削除された愛

削除された愛

渡り雨 · 完結 · 16.6k 文字

553
トレンド
5.9k
閲覧数
450
追加済み
本棚に追加
読み始める
共有:facebooktwitterpinterestwhatsappreddit

紹介

6年間交際したプログラマーの高橋由梨は、結婚を間近に控えた時、匿名掲示板で恋人の藤田が「妊娠した彼女と体面よく別れる方法」について相談している投稿を発見する。深夜に一緒にコードを書いた温かな思い出は、浮気の証拠と支配欲の前で粉々に砕け散った。彼女は技術を駆使して証拠を集め、偽りの絆を断ち切ろうとするが、狂気じみた執着に遭う。コードのように精密な裏切りと、決して妥協しない理性が対峙するとき、この感情の削除戦争は、法律と新たな人生の中で幕を閉じる。

チャプター 1

 秋葉原にある高級家電量販店。

 高橋由梨はスマートホームエリアに立ち、最新のカップル向けスマートウォッチの上を、そっと指でなぞっていた。

 「こちらが今季の主力商品でして、心拍数や位置情報をリアルタイムで共有できるほか、パートナーの感情の揺れまで感知できるんです」

 店員が熱心に説明する。

 「お客様のようなお若いカップルにぴったりですよ」

 由梨は愛想笑いを返したが、その視線は無意識に店の入口へと向いていた。

 藤田祐一は、もう四十分も遅刻している。

 彼が立ち上げたベンチャー企業がVCから資金調達したばかりで、最近は特に多忙なのだと分かってはいる。だが、今月に入ってからの遅刻は、これで三度目だった。

 スマートフォンが震える。由梨は期待して画面を開いたが、表示されたのは祐一からの短いメッセージだけだった。

 『ごめん、あと三十分。急に投資家との面談が入った』

 由梨は静かにため息を吐いた。

 六年間。大学のコンピューターサイエンス学科で出会ってから今まで、二人の関係はまるで、祐一の会社の評価額に連動しているかのようだ。

 両親から結婚の時期を尋ねられるたび、彼はいつも会社を言い訳にして話を逸らしてきた。

 「カップル向けの位置情報共有システムもございまして、スマートホームに設置すれば——」

 店員はなおも売り込みを続ける。

 「ありがとうございます。もう少し、一人で見てみますね」

 由梨は丁寧に、しかしきっぱりと断った。

 再びスマートフォンが震える。今度はメールの通知だった。

 見知らぬアドレスから、本文のないリンクが一つだけ送られてきている。

 由梨は一瞬ためらった後、リンクをタップした。

 【プログラマーの彼女と六年付き合ってるけど、性格の不一致に気づいた。でも、妊娠したって告げられたばかりなんだが、どうすればいい?】

 由梨の心臓が、どくん、と大きく跳ねた。

 投稿には、あるカップルの馴れ初めから現在までが詳細に綴られていた。大学のマラソン大会での出会い、二人で開発したプライベートアプリ、そして最近になって気づいたという「性格の不一致」。

 ユーザー名は匿名だったが、そのディテール——北海道の技術セミナー、深夜残業の際に届けられた手作りの弁当、さらには二人が去年の冬に共同開発した、あのプライベートなメッセージアプリ——あまりにも、自分たちの思い出と重なりすぎていた。

 「これ、祐一の文章……」

 由梨は呟き、指先が微かに震える。

 おとといの夜、彼女は二人だけが使えるあのアプリで、祐一に妊娠を告げたばかりだった。

 彼はその時、とても喜んでいるように見えた。責任を取ると約束し、結婚についても本格的に話し合おうとさえ言ってくれた。

 それなのに、この投稿は。

 掲示板の向こう側で、彼は「円満に別れる方法」を尋ねている。

 由梨は眩暈を感じ、スマートフォンを滑り落としそうになった。

 ひとつ深呼吸をすると、素早く投稿内容のスクリーンショットを保存し、自社で開発したデータフォレンジックツールを起動。投稿のメタデータとIPアドレス情報を抽出する。

 データ分析の結果が、画面に表示される。

 投稿に使われたIPアドレスは、祐一の会社の所在地と完全に一致していた。

 「お客様、大丈夫ですか?顔色が優れませんが」

 店員が由梨の青白い顔に気づき、心配そうに声をかける。

 「ええ、大丈夫。……もう、何も買う必要はなくなりましたから」

 由梨は静かに言った。

 彼女はスクリーンショットと分析結果を、プライベートな暗号化クラウドストレージの『証拠』という名のフォルダにアップロードし、静かに店を後にした。

 夕暮れ時、由梨は秋葉原の電気街にあるカフェにいた。

 ここは、彼女と祐一が初めて出会った場所だ。六年前のマラソン大会で同じチームとして優勝し、その後、祐一は一学期間、ずっと彼女を追いかけ続けた。

 今、祐一から三件のメッセージが届いている。どこにいるのか、なぜ返事をしないのかと。

 由梨はスマートフォンをマナーモードに切り替え、窓の外で次第に灯り始めるネオンをただ見つめていた。

 かつての祐一がしてくれた、たくさんのことを思い出す。

 バグで動かなくなったコードを、朝の三時まで一緒にデバッグしてくれたこと。

 冬には彼女のデスクに、そっとカイロを置いてくれたこと。

 自分の食費を切り詰めて、高価なプログラミングの専門書をプレゼントしてくれたこと。

 北海道の技術セミナーに連れて行ってくれ、雪の中で二人だけのメッセージアプリを一緒に作ったこと。

 だが、現実こそが真実だ。

 資金調達に成功して以来、祐一はほとんどのデートに遅刻し、ドタキャンも増えた。そして、SNSで他の女性とやり取りする頻度は、明らかに増えている。

 『あなたは小さい頃から完璧主義者で、算数の問題で数式が一つでも綺麗に書けていないと我慢できない子だった。この先どうなることか。だって、感情っていうのは、一番完璧にはいかないものなのよ』

 母の言葉が、耳元で蘇る。

 由梨は立ち上がり、カフェを出た。

 秋葉原の街はネオンが煌めき、電子広告のサイネージが色とりどりの光を放っている。

 もう夜の八時だというのに、彼女はまだマンションに帰る気になれず、祐一から新しいメッセージも来ていない。

 彼女は深く息を吸い、スマートフォンを開くと、あのプライベートなメッセージアプリに、最後の言葉を打ち込んだ。

 「別れましょう」

最新チャプター

おすすめ 😍

出所したら、植物状態の大富豪と電撃結婚しました。

出所したら、植物状態の大富豪と電撃結婚しました。

169.4k 閲覧数 · 連載中 · 青凪
5年前、私は誰かの身代わりとなり、無実の罪で投獄された。
出所すると、母親は私が獄中で産んだ二人の子供を盾に、植物状態にある億万長者との結婚を強いる。
時を同じくして、その悲劇の大富豪もまた、家族内での権力闘争の渦中にいた。

街では植物状態の男が若い花嫁とどう初夜を過ごすのかと噂される中、この元囚人が並外れた医療技術を秘めていることなど、誰も予想だにしなかった。
夜が更け、無数の銀鍼(ぎんしん)が打たれた男の腕が、静かに震え始める…

こうして、元囚人の彼女と植物状態の夫との、予期せぬ愛の物語が幕を開ける。
さようなら、愛してくれない家族たち。地味な専業主婦は研究界の女王へと覚醒する

さようなら、愛してくれない家族たち。地味な専業主婦は研究界の女王へと覚醒する

141.1k 閲覧数 · 連載中 · 86拓海
「君よりも、彼女のほうが母親にふさわしい」
愛する夫と子供たちにそう言われ、私は家庭内での居場所を失った。
六年間、身を粉にして尽くしてきた日々は、何の意味もなかったのだ。

絶望の中で目にしたのは、かつて母が手にした科学界の最高栄誉であるトロフィー。
その輝きが、私に本来の自分を思い出させた。

私はエプロンを脱ぎ捨て、白衣を纏う。
もう誰かの妻でも、母でもない。一人の科学者として、世界を驚かせるために。

数々の賞を総なめにし、頂点に立った私を見て、元夫は顔面蒼白で崩れ落ちた。
震える声で私の名前を呼び、足元に縋り付く彼。

「行かないでくれ……君がいないと、俺は……」

かつて私を見下していたその瞳が、今は絶望と後悔に染まっていた。
社長、突然の三つ子ができました!

社長、突然の三つ子ができました!

73.9k 閲覧数 · 連載中 · キノコ屋
五年前、私は継姉に薬を盛られた。学費に迫られ、私は全てを飲み込んだ。彼の熱い息が耳元に触れ、荒い指先が腿を撫でるたび、震えるような快感が走った。

あの忌まわしい夜から逃げるように去った私だったが、ほどなくして三つ子を妊娠していることに気付く。

五年後、医療界の新星として戻ってきた私は、継母、継姉、実の父へ全ての仕返しを誓う。

その時、彼が現れた。三人の小さな自分そっくりの顔をじっと見つめながら、優しく「パパ」と呼ぶよう子供たちを誘う彼。

ふとシャツのボタンを外し、悪戯っぽく笑って言った――

「どうだい、あの夜の熱をもう一度味わってみないか?」
不倫夫を捨て、私は大富豪の妻になる

不倫夫を捨て、私は大富豪の妻になる

91.8k 閲覧数 · 連載中 · 七海
人生最良の日になるはずだった、結婚式当日。
新郎の車から出てきたのは、見知らぬ女の派手なレースの下着だった。

しかも、その布切れにはまだ。生々しい情事の痕跡が残されていた。

吐き気がするほどの裏切り。
幸せの絶頂から地獄へと突き落とされた私。

けれど、泣き寝入りなんてしてやらない。
私はその場でウェディングドレスの裾を翻し、決意した。

「こんな汚らわしい男は捨ててやる」

私が選んだ次の相手は、彼など足元にも及ばない世界的な億万長者で?
跡継ぎゼロの冷酷社長に一夜で双子を授けてしまいました

跡継ぎゼロの冷酷社長に一夜で双子を授けてしまいました

98.7k 閲覧数 · 連載中 · 風見リン
結婚三年目、浅見紗雪は名門の偽令嬢だったことが発覚した。

姑は彼女に離婚を迫り、婚約を真の令嬢に返すよう要求した。

浅見紗雪は不安を抱えながら夫に尋ねた。

しかし彼は冷淡な表情で言った。

「俺が誰と結婚しようと、どうでもいい」

彼女は心が冷え切り、離婚協議書にサインした。

一週間後、十数機のヘリコプターが浅見紗雪の前に着陸し、そこから三人の財閥御曹司が降りてきた。

彼らは興奮した面持ちで言った。

「妹よ、二十年間、ようやく君を見つけることができた!」
逃げる秘書の資産は三千億!?急げ、社長!

逃げる秘書の資産は三千億!?急げ、社長!

73.1k 閲覧数 · 連載中 · 神楽坂奏
十年前、中林真由の母親が腎臓移植を必要としたが、家には手術費を工面する金がなく、挙句の果てに家まで叔父一家に乗っ取られた。
少しでも多くのお金を稼ぐため、彼女は高級クラブでウェイトレスとして働き始めた。
女があまりに美しく、誰も守ってくれる者がいない時、その美しさは原罪となる。
初出勤の日、彼女は危うく猥褻行為の被害に遭いかけた。
男たちが彼女を取り囲み、卑猥な視線をその身に注ぐ。
クラブの金持ちたちは、彼女のような世間知らずの子羊を見つけ出すのが実にうまかった。
彼女が最も惨めなその時、今野敦史が現れた。
この十年、彼女はずっと今野敦史の傍にいた。
友人たちも、家族も、皆が今野敦史を知っていて、二人が付き合っていると思い込んでいる。
でも、今まで彼の周りには女が絶えなかったじゃない。それが今、「ついに運命の相手を見つけた」なんて言ってるの。
今、ようやく彼から離れる機会を得たというのに、どうして手放せようか。
死んだはずの妻が、自分と「瓜二つ」の双子を連れて帰ってきた

死んだはずの妻が、自分と「瓜二つ」の双子を連れて帰ってきた

59.2k 閲覧数 · 連載中 · 白石
5年前、身に覚えのない罪で投獄され、身重の体で捨てられた私。
異国の地で必死に生き抜き、女手一つで双子の息子を育て上げた。

平穏を求めて帰国した私だったが、運命は残酷だ。
かつて私を捨てた元夫・ベンジャミンに見つかってしまったのだ。

「その子供たち……俺にそっくりじゃないか」

彼の目の前にいるのは、彼を縮小したかのような「生き写し」の双子。
ベンジャミンは驚愕し、私たちを引き留めようとする。
しかし、息子たちは冷酷な父親を敵視し、断固として拒絶するのだった。

「僕たちを捨てた男なんて、父親じゃない!」

やがて明らかになる、あの日の「火事」の真相と、悪女オリビアの卑劣な罠。
すべての誤解が解けた時、彼が差し出す愛を、私は受け入れることができるのか?

憎しみと、消え残る愛の間で揺れる、会と許しの物語。
社長、見て!あの子供たち、あなたにそっくりです!

社長、見て!あの子供たち、あなたにそっくりです!

81.3k 閲覧数 · 連載中 · 風見リン
結婚三周年――
中川希は期待に胸を膨らませて、高原賢治に妊娠の報告をした。
しかし返ってきたのは――十億円の小切手、一言「子供を中絶しろ」、そして離婚契約書だった。
子供を守るため、彼女は逃げた。
――五年後。
双子の愛らしい子供を連れて帰ってきた彼女は、医学界で誰もが憧れる名医となっていた。
追い求める男は数知れず。
その時、高原賢治は後悔し、全世界に向けて謝罪のライブ配信中。
中川希は冷ややかに見下ろす。
「離婚して、子供もいらないって言ったんじゃないの?」
彼は卑屈に頼み込む。
「希、復縁して、子供を――」
「夢でも見てなさい。」
「希、子供たちは父親が必要だ。」
双子は両手を腰に当て、声をそろえて言う。
「私たち、ママをいじめるパパなんていらない!」
部屋から布団も荷物も投げ出され、大人しく立つことすらできない高原賢治に、希は言い放つ。
「目を見開いて、よく見なさい。結局誰が誰をいじめてるのか――!」
不倫修羅場の翌日、財閥の御曹司とスピード婚!?

不倫修羅場の翌日、財閥の御曹司とスピード婚!?

106.5k 閲覧数 · 連載中 · 朝霧祈
田中唯はドアの外に立ち、部屋の中から聞こえてくる淫らな声に、怒りで全身をわなわなと震わせていた!
ここは彼女の新居。彼女と高橋雄大の新居になるはずの場所だ。
部屋の中にある調度品は一つ一つ彼女が心を込めて選び抜き、その配置も隅々まで熟考を重ねて決めたものだった。
中にある新婚用のベッドは、昨日届いたばかり。
明日は、二人の結婚式だ。
それなのに今日、彼女の婚約者はその新婚用のベッドの上で、別の女と情熱的に絡み合っている!
「俺と結婚しろ」
背後の男が突然口を開き、驚くべきことを言った!
「俺の姓は鈴木。鈴木晶だ」男は自己紹介を終えると、言った。「明日の結婚式、俺と高橋雄大、どっちを選ぶ?」
田中唯は心の中で、どちらも選びたくないと叫んだ。
だが、それは不可能だと分かっている。
明日の結婚式は予定通り行わなければならない。キャンセルすれば祖母が心配する。自分にわがままを言う資格はない。
「あなたを選びます」
冷酷社長の愛の追跡、元妻の君は高嶺の花

冷酷社長の愛の追跡、元妻の君は高嶺の花

80.4k 閲覧数 · 連載中 · 午前零時
「離婚しましょう」——夫が他の女性と恋に落ち、私にそう告げた日。
私は静かに頷いた。

離婚は簡単だった。でも、やり直すことはそう簡単にはいかない。

離婚後、元夫は衝撃の事実を知る。私が実は大富豪の令嬢だったという真実を。
途端に態度を豹変させ、再婚を懇願して土下座までする元夫。

私の返事はたった一言。
「消えろ」
天使な双子の恋のキューピッド

天使な双子の恋のキューピッド

87.5k 閲覧数 · 連載中 · 鯨井
妊娠中の私を裏切った夫。不倫相手の策略に陥れられ、夫からの信頼も失い、耐え難い屈辱を味わった日々...。

しかし、私は決して諦めなかった。離婚を決意し、シングルマザーとして懸命に子育てをしながら、自分の道を切り開いていった。そして今や、誰もが認める成功者となった。

そんな時、かつての夫が後悔の涙とともに現れ、復縁を懇願してきた。

私の答えはただ一言。
「消えなさい」
離婚と妊娠~追憶のシグナル~

離婚と妊娠~追憶のシグナル~

71.2k 閲覧数 · 連載中 · 月見光
離婚して、すべて終わると思った。
伊井瀬奈は新生活を歩み始める决心を固めていた。
しかし、その時、訪れたのは予期せぬ妊娠——それも、最悪のタイミングでの激しいつわり。
瀬奈は必死に吐き気をこらえるが、限界を迎え……。
「お前……まさか……」
冷酷無比な元夫・黒川颯の鋭い目が、瀬奈のお腹へと向けられる。
あの日から、運命は、もう一度動き出していた。