あなたの愛が、私を殺す

あなたの愛が、私を殺す

猫又まる · 完結 · 25.0k 文字

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紹介

恋人の仇を討つはずだった。なのに私は、記憶を失い、その仇(てき)に愛されてしまった。

「君は俺の婚約者だ」
そう囁く彼の優しさに溺れ、私は恋に落ちた。

――思い出すまでは。
この男こそが、私のすべてを奪った憎い仇(かたき)なのだと。

しかも、私の胎内には、彼の子供が宿っていた……。
偽りの愛の先にあるのは、破滅か、それとも赦しか――。

チャプター 1

 瀬川穂乃視点

 雷鳴が夜空を切り裂き、土砂降りの雨が降り注いでいた。

 私はぬかるんだ道をよろめきながら進む。白いドレスはびしょ濡れで、妊娠七ヶ月の腹にぴったりと張り付いていた。一歩進むごとに、腹部に引き裂かれるような痛みが走る。

「あのしつこい野郎……!」

 振り返ると、雨の向こうにオレンジ色の松明が揺らめき、こちらに迫ってくるのが見えた。柏木修平の手下たちが、飢えた狼のように私を追ってくる。

 再び、腹に激痛が走る。私は歯を食いしばり、片手で膨らんだ腹を支え、もう片方の手でドレスの裾を握りしめて走り続けた。早産の兆候は明らかだったが、止まるわけにはいかない。

 絶対に、連れ戻されたりしない!

 稲光が空を裂き、記憶が奔流のように蘇る……。

 ――

 一年前、C市、慈善オークション。

 煌めくクリスタルのシャンデリアの下、私は見事な白いイブニングドレスを身にまとい、優雅にシャンパングラスを手にしていた。視線の先には、ボールルームの中心に立つ男――C市で最も危険な男、柏木家の当主、柏木修平。

 私の恋人を殺した男。

『必ずあなたの仇は討つから』

 私は柏木律の面影に、静かにそう誓った。私の恋人、愛しい柏木律、この冷酷非道な怪物に殺された。

 深呼吸を一つして、私はゆっくりと柏木修平に近づいた。彼に接近し、誘惑し、油断したところを狙って命を奪う。

「柏木さん、あなたの慈善活動は本当に素晴らしいですね」

 私は穏やかな笑みを浮かべ、会話の口火を切った。

 柏木修平が振り返り、その深い黒い瞳が即座に私を捉えた。心臓が、訳もなく速く鼓動するのを感じた。

( 写真で見るよりずっと、破壊力があるじゃない……)

 一八〇センチはあろうかという長身に、完璧な顔立ち。高価なスーツは、その屈強な体躯に合わせて仕立てられている。

「美しい方、何とお呼びすれば?」

 彼の声は低く、人を惹きつける力があった。

「瀬川穂乃と申します。弁護士をしております」

「弁護士?」

 彼は片眉を上げた。

「随分と……面白いご職業だ」

 私は静かに笑い、グラスの赤ワインを揺らした。

「柏木さんは、女性弁護士を見くびっていらっしゃるのかしら?」

「誰のことも見くびりはしない。特に、慈善活動で俺に近づいてくる美しい女性はな」

 彼は私をあからさまに品定めした。

「だが、どうも君は普通の弁護士ではないような気がするな、穂乃さん?」

(まずい! 勘が鋭すぎる)

 注意を逸らさなければ。

 ――

 オークション会場の、女性用化粧室。

 鏡の前で化粧を直しながら、私は指輪の小さな仕掛けに指を触れさせた。この一見何の変哲もないルビーの指輪には、致死性の毒針が隠されているのだ。

 背後で、足音が響いた。

 鏡の中に柏木修平の姿が映り、心臓が跳ね上がる。私は振り返り、冷静な笑みを無理やり作った。

「柏木さん、ここは女性用の化粧室ですよ」

 柏木修平は距離を詰め、洗面台の両脇に手をつき、私を完全に閉じ込めた。高価な生地越しに彼の体温が伝わり、その男性的ないい香りに眩暈がしそうになる。

「言っただろう、君にとても興味があると」

 彼の唇が、私の耳に触れんばかりに近づく。

「瀬川穂乃、二十六歳。津木大学法学部卒。企業法務を専門とするスター弁護士」

 私は平静を装った。

「お調べになったのですね?」

「見知らぬ女が近づいてくれば、当然調べる」

 彼の指が、私の顎のラインをなぞった。

「だが、資料には書かれていないことがある……君が本当にここにいる理由だ」

 私はゆっくりと手を上げ、指先を彼の胸のボタンに「偶然」滑らせながら、囁いた。

「もしかしたら……ただ、あなたの魅力に惹かれただけかもしれませんわ」

 体が触れ合った瞬間、接触点から電流が走るのを感じた。この反応に、私自身が衝撃を受ける――どうして、仇である相手にこんな感情を?

 柏木修平も明らかにそれを感じ取った。彼の呼吸が荒くなり、その瞳に危険な火が灯る。

「火遊びが過ぎるぞ、弁護士のお嬢さん」

「誤解ですわ」

 私は声を制御しようとしながらも、大胆に彼の胸に手を押し当てた。

「私はただのしがない……」

 言い終わる前に、外から銃声が轟いた。

 ――

 オークション会場は、一瞬にして混沌に陥った。悲鳴、銃声、ガラスの割れる音が、恐怖の不協和音を奏でる。

 柏木修平は私を庇うように背後へ引き寄せると、銃を抜き、冷静に襲撃者たちと対峙した。混雑したオークション会場を狙った、敵対組織の連中だった。

(絶好の機会!)

 私の手は指輪へと動く。毒針はすでに伸びていた。修平の皮膚をわずかに傷つければ、数分で彼は死に至る。

 復讐は、手の届くところにある。柏木律の無念は、ようやく晴らされるのだ。

 息を殺し、私はゆっくりと手を持ち上げる。針は、彼の首にある頸動脈を狙っていた。まさに、一撃を加えようとした、その時――

「バンッ!」

 横から弾丸が飛んできた。私はとっさに身を避けようとして、なぜかその軌道上に飛び込んでしまった。

「くそっ!」

 肩に激痛が走り、生温かい血が白いドレスを瞬時に濡らしていく。

(ちくしょう! なんて運が悪い!)

 修平は驚愕の表情で私を受け止めた。いつもは冷たいその瞳が、今はパニックに染まっている。

「穂乃さん! ちくしょう! なぜこんなことを!」

(なぜですって? 私はあなたを殺そうとしていたのよ、助けようとしたんじゃない!)

「わ、からない……」

 かろうじて、それだけを口にした。

 修平は私を強く抱きしめ、その声は震えていた。

「怖がるな、死なせはしない! 誰にも君を傷つけさせない!」

(私が、彼を庇って撃たれたと、本気で思っている。この、馬鹿な男!)

 意識が遠のいていくのを感じる。体はコントロールを失い、後方へ倒れ込んだ。後頭部を大理石の床に強く打ちつけ、頭蓋に痛みが走る。

「穂乃! 瀬川穂乃!」

 修平の叫び声が、どんどん遠くなっていく。

 完全に意識を失う直前、私は心の中で悪態をついた。

「クソ……失敗した……」

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四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
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兄たちは地に膝をついて許しを請うた。「戻ってきてくれ。俺たちこそが、血を分けた本当の家族じゃないか」

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誰も想像すらできないだろう。この私が、数々の名門貴族や権力者たちが大金を積んで列をなし、首を長くして診察を待つ伝説の名医——【暁】だなんて。

私が時価総額数十億ドルのファッション帝国を裏で支配していることも、ウォール街の株価をたった一回の取引で大暴落させられることも、誰も知らない。私はその正体を、この平凡で冴えない素顔の裏にすべて隠し持っていた。

さらに劇的なことに、私の実の親はこの街で頂点に君臨する最高峰の大富豪だった。

そして私の婚約者——すでに顔を合わせているにもかかわらず、その正体を知らなかったあの男こそ、この街の誰もが名前を聞くだけで震え上がる、ビジネス界の冷酷な死神:梅原晴琉だったのだ。

ある日、彼は私の手を執り、ゆっくりと距離を詰めると、耳元で低く囁いた。

「俺のこの鼓動、今なら感じられるか?」

私は至って真面目な顔で彼の胸に手を当て、大真面目にこう返した。

「心拍数は確かに少し高めですが、非常に健康的です。心配ありませんよ」

彼は一瞬呆気にとられ、それからふっと吹き出した。その瞬間の彼の笑顔に、私の心臓もなぜかドクンと跳ねた。それは、自分自身でも説明のつかない初めての衝動だった。

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