600ミリリットルの愛

600ミリリットルの愛

大宮西幸 · 完結 · 16.8k 文字

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紹介

私は誠良家で十五年間行方不明だった本当の令嬢で、見つけ出された日、ようやく夢に見た家族を手に入れたと思った。

でも私は知らなかった。彼らが私を探し出したのは、稀少な血液疾患を患う偽りの令嬢の命を繋ぐためだけだったことを。

三年間で、私は数え切れないほど採血され、一度骨髄を提供した。

実の両親は言った。「恵理は体が弱いの。あなたはお姉さんなんだから、もっと面倒を見てあげなさい」

婚約者は言った。「君はこんなに優しいんだから、彼女が苦しむのを見過ごせないよね?」

今日まで。今日、600ミリリットルの採血を終えたばかりで、衰弱して病床に横たわっていた私は、偶然ドアの外の彼らの会話を耳にしてしまった。

「恵理の病状はどんどん悪化している。今のうちに、有紗の腎臓を摘出して彼女に移植しよう。もう先延ばしにはできない」

その瞬間、私はようやく理解した。私は決して見つけ出された本当の令嬢などではなかったのだと。

私はただ、彼らが丹念に飼育した、いつでも犠牲にできる血液パックと予備臓器の貯蔵庫に過ぎなかった。

それならば、こんなに汚れた愛など、もう要らない……

チャプター 1

 私は誠良家から十五年前に姿を消した、血の繋がった実の娘だ。見つけ出されたあの日、私はようやく夢にまで見た温かい家庭を手に入れられたのだと信じて疑わなかった。

 だが、私は知る由もなかったのだ。彼らが私を連れ戻したのは、ただ難病である血液疾患を患う偽りの令嬢の命を繋ぐためでしかなかったということを。

 この三年間、私は数え切れないほど血を抜かれ、骨髄まで提供させられた。

 実の親は口を揃えてこう言った。

「恵理は体が弱いんだ。お前は姉なんだから、もっとあの子を労ってやりなさい」

 婚約者もこう囁いた。

「君は優しいから、彼女が苦しむのを黙って見ていられないよね?」

 そして今日。600ミリリットルもの血を抜かれ、衰弱しきってベッドに横たわっていた私は、ドアの向こうから漏れ聞こえてきた彼らの会話を偶然耳にしてしまったのだ。

「恵理の病状がどんどん悪化しているわ。いっそのこと今のうちに、有紗の腎臓を摘出してあの子に移植しましょう。もう一刻の猶予もないのよ」

 その瞬間、私はようやく悟った。私は連れ戻された愛娘などでは決してなかったのだ。

 ただ彼らに大切に飼育され、いつでも犠牲にできる都合のいい血液パックで、予備の臓器バンクに過ぎなかったのだ。

 それなら、こんなおぞましい愛など、こちらから捨ててやる……

 腕に貼られた止血用の絆創膏の下には、注射針の跡を中心に生々しい青痣が大きく広がっている。600ミリリットルもの血液を奪われた私の体は、まるで中身をくり抜かれた抜け殻のようだった。

 病室のドアは少しだけ隙間が開いており、廊下から彼らの声がはっきりと届いてくる。

「先生は何て? 有紗の体は来週の手術までもつのかしら?」

 実の母親の声だ。そこには隠しようのない焦りが滲み出ている。

 しかし、彼女が案じているのは私ではない。

「母さん、心配いらないよ。医者も言ってたじゃないか。弱ってはいるが、若いから体力はある。腎臓を一つ取ったくらいじゃ死にはしないって」

 血の繋がった実の兄である大樹が、冷笑混じりに鼻を鳴らした。

「恵理の病気はもう待ったなしなんだ。誠良家の本物の令嬢なんて肩書きを名乗っている以上、恵理のために少しばかり犠牲になるのは当然だろう」

「でも……」

 母は少し躊躇うように口ごもった。

「腎臓移植となれば大手術よ。もし有紗が騒ぎ立てて、同意書に署名するのを拒んだらどうするの?」

「彼女に拒否権などありませんよ」

 低く、冷ややかな声が響いた。かつて私の耳元で、数え切れないほどの愛を囁いてくれたあの声。

 私の婚約者、隆臣だ。

「すでに精神科の医師を手配してあります。もし彼女が大人しく従わないようなら、精神に異常をきたしているという診断書を出させ、保護者である誠良さんに代筆させればいい。手術中のリスクについては……万が一、拒絶反応や大出血が起きたとしても、それはよくある医療事故に過ぎませんから」

 今日の天気を話題にするかのような、ひどく淡々とした口調。

「隆臣、苦労をかけたな。恵理のためとはいえ、毎日あの田舎娘を相手に芝居を打たなきゃならないなんて」

 大樹が彼の肩を叩く音が聞こえた。

「恵理のためなら、この程度の吐き気など大したことありませんよ」

 隆臣は素っ気なくそう答えた。

 頭の中で、何かが完全に弾け飛んだような気がした。

 涙がひとすじ、枕へと滑り落ちる。

 これが私の家族。これが私の一生を懸けて愛した男。

 誠良恵理の健やかで平坦な人生の踏み台にするため、彼らは私の命すらも犠牲にするつもりだったというのか。

 なんて滑稽なのだろう。

 私は下唇を強く噛み締め、喉の奥から込み上げてくる激しい嗚咽を無理やり呑み込んだ。

 こんなおぞましい愛なんて、金輪際ごめんだ!

 私は枕元にあったスマートフォンを手に取った。先ほど採血を終えて目を覚ました時、隆臣に電話をかけようとして、誤って録音アプリを起動してしまっていたのだ。

 まさに天の加護だ。

 震える指先で録音データを保存し、あるメッセージアプリのトーク画面を開く。

 それは、最先端のコアテクノロジー・プロジェクトからのスカウトだった。だが以前の私は、どうすれば家族に気に入られるかばかりを考えており、愚かにもその誘いを断ってしまっていた。

 今、画面に静かに残されているその招待文を見つめながら、私は躊躇うことなく一文を打ち込んだ。

「お誘いをお受けします。ですが、その前に少し片付けなければならない事がありまして」

 相手からの返信は、ほぼ一瞬だった。

「問題ありません。お待ちしております」

 短い言葉だが、今の私にとっては唯一縋るべき蜘蛛の糸だった。

 その時、病室のドアが押し開かれた。

 私は素早くスマートフォンを布団の中に隠し、目を閉じて、たった今目を覚ましたかのような衰弱した様子を装う。

 隆臣が温かいお粥の入った椀を手に、部屋に入ってきた。

 その顔には、私にとって最も見慣れた、穏やかな微笑みが浮かんでいる。

「有紗、目が覚めたかい? 今日はあんなに血を抜かれて、さぞ痛かっただろう?」

 彼はベッドの傍らに腰を下ろし、心底痛ましそうな眼差しを向けてきた。

「さあ、このお粥を食べて。しっかり栄養をつけなくちゃ」

 その愛情に溢れた顔を見ていると、胃の腑が激しく掻き回されるような吐き気を覚えた。

「どうした? どこか具合でも悪いのか?」

 無言で彼を見つめる私に気づき、隆臣は私の額に触れようと手を伸ばしてきた。

 私はわずかに顔を逸らし、その接触を避ける。

「ただ、少し疲れただけ」

 私は伏し目がちに、消え入るような声で答えた。

 隆臣の手が宙でピタリと止まり、眉間にシワが寄ったが、それも束の間、すぐにまた優しい表情を取り戻した。

「疲れているならゆっくり休むといい。来週には恵理と一緒に適合検査を受けるんだから。もし上手くいけば、君たち姉妹は病の苦しみから完全に解放されるよ」

 彼は私を試している。

 私は顔を上げ、彼の瞳を真っ直ぐに見つめ返すと、口元に弱々しい笑みを浮かべてみせた。

「ええ」

 私は言った。

「恵理を救えるなら、私、なんだってするわ」

 隆臣は満足げに微笑んだ。

 彼はお粥の入った椀を私の口元へと差し出す。

「さあ、食べて」

 私はそれを受け取ることなく、ただじっと彼を見据えた。

「隆臣。来週の恵理の婚約パーティー、あなたはあの子にずっと付き添ってあげるの?」

「もちろんさ」

 隆臣は椀を置き、さも当然だというように頷いた。

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