灰の中から蘇る

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渡り雨 · 完結 · 18.7k 文字

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紹介

産気づいたその日、夫は私を『ドラゴンファイア・パーガトリー』へと突き落とした。

竜王であるドレイヴン。私は彼の子を身ごもっていた。
祝福されるべき日になるはずだったのに、それは悪夢へと変わった。

理由は単純だった。亡き兄ケイルの未亡人であるセラフィナもまた、出産を控えていたからだ。そして、アッシュウィング王家の鉄の掟――「最初に生まれた男児が王位を継承する」。

私たちの出産予定日は、わずか一日違いだった。

だから彼は、私を犠牲にする道を選んだ。それが、私が彼らに返すべきたった一つの「借り」だと言わんばかりに。

『ドラゴンファイア・パーガトリー』は、竜の業火で罪人を焼き焦がす場所であり、その熱は人の血肉を干からびさせるほどだ。
さらに彼らは、私に恐ろしい劇薬を飲ませた。お腹の子が今にも外へ出たがっているというのに、身体に「まだその時ではない」と錯覚させる薬を。

炎に炙られた石の台座の上で身を丸めながら、私は腹の中の小さな命の灯火が、少しずつ消えゆくのを感じていた。

すべては私のせい……。
私が、あんな男を愛してさえいなければ……。

チャプター 1

エララ視点

「放して!」

 陣痛が身体を引き裂く。セロン――ドレイヴンの首席騎士――が私の手首を掴み、荷物でも引きずるみたいに廊下の奥へと引っ張っていく。

「もう出てくるの!」私は叫び、片手で石柱にしがみついた。

「こんなこと、許されない!」

「竜王の命令だ」セロンは無表情のまま、私の指を一本ずつこじ開ける。

「セラフィナ夫人が出産中だ。彼女が産み終わるまで、お前は待て」

「待てって……どうやって?」破水した羊水が脚を伝って落ちていく。

「この子は待てない!」

「ケイル殿下の血筋が先に生まれる必要がある」セロンは私を引きずり、重々しい鉄扉の前へ叩きつけるように連れていった。「命令だ」

 ケイル――ドレイヴンの兄。戦場で死んだのは一年前。

「お願い……!」私は暴れ、爪で壁を掻き、血の筋を残した。

「このままじゃ、この子が死んでしまう!」

「死なない」セロンは扉を押し開ける。熱気が顔にぶつかった。

「ただ、お前が遅くなるだけだ」

 扉の向こうには下へ続く石段。降りるほど温度が跳ね上がっていく。

 普通の牢じゃない。

 ここはドラゴンファイア・パーガトリー。巨大な円形の石室の中心で、決して消えない竜族の烈火が燃えている。色は赤ではない。底なしの紫。視界が歪むほどの灼熱を放ち、周囲の壁には古い竜語のルーンがびっしり刻まれていた。燃える鎖が幾重にも巻きつくみたいに。

 裏切り者を鍛え直すための場所。火は血肉をじわじわと乾かし、すぐには殺さない。ただ痛みの中で懺悔させるだけ。

 セロンは私を中央の石台へ突き飛ばした。転がり落ちた掌に、焼けた石の熱が食い込み、皮膚がひりつく。

「やだ、セロン!」起き上がって逃げようとした。

 ガンッ!

 鉄扉が閉まる。

「よく聞け」扉越しにセロンの声が落ちてくる。

「竜火が体液を乾かし、お前は衰弱して脱水する。身体が勝手に出産を止める。二時間だ。セラフィナ夫人が産み終わったら出してやる」

「二時間も……もたない!」

 でも、彼はすでに伝令石を取り出していた。

 魔法光がぱちぱちと灯る。

「中に入れました」セロンが言う。

「破水していますが、竜火なら引き延ばせるはずです」

「また騒いでんのか?」伝令石からドレイヴンの声。疲れきって、苛立っている。

 騒いでる。

「ドレイヴン!」私は石に向かって叫んだ。涙で視界が滲む。

「私、産まれるの!もう――!」

 短い沈黙。

「今?」まるで冗談でも聞いたみたいな口調だった。

「セラフィナがもうすぐだ。お前も、もう少し我慢できないのか?」

「無理よ!破水したの!」

「へえ。あの時はタイミング、ずいぶん上手に選んだくせにな」冷えた笑い。

「たとえば……あの夜、俺のベッドに這い上がってきた時とか」

 脳裏に閃く。ケイルの戦死の報が届き、王宮が混乱に沈んだ夜。目を覚ましたドレイヴンは、崩れ落ちるみたいに……ヒステリックに、ただ吐き出して――。

「私は、あなたを気遣っただけ!」必死に言い返す。

「あの時、あなた、本当に疲れてた……!お茶の中身だって、私は――」

「気遣い?」ドレイヴンが爆発した。

「俺の茶に何を入れた。俺が気づかないとでも思ったのか」

「違う!私はやってない!」

「お前の『気遣い』がなければ」憎悪で濁った声が続く。

「ケイルは、あの時――」

「ドレイヴン……痛い……」弱々しい女の声が割り込む。

 セラフィナ。

 彼の声が、瞬間でほどけた。

「ここにいる。怖がるな」赤子をあやすみたいに甘い。

「深呼吸だ、いい子だ」

「この子、私たちに会いたくて待てないみたい……」彼女がふっと笑う。

「父親に似て勇敢になる」ドレイヴンが言う。

「よくやってる」

 その優しさが、刃物みたいに胸に刺さった。

 私も産んでる。私も痛い。私も、彼が必要なのに。

 私に与えられたのは、パーガトリーだけ。

「ドレイヴン……」嗚咽が漏れる。

「医師が……この子が……」

「腹にその子がいるだけ、感謝しろ」冷たく遮られた。

「でなきゃ、とっくに死んでる。セロン、薬を使え」

 伝令石の光が消える。

 セロンが腰袋から水晶の小瓶を取り出した。乳白色の液体が、青く淡く光っている。

「……なに、それ」瓶を見つめた瞬間、身体が先に怯えた。

「抑制剤だ」栓を抜き、こちらへ歩いてくる。

「陣痛を止める」

「やだ!」私は後ずさる。

「そんなの、この子が――!」

「死なない」セロンは私の顎を掴み、無理やり口をこじ開けた。

「ただ先延ばしにするだけだ。ケイル殿下が王国にとってどれだけ重要か、お前には分からない。老竜王が臨終に際して、竜王にお前みたいな素性の知れない女を押しつけなければ――」

 冷たい液体が喉へ流れ込む。砕けた氷を飲み込むみたいに。

「――ケイルは死ななかった!」セロンが手を離す。目にあるのは嫌悪だけ。

「お前は災いだ」

 彼は背を向けた。

「待って……お願い……」私は手を伸ばす。

「私の子が……」

「因果応報だ」

 ガン。扉が閉まり、鎖がじゃらりと鳴った。

 私は石台に崩れ落ちた。

 薬が効き始める。

 規則的だった陣痛が、急に乱れた。体内を無数の手が掻き回すみたいに。痛みは十倍に膨れ、息ができない。竜火の熱で汗が止まらないのに、薬がもたらす冷えが内側から凍らせていく。

 そして、いちばん恐ろしいこと――

 赤ん坊が動かない。

 さっきまで蹴っていたのに、今はかすかな震えだけ。

 どんどん弱く……

「お願い……」私は腹を抱え、涙を落とした。

「赤ちゃん……やめないで……」

 分かってしまう。

 小さな命が、私から離れていく。

 どれだけ時間が過ぎたのか。十分钟か、一時間か。

 この地獄じゃ、時間に意味なんてない。

 ここで死ぬのだと思った、その時――

 きい、と。

 扉が再び開いた。

 女がひとり入ってくる。

 銀の髪。琥珀色の瞳。手には魔法鞭。鞭の身には暗赤のルーンが絡みつき、不吉な光を吐いている。

 ライラ・アッシュウィング。

 ドレイヴンの妹。

 彼女は数歩先で立ち止まり、見下ろすように私を値踏みした。

「私がいちばん嫌いなの、何だと思う?」ゆったり言いながら、魔法鞭を空に振る。ひゅん、と弧を描いた。

「身の程知らずの女。とくに、自分のものじゃないものを奪っておいて、無事でいられると思ってるタイプ」

 一歩、近づく。

「兄は甘い」ライラは首を傾げ、冷笑した。

「でも私は違う」

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だが、あいにく。
今この身体の中にいるのは、暗殺組織のトップだ。
地獄の底から這い上がってきた、一人の女だ。

私はまず、元の持ち主が昨夜味わった屈辱のツケをきっちりと払わせ、皮膚に残る毒素を洗い流した。
物理のテストでは満点をもぎ取り、超一流の弁護士を1分1秒の狂いもなく現場へ急行させて私の弁護に当たらせ、果ては市長自らに我が家の門を叩かせ、私の後ろ盾にならせた。

今世において、私に借りのある全ての奴らから、一筆一筆、その代償を血で購わせてやる。
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彼女は兄たちのためにすべてを捧げたというのに、家を追い出され、無残に死んだ。

生まれ変わった今、彼女は人助けの精神などかなぐり捨てた。許さない、和解しない。あなたたちはあなたたちで固まっていればいい。私は一人、輝くだけ。

兄たちは皆、彼女がただ意地を張っているだけだと思っていた。三日もすれば泣きついて戻ってくるだろうと高を括っていたのだ。
だが三日経ち、また三日経っても彼女は戻らない。兄たちは次第に焦り始めた。

長兄:「なぜ最近、こんなに体調が悪いんだ?」――彼女がもう滋養強壮剤を届けてくれないからだ。
次兄:「会社のファイアウォールは、なぜこうも問題ばかり起こす?」――彼女がメンテナンスに来なくなったからだ。
三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
六兄:「なぜチームが負けた?」――彼女が脱退したからだ。

兄たちは地に膝をついて許しを請うた。「戻ってきてくれ。俺たちこそが、血を分けた本当の家族じゃないか」

彼女は絶縁状を兄たちの顔に叩きつけ、冷ややかに笑った。
「車が壁にぶつかってから、ようやくハンドルを切ることを覚えたのね。株が上がってから、ようやく買うことを覚え、罪を犯して判決が下ってから、ようやく悔い改めることを覚えた。残念だけど、私は――許さない!」