紹介
けれど、彼の初恋の相手である紗栄子(さえこ)が帰国するたび、私の結婚式は中止になる。そして、私は海外へ送られるのだ。
だが、最も屈辱的なのはそこではない。
家を出る前に、私は自分の手で、家にある全ての「私の痕跡」を消し去らなければならない。写真を外し、服を片付け、歯ブラシ一本に至るまで持ち去る——彼女がそれを見て「不快に思う」からだ。
七年。七つの国。引き出しの中では、七つの指輪が埃を被っている。
そして、婚姻届は一枚もない。
彼はいつも、彼女が去ったら結婚しようと約束した。そして私は、馬鹿みたいに、毎回それを信じていた。
今回までは。
もう、二度とここへは戻らない。
チャプター 1
同じ男と、七回婚約した。
七回のプロポーズ。七つの指輪。七度決まった挙式日。招待状は刷り上がり、ドレスの試着も済ませた。
けれど、結婚式はゼロだ。
江川紗栄子――秋宏の初恋の相手――が帰国するたび、私の婚約は破棄される。そして私は、秋宏の決めた場所へと送り出されるのだ。
「バレンタインに、あいつがこっちに来るんだ」
キッチンカウンター越しに、パスポートと航空券が滑ってくる。
「婚約パーティーは延期だ」
そう告げたのは秋宏。私が七回婚約した相手だ。
中止じゃない。延期。彼はいつもそう言う。
私は彼を見ずにパスポートを取り上げた。今回はノルウェー。去年はスイス。その前はニュージーランド、ポルトガル、中国、カナダ、オーストラリア。
七年。七カ国。七つの長期滞在ビザ。
それでも、婚姻届はまだない。
リビングへ行き、写真を外しにかかる。私たちの写真。もっとも、残っているものは少ない――フォトフレームの大半は空にしておくことを、私はもう学んでいたから。
「ルールはわかってるよな」背後から秋宏の声がした。
「あいつ、お前の私物を見ると居心地悪がるからさ」
わかっている。
クローゼットを空にする。洗面用具を片付ける。このマンションから私の痕跡をすべて消し去る。そうすれば紗栄子が転がり込んできたとき、ここが自分の居場所だと錯覚できるから。
いや、実際そうなのだろう。私なんかよりもずっと、彼女こそがここの住人にふさわしい。
寝室の引き出しを開け、婚約指輪を外す。六個目――いや、七個目だったか? もう覚えていない。どれも同じに見えるし、同じ末路を辿って、同じ引き出しに収まるのだから。
スーツケースに服を畳んで詰める私を、秋宏が見下ろしている。腕を組み、その目には称賛に近い色さえ浮かべて。
「今回は手際がいいな」と彼。
確かに。
最初に見送られたときは、荷造りに三日かかった。その間、私は泣き通しだった。
三回目は一日で済ませたけれど、家を出るのは拒んだ。結局、彼が私を抱えて車に押し込むまで動かなかった。
今や四時間で完了だ。ただの条件反射。
スーツケースのジッパーを閉め、ふと手を止める。最後にバレンタインを過ごしたのはいつだっただろう。
本当に、思い出せない。
「あいつが帰ったら迎えに行く」秋宏が言う。
「二週間、たぶん三週間くらいだ。そしたら婚約パーティーを仕切り直そう」
かつての私は、その言葉に縋り付いていた。電話が鳴り、帰っていいと告げられるのを待ちわびて、指折り数えていたものだ。
今ではただのホワイトノイズにしか聞こえない。
「フライトは明日の朝だ」彼は付け足す。
「いいホテルを取ったぞ。きっと気に入る」
彼は毎回そう言う。まるで親切のつもりで。まるで私をバカンスに送り出すかのように。本当はただの追放刑で、元カノが私のベッドで寝る際、気まずくならないようにするための措置だというのに。
私はコートを掴み、ドアへと向かう。
秋宏が私の腕を掴んだ。
「待てよ」
振り返る。
彼の顔に何かがよぎった。たぶん、罪悪感。あるいは、罪悪感に見えるように作った何か。
「今回は、行かなくていいかもしれない」彼はゆっくりと言った。
「近くに泊まればいい。市内のホテルとかな。あいつが落ち着いたら、すぐに迎えに――」
「いいの」私は腕を引き抜く。
「どうせ奈々子と旅行の計画を立ててたから。あの子、ずっとオーロラが見たいって言ってたし」
秋宏の表情が変わる。罪悪感は消え失せ、もっと硬質なものが取って代わった。
彼の顎が強張る。
「まどか。予定より早く帰ってくるなと言ったはずだぞ。出発を遅らせようなんて思うなよ? 紗栄子が来る前に、お前はここを出て行くんだ」
彼がいつのことを言っているのか、私にはわかっていた。
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あの夜のことを思い出す。
冷水を浴びせられた後、彼は私に去りたいかと尋ねた。
「覚えているか?お前は言ったんだ―『死以外に、私たちを引き離せるものはない』とね」
薄暗い光の中、影を落とした彼の顔を見つめながら、
私は現実感を失いかけていた。
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