7年後、彼女が双子を連れて財閥を崩す

7年後、彼女が双子を連れて財閥を崩す

マナコの愛 · 連載中 · 161.5k 文字

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紹介

「いや……私の子を!」

伊代妃奈は力なく手を差し伸べ、虚しく空を掻いた。看護師たちは血まみれの新生児を一目見せることすらなく、慌ただしく運び去っていく。

朦朧とする意識のなか、助産師の切迫した叫びが聞こえた。

「もう一人の子が臍帯巻絡を起こしています!心拍が低下!緊急帝王切開が必要です!庄司奥さん、どうかご決断を!」

しかし、分娩室の外から聞こえてきたのは、庄司奥さんの冷えきった声だった。

「その必要はありません。あの女も、腹の中の役立たずも、まとめて処分なさい。庄司家に必要な跡取りは、たった一人で十分です」

妃奈の呼吸が鋭く止まった。震える両手でシーツを握りしめ、かすかな吐息のように呟く。

「……なぜ」

一年前、伊代グループは悪質な通報による脱税疑惑で、一夜にしてすべてを失った。
父は絶望の果てに本社ビルの屋上から身を投げ、母は報せを聞いた直後に脳溢血で倒れ、救急車が到着する前に息を引き取った。悲しみに暮れる間もなく、債権者たちが飢えた狼の群れのように押し寄せ、伊代家に残されたわずかな財産を骨の髄まで喰らい尽くそうとした。

そんな絶望の淵で現れたのが、庄司奥さんだった。彼女の提示した条件は、あまりにも狡猾で逃れられないものだった。すなわち——庄司家の長男は深刻な交通事故で昏睡状態に陥っており、体外受精によって子供を産み、庄司家に跡取りをもたらせというのだ。見返りとして、庄司奥さんは伊代家の仇をすべて排除し、その名誉を回復させることを約束した。

妃奈は信じた。すべてを賭けて、十ヶ月の身重に耐え抜き、骨の砕けるような出産の苦しみをも乗り越えた。しかし、庄司奥さんは最初から約束を果たすつもりなどなかったのだ。これが巧妙に編まれた罠の正体か。これが徹底的な裏切りというものか。妃奈と、まだ生まれぬ子は、ただの使い捨ての道具にすぎなかったのだ。

この屈辱を、奪われた我が子を——伊代妃奈は決して忘れはしない。

チャプター 1

「……い、いや……私の子……!」

分娩台の上で、伊代妃奈は力なく腕を伸ばした。たった今取り上げられたばかりの、全身に血と羊水が張りついた赤子――その顔を一目見る暇すらなく、看護師が素早く抱き上げ、分娩室の外へと連れ去っていく。

痛い。魂を肉体から無理やり剥がされるみたいな痛み。

陣痛の波が来るたび、意識を叩き潰すような激痛が押し寄せ、妃奈の視界は白く滲んだ。耳元では助産師の切羽詰まった声が飛び交っている。

「もう一人は臍帯が首に巻きついてます! 胎児心拍が落ちてる! 今すぐ帝王切開が必要です、庄司奥様、決断を――!」

だが、分娩室の外から返ってきたのは、氷みたいに冷えた声だった。

「助けなくていいわ。あの女と腹の中の役立たずはまとめて処分して。庄司家に跡取りは一人いれば十分よ」

その瞬間、伊代妃奈は呼吸すら止まった。

シーツを握り潰すほどに掴み、かすれる息で絞り出す。

「……な……ぜ……?」

一年前。伊代グループは悪意ある脱税の密告を受け、一夜で破綻した。父は絶望の果てに会社の屋上から身を投げ、母は知らせを聞いたその場で脳出血を起こし、救急車を待たずに息を引き取った。

泣き崩れる暇もなかった。

狼の群れみたいな敵が押し寄せ、伊代家に残った最後の財産まで骨の髄までしゃぶろうとした。

追い詰められたその時、庄司奥様が現れた。

突きつけられたのは、断れない取引――体外受精で、事故で重傷を負い昏睡状態にある庄司若様の子を産め。男児を産んで庄司家の血を繋げ。そうすれば仇敵を片付け、伊代家にかぶせられた汚名も洗い流してやる、と。

伊代妃奈は信じた。

残ったすべてを賭け、十月十日を耐え、命を削るような出産に挑んだ。

なのに、最初から庄司奥様に約束を守る気などなかったのだ。

見事なまでの算段。見事なまでの用済み切り捨て。

自分も、腹の中のまだ生まれていない子も――捨てられる道具だった。

今日の辱め、子を奪われた恨み。

伊代妃奈は、決して忘れない。

――七年後。Y市空港。

冷ややかで美しい東洋の女が、陶器みたいに整った男の子の手を引いて到着ロビーへ降り立つ。通りすがりの人々がざわめき、どこかの大物女優かと視線を集めた。

生まれつきの白い肌に、細い体躯。そこに艶やかな顔立ちが乗れば、目を奪われない方が難しい。

伊代妃奈は周囲の好奇の視線など気にも留めず、隣の子へ顔を傾ける。

「団子、まだ眠い?」

伊代雲光は小さな顔をきゅっと引き締めたまま言った。

「眠くない。腹減った」

伊代妃奈はふっと笑い、纏っていた淡さがほどけて眉目が柔らぐ。小さな手を軽く揺らしてやる。

「じゃあ早く帰ろうね。ポケットのビスケット、まだ残ってる?」

うなずきが返ってくると、褒めるように言葉を添えた。背伸びして大人ぶる癖のある小さな子は、耳のあたりを薄く赤くする。

ママはいつも、僕をからかう。

伊代雲光は無表情のまま内心でそう結論づけた。

「いい子」

従順な息子を見つめながら、妃奈の胸の奥が少し重くなる。庄司家に連れて行かれた、もう一人の息子。相手は巨大な権勢を持つ家だ。奪い返すのは容易ではない。けれど、たとえ望みが薄くても、諦めるつもりは一片もなかった。

七年。海外で、伊代家に残った資産を元手に身を潜め、力を蓄え続けた。妥協するためじゃない。

弁護士が庄司家の資料をまとめている最中だ。焦るな。七年待てたのなら、あと数日など誤差でしかない。

今回の帰国は、まずもう一人の子の現状を探るため。庄司家があの子をどう扱っているか――それで庄司家への態度を決める。

空港出口では、かつて伊代家に仕えた運転手の長島が車の脇で待っていた。

恭しく頭を下げる。

「お嬢様」

あの時、長島が病院へ駆けつけて妃奈を連れ出してくれなければ、彼女と子は路頭に迷っていたはずだ。

伊代雲光が無事に育ったことは、妃奈にとって数少ない慰めでもあった。

妃奈は雲光を長島に預け、いくつか言い聞かせると、長島へ告げた。

「長島さん、団子をお願い。私、ちょっと病院に寄ってくる。終わったら合流するから」

長島は人の良さそうな笑みを浮かべた。

「お任せください、お嬢様」

長島の車が空港を出ていくのを見送ってから、妃奈は別の出口へ向かった。病院の迎えがそちらに来るはずだった。

角を曲がった、その瞬間――

どんっ。

腕の中へ、濡れ鼠みたいな小さな体が突っ込んできた。水滴が服に移り、ひやりと冷たい。

「団子?」

妃奈は反射的に抱きとめる。「どうして長島さんと行かなかったの?」

何度も顔を見返して、違和感に気づく。

服が違う。全身びしょ濡れだ。

「その服、どこで――どうしてこんなに濡れてるの! 風邪ひいたらどうするの? 熱出したら……!」

ところが、腕の中の「伊代雲光」は、いつもの落ち着きがなかった。小さな手で彼女の胸元を必死に掴み、顔を押しつけ、涙声でしゃくりあげる。

「……注射、やだ……あのオバサンに会いたくない……隠して……」

妃奈の背筋がぞくりとした。

団子は小さい頃から注射を怖がらない。大人びた顔で平然としている子なのに、ここまで怯えるなんて。

何があったの。

心臓がきゅっと締まる。背を撫で、柔らかく宥めた。

「大丈夫、大丈夫。ママがいる。誰にも、嫌なことを無理やりさせないよ」

庄司沢弥は、温かい腕の中で呆然とした。どうしてだろう。涙が目の奥に溜まってくる。

背後からは、ボディガードたちの切迫した声がかすかに聞こえる。まだ、自分を探している。

庄司沢弥はぎゅっと抱きつき、目の前の見知らぬ女に、なぜか生まれつきの親しみを覚えた。

口が勝手に言葉をこぼす。

「ママ――」

その呼び方に、妃奈の胸がふわりとほどけた。

もっと優しい声で言ってしまう。

「団子、いい子。ママは心配しただけ。離れたくないなら、ちゃんと言って。次は勝手に走って行ったらダメ、いい?」

黒服のボディガードが何人も駆け抜けていくが、寄り添う母子には気づかなかった。

庄司沢弥は嬉しくてたまらない。目の前の人が本当に自分の母なのかどうかも、空港へ逃げてきた理由も、全部どこかへ飛んだ。

「ママ、腹減った――」

妃奈は鼻先を軽くつつく。

「さっきも言ってたね。団子、お着替えして、それからサンドイッチ買おう。食べたら病院で人に会うけど、いい?」

幸い、スーツケースに団子の着替えが二着ある。

庄司沢弥は新しい呼び名を当然のように受け入れ、ただただママの優しさに溺れていた。

新しいママ、いい。

臭い女、悪い。

おばあちゃん、悪い。

パパも、悪い。

誰も慰めてくれない。病気になったら白衣が腕を刺して、部屋に閉じ込めて、言うことを聞かないって怒鳴る。

妃奈は子を連れてトイレで着替えさせる。抱き上げられ、鏡の中で綺麗になった自分を見た沢弥は嬉しそうに笑い、くるりと妃奈の頬へちゅっと口づけした。

肩にしがみつき、サンドイッチへ急かす。

妃奈の見えないところで、沢弥は唇を尖らせた。

ママの本当の息子が、少し羨ましくて――それ以上に、羨望だった。

自分には、母のふりをする嫌な女しかいないのに。

沢弥は望み通りサンドイッチを食べた。簡単なトマトと卵とハム。なのに夢中で頬張り、普段の偏食ぶりが嘘みたいだった。

――監視室。

黒服のボディガードが一列に並び、頭を下げたまま息を殺している。

背が高く整った顔立ちの男がソファに腰掛け、モニターに映る息子の食べ方を不機嫌そうに睨んだ。

「見守れと言ったはずだ。これが見守りか?」

先頭の男は首筋に汗を伝わせた。

「申し訳ありません、社長。私どもの不手際です」

庄司景悠は疲れたように眉間を揉む。

「連れ戻せ」

「……あの女は……」隊長が探るように言う。

庄司景悠の声は低く、よく通るのに冷え切っていた。

「通報しろ。児童誘拐だ」

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「彼女はなかなかやり手ね。家の若旦那の継母になるために、わざわざ幼稚園の先生になったのよ」

「名門の継母なんてそう簡単になれるものじゃないわ。一ヶ月後には家から追い出されるに違いないわ!」

翌日、彼女はSNSで親子鑑定書の写真をアップし、こう添えた。

【申し訳ございません、実の子でした!】