私が選んだ記憶

私が選んだ記憶

大宮西幸 · 完結 · 20.7k 文字

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紹介

事故は私から記憶を奪い、その代わりに「完璧な恋人」を与えた。

目を覚ましたとき、タトゥーの入った松本貴志が私の手を握り、「俺は君の恋人だ」と言った。私はその言葉を信じた。彼の優しさ、彼の娘の無垢な愛情、そして「私たちが一緒にいる」写真――なんて美しい嘘だろう。

けれど、子どもたちの合唱が『きらきら星』を歌った瞬間、砕け散るように記憶が押し寄せた。私は幼稚園の先生で、子どもへの虐待をでっち上げられた被害者だった。元恋人の黒木涼介はキャリアのために私を捨て、その新しい恋人白井静香は、私を陥れる罠を仕掛けた張本人だった。その罠は、私の記憶喪失に繋がっていた……。

そして松本貴志――彼は、まったくの他人だった。

最も歪んでいるのは……私は、この嘘をついた男に、本当に恋をしてしまったということ。

黒木涼介が後悔を抱えて戻ってきたとき、白井静香が悪意を剥き出しにして脅してきたとき、そして松本貴志が裁きを恐れて私を待っていたとき――私は、最も狂った選択をした。

「この嘘を選ぶ」

チャプター 1

胡桃視点

 午後四時。私は最後の数人の子どもたちがかばんに荷物を詰めるのを見守っている。この子たちといると、毎日小さな幸せをもらっている。

「胡桃先生、クレヨンが見つからないの!」五歳の芽衣ちゃんが、ピンク色の小さなかばんの中を必死に探している。

 私は屈み込んで彼女がクレヨンを見つけるのを手伝いながら、乱れた前髪を優しく撫でつけた。「今度はちゃんといつもの場所にしまっておこうね?」

 それから十分ほどの間に、保護者たちがぽつりぽつりと子供たちを迎えにやってくる。そして、彼が現れたのだ。

 松本貴志が教室に入ってきた瞬間、その場全体がしんと静まり返ったかのようだった。全身にタトゥーを入れ、黒い革ジャンを羽織ったその姿は、まるでバイク雑誌からそのまま抜け出してきたみたいだ。

 けれど、四歳の楓ちゃんが「お父さん!」と叫んで彼に飛びつくと、その危険な見た目の男性は一瞬にして表情を崩した。

「よう、楓」貴志は屈み込み、その声は羽のように柔らかだった。「今日はどうだった?」

 その光景をただ見つめていると、私の心臓がわけもなく速くなっていくのを感じた。貴志の手は大きいのに、驚くほど優しい手つきで楓ちゃんの乱れたポニーテールを直してあげている。

「お父さん、今日はお父さんの絵を描いたんだよ!」楓ちゃんが興奮した様子で一枚の紙を取り出した。「見て、これタトゥー!」

 貴志は娘の作品――黒髪の男性の腕にカラフルな線が描かれた絵――を真剣に眺めている。「今まで見た中で最高のタトゥーデザインだな。本当に四歳か?お父さんの先生になれるんじゃないか?」

 楓ちゃんがくすくすと笑うと、その純真無垢な笑い声が部屋いっぱいに広がった。

 私は気がつくと、一歩踏み出していた。「楓ちゃん、今日はとても立派だったよ。新しく入ってきた子に、慣れるよう手を貸してあげていたね」

 貴志が私を見上げ、私は一瞬、息を呑んだ。間近で見ると、彼は成熟した男性的な魅力がありながら、その瞳には意外なほどの温かみが宿っていた。

「ありがとうございます。この子、家でもいつも誰かの世話を焼きたがるんです。性分なんでしょうね」

「ええ、本当に。優しさって偽れませんから」自分の顔が赤らむのを感じた。

 貴志は興味深そうに私の表情をうかがい、口の端をわずかに吊り上げた。

「子供たちはみんな純粋ですよね。楓ちゃんは特に思いやりがあって……誰かが困っていると、いつも一番に気づくんです」

「母親に似たんです」貴志の声は、不意に優しく、けれどどこか寂しさを帯びたものになった。

 一瞬の沈黙が、空気に漂った。

「よし、楓、おうちに帰る時間だ。今夜の夕飯は何がいい?」

「チーズハンバーグ!」

「またチーズハンバーグか」貴志はわざと困ったようにため息をつき、その目は愛情に満ちていた。「楓の体は、そろそろチーズハンバーグでできてるんじゃないかと思い始めてきたぞ」

 この温かいやり取りを見ていると、胸の奥で名状しがたい何かがざわめいた。この人は、私が想像していたような「タトゥーの入った不良」とは全く違う――その優しさは、骨の髄まで染み込んでいるようだった。

「胡桃先生、また明日!」楓ちゃんが手を振ってくれる。

「また明日ね、楓ちゃん」私は貴志の方を向いた。

「娘がお世話になりました」貴志の笑顔には、偽りのない心がこもっていた。

 二人が帰った後、私は教室の片付けを始めたが、あのわずかな数分間に心が動かされたことを否定できなかった。外見は強面なのに内面は優しい男性には、昔からどこか惹かれるものがある。

 黒板をきれいにしていると、戸口から聞き覚えのある声が聞こえた。

「胡桃ちゃん?」

 血の気が引いた。ゆっくりと振り返ると、そこには――二度と会うことはないと思っていた人物が、戸口に立っていたのだ。

 黒木涼介。私の初恋の人。八年前に、私の心を粉々に砕いた男の人。

「ああ、本当に君なんだな」彼の声には、痛いほどの優しさが滲んでいた。「胡桃ちゃん……相変わらず、綺麗だね」

 私は凍りついたように立ち尽くし、手から滑り落ちた黒板消しが床に音を立てて落ちた。時間が、八年前に巻き戻ったかのようだった。

 涼介は変わっていた。もっと大人びて、高価そうなスーツを身にまとい、髪も完璧に整えられている。彼がずっと夢見ていた、成功した弁護士そのものの姿だ。でも、あの青い瞳――かつて私を夢中にさせた、あの深い青色は昔のままだった。

「な……なんで、ここにいるの?」私はかろうじて声を絞り出した。

「仕事だよ。親権を争う離婚調停を担当していてね。子供の教育環境を調査する必要があるんだ」彼は教室に足を踏み入れる。その一歩一歩が、私の心臓をさらに速く波打たせた。「でも、君に会いたくなかったと言えば嘘になる、胡桃ちゃん」

「あの時、君を傷つけたのは分かってる。ここに来る資格がないのも分かってる、でも……」彼の瞳に、複雑な感情がよぎる。「君のことを、一度も忘れたことはなかった」

 そんなはずない。彼は仕事を選んだ。夢の仕事を選んで、私を置いていったのに。

「今さら勝手に現れて、それで……」

「分かってる。わがままだってことは。でも、この事件でこの街に戻ってくると聞いて、君に会わなきゃいけないって思ったんだ。君を置いていったのが間違いだったって証明するチャンスをくれないか。俺が……」

「涼介、ここにいたの」

 甘い声が戸口から聞こえた。金色の髪に完璧なメイク、ブランド物のドレスをまとった、美しい若い女性。まるでファッション雑誌から抜け出してきたかのようだ。

「静香」涼介の声が強張った。「どうして……」

「車で二十分も待ってたのよ。何してるのか見に来ちゃった」静香は優雅に、しかし所有者のように教室に入ってくる。

 彼女の視線が私の上を滑り、そこに微かな敵意を感じ取った。

「それで、こちらは?」静香の声は甘いが、その下に探るような響きがあった。

「清水胡桃さん。ここの先生だ。胡桃、こっちは白井静香、俺の……」

「彼女です」静香は、明らかに牽制するような口調で言葉を続けた。彼女は手を差し伸べる。「初めまして、どうぞよろしくお願いします」

 気まずい空気が流れた。涼介の切ない眼差し、静香の警戒心、そして私の混乱と痛み――三人の間に、複雑な緊張が張り詰めている。

「行きましょう、涼介」静香は涼介の腕に自分の腕を絡めた。「調査はもう終わったのかしら?」

「ほとんどね。報告書を完成させるのに、あと数回は来ることになるかもしれない」涼介の目は、まだ私に向けられたままだった。

 静香の笑みは一層輝きを増し、その瞳は危険な色を帯びた。「もちろん、仕事が最優先だものね」

「他に御用がなければ、私は仕事に戻らないといけませんので」私はなんとか仕事用の笑顔を保った。

「ああ、もちろん」涼介の声には、名残惜しさが滲んでいた。「近いうちにまた連絡するかもしれない。仕事のことで」

 二人が去った後、私は椅子に崩れ落ち、手が震えているのが分かった。押し殺していた感情がすべて蘇り、八年という時間が一瞬で消えたようだった。

 窓辺に歩み寄り、駐車場で黒い高級車に向かう涼介と静香の姿を目にした。静香はこれ見よがしに彼に寄り添い、自分の所有物だと主張しているようだ。けれど車に乗り込む直前、涼介はこちらの園舎を振り返った。

 その一瞥に、私の心臓は大きく跳ね上がった。

 涼介が帰ってきた。完璧な彼女と、八年前の答えの出ない疑問のすべてを連れて。

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生まれ変わった今、彼女は人助けの精神などかなぐり捨てた。許さない、和解しない。あなたたちはあなたたちで固まっていればいい。私は一人、輝くだけ。

兄たちは皆、彼女がただ意地を張っているだけだと思っていた。三日もすれば泣きついて戻ってくるだろうと高を括っていたのだ。
だが三日経ち、また三日経っても彼女は戻らない。兄たちは次第に焦り始めた。

長兄:「なぜ最近、こんなに体調が悪いんだ?」――彼女がもう滋養強壮剤を届けてくれないからだ。
次兄:「会社のファイアウォールは、なぜこうも問題ばかり起こす?」――彼女がメンテナンスに来なくなったからだ。
三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
六兄:「なぜチームが負けた?」――彼女が脱退したからだ。

兄たちは地に膝をついて許しを請うた。「戻ってきてくれ。俺たちこそが、血を分けた本当の家族じゃないか」

彼女は絶縁状を兄たちの顔に叩きつけ、冷ややかに笑った。
「車が壁にぶつかってから、ようやくハンドルを切ることを覚えたのね。株が上がってから、ようやく買うことを覚え、罪を犯して判決が下ってから、ようやく悔い改めることを覚えた。残念だけど、私は――許さない!」