紹介
ただ、夫が他の誰の声でも聞けるのに、私の声にだけアレルギーがあるからだ。
声を変えるためなら、あらゆる方法を試した。声帯の手術まで受けた。
でも、私がどれだけ努力しても、彼は苦しそうに耳を塞ぐだけだった。
何度も心が張り裂け、彼に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そんな日々が続いていた、息子の誕生日までは。
あの日、家の玄関で、息子が笑いながらこう言ったのだ。
「ねぇ、パパ。僕もパパみたいに、声アレルギーのフリをしてもいい?」
チャプター 1
結婚して七年、私は夫の前で言葉を発したことが一度もない。
なぜなら、私の夫はあらゆる人間の声を聞き分けられるというのに、私の声だけを聞くと激しい頭痛に襲われるからだ。
医師はこれを稀有な聴覚過敏症だと診断し、不治の病だと告げた。
どうにかして声質を変えようと、私はあらゆる手段を講じた。声帯の手術さえ受けたほどだ。
だが、どれほど足掻こうとも、私が口を開けば彼は耳を塞ぎ、苦悶の表情で顔を歪めるばかりだった。
申し訳なさで胸が張り裂けそうになり、私は幾度となく泣き崩れた。
車に跳ね飛ばされ、全身に激痛が走ったあの時でさえ、私は唇を噛み締め、うめき声一つ漏らさなかったのだ。
今日は息子の川森そらの誕生日だ。そらと夫の川森寛貴がドアを開ける音が聞こえ、私はケーキを手にキッチンの影に身を潜めた。驚かせようと思ったのだ。
二人が玄関に入った、その直後だった。
そらが寛貴の耳から補聴器を乱暴に引き抜き、地面に叩きつけたのだ。
「ねえパパ、僕もパパみたいに『声アレルギー』のふりしていい?」
息子の声は、残酷なほど澄み渡っていた。
「そうすれば美恵子ママとは話せるし、あの鬱陶しいのと話さなくて済むじゃん」
私は手にしたケーキを取り落としそうになった。
寛貴は優しく諭すような口調で言った。
「万が一、ママにバレたらどうするんだ。高校に上がるまで、あと数年は我慢しなさい。その時になって、『急に僕も声がダメになった』と言えばいい」
「まさか。あいつ、頭悪いもん。僕が仮病だなんて気づくわけないよ」
息子は悪びれもせず、屈託のない笑い声を上げた。
「まあ、それもそうか。うまくやるんだぞ」と寛貴が渋々認める。
心臓を素手で鷲掴みにされたような衝撃だった。
この数年、寛貴の「体質」が遺伝することを恐れ、私は毎年息子を聴力検査に連れて行っていたのだ。
医師が「正常です」と言うたびに、人知れず安堵していた。
今にして思えば──真の愚か者は、私だったということだ。
二人が部屋に姿を消した後、私は床に転がっていた「補聴器」を拾い上げ、自分の耳に押し込んだ。
軽快なポップソングが流れてくる。
耳障りなほど、クリアな音質で。
私は、底なしの絶望を味わった。
その夜、予約していたレストランでの食事中。
息子が突然、頭を押さえる仕草を見せた。
「ママ、なんだか耳が痛いよ。病院に連れて行ってくれない?」
真実を知った今、白々しい手話を使う気にはなれなかった。
私は寛貴の前で、七年目にして初めて口を開いた。
「わかったわ」
喉から絞り出したその声は、砂利のようにひどくしゃがれていて、自分でも他人のもののように感じられた。
息子は眉をひそめた。私の反応があまりに淡白で、気に入らないらしい。
真実を知らなければ、私は今頃泣き叫んで息子を抱きかかえ、病院へ走っていただろう。
だが今は、ただ吐き気がするだけだ。
「ママ、どうして喋るのさ!」
息子が声を荒らげる。
「パパがまた頭痛くなっちゃうだろ? 空気読んでよ。それにさ、すっごく変な声だって自覚ある?」
彼は一呼吸置き、さらに不満を募らせた。
「それに今のママ、僕のこと全然心配してないじゃん。以前は僕の耳や体のこと、あんなに心配するふりしてたくせに。全部嘘だったんだ! ママのせいでご飯が不味くなったよ」
私は息子を見つめた。今日という日に、ようやくこの子の本性を見た気がする。
「私の声が聞き苦しいのは、あなたのパパに合わせるためだったのよ。それに、病院ならお祝いが終わった後にパパが連れて行ってくれるわ。私は忙しいから」
全ては、川森寛貴が私の声に過敏だからだ。
私は声を押し殺し、日々自分を律してきた。
寛貴が頭痛に苦しむ姿を見るだけで胸が痛み、一時は自責の念から声帯切除さえ本気で考えたほどだ。
大学時代、合唱部の部員として歌っていた私が、今ではこんな無様な声しか出せない。
寛貴が弾かれたように顔を上げ、苦悶の表情で耳を塞いだ。
額に手を当て、呻くように言う。
「すまない……君の声を聞くと、また発作が……。全部僕が悪いんだ、君をこんなに不快にさせてしまって。でも、そらも僕の病気が遺伝したのかもしれない。もし将来、あいつも僕と同じようになったとしても、どうか怒らないでやってほしい」
息子はその言葉に感動したかのように、寛貴の腕にすがりついた。
「パパ、僕のためにかばってくれてありがとう……」
父子によるこの茶番劇を眺めながら、私はふと、乾いた笑いが込み上げてくるのを感じた。
「怒ったりしないわ」
私は淡々と言い放つ。
「ただ、結婚して七年経っても私の声に慣れないのなら、私たちは元々不釣り合いだったのよ」
「だから、もう終わりにしましょう。離婚よ」
川森寛貴は呆気にとられていたが、息子の川森そらは違った。突然、狂喜乱舞して手足をバタつかせたのだ。
「パパ! このいいニュース、すぐに美恵子ママに教えようよ! きっと喜ぶって!」
その時だった。
義理の妹である山田美恵子が、プレゼントを手に歩み寄ってきたのは。
川森そらは衝動を抑えきれず、彼女に飛びついた。
「ママ!」
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やがて、彼の“本命”が帰国する。
そして、私はあっけなく捨てられた。
騒ぎ立てることもなく、私は静かに彼の前から姿を消した。
彼から一銭たりとも、受け取らずに……。













