紹介
十五年前、両親――花見 大輔(はなみ だいすけ)と花見 沙羅(はなみ さら)は、ケニアのマサイマラで密猟者を阻止する活動中に命を落とした。彼らが守ろうとした草原は、今や新崎湾区の実業家、黒木 将臣(くろき まさおみ)が計画する三百億円規模のリゾート開発に脅かされている。
私は三か月かけて彼に近づき、証拠を集めた。賄賂の記録、違法取引、彼自身の署名――彼を失脚させるには十分だ。
すべては順調に進んでいた。あの日、彼の白いシャツにワインをこぼし、彼は私の写真を五千万で買った。私は「そういう女じゃない」と言って彼の誘いを断った。
だが、計画にはなかったことが一つある――彼を好きになってしまった。
昨夜の熱がまだ肌に残っている。次に何が起こるか分かっていても、もう逃げられない。
朝日が床から天井までの窓を突き抜け、彼の寝顔を照らす。私は目を開け、隣で眠る男を見つめた――。
チャプター 1
床から天井まで届く大きな窓から、太陽の光が突き刺してくる。まるで非難するように、ベッドを照らしつけていた。目を開けると、最初に感じたのは体の痛み。昨夜の出来事を思い出させる、鈍い疼きだ。
隣では、黒木将臣がまだ眠っている。呼吸は穏やかだ。彼の肩の線、首筋のカーブを目でなぞる。その寝顔は、ほとんど安らかに見えた。ほとんど、だが。
ゆっくりと羽毛布団を剥ぐ。素足に触れる大理石の床が、凍えるほど冷たい。散らかった服を拾い上げる。一番上にあったのは、彼の白いシャツ。それに袖を通すと、まだ彼の匂いがした。
バスルームに向かう一歩一歩が、慎重になる。床が軋みそうな場所は避けて通った。
ドアがカチリと閉まる。ドアに背を預け、荒い息をついた。鏡に視線を上げると、そこに映っているのは見知らぬ女だった。縺れた髪。腫れぼったい唇。首筋から鎖骨にかけて咲き乱れる痕。
私、何をしてるんだろう。これはただの任務。ただの、くだらない任務にすぎないのに。ああ、でも昨夜は……それに溺れていた。
指先が、鎖骨に刻まれた一番深い痕に触れる。そこに落とされた将臣の唇を、肌に直接響いた低い声を、思い出す。蛇口をひねり、冷たい水を顔にかけた。一度、二度、三度。けれど、気休めにもならなかった。
膝を胸に抱え、床にずるずると座り込む。肩が震え始めた。
しっかりしろ、空良。マサイマラを思い出せ。サイたちを。父さんと母さんを。二人が死んだとき、私は十三歳だった。彼みたいな男たちが、すべてを破壊する様を思い出せ。
なのに、将臣の声が頭の中で響く。私の名前を呼ぶ、あの声が。抱きしめられたときの温もりが。まったく偽物には見えない、あの瞳の柔らかさが。
そんなもの、本物のはずがない。彼は金で何でも解決できると思っている、そこらの金持ち野郎と同じ。自然界をずたずたに引き裂く、ただの実業家。だとしたら、どうしてこんなに胸が痛むの?
そもそもの始まりまで、時間を巻き戻してみよう。
三週間前。チャリティ・ガラ。クリスタルのシャンデリア、シャンパン、高価なドレスと偽りの笑顔。新崎市の上流階級にとっては、お決まりの光景だ。
私は家賃一ヶ月分もした、背中の大きく開いた深緑色のガウンをまとって立っていた。アクセサリーは安物。わざとだ。手には一口もつけていないワングラス。ターゲットは部屋の向こう側にいる。黒木将臣。
写真で見るより背が高い。黒のタキシードが完璧にフィットしている。社交界の名士たちが彼を取り囲んでいるが、本人は退屈そうだ。その瞳は鋭く、冷たい。まるで、そこにいる全員の欺瞞を見透かしているかのようだ。
くそっ。実物の方がずっと威圧感がある。やるなら今しかない、空良。このために何ヶ月も計画してきたんだ。父さんのために。母さんのために。マサイマラのために。
息を吸い込み、彼に向かって歩き出す。あと三歩というところで、誰かの肘が私の腕に当たった。赤ワインが、彼の白いシャツに派手に飛び散る。
ボールルームが静まり返る。すべての視線がこちらを向いた。
「まあ、大変! ごめんなさい! 誰かにぶつかられてしまって」私は目を見開き、屈辱に耐える表情を完璧に演じてみせる。ナプキンを掴み、彼のシャツを拭こうと手を伸ばした。指先が彼の胸に触れる。温かくて、硬い。
彼の手が私の手首を掴んだ。強くはないが、確かな力で。視線が交わる。
彼の眼差しに何かがよぎる。興味? それとも猜疑心? 私はさっと視線を落とし、睫毛を震わせる。内気なふりをする。
「本当に申し訳ありません。クリーニング代をお支払いします……」
「気にするな」。予想より優しい声だった。「ただのスーツだ」
誰かが静かに笑う。黒木財閥の財力を知らない者はいない。クリーニング代だと? なんて冗談だ。
私は唇を噛む。「でも、オーダーメイドのお品でしょう……せめて、埋め合わせをさせてください」
彼は私を吟味するように見つめた。そして、ほんのわずかに微笑む。「名前は?」
「空良です。花見空良」
「空良」。彼はその言葉を口の中で転がすように言った。「そんなに埋め合わせがしたいなら、代わりに食事でもどうだ?」
計画通り。なのに、どうして心臓がこんなに鳴り響いているの?
二十分後、オークションは続行されていた。いくつかのアート作品が競り落とされていく。私は人混みの端にいて、できるだけ目立たないようにしていた。けれど、将臣の視線がずっと私を追っているのを感じていた。
「次の品は、野生動物写真家、花見空良氏より。『最後の眼差し』、ユキヒョウのポートレートです」
私の写真がスクリーンいっぱいに映し出される。野生の、孤独なユキヒョウの瞳。これは私の経歴を固め、ただの成り上がりではないと証明するために仕込んだものだ。
開始価格は百万円。おそらく安値で落札されるだろう。ここにいる誰も、絶滅危惧種になど興味はない。だが、少なくとも私が本物であることの証明にはなる。
「百万円――」
「五千万円」将臣の声が部屋を切り裂く。その目は、まっすぐに私を捉えていた。
ボールルームがどよめく。誰もが振り返り、囁き声が野火のように広がっていく。「あの女は誰だ?」「黒木の新しい女か?」「五千万円?」
私は彼を見つめる。心から、驚いていた。五十万? 写真一枚に? 手のひらが汗ばむ。
一体なんなの? 見せびらかしているの? それとも、私を試している?
「落札! 五千万円、黒木様!」
彼がこちらへ歩いてくると、人垣がモーゼの海のように割れた。見上げるほどの長身。彼のコロンの香りがする。
彼が身を寄せ、温かい息が耳にかかる。「食事、楽しみにしているよ、空良」
熱が全身を駆け巡る。顔が燃えるように熱い。心臓が激しく脈打つ。
彼はただのターゲット。ここに来た理由を忘れるな。
二時間後、私は新崎市で最も高価なレストランの一つに座っていた。将臣が私のために椅子を引く。店内には、誰もいない。
「少し、やりすぎじゃないですか?」
彼は私の向かいに座り、くつろいだ様子だ。「邪魔されるのが嫌いでね」
クリスタルのグラスにワインが注がれる。グラスを持ち上げ、ワインを吟味するふりをする。本当は、彼を観察している。
「君のことを教えてくれ。野生動物写真家なんだって?」
私は用意していた身の上話を始めた。世界中を旅して、絶滅危惧種を撮っていること。ユキヒョウ、アフリカの夕日、ケニアのサイたちの危機。
「クロサイがもう五千頭も残っていないって、ご存知ですか? 彼らの生息地は――」そこまで言って、私は熱くなりすぎたことに気づき、口をつぐんだ。
彼が自身のホテル帝国について話したとき、私はただ礼儀正しく「まあ」と相槌を打ち、すぐにマサイマラでの次の撮影の話に切り替えた。彼の資産について尋ねることも、その成功を称えることもしない。
彼の眼差しが深まる。「君は、違うな」
「違う?」
「ほとんどの女は、すぐに俺の純資産を知りたがる。君は興味がないようだ」
私は肩をすくめる。「お金で絶滅危惧種は救えませんから」
それは、今夜私が口にした中で唯一の真実だった。この瞬間、私は演じていなかった。
将臣がフォークを置く。「本気で何かを変えられると思っているのか? 写真を撮るだけで?」
私の目が硬くなる。「そう信じなければ。私が信じなかったら、誰が信じるんですか?」
両親のことを思う。ツァボでのあの夜。指がナプキンをきつく握りしめる。
一瞬だけ、彼の表情に何かが和らぐ。私には名付けられない何か。憐れみではない。理解?
私たちはお互いを見つめ合う。空気が張り詰めている。そこへサーバーがメインディッシュを運んできて、その瞬間は破られた。
私はステーキにナイフを入れる。将臣はワインを口に運びながら、決して私から目を離さない。彼が私のすべてを見透かそうとしているのを感じる。
彼の優しさに騙されるな。彼が何者なのかを思い出せ。利益のためにマサイマラを破壊するような男。彼の進めるリゾート計画は、サイの生息地を跡形もなく消し去るだろう。役人を買収し、マサイの部族を立ち退かせる。彼は、敵だ。
けれど、別の声が囁く。彼が私を見る、あの眼差し……まるで私がこの世で唯一大切なものであるかのように。くそっ。まずいことになった。
レストランの入り口には、彼の運転手が待っていた。高級車のライトが暗闇の中で眩しい。
将臣が私に向き直る。「俺のペントハウスは、この真上だ。一杯、飲みに来ないか?」
私は立ち上がり、使い古したキャンバス地のバックパックを手に取る。高価なガウンとは不釣り合いな、意図的な小道具だ。
私は微笑む。だが、瞳は揺らいでいない。「私はそういう女ではありません、黒木さん」
「ごちそうさまでした。それから……私の写真を買ってくださって、ありがとうございます」
私は背を向けた。ヒールが舗道を叩く音が響く。振り返らない。けれど、彼の視線が背中に焼き付くのを感じていた。
将臣は、彼女が夜の闇に消えていくのをじっと見送っていた。エレガントなドレスの背で揺れる、あの使い古されたバックパックを。彼の口元の笑みは、さらに深まっていた。
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