家へ連れ込んだ。

原村美保子と荻原美菜――愛人と私生児。

その日、荻原和夏は父の正体を知った。

獣だ。荻原美菜の年齢を見れば、結婚当初から葉山莉子を騙し続けていたと分かる。

荻原征佑は荻原和夏に見つめられ、わずかな罪悪感に刺されたのか、虚勢を張って脅した。

「忘れるな。お前の弟の病を治せる病院は全国で冴島家だけだ。署名しないなら、病院から追い出されて死ぬぞ」

「それはどうも。荻原相馬に生きる権利を恵んでくださって、ありがとう……父親さま」

荻原和夏は皮肉たっぷりに言った。

荻原相馬は、母が孤児院から引き取った子だ。葉山莉子が可哀想だからと養子にした。

しかし母が亡くなると、この家は彼を追い出し、凍え死にしかけた。

荻原和夏が連れ戻したのに――今は彼が、荻原征佑たちの脅しの切り札になっている。

荻原和夏は息を吸い、淡く笑った。

「父さま、継母さま、妹……わたしに名門へ嫁ぐ機会をくださって感謝します。だから、わたしからもお礼を」

「礼なんていい。お前はもう十分――な、何をする気だ!?」

荻原和夏が脇の収納から、銃を取り出した。

三人の顔が真っ青になる。

「結婚式に花火がないなんて味気ないでしょう? これが、わたしの仕返しです」

荻原和夏は異様な笑みを浮かべ、銃のボルトを引いた――

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「君は、これまで誰も本気で愛したことなどない」

彼は私にそう言った。

反論しようとして、しかし私は何も言えなかった。

なぜなら、ふと心に浮かんだからだ。夫に対して抱いていたもの——それは愛だったのか、それともただの慣れだったのか。そして、私と過去との間に立ちはだかったこの男に抱き始めているこの感情は……一体、何なのか。
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私の名前は江川莉奈。

育ての親の一家に家を追い出されたあの日、私は微笑みを浮かべながら、奴らが施しとしてよこした金をゴミ箱へと投げ捨てた。

誰も想像すらできないだろう。この私が、数々の名門貴族や権力者たちが大金を積んで列をなし、首を長くして診察を待つ伝説の名医——【暁】だなんて。

私が時価総額数十億ドルのファッション帝国を裏で支配していることも、ウォール街の株価をたった一回の取引で大暴落させられることも、誰も知らない。私はその正体を、この平凡で冴えない素顔の裏にすべて隠し持っていた。

さらに劇的なことに、私の実の親はこの街で頂点に君臨する最高峰の大富豪だった。

そして私の婚約者——すでに顔を合わせているにもかかわらず、その正体を知らなかったあの男こそ、この街の誰もが名前を聞くだけで震え上がる、ビジネス界の冷酷な死神:梅原晴琉だったのだ。

ある日、彼は私の手を執り、ゆっくりと距離を詰めると、耳元で低く囁いた。

「俺のこの鼓動、今なら感じられるか?」

私は至って真面目な顔で彼の胸に手を当て、大真面目にこう返した。

「心拍数は確かに少し高めですが、非常に健康的です。心配ありませんよ」

彼は一瞬呆気にとられ、それからふっと吹き出した。その瞬間の彼の笑顔に、私の心臓もなぜかドクンと跳ねた。それは、自分自身でも説明のつかない初めての衝動だった。

だが、彼が私の真実に一歩ずつ近づくにつれ……私の心は揺らぎ始めている。自分の最後の秘密を、あとどれくらい隠し通せるのだろうか。

外されるはずのなかった仮面——。だが、あの人が執拗にその霧を剥ぎ取ろうとするとき、私は一体どこへ向かえばいいのだろう?