愛の灰:マフィアのドンの後悔

愛の灰:マフィアのドンの後悔

渡り雨 · 完結 · 17.6k 文字

878
トレンド
878
閲覧数
0
追加済み
本棚に追加
読み始める
共有:facebooktwitterpinterestwhatsappreddit

紹介

私の娘は、七歳の誕生日に死んだ。冷たい病室で、私は次第に体温を失っていく娘を抱きしめていた。

その頃、娘の父親であり、私の夫である浜友(はまとも)は、愛人と共に山頂で夜通し体を重ねていた。

「たかが子供一人だ。いずれもっといい子が生まれるさ」

「佐和美(さわみ)、愛しているのは君だけだ」

彼は知らなかったのだ。この世で唯一彼を愛した魂を、その手で殺してしまったことを。

離婚後、私はもう、あの卑屈に全てを耐え忍んでいた「富島夫人」ではない。

葬儀、スキャンダル、そして価値のない野良の子……

私が失ったもの全て、富島家そのものを代償に、彼に償わせてみせる。

チャプター 1

 娘のクルミの遺骨を納めた骨壺を抱きしめ、私は山頂に立っていた。

 夜風は冷たく、星空は目が眩むほどに明るい。

 ここは、あの子が生前一番気に入っていた場所だ。「見上げれば、噓をつかない星が見えるから」と、あの子は言った。

 七歳の誕生日にも、そう言っていたのに。

 けれどあの日、あの子は病室のベッドで息を引き取った。

 死因は、リシン中毒。

 そして父親である富島浜友は、最後まで現れなかった。

 キャンプサイトに足を踏み入れた瞬間、その「音」が耳に飛び込んできた。

 押し殺したような息遣い、テントの生地が擦れる音、そして女の、粘つくような甘い笑い声。

 足が止まる。

 聞き間違いであってほしいと、その一瞬だけは願った。

「浜友、もっと奥……」

「焦るな」

 男の声は低くしわがれていて、嫌というほど聞き覚えがあった。

「今夜、俺はお前のものだ」

 骨壺の縁に、指先が白くなるほど食い込む。

 テントの中の行為は続く。

「娘さん、病気なんじゃないの?」女が笑い混じりに尋ねる。

「こんなところに来ちゃって、奥さんに怒られない?」

 浜友が鼻で笑う。

「あの女の話はするな。綾香のやつ、また悲劇のヒロイン気取りだろ。どうせ子供をダシにして、俺を繋ぎ止めたいだけだ」

 心臓が、ひび割れる音がした。

「じゃあ、娘さんは?」女は畳みかける。

「私とあの子、どっちが大事?」

 短い沈黙の後、浜友は迷いなく答えた。

「お前に決まってるだろ、佐和美」

「あんなガキ、どうせまたすぐに代わりができる」

 私は立ち去らなかった。

 闇の中に立ち尽くし、彼らの声をすべて聞いた。

 クルミを蔑む言葉も。

 テントの中で絡み合い、喘ぎ、私と娘を嘲笑う声も、すべて。

 情事が終わるまで。

 私は歩き出した。

 テントのファスナーを一気に引き下ろす。

 浜友は呆気にとられ、佐和美は素早く彼の胸にすがりつき、怯えたふりをした。

「綾香?」浜友の顔色が瞬時に曇る。

「俺をつけてきたのか?」

 私は彼を睨みつけ、一言一句噛み締めるように言った。

「ここは、あの子が一番好きだった場所よ」

 佐和美が白々しい声を出す。

「綾香さん、誤解しないで、私はただ……」

「黙れ」

 その言葉を遮った、次の瞬間——。

 パァン。

 私の顔が、力任せに殴り飛ばされた。

 耳鳴りがする。口の中に鉄錆のような味が広がる。

「貴様に佐和美を責める資格があるか!」浜友の怒号が響く。

「この嫉妬に狂った女が!」

 佐和美がそっと彼の手を引く。

「やめて、浜友。これでも奥さんなんだから」

 けれど私に向けられたその視線は、勝利者の優越感に満ちていた。

 私は震える声で笑った。

「夫の寝所に潜り込んでおいて、今さら善人ぶるつもり?」

 パァン。

 二度目の平手打ち。

 私は地面に叩きつけられた。

 胸に抱いた骨壺を守ろうと、とっさに体を丸める。

 地面は冷たい。なのに、過去の記憶が蘇る。

 浜友のために家を守り、敵を退け、彼の実家が没落しかけた時には亡き両親の遺産さえ差し出した。

 それらすべてが、彼にとっては平手打ちにしか値しないものだったのだ。

 突然、プロペラの轟音が空気を震わせた。

 驚いて顔を上げる。

 夜空にヘリコプターがホバリングし、そこから無数のバラの花弁が降り注いできた。

 目に痛いほどの深紅。

 佐和美が歓声を上げ、浜友の胸に飛び込む。

「これ、私のために?」

 浜友は彼女に口づけを落とす。

「バラが好きだと言っていただろ」

 彼女は得意げに笑い、彼の唇を甘くついばむ。

「あとで……もう一回したいな」

 私は、ふと笑ってしまった。

 かつて浜友は、バラの香りを嫌悪していた。私が一度買った時、すぐに捨てろと命じたほどに。

 なのに今、彼女のためならそれを我慢できるのだ。

 私は立ち上がった。自分のものとは思えないほど空虚な声が出た。

「クルミの七歳の誕生日、どうして来なかったの?」

 浜友が眉をひそめる。

 佐和美が急に殊勝らしく頭を下げ、甘い声を出した。

「ごめんなさい、私が悪いの。その日、妊婦健診があって、浜友についてきてもらったの」

 世界が、一秒だけ静止した。

「健診?」

 彼女の腹部に視線を落とす。

 佐和美は頷き、瞳を輝かせた。

 浜友が淡々と付け加える。

「妊娠したんだ」

 立っているのがやっとだった。

 彼は続けた。

「産まれたら、お前が育てろ。跡取りにする」

 これ以上は聞けなかった。

 私は手を振り上げ、佐和美の頰を思い切り叩いた。

 彼女の悲鳴が上がる。

 次の瞬間、私は浜友に突き飛ばされていた。

「貴様、気でも狂ったか! よくも佐和美を!」

 私は懐の骨壺をかばいながら、ゆっくりと這い上がる。

 もう行こう。踵を返した背中に、浜友の声が突き刺さる。

「待て」

 彼は、私が抱きしめている箱を凝視し、怪訝そうに眉を寄せた。

「お前が持っているそれ、なんだ?」

最新チャプター

おすすめ 😍

出所したら、植物状態の大富豪と電撃結婚しました。

出所したら、植物状態の大富豪と電撃結婚しました。

134.3k 閲覧数 · 連載中 · 青凪
5年前、私は誰かの身代わりとなり、無実の罪で投獄された。
出所すると、母親は私が獄中で産んだ二人の子供を盾に、植物状態にある億万長者との結婚を強いる。
時を同じくして、その悲劇の大富豪もまた、家族内での権力闘争の渦中にいた。

街では植物状態の男が若い花嫁とどう初夜を過ごすのかと噂される中、この元囚人が並外れた医療技術を秘めていることなど、誰も予想だにしなかった。
夜が更け、無数の銀鍼(ぎんしん)が打たれた男の腕が、静かに震え始める…

こうして、元囚人の彼女と植物状態の夫との、予期せぬ愛の物語が幕を開ける。
さようなら、愛してくれない家族たち。地味な専業主婦は研究界の女王へと覚醒する

さようなら、愛してくれない家族たち。地味な専業主婦は研究界の女王へと覚醒する

115k 閲覧数 · 連載中 · 86拓海
「君よりも、彼女のほうが母親にふさわしい」
愛する夫と子供たちにそう言われ、私は家庭内での居場所を失った。
六年間、身を粉にして尽くしてきた日々は、何の意味もなかったのだ。

絶望の中で目にしたのは、かつて母が手にした科学界の最高栄誉であるトロフィー。
その輝きが、私に本来の自分を思い出させた。

私はエプロンを脱ぎ捨て、白衣を纏う。
もう誰かの妻でも、母でもない。一人の科学者として、世界を驚かせるために。

数々の賞を総なめにし、頂点に立った私を見て、元夫は顔面蒼白で崩れ落ちた。
震える声で私の名前を呼び、足元に縋り付く彼。

「行かないでくれ……君がいないと、俺は……」

かつて私を見下していたその瞳が、今は絶望と後悔に染まっていた。
偽物令嬢のはずが、実家はまさかの兆円財閥!

偽物令嬢のはずが、実家はまさかの兆円財閥!

106.5k 閲覧数 · 連載中 · 蛙坂下道
中島夏美は中島家で十八年間お嬢様として過ごしてきた。聡明で向学心に富み、W市の令嬢の鑑として、中島家の名声を大いに高めた。
しかし、成人を迎える矢先に、自分が両親の実の娘ではないと告げられた。
生まれた時に、取り違えられていたのだ!
中島家はすぐに実の娘、中島結子を探し出した。
中島結子は表向きはか弱く善良だが、裏ではことあるごとに彼女を陥れた。
 例えば今回、中島夏美が水に落ちたのも中島結子が仕組んだことだった。
前の人生では、彼女は本当に中島結子が過失でやったのだと信じ、あっさりと許してしまった。
まさか、中島結子がその後、ますますエスカレートしていくとは。
中島夏美が持っていたすべて――家族、友人、仕事、チャンス。
彼女はそれを破壊し、奪い取ろうとした!
山奥に置き去りにされたので、夫も息子も捨てて「天才科学者」に戻る

山奥に置き去りにされたので、夫も息子も捨てて「天才科学者」に戻る

77k 閲覧数 · 連載中 · 68拓海
家族でのキャンプ中、彼女は山奥に一人、置き去りにされた。
夫と息子が、怪我をした「あの女」を病院へ運ぶために、彼女を見捨てて車を出したからだ。

命からがら自力で帰宅した彼女を待っていたのは、同じく家で放置され、怯えていた幼い娘の姿だった。
その瞬間、彼女の中で何かが壊れ、そして決意が固まる。

「あなたたちには失望しました。離婚させていただきます」

夫と、彼に懐く息子に別れを告げ、彼女は家庭という檻を出た。
世間は彼女を「哀れなバツイチ」と笑うかもしれない。
だが、誰も知らなかった。彼女がかつて、科学界で名を馳せた稀代の天才研究者であることを。

あるベンチャー企業の社長にその才能を見出された彼女は、夢の技術「空飛ぶ車」の開発プロジェクトを主導することに。
かつての夫が復縁を迫り、愛人が卑劣な罠を仕掛けてきても、もう彼女は止まらない。

愛する娘を守るため、そして自分自身の輝きを取り戻すため。
捨てられた妻の、華麗なる逆転劇が今、始まる!
離婚後つわり、社長の元夫が大変慌てた

離婚後つわり、社長の元夫が大変慌てた

195.6k 閲覧数 · 連載中 · 来世こそは猫
三年間の隠れ婚。彼が突きつけた離婚届の理由は、初恋の人が戻ってきたから。彼女への けじめ をつけたいと。

彼女は心を殺して、署名した。

彼が初恋の相手と入籍した日、彼女は交通事故に遭い、お腹の双子の心臓は止まってしまった。

それから彼女は全ての連絡先を変え、彼の世界から完全に姿を消した。

後に噂で聞いた。彼は新婚の妻を置き去りにし、たった一人の女性を世界中で探し続けているという。

再会の日、彼は彼女を車に押し込み、跪いてこう言った。
「もう一度だけ、チャンスをください」
社長、奥様が亡くなりました。ご愁傷様です

社長、奥様が亡くなりました。ご愁傷様です

114.7k 閲覧数 · 連載中 · 青凪
お金と特権に囲まれて育った私。完璧な人生に疑問を持つことすらなかった。

そんな私の前に彼が現れた―
聡明で、私を守ってくれる、献身的な男性として。

しかし、私は知らなかった。
私たちの出会いは決して偶然ではなかったことを。
彼の笑顔も、仕草も、共に過ごした一瞬一瞬が、
全て父への復讐のために緻密に計画されていたことを。

「こんな結末になるはずじゃなかった。お前が諦めたんだ。
離婚は法的な別れに過ぎない。この先、他の男と生きることは許さない」

あの夜のことを思い出す。
冷水を浴びせられた後、彼は私に去りたいかと尋ねた。
「覚えているか?お前は言ったんだ―『死以外に、私たちを引き離せるものはない』とね」

薄暗い光の中、影を落とした彼の顔を見つめながら、
私は現実感を失いかけていた。
「もし...私が本当に死んでしまったら?」
離婚後、本当の令嬢は身籠もったまま逃げ出した

離婚後、本当の令嬢は身籠もったまま逃げ出した

72.7k 閲覧数 · 連載中 · 鯨井
結婚三年目、彼は毎晩姿を消した。

彼女は三年間、セックスレスで愛のない結婚生活に耐え続けた。いつか夫が自分の価値を理解してくれると信じ続けていた。しかし、予想もしていなかったことに、彼から離婚届が届いた。

ついに彼女は決意を固めた。自分を愛さない男は必要ない。そして、まだ生まれていない子供と共に、真夜中に姿を消した。

五年後、彼女は一流の整形外科医、トップクラスのハッカー、建設業界で金メダルを獲得した建築家、さらには一兆ドル規模のコングロマリットの相続人へと変貌を遂げ、次々と別の顔を持つ存在となっていった。

しかし、ある日誰かが暴露した。彼女の傍らにいる4歳の双子の小悪魔が、某CEOの双子にそっくりだということを。

離婚証明書を目にして我慢できなくなった元夫は、彼女を追い詰め、壁に押し付けながら一歩一歩近づき、こう尋ねた。
「親愛なる元妻よ、そろそろ説明してくれてもいいんじゃないかな?」
すみませんおじさん、間違えた

すみませんおじさん、間違えた

80k 閲覧数 · 連載中 · yoake
「まさか...伝説の人物に誤って言い寄ってしまうなんて...」

クズ元カレと意地悪な姉に裏切られ、復讐を誓った彼女。
その手段として、元カレのイケメンで金持ちの叔父に標的を定めた。

完璧な妻を演じ、男心を射止めようと奮闘する日々。
彼は毎日無視を続けるが、彼女は諦めなかった。

しかしある日、とんでもない事実が発覚!
標的を間違えていたのだ!

「もういい!離婚する!」
「こんな無責任な女がいるか。離婚?寝言は寝て言え」
命日なのに高嶺の花とお祝いする元社長 ~亡き妻子よりも愛人を選んだ男の末路~

命日なのに高嶺の花とお祝いする元社長 ~亡き妻子よりも愛人を選んだ男の末路~

74.1k 閲覧数 · 連載中 · 青凪
愛する娘は、夫と愛人の手によって臓器を奪われ、無残な最期を遂げた。

激痛の心を抱えた私は、その悲しみと怒りを力に変え、殺人者たちと運命を共にすることを決意する。

だが、死の瞬間、思いもよらぬ展開が待っていた――。

目覚めた私は、愛する娘がまだ生きていた過去の世界にいた。

今度こそ、この手で娘と私自身の運命を変えてみせる!
裏切られた後に億万長者に甘やかされて

裏切られた後に億万長者に甘やかされて

699.7k 閲覧数 · 連載中 · FancyZ
結婚四年目、エミリーには子供がいなかった。病院での診断が彼女の人生を地獄に突き落とした。妊娠できないだって?でも、この四年間夫はほとんど家にいなかったのに、どうやって妊娠できるというの?

エミリーと億万長者の夫との結婚は契約結婚だった。彼女は努力して夫の愛を勝ち取りたいと願っていた。しかし、夫が妊婦を連れて現れた時、彼女は絶望した。家を追い出された後、路頭に迷うエミリーを謎の億万長者が拾い上げた。彼は一体誰なのか?なぜエミリーのことを知っていたのか?そしてさらに重要なことに、エミリーは妊娠していた。
社長、見て!あの子供たち、あなたにそっくりです!

社長、見て!あの子供たち、あなたにそっくりです!

56.2k 閲覧数 · 連載中 · 風見リン
結婚三周年――
中川希は期待に胸を膨らませて、高原賢治に妊娠の報告をした。
しかし返ってきたのは――十億円の小切手、一言「子供を中絶しろ」、そして離婚契約書だった。
子供を守るため、彼女は逃げた。
――五年後。
双子の愛らしい子供を連れて帰ってきた彼女は、医学界で誰もが憧れる名医となっていた。
追い求める男は数知れず。
その時、高原賢治は後悔し、全世界に向けて謝罪のライブ配信中。
中川希は冷ややかに見下ろす。
「離婚して、子供もいらないって言ったんじゃないの?」
彼は卑屈に頼み込む。
「希、復縁して、子供を――」
「夢でも見てなさい。」
「希、子供たちは父親が必要だ。」
双子は両手を腰に当て、声をそろえて言う。
「私たち、ママをいじめるパパなんていらない!」
部屋から布団も荷物も投げ出され、大人しく立つことすらできない高原賢治に、希は言い放つ。
「目を見開いて、よく見なさい。結局誰が誰をいじめてるのか――!」
離婚後、ママと子供が世界中で大活躍

離婚後、ママと子供が世界中で大活躍

141.9k 閲覧数 · 連載中 · yoake
18歳の彼女は、下半身不随の御曹司と結婚する。
本来の花嫁である義理の妹の身代わりとして。

2年間、彼の人生で最も暗い時期に寄り添い続けた。
しかし――

妹の帰還により、彼らの結婚生活は揺らぎ始める。
共に過ごした日々は、妹の存在の前では何の意味も持たないのか。