マフィアの夫は、娘の心臓のために私と結婚した

マフィアの夫は、娘の心臓のために私と結婚した

渡り雨 · 完結 · 18.0k 文字

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紹介

娘の「リリ」が舞台でパフォーマンスをしている最中、銃で撃たれた。

私はリリを庇おうと駆け寄ったが、右肩にスピーカーが直撃し、骨がひどく砕けた。

夫の孝平は、即座に犯人を「射殺」し、オペラハウス全体を封鎖した。彼は血まみれのリリを抱き上げ、右肩が動かない私を人に支えさせながら、自身の私立病院へと私たちを運んだ。

病室で目を覚ました時、激痛で息が詰まりそうだった。右肩には分厚い包帯が巻かれ、腕を上げようとしても、そこには麻痺したような虚無感しか感じられない。

「……話が違うじゃないですか」医者の声は低く抑えられていたが、震えていた。「我々が必要としていたのは彼女の血液サンプルだけだったはず。なぜこんなことに……」

「リリの血液型は完全に一致した。これ以上ない結果だ」孝平の声は冷静だった。「私が里奈(りな)と結婚したのは、この瞬間を待つためだったんだ」

医者は数秒黙り込んだ。「しかし、彼女はあなたの娘さんですよ……浜山(はまやま)家の血を引く者だとしても、命を犠牲にする必要はなかったはずです」

孝平は彼の言葉を遮った。「人工心臓の寿命は君もよく知っているだろう。友梨奈(ゆりな)の娘は、もう長くはもたない。あの子にこれ以上手術を経験させるわけにはいかないんだ」

「私が大切にすべきは、友梨奈の子だ」孝平は語気を強めた。

その瞬間、私は全身が氷のように冷たくなった。私の娘が、彼の口にかかっては、ただ使われるのを待つだけの臓器の容れ物に成り下がっていた。

そして、彼は永遠に知ることはないだろう——彼が言葉の限りを尽くして大切にすべきだと言っているあの子の血管に流れているのは、そもそも彼の血ではないということを。

チャプター 1

 医師は私の傷口を覗き込み、険しい表情で眉根を寄せた。

「状態は最悪です」切迫した声が鼓膜を打つ。

「肩の血管損傷が深刻で、すでに血栓が形成され始めています。あの特殊な抗凝固剤を使わなければ、この腕は切断することになるかもしれない。旦那様、友梨奈様の分をこちらに回してもよろしいでしょうか?」

 孝平はベッドの足元に立ち、蒼白な私の顔を冷徹な瞳で見下ろしている。

「必要ない」彼は短く切り捨てた。

「里奈は回復が早い。昔からそうだ。彼女にその薬は要らない」

 医師は言葉を詰まらせた。

「しかし、これは奥様が今後、腕を動かせるかどうかにかかわる――」

「いい加減にしろ」孝平が遮る。

「その薬は佳弥のために残しておく。術後に必要になるからな。あれがいかに希少で、二度と手に入らない代物かは知っているだろう」

「お前が今気にするべきは心臓移植の術後生存率と拒絶反応だ。たかが片腕一本に精力を浪費している場合じゃない」

 その時、秘書が入室し、彼にスマートフォンを差し出した。

 漏れ聞こえてきたのは、あの実行犯の声――歌劇場で孝平に『射殺』されたはずの男の声だった。

「ご配慮に感謝しやす」しゃがれた声が、受話口の向こうで下卑た笑いを漏らす。

「現場の掃除も完璧、照明を落とすタイミングも絶妙でしたな」

「約束の金と、新しい身分証は――」

 孝平は背を向け、バルコニーへと歩き出した。声を潜める。

「約束したものは必ず渡す。余計な口を叩くな。これ以上、騒ぎを大きくしたくはない」

 医師と看護師は逃げるように処置を終え、慌ただしく病室を去っていった。

 扉が閉ざされた瞬間、張り詰めていた糸が切れ、私は崩れ落ちた。

 熱い涙が頬を伝い、血の滲む肩の包帯へと滴り落ちる。だが、肉を裂かれるような痛みなど、空っぽにされた心の深淵に比べれば、取るに足らないものだった。

 七年間の結婚生活。それはすべて、周到に仕組まれた茶番劇だったのだ。孝平はリリを犠牲にしただけではない。あの子自身のために建てた歌劇場に刺客を送り込んだのだ――彼が「君と彼女のためだけの場所だ」と囁いたあの場所は、あの子の処刑場へと変わり果てた。

 愛人の娘を救うための心臓。そのために、私のリリは生贄に捧げられたのだ。

 今朝のことだ。リリは私の手を握りしめ、あどけない顔で尋ねてきた。

「ママ、このアリア、ずっと練習してたの。パパ、今夜は褒めてくれるかな?」

 あの子の瞳は、あんなにも輝いていたのに。

 森田孝平、貴様ごときに父親を名乗る資格などない!

 私の嗚咽を耳にしたのか、孝平がバルコニーから戻ってきた。その顔には、実によく出来た「心配」の仮面が張り付いている。

 彼はベッドサイドに腰を下ろすと、私の涙を指先で優しく拭った。その指は、死体のように冷たい。

「泣くな」彼は掠れた声で言った。

「痛むか? もう少しの辛抱だ、すぐに治まる」

「お前たちを守ってやれなくて、すまなかった」彼は伏し目がちに呟く。

「リリは逝ってしまった。お前もこんな怪我を……これからは、二度とお前にこんな思いはさせない」

 ふざけるな。この地獄をもたらしたのは、他ならぬお前ではないか。

 私は残された力を振り絞り、左手で彼の胸を激しく叩いた。「リリ……私のリリはどこ?」喉から絞り出した声は、無残にひび割れていた。

 彼は避けることもせず、私が力の限り暴れるのをなすがままにさせていた。

 やがて私が力尽きると、彼は低く囁いた。

「やめるんだ、里奈。リリを安らかに眠らせてやるために、すでに手配は済ませた。……火葬は終わっている」

 娘の最期の顔を見る権利さえ、この男は私から奪ったのだ。

 激痛と激昂で全身が震え、脂汗が病衣を濡らしていく。

 私は胸の引きつるような痛みに耐え、奥歯を噛み砕くほどの力で食いしばって言った。

「あの歌劇場へ連れて行って。あの子はきっとまだあそこにいるわ。あそこへ迎えに行かなくちゃ」

 孝平は私の名を呼んだ。まるで、錯乱した患者をあやすような口調で。

「里奈、あの歌劇場は……もう僕たちのものじゃない」

「維持費も莫大だ」彼は淡々と言い放つ。

「あそこはもう、存在する意義を失った。だから寄付したよ、音楽教育の慈善事業にな。じきに、悲しい思い出ではなく、子供たちの歌声で満たされるようになるだろう」

 彼はこの狂気を、さも道理の通った美談であるかのように語ってみせた。

「それがリリの望みでもあるはずだ。あの子は優しいから、きっと僕を責めたりはしない」

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