私を愛さなかった夫が、私が去った後、跪いて復縁を乞うなんて

私を愛さなかった夫が、私が去った後、跪いて復縁を乞うなんて

渡り雨 · 完結 · 17.3k 文字

279
トレンド
429
閲覧数
0
追加済み
本棚に追加
読み始める
共有:facebooktwitterpinterestwhatsappreddit

紹介

一度の過ちで、私と上司の黒崎修との間に子供ができた。しかし、彼は私たちの関係を外部に明かすことを決して許さなかった。
6年間、彼は私たちを家族として扱ってくれなかった。
息子の誕生日、私は彼に「子供の誕生日を一緒に祝ってくれないか」と尋ねた。
夜、食卓には私と息子だけ。二人きりで寂しくケーキを食べていた。
その後、彼は、私たちにしばらく家を出てほしいと言い放った。
その瞬間、私の我慢は限界に達し、息子を連れてこの男のもとを去ることを決意した。
そして、私が去った後、この男は後悔を始めることになる。

チャプター 1

 野原さんのデスクに辞表を置いたとき、意外なほど指先は震えなかった。

「月島さん、本当にこれでいいのかい?」

 野原さんは眼鏡の位置を直しながら、驚きを隠せない様子だった。

「長年勤めてくれた君が、こうしていきなり辞めてしまうなんて……本当に惜しいよ」

 私もため息をつき、残念そうな素振りを見せる。

 だが次の瞬間、私は真摯な表情を作って彼に告げた。夫の仕事がシカゴで軌道に乗ったこと、そしてこれ以上離れて暮らすのは子供の成長によくないということを。

「ご存じの通り、安定した愛情のある環境こそが、子供の成長には不可欠ですから」

 野原さんは頷き、その目に同情の色を浮かべた。

「なるほど。確かに、一人で子育てをするのは大変だっただろう。君の旦那さんがアメリカにいるとは知らなかったよ。てっきり、ずっとシングルマザーなのかと思っていたからね」

 その誤解を、私は訂正しなかった。

 これまでは、確かに違ったけれど。

 もうすぐ、名実ともにそうなるのだから。

 人事部を出て、私は無意識のうちに企画部のほうへと視線を向けていた。

 給湯室の磨りガラス越しに、黒崎修がコーヒーを注いでいるのが見えた。

 チャコールグレーのスーツが、彼の長身を包み込んでいる。袖口のシルバーのカフスが、照明の下で冷ややかな光を反射していた。

 六年という歳月が過ぎても、彼は相変わらず芸術品のように完璧だった。

 戸籍上、この芸術品が私の最も親密な伴侶であるにもかかわらず。

 私の夫。

 そして、私の子供の父親。

 だが皮肉なことに、彼は誰よりも私を憎んでいる人間でもあった。

 かつて私は、彼の最も有能な部下だった。だがある夜、酒に酔った勢いで私たちは過ちを犯し、子供を授かった。

 その後、私たちは結婚した。けれど彼は、私に関するすべてを拒絶した。子供が彼を「パパ」と呼ぶことさえも。

 私は給湯室に入り、陽斗の幼稚園で行われる親子運動会に参加できるか尋ねようとした。

 彼が来るとは思っていない。けれど、陽斗はずっと父親の参加を待ち望んでいる。

 あの子を悲しませたくなかった。

「部長」

 そう声をかけた瞬間、彼の瞳から温度が消えた。私に話しかけられること自体が不快だと言わんばかりに、あからさまに眉を寄せる。

 彼はコーヒーを手に踵を返した。ほぼ同時に、久良由美が笑顔で入ってくる。彼女の指が、自然な仕草で彼のスーツの裾に絡んだ。

「部長ぉ、企画書のここ、ちょっと分かんないんですけどぉ……」

「ああ、後で執務室に来なさい」

 声色が、瞬時に柔らかいものへと変わる。わざわざ屈み込んで、彼女の話を聞こうとするほどに。

 その忍耐強さと優しさを目の当たりにして、私は言葉を失った。

 私はその場に立ち尽くし、去っていく二人の背中を見送ることしかできなかった。

 スマホが震える。

 息子の陽斗からだ。

『ママ、パパきょうくるかな? かけっこ、みてほしいんだ』

 視界が一瞬、涙で歪んだ。廊下の突き当たりに目を向けると、黒崎が風で乱れた久良の髪を、優しく直してあげているところだった。

 結果は分かっていたが、それでも私は彼にメッセージを送った。

『今日の午後、幼稚園で親子運動会があります。時間ありますか? 運動会の後、陽斗の誕生日を祝いたいのですが』

 十メートル先で、彼がスマホを取り出すのが見えた。画面が明るく光る。

 だが、彼は無表情のまま、すぐにそれをポケットに仕舞い込んだ。

 私は瞳を閉じた。

 分かっていたはずだ。彼が私を愛していない以上、二人の間に生まれた子供に、ほんの僅かでも愛情を抱くはずがないと。

 でも、もうすぐだ。

 もうすぐ、誰もが解放される。

 幼稚園の駐車場で、陽斗は背伸びをしながら、車の窓ガラス越しに外を覗き込んでいた。

「ママ、パパきた?」

 私はシートベルトを外し、努めて明るい声で言った。

「パパはね、急に大事な会議が入っちゃったの。だからママに『代わりに陽斗を応援してやってくれ』って」

 陽斗の瞳が陰る。だが、それはほんの一瞬だった。

 次の瞬間、彼は満面の笑みを浮かべた。

「だいじょうぶ! ママがきてくれたら、それでいいよ!」

 六歳の子供が、すでに大人の顔色を窺い、母親を慰めるために明るく振る舞うことを覚えている。

 私はしゃがみ込み、彼をきつく抱きしめた。

 ごめんね。ママが不甲斐ないばかりに。

 運動会が始まると、陽斗は誰よりも速く走り、リレーではトップでゴールテープを切った。彼は景品のマッサージ枕を抱きしめ、興奮気味に言った。

「ママ! これ、パパにあげるんだ! いつも肩がいたいっていってたから!」

 心臓を強く鷲掴みにされたような痛みが走る。彼が運動会にパパを呼びたがっていた理由は、これだったのか。直接、パパにプレゼントを渡したくて。

 家に帰り着いたのは夕方だった。バッグを置いた直後、スマホが鳴った。

 黒崎修からの返信だ。たった一言、『分かった』と。

 私は呆然とし、我が目を疑った。

 陽斗はローテーブルにへばりついて宿題をしていた。私は彼に歩み寄り、震える声で告げた。

「陽斗、パパが今夜、お誕生日のお祝いに帰ってくるって」

「ほんとう!?」

 陽斗が勢いよく顔を上げる。その瞳は星のように輝いていた。

 六年目にして初めて、彼が陽斗の誕生日を祝うために帰宅すると約束してくれたのだ。

 私は夕食の準備に取りかかった。

 黒崎修が好む照り焼きチキン、陽斗が大好きなクリームシチュー、そして特注の苺のショートケーキ。

 陽斗は宿題を終えると、玄関のマットに座り込んだ。小さな手には、あのマッサージ枕が握りしめられている。彼は微動だにせず、ドアを見つめ続けていた。

 七時。

 九時。

 五通送ったメッセージに、返信は一つも来ない。

「ママ……」

 陽斗の声は消え入りそうだった。

「パパ、まただいじなおしごとなのかな?」

 泣き出しそうなのを、彼は必死に堪えている。

 私は彼の前にしゃがみ込み、何か言おうとしたが、喉が詰まって声が出なかった。

「だいじょうぶだよ!」

 陽斗が突然笑った。その眼縁は赤く染まっている。

「ママがお祝いしてくれればいいもん! ケーキ、いっしょにたべよう?」

 彼がソファからバースデーハットを取り出し、私に差し出した。

「ママ、これかぶせてくれる?」

 その帽子を受け取ろうと手を伸ばした瞬間、スマホの画面が明るく光った。SNSの通知だ。

 久良由美が、新しい写真を投稿していた。

最新チャプター

おすすめ 😍

余命宣告された日、帰宅するとベッドに「引き裂かれた愛人の下着」があった

余命宣告された日、帰宅するとベッドに「引き裂かれた愛人の下着」があった

26.1k 閲覧数 · 連載中 · 七海
結婚して5年、夫とは円満だと思っていた。
しかし、運命は残酷だ。

病院で「白血病」という絶望的な診断を受けたその日。
震える足で帰宅した私の目に飛び込んできたのは、夫の裏切りの証拠だった。

私たちの神聖な寝室。
そのベッドの上には、無惨に引き裂かれたレースの下着がわざとらしく残されていたのだ。

それは明らかに、夫の愛人からの宣戦布告。
「あなたはもういらない」と嘲笑うかのような、残酷なマウントだった。

命の期限を突きつけられた日に、愛まで失った私。
絶望の淵で、私はある決断を下す。
婚約破棄後、私はヤクザの組長と結婚した

婚約破棄後、私はヤクザの組長と結婚した

27.5k 閲覧数 · 連載中 · やもり
裏切りと陰謀が渦巻く世界で、妃那(えな)は突然の誘拐事件に巻き込まれる。
救いの手を差し伸べたのは謎めいた男・葉夜(かなや)だったが、彼の真意は読めない。
一方、妃那の宿敵であり自信家の祈葉(いのか)は、自らの美貌と魅力を武器に黒社会の頂点を目指すが、
思いもよらぬ残酷な試練に追い込まれていく。
誤解と嫉妬、愛と憎しみが絡み合い、
それぞれの思惑がやがて一つの危険な運命へと収束していく――。
裏切られた後に億万長者に甘やかされて

裏切られた後に億万長者に甘やかされて

719.4k 閲覧数 · 連載中 · FancyZ
結婚四年目、エミリーには子供がいなかった。病院での診断が彼女の人生を地獄に突き落とした。妊娠できないだって?でも、この四年間夫はほとんど家にいなかったのに、どうやって妊娠できるというの?

エミリーと億万長者の夫との結婚は契約結婚だった。彼女は努力して夫の愛を勝ち取りたいと願っていた。しかし、夫が妊婦を連れて現れた時、彼女は絶望した。家を追い出された後、路頭に迷うエミリーを謎の億万長者が拾い上げた。彼は一体誰なのか?なぜエミリーのことを知っていたのか?そしてさらに重要なことに、エミリーは妊娠していた。
社長、突然の三つ子ができました!

社長、突然の三つ子ができました!

96.1k 閲覧数 · 連載中 · キノコ屋
五年前、私は継姉に薬を盛られた。学費に迫られ、私は全てを飲み込んだ。彼の熱い息が耳元に触れ、荒い指先が腿を撫でるたび、震えるような快感が走った。

あの忌まわしい夜から逃げるように去った私だったが、ほどなくして三つ子を妊娠していることに気付く。

五年後、医療界の新星として戻ってきた私は、継母、継姉、実の父へ全ての仕返しを誓う。

その時、彼が現れた。三人の小さな自分そっくりの顔をじっと見つめながら、優しく「パパ」と呼ぶよう子供たちを誘う彼。

ふとシャツのボタンを外し、悪戯っぽく笑って言った――

「どうだい、あの夜の熱をもう一度味わってみないか?」
離婚カウントダウン ~クズ夫の世話なんて、誰がするか!

離婚カウントダウン ~クズ夫の世話なんて、誰がするか!

12.1k 閲覧数 · 連載中 · 水瀬結
あいつらは、私がただの『無力な盲目の妻』だと思っている。……とんだ勘違いだ。

奇跡的に視力を取り戻した私が最初に目にしたもの。それは、愛人と絡み合う『献身的な夫』の姿だった。彼の『揺るぎない愛』など真っ赤な嘘。すべては私の莫大な財産を奪うための策略に過ぎなかったのだ。

今度は私が騙す番だ。証拠を徹底的に集め、彼からすべてを奪い取ってやる。

だが、私の復讐劇は予期せぬ展開を迎える。街で最も強大な権力を持ち、冷徹と噂される大富豪が現れたのだ。彼は私の秘密――目が見えていること――を知っていた。そして、悪魔のような取引を持ちかける。
『俺の個人秘書になって借金を返せ。あの夫への制裁……俺も手を貸してやろう』

愚かな夫は、盲目の私を弱者だと信じ込んでいる。だが彼は間もなく思い知ることになるだろう。
視力を取り戻した資産家の妻ほど、危険な存在はないということを。
AV撮影ガイド

AV撮影ガイド

22.1k 閲覧数 · 連載中 · 佐藤製作所
華やかな外見の下に、数えきれないほど知られざる物語が隠されている。佐藤橋、普通の女の子が、偶然の出来事によってAVに足を踏み入れた。様々な男優と出会い、そこからどんな興味深い出来事が起こるのだろうか?
俺様社長とその婚約者——すれ違う愛

俺様社長とその婚約者——すれ違う愛

17.1k 閲覧数 · 連載中 · 紗良益子
私のバレエダンサーとしてのキャリアが崖っぷちに立たされていたその日、婚約者は別の女と一緒に産婦人科で妊婦健診を受けていた。

問い詰めても、彼は何も答えようとしない。私は決意した——こんな馬鹿げた婚約など、破棄してしまおうと。

その後、私は一千万円を投じて、彼にそっくりな若い男を囲った。

やがて事態は思わぬ方向へと転がり始める。元婚約者との間には、何か重大な誤解が横たわっているようだった。けれど、それが運命のすれ違いなのか、それとも世界が仕組んだ悪戯なのか——私たちはもう、二度と交わることのない道を歩み始めていた。
最強ベビーと難攻不落のママ

最強ベビーと難攻不落のママ

19.2k 閲覧数 · 連載中 · 彩月遥
母親が再婚したため、田中春奈はずっと自分が家の中で異質な存在だと感じており、義父や姉との関係も良くなかった。
しかし、思いもよらない策略による一夜の過ちで、田中春奈は家を追い出され、故郷を離れて海外で学業を続けることになった。
その間、彼女はあの正体不明の男性の子を妊娠していることに気づく。
迷った末、彼女は子どもを産むことを決意した。
5年後、故郷に戻った彼女は江口匠海と出会い、次第に彼に惹かれていく。
しかし、ある事故をきっかけに、あのときの男性が彼であったことを知るのだった。
偽物令嬢の逆転劇

偽物令嬢の逆転劇

10.6k 閲覧数 · 連載中 · ひかり
「泥棒女め、今すぐこの家から出て行きなさい!」

実の娘が戻ってきたその日、私はゴミのように家を追われた。
病弱な「お嬢様」の生きる輸血パックとして虐げられ、血を搾り取られ続けてきた日々。用済みになった途端、身に覚えのない盗みの罪を着せられ、婚約者からも冷酷に捨てられた。
元家族たちは、私が「貧しい田舎で野垂れ死ぬ」と信じて疑わなかった。

だが、彼らは何も知らなかったのだ。
私が、世界中のVIPが縋る伝説の名医であることも。
私を迎えに来たオンボロトラックが、実は国家機密級の超高級カスタムマシンであることも。
そして、私の本当の実家が、国さえも動かす世界屈指の超巨大財閥だということも!

「今まで苦労をかけたね、私たちの可愛いお姫様」
生き別れていた超過保護な両親と、各界の頂点に君臨する最強の兄たちに狂おしいほど溺愛されるシンデレラライフが幕を開ける!
一方、大切な「命の恩人」を自ら捨てた元家族たちには、破滅へと向かう絶望の後悔タイムが待ち受けていて!?

虐げられた天才少女が本当の愛と富を掴み取る、逆転ファンタジー、ここに開幕!
名門貴族との甘い結婚

名門貴族との甘い結婚

3.6k 閲覧数 · 連載中 · 佐藤製作所
かつて勘当した娘がホワイトシティで名を馳せたことを知り、愕然とした。産業界の巨人、学術界の権威、そしてAリストの俳優たちが、彼女のおかげで成功を収めたと口を揃えて語った。彼女の元カレは、夢の女性を選んで彼女を捨てたものの、今や彼女を取り戻そうと必死に懇願していた。しかし、彼女のそばには、背が高くハンサムな男性が立ち、「私の妻に何をしているつもりだ?」と宣言した。
その男性こそ、ホワイトシティ一の大富豪だったのだ。
不倫夫を捨てた夜、私は新しい彼に抱かれる

不倫夫を捨てた夜、私は新しい彼に抱かれる

505.2k 閲覧数 · 連載中 · 七海
初恋から結婚まで、片時も離れなかった私たち。
しかし結婚7年目、夫は秘書との不倫に溺れた。

私の誕生日に愛人と旅行に行き、結婚記念日にはあろうことか、私たちの寝室で彼女を抱いた夫。
心が壊れた私は、彼を騙して離婚届にサインをさせた。

「どうせ俺から離れられないだろう」
そう高をくくっていた夫の顔に、受理された離婚届を叩きつける。

「今この瞬間から、私の人生から消え失せて!」

初めて焦燥に駆られ、すがりついてくる夫。
その夜、鳴り止まない私のスマホに出たのは、新しい恋人の彼だった。

「知らないのか?」
受話器の向こうで、彼は低く笑った。
「良き元カレというのは、死人のように静かなものだよ?」

「彼女を出せ!」と激昂する元夫に、彼は冷たく言い放つ。

「それは無理だね」
私の寝顔に優しくキスを落としながら、彼は勝ち誇ったように告げた。
「彼女はクタクタになって、さっき眠ってしまったから」
令嬢は離婚を機に大富豪への道を歩む

令嬢は離婚を機に大富豪への道を歩む

653.5k 閲覧数 · 連載中 · 蜜柑
天才陰陽師だった御影星奈は、かつて恋愛脳のどん底に落ち、愛する男のために七年もの間、辱めに耐え続けてきた。しかしついに、ある日はっと我に返る。
「瀬央千弥、離婚して」
周りの連中はこぞって彼女を嘲笑った。あの瀬央様がいなくなったら、御影星奈は惨めな人生を送るに決まっていると。
ところが実際は――
財閥の名家がこぞって彼女を賓客として招き入れ、トップ俳優や女優が熱狂的なファンに。さらに四人の、並々ならぬ経歴を持つ兄弟子たちまで現れて……。
実家の御影家は後悔し、養女を追い出してまで彼女を迎え入れようとする。
そして元夫も、悔恨の表情で彼女を見つめ、「許してくれ」と懇願してきた。
御影星奈は少し眉を上げ、冷笑いを浮かべて言った。
「今の私に、あなたたちが手が届くと思う?」
――もう、私とあなたたちは釣り合わないのよ!