離婚届を置いて消えたら、元夫が壊れました

離婚届を置いて消えたら、元夫が壊れました

ミサキ · 連載中 · 436.5k 文字

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紹介

「離婚して」と告げたその夜、別の女を愛しているはずの夫が理性を失った。

彼の長い指が私の細い腰を強く掴み、熱く乱れた吐息とともに、首元へ顔を埋めて低く呟く。
「離婚なんてしない……。頼むから行かないでくれ。あの絵の男は、一体誰なんだ?」

必死に彼を押し返そうとする私。けれど、彼の指先は容赦なく下着の奥へと滑り込み、容赦なく私を翻弄していく。
「あいつは、俺みたいに……お前を気持ちよくさせてくれるのか?」

――◇――

スローンは、3年間尽くし続ければ、ジャレッドの凍りついた心を溶かせると信じていた。
けれど彼の元カノが戻ってきた瞬間、彼女という妻は、ただの邪魔者に成り下がった。

夫は彼女の言葉を信じず、悪辣な女だと疑い、元カノの自作自演に謝罪を強要する。……彼女のお腹に、彼の新しい命が宿っていることすら知らずに。

「離婚届にはサインしたわ。私は、あなたの前から完全に消えてあげる」
スローンは未練の一片すら残さず、彼の元を去った。

離婚後、誰よりも美しく、そして社会的な成功を収めた元妻の姿を前に、ジャレッドは激しい後悔に苛まれることになる。
「もう一度、やり直してくれ」
ダイヤモンドの指輪を手に、スローンの前で膝を突くジャレッド。
しかし、スローンがその手を伸ばし抱きしめたのは、幼い頃に自分を救ってくれた「あの人」だった。

今度こそ、ジャレッドは元妻の心を取り戻すことができるのだろうか?

チャプター 1

スローン視点

「おめでとうございます。妊娠6週です。胎児の状態も良く、とても元気ですよ」

検査結果の紙を受け取った瞬間、夢でも見ているみたいだった。……私が、本当に妊娠した?

そっと下腹に手を当てる。驚きと喜びがない交ぜになって、胸の奥がじわりと熱くなった。

モントクレア家はずっと子どもを望んでいた。ジャレッドが父親になると知ったら、きっと――喜ぶはず。そう思った。

帰り道、わざわざ遠回りして、いちばん新鮮な魚とステーキを買った。どちらもジャレッドの好物だ。

夕方、玄関から鍵が回る音がした。

最後の一皿をテーブルに置き、手を拭く。なぜだか胸の奥がざわついて、妙に緊張していた。

ドアが開き、ジャレッドが入ってくる。スーツの上着を腕に掛けたままの、すらりとした長身。黒い眉と目元が印象的な、端正な横顔。

私は小走りで近づき、上着を受け取ろうと手を伸ばした――のに、掴んだのは書類だった。

そこには大きく、『離婚協議書』の文字。

真っ白な紙が眩しくて、視界が滲んでいく。私はその場で固まった。

「……彼女が戻ってきた」

ジャレッドはネクタイを緩め、眉間に疲労を刻んだまま言う。

「条件があるなら言え」

指先がエプロンの布を強く掴み、爪が掌に食い込んだ。

――私、馬鹿みたい。私のものじゃない幸せを、まだ期待してた。

ジャレッドの言う「彼女」とは、妹のケイラ。甘やかされて育った小さなお姫さま。ジャレッドの幼なじみでもある。

5年前、ケイラはモントクレア家に嫁ぐのを嫌がり、「留学」を口実に海外へ逃げた。

二十年以上も外で育ち、ようやく認知された私が、その代わりとして商業結婚を引き受けた。……ただそれだけ。

本物が戻ったなら、代用品は身を引く。それが当然だ。

私は視線を落とし、そっと下腹に手を添えた。胸の奥が痛む。この子は……来るのが、遅すぎた。

ジャレッドは食卓に並んだ料理をしばらく見つめ、眉をひそめる。

「作りすぎだろ。今日は何か特別な日か?」

私は小さく笑って首を振った。

「気分が良かっただけ」

ジャレッドがじっと私を見て、どこか居心地悪そうに表情を歪める。

「……悪かった。水を差したな」

「立ってないで。冷めちゃう。先に食べてて。私、スープよそってくる」

話題を逸らし、私はキッチンへ向かった。

「スローン」

背中越しに呼ばれて、足を止める。でも振り返らなかった。

「この3年間、世話になった。……ありがとう」

平坦な声で続く。

「補償はする。安心しろ」

私は何も答えず、キッチンへ歩き続けた。

お玉の中で立ちのぼる湯気が揺れているのを見た瞬間、堪えきれず鼻の奥がつんと痛んだ。視界が滲む。

涙が、何の前触れもなくぽろりと落ちた。

慌てて拭い、深呼吸する。平然を装い、スープ皿を持ってダイニングへ戻った。

ジャレッドは席に着いていたが、箸をつけていない。

「……泣いたのか」

「食べよう」

私は彼の前にスープを置き、向かいに座った。

食事中、私たちは一言も交わさなかった。

ジャレッドはいつも通り、食べながらスマホを見ていた。ただ今日は、画面に向ける時間が異様に長い。誰かとやり取りしているのだろう。口元がふっと緩む瞬間が何度もあった。

――相手は、ケイラに決まってる。

食後、私が食器を片付け、ジャレッドは書斎へ行った。

私は何度も何度も皿を洗い続けた。指先が水でふやけて白くなるまで。

だって、もうすぐ。こんなことをする必要もなくなるから。

キッチンを片付け終えた頃には、もう9時を過ぎていた。

寝室に戻ると、ジャレッドはシャワーを終え、ベッドヘッドにもたれて書類を読んでいた。暖色の灯りが、彫りの深い横顔の輪郭を柔らかく縁取る。

私はかつて、この顔に惚れただけだと思っていた。

でも3年という時間は、人の心を変える。

ジャレッドの妻でいることに慣れて、いつしか――このまま年を重ねていく未来まで、勝手に夢見ていた。

夢が醒めるのは、あまりにも早かった。

「……私、客室で寝たほうがいい?」

離婚するのに、同じベッドはさすがに不自然だ。

「いい」

ジャレッドは淡々と言う。

「メイドのノラに別室を知られたら、母さんに告げ口される」

少し間を置き、付け足した。

「離婚のことは、当面誰にも知られたくない」

私は少し迷った末、寝間着に着替え、ベッドの端に横になる。間には一人分の距離。

この3年間の常態だ。同じ寝床、別々の夢。互いに胸の内を隠したまま。

ただ今夜は、その距離がやけに気まずい。

暗闇の中、彼の手が伸びてきて、私の腰をなぞった。

身体がびくりと硬直し、心臓が跳ね上がる。

「……しばらく触ってないな」

耳元に落ちる声は低く、磁力を帯びていた。熱い息が首筋にかかる。

「最後にするか?」

結婚して3年、ジャレッドが私を抱いた回数など片手で足りる。

それなのに今夜の彼は妙に昂っていた。腕の力が強い。キスもいつもより長い。まるで3年分の空白を、一度に埋めようとするみたいに。

彼の身体が私の下腹に触れかけた瞬間、私ははっとして、寝間着のボタンを外そうとする手を掴んだ。

「今日は……だめ」

動きが止まる。

「どうして?」

私は視線を逸らし、とっさに嘘をついた。

「今日、生理なの」

「嘘だろ」

彼はまた抱き寄せ、肩に細かなキスを落とす。

「夫婦だ。お前の周期くらい、俺が知らないわけない」

私は答えず、再び彼を押し退け、背を向けた。

暗闇で、彼の呼吸が荒くなる。長い沈黙のあと、冷たい笑い声が落ちた。

「……お前、本当は離婚したいんだろ」

氷みたいな声。

「俺が気づいてないと思ったか。あの絵を、ずっと持ってること」

心臓が、どくんと嫌な音を立てた。

その絵には、ある男性の後ろ姿が描かれている。それは私が18歳の時、その人に初めて出会った瞬間を描いたものだ。引き出しの奥に隠して、夜更けにだけ、たまに取り出して眺めた。

もうずいぶん長い間、見てもいないのに。ジャレッドはまだそれを気にしている。

「それ、あなたに関係ある?」

私は静かに返した。

しばしの沈黙のあと、背後がふっと空く。ジャレッドが布団を跳ね、ベッドを降りた。

バスルームの扉が――バタン、と乱暴に閉まる。直後にシャワーの音。

しばらくして水音が止み、彼は戻ってこない。隣の客室へ向かう足音だけが遠ざかった。

「スローン。お前に怒る資格はない。俺たちは同類だ」

それが、彼が去り際に残した最後の言葉だった。

私はゆっくり身を丸め、枕に顔を埋めた。

声を殺した涙が、枕カバーを濡らしていく。

その夜、私は一睡もできなかった。

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