契約夫を偽妊娠で騙したら、逃亡先で本当に妊娠させられそうになった件

契約夫を偽妊娠で騙したら、逃亡先で本当に妊娠させられそうになった件

拓海86 · 完結 · 29.6k 文字

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紹介

3年間の契約結婚。月給75万円。最後は円満離婚。

それが彼との約束だった。

彼が電話でレストランを予約し、白いバラを注文し、ネックレスを準備しているのを偶然聞いてしまうまでは。彼の白月光が戻ってきたのだと悟った。

そこで私は3000ドルで偽のエコー写真を購入し、妊娠したと告白した。

彼は7500万円を振り込んで冷たく言った。「俺の子供を大切にしろ」

私はお金を持って逃げ、二度と会うことはないと思っていた。

3週間後、私が働くカフェに彼が現れた。

ずぶ濡れで。危険な眼差しで。

「そのクリニックは3ヶ月前に当局に閉鎖されていた」彼は調査書類を私の前に投げつけた。「君の偽エコー写真?小切手は不渡りだった」

私の血が凍りついた。

彼は身を乗り出し、私を呑み込むほど低い声で囁いた。

「偽物だったなら、本物にしてやろう」

チャプター 1

由美視点

 亮のオフィスの外に、私は立っている。手のひらは汗ばんでいた。手にした封筒がずしりと重い。中身は、桜原東区の怪しげなクリニックで45万円を払って手に入れた、偽物のエコー写真。

 ドアの隙間から、亮の声が漏れ聞こえてくる。この三年間、一度も聞いたことのない、低く、そして温かい声。

「今夜の予約は確認したか? それと花だ。白い薔薇。必ず白い薔薇にするんだ。彼女は白い薔薇が好きなんだ」

 一拍の間。

「ネックレスは用意できたか。いいだろう。今夜は完璧にしなくてはならない」

 心臓が、どくんと落ちた。

 梨乃……あの人のところへ、帰ってしまうんだ。

 一週間前の記憶が蘇る。白峰海岸で開かれた、亮の誕生日パーティー。私は、従順な契約妻を演じていた。シャンパンでの乾杯の間も笑顔を絶やさず、でもゲストたちが私に聞こえるくらいの声で囁くのが耳に入っていた。「梨乃さんが帰ってくるらしいわよ。あの子、もうすぐ捨てられるんでしょ」

 私は部屋がぐらぐらするまで、テキーラを次から次へと呷った。亮も、気前のいいホスト役を演じながら、ウィスキーを相当飲んでいた。

 その夜遅く、私たちは海岸を歩いた。月明かりが波間に揺れ、潮風が吹いていた。その時、私は泣き出してしまった。止めようとしても止められない、醜く、ぐちゃぐちゃの涙だった。亮は、意外にも私を慰めようとしてくれた。肩に置かれた彼の手。戸惑うような、優しい声。

「おい、泣くな……泣かないでくれ.......」

 その後のことは、熱と自暴自棄な感情で霞んでいる。ゲスト用のコテージ。床に散らばった私たちの服。私にのしかかる彼の身体。初めての鋭い痛みと、その後に続いた、胸が張り裂けそうなほど心地よい何か。耳元で熱っぽく喘ぎながら、まるでそれが何か意味を持つかのように、私の名前を呼ぶ彼の吐息。

 翌朝、私たちは何事もなかったかのように振る舞った。それぞれ別の車で白峰市へ戻り、朝食の席では儀礼的に頷き合うだけ。

 そんな時、梨乃のインスタのストーリーが更新された。『私が置き去りにしてきたものを取り返しに、帰るわ』

 パニックになった私は紗奈に電話した。彼女がこのアイデアをくれたのだ。最低で、鮮やかで、そしてどうしようもなく切羽詰まったアイデアを。

「いい、あんたたちが関係を持ったのは一週間前でしょ。本当に妊娠してるかなんて、誰にも分かりっこないじゃない。偽の診断書を手に入れて、金をせしめるのよ。どうせあんたは捨てられるんだから。彼は金持ちよ。はした金みたいなもんだって」

 最低な計画だとは思った。でも、彼に追い出される前に、そのお金が必要だった。偽のエコー写真は、私の保険。過去の女になる前に、ここから抜け出すための切符だった。

 そして今、私はここにいる。

 ノックもせずに、ドアを押し開ける。亮は書類に目を通していた。高価なペンが契約書の上で止まっている。私はまっすぐ彼のデスクへ向かい、封筒を叩きつけた。実際よりもずっと大きな音に聞こえる、鈍い音が響く。

 亮は封筒を凝視した。全身が硬直する。指から滑り落ちたペンが、カーペットの上に音もなく転がった。

 彼が顔を上げる。あの青い瞳が、私を射抜いた。

「これは何だ?」彼の声は危険なほど静かだった。

「妊娠報告書よ」唇を噛み、無理やり声を震わせる。「先週の……あなたの誕生日の。白峰海岸でのこと.......」

 亮が勢いよく立ち上がった。「契約条項があっただろうが、由美!」

 私は一歩後ずさり、目に涙を溜める。「あなたも酔ってた。私も酔ってた。こんなことになるなんて、思ってもみなかった。ごめんなさい」

 涙が溢れ出す。半分は、彼が今にも爆発しそうで本気で怖いから。もう半分は、私と同じように彼にもショックを受けていると信じ込ませるための、演技だった。

 亮は長い間、私をじっと見つめていた。やがて、深く息を吸い込む。次に彼が口にした言葉は、まったく予想外のものだった。

「いくらだ?」

 私は瞬きする。「え?」

 彼はスマートフォンを手に取る。「いくら欲しい?」

 150万円? 750万? せいぜい1,500万もらえればと思っていたのに。

「わからないわ。治療費とか、それに……」

 彼の指がスクリーン上を素早く滑る。三秒後、私のスマートフォンが震えた。

 銀行通知 ご入金 7,500万円

 通知画面を、私は見つめた。偽物の涙が、衝撃で本物の涙に変わる。7,500万円。彼はたった今、私に7,500万円を渡したのだ。

「俺の子を、しっかり育てろ」彼の声は氷のように冷え切っていた。完全にビジネスモードだ。「最高の医者を手配して、定期的に診てもらう」

「そんな必要ないわ。自分でできる」

「それは議論の余地がない」

 彼はインターホンを押す。「智也、和也先生につないでくれ。明日の朝までに、妊婦健診の予約を入れたい」

 パニックが喉元までせり上がってくる。本物の医者に診られたら、この計画はすべて崩壊してしまう。

 私はハンドバッグを掴んだ。「もう行かないと」

「由美」

 私は凍りついたが、振り返らなかった。

「今夜、七時に予約がある。今後の取り決めについて話し合う必要がある」

「わかったわ」か細い声が出た。

 だが、そこへは行かないと、もう心に決めていた。彼が梨乃のことを考え、白い薔薇のことを考え、私ではない誰かのために買ったネックレスのことを考えながら未来の計画を立てるのを、そばで見ていられるはずがない。

 亮のビルからタクシーが走り去った瞬間、私は知らず知らずのうちに止めていた息を吐き出した。

 スマートフォンが震え続けている。銀行からの通知。取引明細。認証コード。7,500万円。私の学生ローンよりも多い。養父母がこの三年間、要求し続けてきた金額よりも多い。私が手にすることなど想像もできなかった大金。

 これで終わり。これが私の逃げ道。この偽りの結婚から。彼らの終わりなき要求から。彼が本当に愛する女性の元へ帰っていくのを見なくて済む。

 それなのに、どうしてこんなに胸が痛むのだろう? どうして私は、必死でとどまりたい場所から逃げ出しているような気がするのだろう?

 私は頭を振り、流れ落ち続ける涙を拭った。しっかりしろ、由美。彼はあなたに消えてもらうために7,500万円をくれたんだ。察しろってことよ。

 五時になる頃には、桜原丘のタウンハウスに戻っていた。命がけのように、服をスーツケースに詰め込んでいく。

 服。パスポート。ノートパソコン。この三年間で亮がくれたジュエリー。冷たく高価な、何の意味も持たないけれど、現金に換えられる贈り物たち。

 指が、小さなバレエシューズのペンダントに触れた。実の母が遺してくれた、唯一の形見。それを一瞬胸に強く握りしめてから、ハンドバッグに落とし入れた。

 ダイニングテーブルの上に、署名済みの離婚届と短いメモを置く。

『亮、ごめんなさい。この結婚はどのみち終わるはずでした。三年間、ありがとうございました。梨乃さんが帰ってきましたね。お二人はやり直せます。赤ちゃんのことは私が面倒を見ます。あなたたちの人生の邪魔はしません。 由美』

 ノックの音。「黒崎奥様、お出かけでございますか? 運転手に車の準備をさせましょうか?」

 蒼井さんが戸口に立っている。そのプロフェッショナルな表情の向こうに、心配の色がちらついた。

「いいえ、結構です」私は無理に微笑んだ。「数日、友人のところに泊まるだけですから」

 彼女の視線は、パンパンに膨らんだ私のスーツケースに留まる。震える私の手に。だが彼女は何も言わず、十五年間で完璧に身につけたプロの分別をもって、ただ頷いた。

 タウンハウスを、最後にもう一度見渡す。黒崎奥さんを演じた三年間。別々の寝室で眠った三年間。家族との夕食会で完璧な妻を演じながら、自分が決してここに属することはないと知っていた三年間。

 そして私は、ドアから歩み出た。

 午後七時十五分。亮はレストランで一人座っていた。テーブルの上の白い薔薇が、彼を嘲笑っているかのようだ。彼は十分にも携帯電話を確認する。メッセージはない。

 午後七時三十分。彼は彼女の番号に電話をかけた。

『おかけになった電話は、現在電源が入っておりません』

 彼はもう一度かける。もう一度。そして、もう一度。

 彼の顎がこわばる。由美が電話の電源を切ったことなど、これまで一度もなかった。この三年間、一度も。

「黒崎さん、十時からの役員会議が……」彼のアシスタントが慎重に切り出す。

 だが亮は、すでに席を立っていた。白い薔薇と、手つかずのテーブルを後にして。

 彼の車は白峰市の通りを切り裂くように走り、ハンドルを握る指の関節は白くなっていた。

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