紹介
それが、私と彼の心を繋いだ、魔法の始まりだった。
私の名前は雨宮千葉。B市で夢を追う、金欠の美術学生。
ある日、手に入れた一枚の毛布にくるまった瞬間、私の頭の中に、知らない男の声が響き始めた。
「――そんなにきつく抱きつくな。息ができないんだが」
それは、M市で最も魅力的な独身男性と噂される、巨大財閥の跡取り息子――千堂早遊の心の声だった。
信じられないことに、私は彼と感覚を共有する「共感覚(シナスタジア)」を手に入れてしまったのだ。
最初はただの好奇心だった。
彼の孤独を、彼の優しさを、彼の誰にも見せない素顔を、私だけが知っていく。
いつしかそれは、抗えない執着に変わり、そして、どうしようもないほどの愛になった。
だが、あまりにも違いすぎる世界。
「彼のために消えろ」と脅され、涙を飲んで彼から離れようとした、その時だった。
彼が、私だけが聞こえる声で、静かに、けれど強く、決意を告げたのは。
「君を守れるなら、すべてを失っても構わない」
これは、一枚の古い毛布から始まった、奇跡の恋の物語。
チャプター 1
またしても、うんざりするような水曜の午後だった。
私は撮り終えたばかりの写真課題の作品と、山積みの未完成のスケッチで膨れ上がったバッグを背負い、疲れきった足取りで美術大学の正面玄関から外へ出た。
B市の秋風が容赦なく体を突き刺し、高校時代から着続けているこのジャケットがとうの昔に引退すべきだったことを思い出させる。
だが、引退させるにも金がかかる。そして金は、私にとって常に希少な資源だった。
スマホを取り出して銀行口座の残高を確認すると、見慣れた数字が目に飛び込んできた――2万4千円。今月残りの生活費を差し引くと、自由に使えるのはせいぜい5000円ってとこか。そんな金じゃ、まともな毛布一枚だって買えやしない。
昨夜は、紙みたいに薄っぺらいシーツにくるまって、一晩中凍えそうだった。黒崎利里はもっと厚いものを買えとしきりに言うが、彼女には分かっていない。私にとって一円一円が重要なのだ。彼女の両親は毎月仕送りをくれるが、うちの母親は自分の生活だけで手一杯なのだから。
「古着屋でも覗いてみるか」
私は独りごちて、B市の中古品街へと向かった。
「メモリーカプセル」というその店は、寂れたビルが立ち並ぶ一角に挟まれるようにして建っていた。ネオンサインは半分壊れ、「メモリー」の部分だけが頑固に点滅を続けている。小さな店だが、安い家庭用品ならいつでも見つかる場所だった。
ドアを押し開けると、お馴染みのカビ臭い匂いが鼻をついた。店主の中島洋介さんがカウンターの奥でレシートを整理していたが、こちらにちらりと視線を寄越す。
「よう、また来たな、嬢ちゃん。今日は何探しだ?」
「寝具です」と私は単刀直入に言った。
「安いやつを」
中島さんは奥の薄暗い一角を指差した。
「あそこに新しいのが入ってるぞ。数日前に持ち主の婆さんが亡くなって、家族が遺品整理で置いていったやつだ。好きに見ていけ」
私は段ボール箱がいくつか散らばっている薄暗い隅へと歩いていった。ほとんどは時代遅れの服や古風な装飾品だったが、一番底の箱の中に、それを見つけた。
ベルベットの毛布だった。
手を伸ばして触れてみると、マジかよ、と声が出そうになった。信じられないような手触りだ。柔らかくて、ずっしりと重い。安っぽい照明の下でもわかる、贅沢な光沢があった。これは間違いなく、ただの古着屋に転がっているような安物じゃない。こんな場所に置いてあるような代物ではなかった。
値札をひっくり返してみる――2,000円。
『何かの間違いだろ、これ』
私はその毛布をカウンターまで運んだ。中島さんはそれに一瞥をくれると、肩をすくめた。
「その値段だよ」と彼は言った。
「前の持ち主が死んで、家族が全部さっさと処分したがってるんだ。どっかの金持ちの婆さんの遺品らしい。結構な金持ちだったって話だが、家族はとにかく早く手放したいだけなのさ。欲しけりゃ持っていきな」
私はためらった。だが、この毛布の品質は……こんなチャンスは二度とないだろう。
「分かりました。これを買います」
支払いを済ませ、私は毛布を抱きしめるようにして店を出た。
アパートに戻ると、まだ黒崎利里は帰っていなかった。私たちの住むアパートは1DKで、私の「寝室」はリビングの隅を遮光カーテンで仕切っただけの空間だ。贅沢とは言えないが、ここが私の家だった。
ベッドに毛布を広げる。深い青色のベルベットが蛍光灯の光を浴びて鈍く輝いた。触れてみると、さらに感動的だった。まるで雲に包まれているようだ。
『これでやっと、ぐっすり眠れる』
―――
午前二時、私は浅い眠りから目を覚ました。
アパート全体が静まり返り、隣の部屋からかすかにテレビの音が聞こえるだけだった。私は新しいベルベットの毛布にしっかりとくるまり、これまでに感じたことのないほどの暖かさと心地よさを味わっていた。この毛布はまるで私のために作られたかのように、肌の一寸一寸を優しく包み込んでくれる。
半分眠ったまま寝返りをうち、無意識にそれをきつく抱きしめた。その時、はっきりとした男性の声が、すぐ耳元で聞こえた。
「そんなにきつく抱きつくな。息ができないんだが」
私は飛び起きた。心臓が胸から逃げ出そうなくらい激しく鼓動している。
部屋には誰もいない。街灯の光がカーテン越しに差し込み、すべてがいつも通りに見える。私は身を起こして部屋を見渡し、ドアにはまだ鍵がかかっていて、窓もしっかり閉まっていることを確認した。
『幻聴か』
私は自分に言い聞かせた。
『ストレスが溜まりすぎてるんだ』
だが、あの声はあまりにもリアルで、はっきりしていた。深くて、人を惹きつけるような、何とも言い表せない響きがあった。夢や幻覚とは明らかに違う。
私は再び横になり、わざと毛布を強く抱きしめた。ただの気のせいだと証明しようとしたのだ。
「これは……奇妙だが、温かいな」
今度は確信した。またあの声がしたのだ。私は感電したかのように飛びのき、ベッドの上に座り込んだ。
「なんだってんだよ……」
誰もいない部屋に向かって、私は震える声で言った。
あまりにも奇妙すぎる。古着屋で買った毛布が、どうしてそんな……?私はベッドに広がるベルベットを見つめた。それはとても無害で、ごく普通に見える。だが、今起きたことは間違いなく私の想像ではなかった。
もう一度それに触れようと手を伸ばすと、指が生地に触れた瞬間、私のスマホが鳴り響いた。
夜の静寂の中、着信音は鼓膜を突き破るほど鋭かった。私は危うく飛び上がるところだった。慌ててスマホを探す。
画面には知らない番号が表示されている。
一体誰だ、こんな午前二時に電話してくるなんて。
私はためらったが、とにかく電話に出た。
「もしもし?」
「こんな夜分に申し訳ありません」
電話の向こうから、深くて響きのいい声が聞こえてきた。
「奇妙に聞こえるでしょうが……誰かに抱きしめられているような感覚がありまして」
私はスマホを握る手に力を込めた。落としそうになる。その声は……さっき聞いた声と全く同じだった。
「誰……誰ですか?」
私は声を平静に保とうと努めた。
「千堂早遊と申します。M市に住んでいます。馬鹿げた話に聞こえるのは承知していますが、先ほどから、誰かに抱きしめられているような非常にリアルな感覚がありまして。とても温かく、心地よいのですが。ストレスによる幻覚かとも思ったのですが……」
彼は言葉を切った。
「私はおかしくなってしまったのでしょうか?」
私はベッドの上のベルベットの毛布を見つめた。心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。
「いえ、おかしいとは思いません」
私は慎重に言った。
「その感覚を、説明してもらえますか?」
「何かにとても柔らかく、温かく、心地よく包まれているような感じです。ただ、時々少し……息苦しいというか。誰かが強く抱きしめすぎているような」
私の呼吸が速くなる。これが偶然のはずがない。
「なぜ私に電話を?」と私は尋ねた。
「どうして私の番号を知っているんですか?」
電話の向こうで数秒の沈黙があった。
「正直に言うと、分かりません。その抱きしめられる感覚を覚えた時、この番号が頭に浮かんだのです。おかしい話だとは分かっています。でも、ただ……この番号に電話すべきだと、そう思ったんです」
私は毛布を凝視し、自分の理解を超えた何かが起きているのかもしれないと悟り始めた。
「今はどう感じますか?」と私は尋ねた。
「不思議と……落ち着いています。さっきまでの緊張感がすっと消えたような。あなたはどうです?何か感じていますか?」
私はスマホの画面に表示された時間を見た。午前2時7分。
「私は……」
私はためらった。どう説明すればいいのか分からない。
「私たち、話す必要があるかもしれません。でも今じゃない、電話でもない」
「そうですね」
千堂早遊の声は安堵したように聞こえた。
「明日では?私なら……」
「待ってください」
私は遮った。
「M市に住んでいると言いましたよね?」
「ええ、金融街の近くです。外資系の投資銀行で働いています」
やっぱりか。投資銀行、M市、千堂早遊――いかにもお坊ちゃんっぽい響きの名前だ。そうだろうと思った。
「私はB市に住んでます」
私は言った。なぜか説明のつかない不安を感じていた。
「私たちは……違いすぎる」
「距離なんて問題になりません」
彼の声には、私には読み取れない決意がこもっていた。
「あなたが会う気なら」
「分かりました」
私はついに言った。
「明日、話しましょう」
電話を切った後、私はベッドの端に座り、すべてを変えてしまったこの毛布をただ見つめていた。
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三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
六兄:「なぜチームが負けた?」――彼女が脱退したからだ。
兄たちは地に膝をついて許しを請うた。「戻ってきてくれ。俺たちこそが、血を分けた本当の家族じゃないか」
彼女は絶縁状を兄たちの顔に叩きつけ、冷ややかに笑った。
「車が壁にぶつかってから、ようやくハンドルを切ることを覚えたのね。株が上がってから、ようやく買うことを覚え、罪を犯して判決が下ってから、ようやく悔い改めることを覚えた。残念だけど、私は――許さない!」
冷酷非道な大物との政略結婚を強いられ、私は開き直った
ヤクザの家に生まれた宿命を恐れるあまり、私は幼馴染の周防文哉のもとへ逃げるように嫁いだ。
けれど結婚から五年――私は家畜のように囚われ、夫とその愛人に蹂躙され続けた。息絶えようとするその瞬間、最後に目に映ったのは、私の目の前で絡み合う二人の姿だった。
【転生】
再び目を開けると、婚約が公の場で発表されたあの瞬間に戻っていた。
周防文哉が愛おしそうに私を見つめ、優しく囁く。
「俺と結婚してくれ。」
次の瞬間――若きヤクザの組長が私の腕を掴み、力強く抱き寄せた。銃口は真っ直ぐ周防文哉に向けられている。
彼が、私の代わりに答えた。
「――断る」
竜王の花嫁
偉大なるイグナス王国を形づくる七つの村では、毎年欠かさず「選定の儀」が執り行われていた。その儀で村の娘のひとりが選ばれ、恐るべき竜王の花嫁となるのだ。
なぜそんな儀を年ごとに続けるのか、誰にもわからない。これまで選ばれていった花嫁たちが、その後どうなったのかも――。
奴隷にされているのか?
竜の餌にされているのか?
それとも……竜王自身が、彼女たちを喰らっているのか?
それだって否定はできない。王は自分たちとは違う、人ではないのだという噂があるのだから。
それでも、その疑問は執念深く人々の胸を苛んだ。
いったい、花嫁を何に使っているのか――!?
だが、誰も王に問いただそうとはしなかった。逆らうなどという無謀が、どんな運命を呼び込むかが怖かったのだ。
もっとも、そんなことはベラドンナの知ったことではない。今年は彼女の村が花嫁を差し出す番だったが、自分が選ばれるはずがないと彼女は確信していた。
なぜかって?
もちろん、計画があるからだ。そして彼女は、その計画が自分を裏切るはずがないと信じ切っていた……いや、本当にそうだろうか。













