二度目の人生に、彼への愛はない

二度目の人生に、彼への愛はない

大宮西幸 · 完結 · 28.9k 文字

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紹介

妊娠七ヶ月の私は、優里が雇った暴漢たちに、二人とも倉庫へ引きずり込まれるのを見ていた。
私はあの電話を奪おうとしなかった。黒川優里――山崎真也の元恋人で、彼が今も愛し続けている女性――に、自分で電話をかけさせた。
なぜなら前世で、私はこの周到に仕組まれた悪夢から助けてくれるよう、真也に必死で懇願したからだ。
そして彼は来た。彼女ではなく私を選んだ。
優里は置き去りにされた。レイプされ、拷問され、殺された――彼女自身が金を払って雇った男たちの手で。
その後、真也は私を責めないと言った。妊娠期間中ずっと私の世話をした。検診も一度も欠かさなかった。
そして陣痛が始まった日、彼は私を別の怪物たちに引き渡した。
優里が受けたすべて――集団レイプ、虐待、屈辱――が私のものになった。
私を生きたまま焼き殺す前、彼は死んだ赤ん坊を私の足元に投げつけ、怒りに歪んだ顔でこう言った。
「生き延びたかったんだろう?これがその代償だ。優里が感じたすべてを、お前に味わわせてやる。お前だけじゃない――存在すべきじゃなかったこの忌み子もな」
あの数ヶ月の優しさは、すべて演技だった。私の苦しみを極限まで高めるために周到に計算された拷問だった。
目を開けると、私は倉庫に戻っていた――優里が雇った暴漢たちが電話を掲げ、どちらを助けるか選ばせようとしているところだった。

チャプター 1

 コンクリートの床から這い上がる冷気が、膝を突き抜け、身体の芯まで浸食してくる。抑えようのない震えが止まらない。

 だが、その寒さなど、私の心に張り付いた氷に比べれば、何のものでもなかった。

 誘拐犯によって背中で縛り上げられた手首が、ズキズキと脈打つ。その生々しい痛みが、私を覚醒させた――私は、生まれ変わったのだ。

 悪夢が始まった、今日の午後へ。すべてが一変した、この廃工場へと。

 隣では、優里が泣きじゃくっていた。その目は泣きはらして赤く腫れ上がっている。埃にまみれたシャネルのスーツですら、彼女の痛々しいほどの儚さを際立たせているようだった。

「電話は一本だけだ。それがお前らに与えられた全てだ」

 犯人は私たちの前でしゃがみ込み、古ぼけた折りたたみ式の携帯電話をぶらぶらと見せつけた。その瞳は、残酷な愉悦にぎらついている。

「かけられる相手は一人だけ。いいか、覚えておけ――ここから生きて出られるのは、一人だけだ。さあ、あの男がどっちを選ぶか、見せてもらおうか」

 前回の人生において、運命の分岐点となったのはまさにこの瞬間だった。

 あの時の私は、お腹の子を守りたい一心で、狂ったようにその電話へと飛びついた。涙に濡れた声で真也に電話をかけ、私と赤ちゃんを助けてと懇願したのだ――私は当時、妊娠七ヶ月だった。

 真也が来た。究極の選択を迫られた彼は、私の嘆願を聞き入れ、私を先に連れ出した。

 残された優里は――輪姦され、なぶり殺しにされた。

 その後も、真也は決して私を責めなかった。それどころか、以前にも増して献身的になったほどだ。妊婦健診にも付き添い、「君が罪悪感を抱く必要はない」と優しく諭してくれた。

 私たちにはまだ、未来があるのだと信じていた。

――あの日、出産を迎えるまでは。

 難産の激痛に絶叫し、意識が明滅する中、彼はあらかじめ手配していた男たちの集団に私を引き渡したのだ。

 優里が味わった地獄――集団レイプ、虐待、屈辱――そのすべてが、私のものとなった。

 最後には、死産した我が子を私の目の前に放り投げ、悪魔のごとき笑みを浮かべてこう言い放った。

「生きたかったんだろう? これがその代償だ。優里が死ぬ前に味わった絶望を、お前にもたっぷりと教えてやる。お前だけじゃない――そもそも生まれてくるべきではなかった、このガキも一緒にな」

 その時ようやく、私は理解したのだ。あの数ヶ月間の献身的な愛は、私を絶望の淵へ叩き落とすためだけに、彼が周到に張り巡らせた蜘蛛の巣だったのだと。

「私がかけるわ! 電話をよこして!」

 優里の金切り声が、私を現在へと引き戻す。

 彼女は犯人の手にある電話へ必死に飛びついた。「真也にかけるの! 彼なら助けてくれる! 絶対に!」

 犯人は嘲るような視線を私に向けた。当然、抵抗してくると思っていたのだろう。何しろ私は警察署長の妻であり、身重なのだから。

 だが、私は部屋の隅で静かに膝を抱えたままだった。

 今回は、戦うつもりなどない。

「彼女に渡してやって」

 私は平坦な声で、けれど枯れた喉を震わせて言った。「彼女にかけさせればいい」

 優里は凍りついた。伸ばしかけた手が空中で止まる。彼女は信じられないものを見る目で私を凝視した。

「あなた……助けを呼ばないの?」

「私がかけたところで、意味はないの」

 私は視線を落とし、膨らんだお腹を愛おしむように撫でた。「彼には、あなたを助けてもらえばいい」

 優里は二度と問いたださなかった。電話をひったくり、番号を押す。

「真也! 助けて! 私たち、東埠頭の廃倉庫にいるの……っ、怖いの、お願い早く助けに来て!」

 スピーカーになっていなくても、受話器の向こうから真也の狼狽した怒鳴り声が漏れ聞こえてきた。前回の人生では、私に対して決して見せることのなかった必死さだ。

 数分もしないうちに、サイレンの音が空気を切り裂いた。

 廃倉庫の扉が激しくこじ開けられる。防弾チョッキを着用した十数名の機動隊員が雪崩れ込んできた。

 その直後、拳銃を抜いた真也が飛び込んでくる。本来なら指揮所にいるべき警察署長が、私たちを救うために現場に来てしまった。その端正な顔は、職務と私情の狭間で研ぎ澄まされた決意に満ちている。

 彼の鋭い視線が、瞬時に私たちを捉えた。

 私は彼を見返した。けれど口は堅く閉ざし、一言も発しなかった。

 犯人は、真也のあまりに早い到着と重装備に虚を突かれたようだった。パニックに陥った彼は、身重で動きの鈍い私を掴むと、盾にするように自分の前へ引きずり出した。

「動くな! 下がれ! さもないとこの妊婦を殺すぞ!」

 喉元に冷たい刃が押し当てられ、犯人の絶叫が響く。

 真也に躊躇いはなかった。

 銃口は犯人に向けられたままだが、その鋭い視線は私を通り越し、床にうずくまる優里だけに釘付けになっていた。

「怖がることはない」

 低く、なだめるような声。そして迷うことなく銃を下ろすと、大股で優里の方へ歩み寄った。慣れた手つきで拘束を解き、彼女を横抱きにする。

 喉元にナイフを突きつけられている私など、彼の目には映っていないも同然だった。

 とっくに死んだはずの心が、その瞬間、焼けるように痛んだ。

 優里を抱えて出て行こうとする真也の背中を見て、あからさまな無視に激昂した犯人が叫ぶ。

「なら死ね!」

 彼は私を壁に向かって乱暴に突き飛ばした。

――バン!

 乾いた銃声。

 真也は振り返りもせず、片手で背後に向けて発砲したのだ。弾丸は犯人の頭蓋骨を正確に撃ち抜いていた。

 犯人が崩れ落ちるのと同時に、バランスを崩した私は、凍てついたコンクリートの床に激しく叩きつけられた。

――お腹から。

 内臓をすり潰されるような激痛が身体中を駆け巡る。

「うっ……!」

 私は身体を丸め、呼吸を求めて喘いだ。

 前世の記憶が蘇る。あの日もこうして始まったのだ。この身を切り裂くような苦痛が、お腹の中の子をゆっくりと殺していった。

 生温かい粘ついた液体が太腿を伝い、瞬く間に私の下で深紅の染みとなって広がっていく。

「助けて……誰か……」

 息も絶え絶えに、私は必死で言葉を絞り出した。「赤ちゃんが……お願い……赤ちゃんを助けて……」

 真也はすでに優里を連れて外へ出ていた。

 残った機動隊員たちが、私の周りを取り囲む。見知った顔ばかりだ。中には我が家で食事をし、私を「奥様」と呼んで慕ってくれていた者もいる。

 だが今、誰一人として私に手を差し伸べようとはしなかった。

 若い隊員が血だまりを一瞥し、鼻で笑う。

「いい加減にしてくださいよ」

 彼は私の脛を無造作に蹴りつけた。「奥様が優里さんに嫉妬してるってのは、署内じゃ有名な話なんですよ。誘拐犯を雇ってまで署長に選ばせようとするなんて、惨めな茶番だ」

「全くだ」別の男が、嫌悪感を隠そうともせずに同調する。「署長なら優里さんの介抱に行きましたよ。あなたの演技なんて無駄だ」

「その血だって本物に見えるけど、どうせ事前に用意した鶏の血か何かでしょう? 気を引くためなら何だってするんだから」

 彼らの目には、私はそう映っていたのか。

 夫を取り戻すためなら手段を選ばない、哀れで狂った女だと。

 痛みで冷や汗が止まらない。弁解する気力さえ残っていなかった。私はただ、その冷たく無関心な顔を見上げることしかできない。

 カツ、カツ、と。

 規則正しく、意志の込められた足音が戻ってくる。

 コンクリートを叩く革靴の響き。

 真也が戻ってきたのだ。

 彼はすでに、錯乱状態の優里を救急車に乗せてきたのだろう。今、彼は私一人の前に立ち、頭上から冷ややかに見下ろしている。

 私は必死に頭を持ち上げた。霞む視界の先に見えたのは、彼の暗い瞳――そこには底知れぬ嫌悪と、氷のような冷徹さが渦巻いていた。

「真也……赤ちゃんが……」私は縋るように彼のズボンの裾に手を伸ばそうとした。

 だが、彼は冷酷な目で見下ろすだけだった。そして、部下たちが見守るその前で、あろうことか革靴のまま私の肩を思い切り蹴り飛ばしたのだ。半身を起こしかけていた私は、再び地面へと叩きつけられた。

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