紹介
彼が知る限り、三日後、一人の殺人鬼がこの村で狂気の大量殺戮を繰り広げることになる。
貴也は部屋のぐらつくドア、朽ちた木製の窓、巨大なクローゼット、そしてトイレの下水道を眺めた。
その直後、彼はリフォーム会社に電話をかけた。
部屋を銀行の金庫みたいに改造してやる。もし殺人鬼が侵入できたら、俺の負けだ。
チャプター 1
目を開けた瞬間、貴也は異変を悟った。
勢いよく上体を起こすと、背中が冷や汗で濡れている。
ここは祖母の家だ。
畳のいぐさの香り、古びた引き戸、部屋の隅にあるひび割れた青磁の花瓶。
貴也が最後に来たのは五年前、祖母の葬式の時だ。
だが今、廊下から聞き覚えのある足音が近づいてくる。
「貴也、朝ご飯だよ。起きなさい」
「嘘だろ……」
貴也は震える手で枕元のスマホを探った。
画面が点灯した瞬間、呼吸が止まる。
見慣れた待ち受け画面ではない。禍々しい赤色で表示されたゲームシステムだ。
【『桔梗村の呪い』の世界へようこそ】
【メインクエスト:祖母を七日間守り抜け】
【現在進行度:0/7日】
【失敗ペナルティ:この世界に永続的に幽閉】
【カウントダウン:72時間】
貴也の手の震えが止まらない。
『桔梗村の呪い』――三年前に読んだサスペンス小説だ。
人里離れた山村、連続殺人、妖怪伝説。結末があまりに凄惨で、途中で読むのをやめたからよく覚えている。
物語では、村の東にある古い屋敷に独りで住む老婆が、三日目の夜に殺される。
その屋敷――築百年の木造建築、裏庭の古井戸、庭に佇む桜の古木……。
貴也はぎこちない動作で首を巡らせ、窓の外を見た。
朝日の中で桜の枝が揺れている。
自分の家こそが、その屋敷だった。そして祖母は、最初の犠牲者だ。
「貴也ーっ!」
祖母の声が険しくなった。
「ばあちゃん!」
貴也は階段を駆け下り、祖母の手を掴んだ。
「最近、何か変わったことはなかったか? 村に見知らぬ人間がいただろ?」
「見知らぬ人?」
祖母は困惑した顔を見せた。「昨日来た役場の人のことかい? 国勢調査を行うとか言っていたけれど」
貴也の心臓が早鐘を打つ。
「どんな奴だった?」
「三十代くらいで、眼鏡をかけた礼儀正しい人だったよ」
祖母は貴也の手を軽く叩いた。
「どうしたんだい? 顔色が悪いよ」
「いや……ただ、一人暮らしは物騒だから心配でさ」
貴也は努めて冷静さを装った。
「ばあちゃん、この家を少しリフォームしたいんだ」
「リフォームだって?」
「そうだよ。もっと頑丈なドアにして、防犯窓に変えるんだ。この家も古いし、万が一イノシシでも入ってきたら大変だろ?」
祖母は笑った。
「この村にイノシシなんて出やしないよ。でもまあ、好きにすればいいさ。どうせお父さんが買った家なんだから」
貴也は即座にノートパソコンを開き、リフォーム業者の検索を始めた。
一社だけでは駄目だ――業者自体が脅威である可能性も捨てきれない。異なる地域の五社に依頼し、相互監視させるのだ。
午前十時。彼はすでに東京、名古屋、大阪、神戸、福岡の五社と連絡をつけていた。各社にはそれぞれ異なるエリア――建具、監視システム、電気柵、補強工事、緊急システム――を担当させる。工期は二日以内、費用は相場の三倍払うと強調した。
「それから防弾ガラスに、死角なしの全方位監視カメラ、高圧電線もだ」
貴也は早口でリストを読み上げる。
「あと、他の四社との合同施工チャットグループを作って、互いの進捗を監視してもらう」
電話を切ると、今度はAmazonで大量の機材を注文した。赤外線サーモグラフィ、人感センサー、集音マイク、スタンガン、ガスマスク、救急セット……。
その時、不意にスマホが鳴った。
村人のグループチャットだ。
【村長】:皆さんにお知らせです。役場から新しい職員が人口調査に来ています。ご協力を。
【添付:職員の写真.jpg】
貴也は写真をタップした。画面には眼鏡をかけた温和そうな中年男が写っている。
彼はその顔を一分間凝視した。原作のどこかで似たような描写を見た気がするが、確信が持てない。
小説には容疑者が多すぎた――謎めいた役場職員、突然帰郷した幼馴染、挙動不審な隣人、そして姿を見せない『山神の信徒』。
「くそッ、本当の脅威はどいつなんだ?」
その時、また新しいメッセージがポップアップした。
【美知子】:貴也! 村に帰ってるって本当? 私、今は隣村の神社で巫女やってるんだよ~。数日中に、おばあちゃんのお祓いに行くね!
美知子。彼の幼馴染だ。
【貴也】:ああ、いつ来るんだ?
【美知子】:たぶん三日後かな。神社の儀式を済ませてから行くわ。そういえば、最近村に見知らぬ人が増えてない?
貴也の心臓が激しく跳ねた。三日後――それは原作で殺人事件が起きるタイミングだ!
【貴也】:なんでそれを知ってる?
【美知子】:おみくじに桔梗村の凶兆が出てたの。貴也、気をつけて。
【美知子】:特に夜は、絶対におばあちゃんを一人にしちゃ駄目だよ。
『既読』の表示が出たが、三十秒待っても美知子からの返信は来なかった。
貴也がチャット画面を閉じると、村人グループが騒がしくなっていた。
【田中夫人】:今朝、村の入り口で写真を撮ってる人を見かけたわ。何者かしら。
【佐藤】:昨夜、神社の外に黒いセダンが停まってたぞ。一晩中だ。
【村長】:皆さん、落ち着いて。ただの観光客でしょう。
観光客? こんな寂れた限界集落に誰が来るというのか。
貴也は通販サイトを開き、さらに十個の簡易監視カメラを追加注文した。村の主要な交差点をすべて監視し、不審者の動線を記録するためだ。
午後三時、第一弾の荷物が届いた――五つのポータブルカメラだ。
貴也は祖母が昼寝をしている隙に、村の入り口、神社の参道、屋敷の周囲三方向にカメラを設置した。受信機をノートパソコンに接続すると、四分割された画面に村のリアルタイム映像が鮮明に映し出された。
画面の中、村の入り口には確かに見知らぬ黒いセダンが停まっている。
貴也が画面を拡大すると、ナンバープレートは東京のものだった。ナンバーを控えようとしたその時、神社入り口のカメラ映像に、濃い色のレインコートを着た人影が不意に現れた。
七月の快晴だというのに、なぜレインコートを?
その人物は神社の前を数分間うろつき、何かを観察しているようだったが、すぐに画面の端へと消えていった。
貴也は即座に他のカメラへ切り替えたが、その姿はどこにも見当たらない。
「クソッ……」
彼は冷や汗を拭った。
夕方六時、祖母が夕食を用意してくれた。貴也は無理やり平穏を装い、祖母と会話しながら食事を摂ったが、視線は頻繁にノートパソコンの画面へと向いた。
村の入り口には、まだ黒い車が停まっている。
神社の方角に異常はない。
屋敷の周囲も、今のところは静寂に包まれていた。
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