紹介
病に伏す母を救い、押し潰されそうな破滅的な金銭苦から逃れるため、ハンナは一世一代の取り引きに身を投じる。すべての問題を解決してくれると約束された、危険なほどの高額契約――だが、その代償は何なのか。夜よりも濃い影をまとい、想像を超える力を持つ男、レオナルドが、彼女に必要なものすべてを差し出す。贅沢。安堵。守り。
しかし、富と権力が支配する裏切りの地平では、何ひとつ見かけどおりに単純ではない。
甘い関係の駆け引き、企業同士の熾烈な戦い、そして予期せぬ感情――その複雑な網の目をかいくぐるうち、ハンナは知ってしまう。取り引きには、救いにも破滅にもつながる「紐」がついていることがあるのだと。
契約と情熱の境界が溶け合い、敵が鮫のように周囲を回り始めたとき、ハンナは決断を迫られる。生き延びるためなら――魂の代価を払う価値があるのか。
チャプター 1
ハンナ
親友のエマ・テイラーから借りたドレスにどうにか身体を押し込みながら、細い肩紐と格闘しつつ、その趣味の悪さを心の中で呪った。鏡に映っていたのは、見知らぬ誰かだった。しかも、その女は私なんかよりずっと自信ありげに見えた。
「もぞもぞするのやめて! すっごく色っぽいんだから」
エマはもともと完璧なまつ毛に、さらにマスカラを重ねながら言い放った。
「これじゃ恋愛リアリティー番組の出演者オーディションでも受けに行くみたい」
私はぶつぶつ言いながら、深く開いた胸元を引っ張った。どうやらこのドレスは、私としては隠しておきたい部分を何がなんでも見せびらかす気らしい。
「布よりスリットのほうが多いんじゃないの、これ」
エマは目をくるりと回した。
「それが狙いでしょ、ハン。何か月も教科書に埋もれてたんだから。一晩くらい、とびきりセクシーに見えたって死にやしないわ」
その瞬間、頭に浮かんだのは銀行口座の残高だった。この一週間ずっと私につきまとっている、哀れな二桁の数字。本当なら今夜は出かけている場合じゃない。でも、ソフィアの誕生日のお祝いを欠席するなんてありえなかった。今の私に許される唯一の贅沢は、親友たちと過ごす時間だけだった。
「マイケル、今夜来るの?」
できるだけ何でもないふうを装いながら、私は二十回目になるドレスの位置直しをした。
鏡越しのエマがにやりとする。
「仕事があるとかで忙しいって言ってたけど。なんで? 新しい自分を見せつけるつもり?」
「ち、違う! ただ聞いただけ」
頬が熱くなるのがわかった。
「それに、これ、私の格好じゃないし。分別をなくして借りちゃった、あんたのドレスってだけ」
「あとで感謝することになるわよ」
エマはウインクして、口紅を私のほうへ放った。
「ほら、仕上げて。配車の車、あと三分で来るから」
私は震える手でそれを塗った。深い赤の色味が、働きづめの大学院生だった私を――何だかわからない別の何かへと、完全に変えてしまうようだった。
「三分? こんな格好で人前を歩く心の準備するには、最低でも十分は必要なんだけど」
最後にもう一度、鏡の中の自分を確かめる。ドレスは、まるで報酬でももらっているみたいに、身体の線を一つ残らず拾っていた。
エマはバッグをつかんだ。
「すごく素敵よ。考えすぎないの」
車での移動はありがたいほど短かった。ソフィアが選んだのは〈ヴェルヴェット・ルーム〉という高級感たっぷりのパブで、その洒落た外観を見ただけで私の銀行口座は悲鳴を上げそうだった。むき出しの煉瓦壁、エジソン電球、そしてたぶん私より高等教育を受けていそうなバーテンダーたち。
「ハンナ!」
店に入った途端、ソフィアが金のスパンコールと香水のきらめきみたいな勢いで駆け寄ってきた。
「来てくれたんだ! それに、わあ、見てよ、その姿!」
私は彼女の熱烈なハグを受け止めた。
「お誕生日おめでとう! 遅くなってごめんね。衣装の……トラブルがあって」
「でも、その価値はあったわ」
ソフィアはウインクしながら耳元でささやき、それからエマまで抱き寄せた。
「さあ、行こ。奥に席取ってあるの。お酒もどんどん出てるから!」
混み合う店内を縫って進むと、ヴァレンティナ、ノーラ、トーマス、アンドリューが、すでに大きなボックス席に落ち着いていた。テーブルの上には色鮮やかなカクテルと、やたら値の張りそうな前菜の小皿が散らばっている。
「ハンナ・ミッチェル、それ本当に君か? それとも、ついにエマがクローン軍団を完成させたのか?」
私が近づくと、トーマスがグラスを掲げた。
私は腰を下ろし、座れたことに心底ほっとした。
「面白いこと言うじゃない。賭けに負けただけよ」
「負けてないってば!」
エマは私の隣に滑り込みながら抗議した。
「自分から納得して着たんでしょ」
「脅されてね」
私はそう訂正し、ソフィアの手つかずの水に手を伸ばした。
「改めて、お誕生日おめでとう」
ソフィアはにっこり輝くように笑った。
「ありがとう! それと、今夜の飲み物は気にしないで。親から誕生日のお小遣い送ってもらったから、全部私のおごり」
キスしたくなるほどありがたい。
「あなたって天使」
アンドリューが私のほうへメニューを押しやった。
「ここ、煙とか火とか出てくる大げさなカクテルがあるんだよ。俺、『実存的危機』ってやつ頼んだんだけど、上にちっちゃい紙の舟が浮かんで出てきた」
私はそのメニューに目を落とし、気取ったカクテル名の数々に眉を上げた。
「『実存的危機』か。今の私の人生にはぴったりかも」
「いや、これが意外とうまいんだって」
アンドリューは力説した。
「そのちっちゃい紙の舟が、酒の中でじわじわ沈んでいく君の希望と夢を象徴してるわけ」
「詩的ねえ」私は鼻で笑った。「じゃあ、勢いよく飲みすぎたらどうなるの? それって、野心が水没したってこと?」
テーブルがどっと笑いに包まれた。
ソフィアは誕生日の幸福感でつやつやと輝いていて、「ベルベット・ルーム」の温かな照明が、そこにいる全員を都合よく美しく見せていた。私でさえ、だ。何度も向けられる二度見の視線が、それを物語っている。
「ソフィアに!」トーマスがグラスを掲げた。「今年が、おまえが受け取るにふさわしいもの――つまり最高のものだけを――全部運んできますように。だっておまえ、最高なんだからさ」
グラスを打ち合わせ、私は水をひと口含んだ。店員が戻ってきたら、ちゃんとしたアルコール入りを頼もう――そう思いながら。目は混み合うパブの中をさまよい、仕事終わりに緊張をほどくプロたちと、気合いを入れて着飾った若い層が入り混じる光景を眺めた。
そのとき、彼に気づいた。
高そうなスーツを着た男が三人いる角のテーブルに、彼も座っていた。けれど他の三人と違って、会話に加わっていない。注意はまっすぐ、私に固定されていた。濃い髪は後ろへ撫でつけられ、顔立ちはルネサンス絵画に描かれていそうなほど――鋭い輪郭と、完璧な左右対称。スーツは誂えたように肩幅の広さに沿い、そこから締まった腰へすっと絞られている。
私は慌てて視線を外した。頬が熱を持つ。勇気を出してもう一度ちらりと見ると、彼はまだこちらを見ていて、口元の片端だけをわずかに吊り上げていた。笑っているのかもしれない。
「ハンナ、地球に戻ってきて」ヴァレンティナが私の目の前で手を振った。「注文するの、しないの?」
瞬きをして、店員がペンを構えたままテーブル脇に立っているのに気づく。「あっ! ごめんなさい。ええと……」メニューを素早く眺める。「『ミッドナイト・コンフェッション』、お願いします」
「おお、刺激的なの選んだね」ノーラがからかった。「今夜、何か告白する予定?」
「ピザを発明した人への、永遠の愛とかね」私は軽口を叩き、謎めいた男のほうを見ないようにした。
運ばれてきたのは、暗い色の調合酒で、縁にはライトの下できらきら光る何かがまぶしてあった。ソフィアが集合写真を撮ろうと言い張り、私たちは席をずらしたり身を寄せたりポーズを取ったりして、ようやく落ち着くとまた会話に戻った。
「先週さ、シャツを裏返しのまま授業に来た教授の話、みんなにしたっけ?」トーマスが、学内の珍事の武勇伝を語り出す。
またテーブルが爆笑に揺れた。私はカクテルをひと口。甘さとスパイスが混ざった温もりが喉を通っていく。きらめく縁取りが唇に微かな光を残した。
「ねえ、必要なのはこれよ!」ソフィアが突然立ち上がって宣言した。「踊ろう!」
胃がすとんと落ちた。「やだ、私――」
「賛成!」エマが手を叩く。「珍しくDJがまともな曲かけてるし」
私は首を振る。「このドレスじゃ踊れないって。ちょっとでも間違えたら、派手にやらかす」
エマは目をぐるりと回す。「ドレスなんて忘れて! 今日のあんた、色っぽくて最高なんだから、ボックス席で座ってるだけとか犯罪よ」
「そうそう」ソフィアも頷き、すでにビートに合わせて体を揺らしている。「誕生日の主役が命じます」
「誕生日の主役には逆らえないわ」私は負けを認めたが、立ち上がる気配は見せなかった。
アンドリューがボックス席から滑り出る。「行こうよ、ハンナ。俺ですら踊るんだぜ。生まれたてのキリン並みに不器用だけど」
「わかった」私はため息をついた。「でも、まずこれ飲み終わらせないと。勇気のため」
「二分ね」エマが私を指さす。「そのあと戻ってきて引きずってくから」
友だちがDJブース近くのダンスフロアへ移動していくのを見送った。ソフィアはすぐに中央へ躍り出て、スパンコールが光を受けてきらめく。両脇をエマとヴァレンティナが固め、トーマスとアンドリューは、私に言わせれば「やたら元気なバタつき」を披露していた。
私はもうひと口飲み、バーの中を見回した。あの謎めいた男は、角のテーブルから消えていた。胸の奥に小さな失望がちらつく。馬鹿みたいだ。いったい何を期待していたの? 彼がこっちへ来て、名乗ってくれるとでも?
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人生を謳歌する
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さあ、復讐劇の始まりよ。私を「可哀想な犠牲者」だと思っていた報い、その身に刻ませてあげる。













