死者の舞台

死者の舞台

大宮西幸 · 完結 · 33.7k 文字

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紹介

彼らは私が一度も身に着けることのなかったメダルのために私を殺した。バルコニーから落ちる時、義理の妹の毒が私の血管を焼き尽くし、オリンピックの夢も共に消えていった。でも死は終わりではなかった——それはただの始まりだった。今、私は殺される6ヶ月前に戻ってきた。彼らの裏切りの全てを知り、かつての私が持っていた慈悲は一切ない。真理は私のオリンピックチームの座が欲しいのか? 田中隆は嘘で私を潰せると思っているのか? やらせてみればいい。今度は、家族を信じた無邪気な少女ではない。私はもっと危険な存在だ——失うものは何もなく、全てを勝ち取ろうとする死んだ少女。彼らは一度私を埋めた。今度は私が彼ら全員を埋める番だ。

私の復活へようこそ。

チャプター 1

顔面に叩きつけられた化学薬品が、視界と未来のすべてを灼熱の地獄へと変えた。

「あんたみたいな裏切り者のせいで!」

遠のく意識の底から、佐藤絵美の絶叫が聞こえる。

「死ね、この詐欺師ッ!」

目が見えない。息ができない。じゅ、と音を立てて皮膚が爛れていく感覚。野次と罵声、そして一部からの歪んだ歓声が、巨大なうねりとなって鼓膜を打った。悪趣味な見世物だ。

だが、あらゆる痛みを貫いて、私の目はただ一人を捉えていた。

山田真理。私の、可愛くて大切な義理の妹。彼女は狂乱する観衆の端に立ち、助けに駆け寄るでもなく、悲鳴を上げるでもなく、ただ……静かに私を見ている。

その顔に浮かんでいたのは――紛れもない、満足げな笑みだった。

『――この、女』

その表情が意味する現実は、顔を焼く薬品よりも深く、私の魂を蝕んだ。お前が、すべて仕組んだのか。

どうせ死ぬなら。

『お前も、道連れだ』

「いいわ!」

最後の力を振り絞り、もつれる足で前方へ飛びかかる。

「私が地獄に落ちるなら、あんたも一緒よ!」

真理の細い腕を掴んだまま、私たちはトレーニング施設の二階の手すりを突き破った。

「山田佳織、やめて! 助け――」

落下しながら響く彼女の絶叫。急速に迫るコンクリートの灰色。そして、すべてが暗転した。

はっと目を覚ます。灼けつくような痛みのない、ただの空気を、貪るように吸い込んだ。

頭上で蛍光灯がジー、と低い唸りを上げている。鼻孔を満たすのは、チョークと汗の懐かしい匂い。恐る恐る自分の顔に手をやると、そこには滑らかな皮膚があるだけだった。火傷も、醜い傷跡もない。

『……何、これ』

私は、日本体操ナショナルトレーニングセンターの更衣室、そのベンチに横たわっていた。メインの体育館からは練習の喧騒が響いてくる。コーチが修正を叫ぶ声、マットに体が叩きつけられる鈍い音、平行棒のきしむ金属音。

オリンピック半年前。

激しく脈打つ心臓が、現実を告げていた。ここは――強化合宿所だ。

でも、どうして。私は死んだはず。あの落下も、衝撃も、そして――。

カサリ、という微かな音に凍り付いた。ロッカーの隙間から視線を送ると、向かいのベンチ、私の水筒の傍らで誰かが屈み込んでいる。

真理。私の愛しい義妹。その手には、小さなガラスの小瓶が握られていた。

瞬間、記憶が物理的な一撃のように蘇る。

メダル授与式。東京二〇二四。あの栄光の三日間が、私のすべてを奪うための、甘い罠だったなんて。

一番高い表彰台に立ち、『君が代』の荘厳な調べの中、私は泣いていた。首にかかった金メダルの重みは、これまでのすべてが報われた証だと、そう信じていた。

そして、すべてを破壊した記者会見が始まった。

「ドーピング検査の陽性反応により、山田佳織選手のオリンピックでのタイトルをここに剝奪します」

JOC役員の冷たい声が、会見場に響き渡る。無慈悲な手が私の首からメダルを奪い取ると、カメラのフラッシュが一斉に焚かれた。

「あり得ない……!」私は声を絞り出した。「私は決して……絶対に……」

だが、彼らには証拠があった。私の血液から検出されたアナボリックステロイド。私が絶対に摂取したことのない、禁止薬物。あの時の私には知る由もなかったが、真理が私に飲ませていたのはただのステロイドではなかった。検査のタイミングを狙い、巧妙に効果が発現するよう設計された、悪意の結晶だったのだ。

次に開かれた聴聞会では、私の家族までもが、私を奈落の底へ突き落とす側に回った。

真理は純白のワンピースを着て証言台に座り、偽りの涙を頬に伝わせていた。

「佳織お姉ちゃんに脅されました」マイクに向かって、か細くすすり泣く。「薬物を手に入れるのを手伝わなければ、二度と競技できないようにしてやるって……」

法廷の向こうから、あれほど可愛がってきた義理の妹が、淀みなく嘘を紡ぐ姿を、私はただ見つめることしかできなかった。かつて私の髪を嬉しそうに結ってくれた少女が、手慣れた様子で私の人生のすべてを破壊していく。

その時、悟った。彼女は駒じゃない。この地獄を仕組んだ、張本人なのだと。

記憶が、巨大なハンマーのように私を打ちのめす。あらゆる裏切り、あらゆる嘘。今、この瞬間、私は真実を理解した。

目の前では、真理がまだ私の水筒のそばに屈み込み、小瓶から透明な液体を慎重に垂らしている。あの、〝前回〟の人生で、私が練習中に意識を失う直前に口にした、あの水筒に。

あの液体に何が入っているか、私は知っている。私の選手生命を終わらせるステロイドだけじゃない。あの日、私を練習中に昏倒させた即効性の毒も含まれている。

信じられない。その事実に気づくと、指先が微かに震えだした。彼女、またやろうとしている。まさに、今、この瞬間に。

静かな、それでいてすべてを焼き尽くすような怒りが、腹の底からせり上がってくる。この小娘は、私を二度も破滅させられると、本気で思っているのだ。

「おはよう、佳織お姉ちゃん」彼女は作り物の甘ったるい声で言った。「今日は早いのね。電解質ドリンク、作っておいたわよ」

私はゆっくりと歩み寄り、彼女が慌てて背中の後ろにスポイトを隠そうとするのを、冷ややかに見つめた。

「真理」静まり返った更衣室に、私の声が響く。「それが何なのか、説明してくれる?」

彼女は数回まばたきをし、必死に無垢な瞳を演じようとしている。「な、何のことかわからないわ、お姉ちゃん。ただ水分補給の手伝いをしようと――」

「手伝い?」私は彼女の言葉を遮った。その声は、自分でも驚くほど硬質だった。「何の? 毒でも盛るつもり?」

真理の手が震え、スポイトを固く握りしめている。「佳織お姉ちゃん、本当にただ電解質を……。栄養士さんがこの配合を勧めてくれて……」

いつもの手口だ。あの弱々しい口調、思いやりのある妹を演じるやり方。前の人生なら、私は彼女を信じただろう。疑ったことを謝罪し、完璧な被害者になっていたはずだ。

もう二度と、そうはならない。

私は、彼女が私のために用意したという『電解質ドリンク』のボトルをひったくった。あのスポイトで、あれほど慎重に混ぜ物をしていたボトルを。

ボトルの中では、無色透明の液体が無邪気に揺れている。

「そんなに体にいいものなら」私の声は、危険な囁きへと変わった。「あなたが先に飲みなさい」

真理の目が恐怖で見開かれた。「え? お姉ちゃん、私は別に――」

「飲め」

私は彼女のポニーテールを鷲掴みにして顔を引き起こさせる。真理が小さく悲鳴を上げた。

「全部よ。最後の一滴まで、残さずに」

「お願い、お姉ちゃん、気分が悪い……」彼女の声はかすれ、今度は涙が効くかどうか計算しているのが見て取れた。

私は彼女の顔が数センチの距離になるまで身をかがめた。「気分が悪い? あんたはまだ本当の『気分が悪い』ってものを知らないわね、真理ちゃん」

これ以上哀れな言い訳を待つことなく、私は彼女の顎を掴み、ボトルの口を唇の間に無理やりこじ入れた。真理は私の手首を必死に掻きむしるが、私はさらに強く押し付け、液体が彼女の口に溢れるまでボトルを傾ける。

「飲み込むか、溺れるか、選びなさい」私は歯の間から囁いた。

彼女はむせび、ごぼごぼと音を立て、液体が顎を伝って流れたが、私は手を離さなかった。無理やり飲み込まされる彼女の喉が、必死に上下するのが感じられる。

「最後の一滴まで、全部」

ボトルが空になった時、私はようやく彼女を解放した。真理は膝から崩れ落ち、床に手をついて激しくあえいでいる。

数分もしないうちに、彼女は体を二つ折りにし、床に激しく嘔吐した。全身がびくびくと痙攣し、口からは胆汁やら何やらが糸を引いている。綺麗に結われていたポニーテールは、今や汗と吐瀉物で見るも無残に汚れていた。

「なんてこと……」

「一体、何が起こったの?」

「彼女、大丈夫?」

「誰か呼んだ方がいいんじゃ……」

しかし、誰も彼女を助けようと動かない。ただ、凍り付いたようにその場に立ち尽くしているだけだった。

私は身悶えする真理の隣にしゃがみ込む。

「どんな気分?」私は彼女にだけ聞こえるように囁いた。「これが、あんたが私にしようとしたことよ」

真理は弱々しく呻くことしかできず、その顔は青白く、脂汗でぬらぬらと光っていた。

私は一歩下がり、彼女が苦しむ様を冷然と眺めた。背筋を駆け上る、ぞくぞくするような歓喜。

最高だ。毒を盛られたネズミのように床で痙攣する彼女を見つめる。

そしてこれは、ほんの始まりに過ぎない。

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