舐めるつもり?なら、思い知らせてあげる

舐めるつもり?なら、思い知らせてあげる

桜井 ゆい​ · 連載中 · 164.1k 文字

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紹介

18年間、自分が実の娘でないとは知らずに生きてきた。ある日、荷物をすべて玄関の外に放り出され、街角に立ち尽くす私の前に現れたのは、噂では極貧だという「生家」から迎えに来た、見たこともない「兄」。

ところが、その兄が乗ってきたのはトラクターだった。

ガタガタと揺れるトラクターがたどり着いた先は、まるで古城のような大邸宅。そこで私は思い知る。本当の家族のもとに引き取られた私は、貧しくなるどころか、前よりずっと裕福になっていたのだ。

……だが、ちょっと待ってほしい。なぜ私には突然、婚約者というものが存在するのか。しかもその相手は、私の大学の教授だという。誰か、説明してくれないだろうか。

チャプター 1

「出ていくなら、さっさと出ていきなさいよ。そんな死人みたいな顔、誰に見せてるの? この何年、うちの池田家があんたにどれだけ金を使ったと思ってるの。吐き出させないだけありがたいと思いなさい。それで花依の婚約者にまで色目を使って……ぺっ! 恩知らず!」

階下の宴会場ではグラスが鳴り、笑い声が入り混じっていた。

その喧騒から切り離された二階で、池田夫人は池田暁月の鼻先を指さし、容赦なく罵声を浴びせる。

池田暁月は黙ったまま、自分の私物を淡々とスーツケースへ詰め込んだ。

「もういい!」

池田当主――池田健永が複雑な目をして、低く言い放つ。

「さっきの件は誤解だ。暁月はそんな人間じゃない」

二十年育てた娘だ。彼の中には、彼なりの秤がある。

池田健永はカードを一枚取り出して差し出した。

「それでも出ていくと言うなら、引き留めはしない。ここに200万入ってる。聞くところによると、実家の暮らしは厳しいらしい。兄も三人いて、まだ独り身なんだろ。急場の足しにしなさい」

暁月はそのカードを見つめ、受け取らなかった。

池田家の人間にどれほど踏みにじられても、陰から池田グループへ資金を回す手を引かなかったのは、ただ――池田健永に残っていた、最後の情だけを気にしていたから。

だが、いまそれも尽きた。

養ってもらった?

暁月は鼻で笑う。自分が裏で支えていなければ、池田家はとっくに自分たちの暮らしすら立ち行かなかったはずだ。

「ありがとうございます、池田さん。でも結構です」

その一言は、池田家との縁をきっぱり切る宣言に等しかった。

そもそも、この手の因縁はありふれている。病院で取り違えが起き、真の令嬢――池田花依が戻ってきた。

本来なら入れ替わって終わり。それなのに池田健永が暁月を手放したがらず、無理に引き留めた。――それが、花依の不満に火をつけた。彼女は手を尽くして暁月を弄び、貶めてきたのだ。

「お姉ちゃん。急に贅沢な暮らしがなくなって、あんな田舎に行くの、つらいよね。でも実のご両親の家って、すごく貧しいんでしょ? 草屋根みたいな家に住んでて、治安も悪いって……お金はあったほうが何かと助かるよ。受け取って」

花依は気遣うように、柔らかく言った。

そして、思い出したように付け足す。

「そういえば、お姉ちゃんの実のお父さんって足が悪いんだって。お母さんは賭け事が好きで……」

ふう、とため息。

「本当はね、お姉ちゃんが謝って、パパとママに土下座して許してもらえたら……別に出ていかなくても――」

「出ていかせるに決まってる!」

池田夫人が花依の言葉を遮った。

「取り違え? そんなの関係ないわ。あの貧乏親がわざとやったに決まってる! 骨の髄まで腐ってるのよ、うちじゃ養わない! 支度は済んだ? ほら、さっさと!」

暁月は池田健永に軽く会釈し、スーツケースを閉めた。

背筋の伸びた後ろ姿は迷いがなく、やけに潔い。

宴会場は、わざわざ避けた。

「お姉ちゃん!」

背後から花依が追いかけてくる。甘い笑みを貼りつけて。

「今日は私と水原廷悟兄さんの婚約の日なの。さっき、お姉ちゃんが廷悟兄さんを誘惑したって騒ぎになったけど……それでも、私たちの門出を祝って、一杯くらい飲んでほしいな」

挑発が目に浮かぶ。暁月が黙っていると、花依はわざとらしく眉を下げた。

「もしかして……廷悟兄さんに捨てられて、私に乗り換えられたのが悔しくて、祝福したくないの?」

「池田花依」

暁月が呼び止める。冷えた唇の端が、ふっと持ち上がった。

ゆっくりと距離を詰め、囁くように言う。

「私が本気で水原廷悟を誘惑するつもりだったら、あんたがここで吠える暇なんてあると思う? 私が捨てたゴミを拾って、そんなに得意?」

池田家と水原家は、名門の中では底のほうだ。勢力を広げるために政略の縁談を選んだだけ。

水原廷悟はここ二年、執拗に暁月を追い回してきた。だが暁月は、あの男がろくでもないと知っていたから断り続けた。廷悟は一度、逆上しかけたほどだ。

半年ほど前、花依が「本物の令嬢」として戻ってくると、廷悟は即座に「花依に一目惚れした」と言い出した。暁月への接近は「仕方なく」だった、と。

挙げ句、暁月が自分にしつこく縋ったなどと噂まで流す。今日の宴でも「暁月が誘惑した」と騒ぎ、名誉を潰して追い出させる算段だった。

暁月が彼らの思惑を知らないわけがない。

けれど彼女も――感情のないこの家に、もううんざりしていた。

「……っ!」

花依は顔を真っ赤にして歯を食いしばる。二十年の人生を盗んだ泥棒。許せない。なのに目の前で堂々としている――それが耐えられない。

怒りが噴き出しそうになった、その瞬間。

こちらへ歩いてくる池田夫人の姿が視界に入った。花依は表情を変え、いきなり暁月の手を掴んで叫んだ。

そして――自分から階段へ転がり落ちた。

「あああ――!」

「花依!」

池田夫人は駆け寄り、傷を確かめるや否や暁月へ噛みつく。

「この毒女! 誰がうちの娘に手を出せって言ったの! 誰か! 警察よ! 今すぐ!」

物音を聞いて池田健永も駆けつけた。

「何があった?」

花依は涙を溜めて首を振る。

「通報しないで、パパ……ママ……お姉ちゃんが押したんじゃないの、私が自分で……あっ、手が……」

「手がどうしたの!? 医者は! 早く医者!」

池田夫人は喚き散らし、暁月を見る目は毒を含んだ針のようだ。

「花依は医学の才があるのよ! メスを握る手が傷ついたら――池田暁月、絶対に許さない!」

「お姉ちゃんじゃないの……」

花依は泣きながらも、健気に言ってみせる。

「ほんとに……お姉ちゃんじゃ……」

その姿があまりにも「耐えている」から、余計に暁月が犯人に見える。

「さすが池田家の本物の令嬢ね」

「やっぱり血って変えられないのよ。偽物とは違うわ」

「田舎の貧乏人だろ? 善良さなんて期待するほうが間違い」

「善良? 悪いことばっかりして、そのうち罰が当たるさ」

称賛の波の中、花依は上品に顔を上げた。

「お姉ちゃん、パパとママは心配しすぎただけ。今日のこと、気にしないで。ご家族、もうすぐ迎えに来るんでしょ? 行って」

客たちは察する。――池田暁月は、もう池田家とは無関係だ。

向けられる視線はさらに冷たく、嘲りに染まった。

暁月は少し離れた場所で、笑っているのかいないのか分からない顔のまま眺めていた。

花依はともかく、池田家の人間は忘れたのだろうか。ここには監視カメラがある。

愛は、人を盲目にする。

暁月は何食わぬ顔で池田家の監視システムへ侵入し、さっきの映像を引き出した。

女王みたいに見下ろす態度で、指先がスマホの画面をコツ、コツと叩く。

「池田花依。さっき、私が押したって本気で言い切るの?」

花依は目を赤くしながらも、殊勝に言う。

「違うよ、お姉ちゃん……私は気にしない――」

よくできた、退いて見せる一手。

暁月は小さく笑った。

「困ったな。私は、すごく気にしてるんだけど」

花依の顔色がさっと変わる。嫌な予感が走った、その次の瞬間――

暁月の細い指が画面をタップした。

さっき花依が放った挑発の声が、その場に響く。

続いて、暁月の手を掴み、花依が自分から転げ落ちる場面が、宴会場の大型スクリーンにコマ送りで鮮明に映し出された。

解像度はやけに高く、音まで異様にクリア。

「……え」

呆然としたのは客だけじゃない。池田夫人と池田健永まで言葉を失い、振り返って花依を見た。

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