紹介
その名は、私ではなかった。
他の寵姫たちは報酬金を受け取って帰途についた。鉄盟の戦士たちは兵舎へ戻っていった。シルヴァリの使節団は二度目の乾杯の前に姿を消した。聖約の学者たちは記録をまとめた。再会。祝祭。この祝日が生まれた理由そのものの夜。
私には帰る場所がなかった。
手首の内側にある印は、いつも温かかった。ただ低く、安定した鼓動——数年も経てば時計の音のように聞こえなくなる程度のもの。私は習慣で指を押し当てた。
冷たい。
契約は終わった。二十一年、四度の失敗ルート、そして今。私をこの世界へ引き込んだ古代の契約が、判決を下したのだ。
私は縄を探しに行った。
チャプター 1
廃墟の塔の門は、たいして高くなかった。まぐさの下に空っぽの木箱を二つ積み、頭上の鉄の鉤に縄を通して、その上に乗る。
もうすぐ帰れる。
城壁の向こうのどこかで、血月の花火がまだ続いていた。赤と金――毎年変わらない色。ここからでも群衆のざわめきが聞こえる。みんな、いい夜を過ごしているのだろう。
私は木箱を蹴り払った。
痛みは即座に来た。喉も、息も、全部がいっぺんに締め潰される。思考の輪郭が、ふにゃりと溶けはじめた。
私はこの世界に少女として召喚された。自分の人生から引きずり出され、互いをかろうじて許容し合う四つの派閥がひしめく王国へ放り込まれ、同意した覚えのない契約に縛られた。条件は単純だった。四派閥の代表のうち少なくとも一人から「本物の絆」を得れば、私は帰れる。向こうの時間は、私が消えた瞬間で凍りついたまま。家族は、まだ待っている。
標的は四人。猶予は二十一年。どのルートも、ことごとく潰れた。
今夜が最後。
契約が下した評決は一時間前だった。ケイランが宴席で立ち上がり、イゾルデの名を口にした、そのときに。
だから計算は終わっていた。出口はひとつしかない。
私は、そこへきっちり身体を預けた。
耳の奥が圧迫されるなか、誰かが私の名を叫んだ気がした。
次の瞬間、顔面に水の塊が叩きつけられた。
私は勢いよく落ち、咳き込みながら門にすがりつく。視界が戻ったとき、私は地面に転がっていて、首には縄擦れが生々しく残り、目の前には誰かが立っていた――踏みつけたくないものを見下ろすような目で。
灰色の儀礼衣。指には祈りの数珠。足元には空の樽。
その顔を、私は知っている。
「ケイラン――」
止める間もなく、言葉がこぼれた。
「やめろ」表情は揺れない。「お前が俺をそう呼べる立場じゃない」
そうだろう、ね。
ケイラン・ヴォス。黄昏の宮廷の後継者にして、アウレヴェールの吸血鬼派閥で最も恐れられる名。そして、私が三日間生かし続けた男でもある。廃坑に隠れていた彼の血統を根絶やしにしようと、他派閥が血眼で狩っていたとき、私は捜索隊を別方向へ誘導し、散り散りになるまで引き回した。戻ったときの彼は半死人で、原動力は憎悪と、私が分け与えられるぶんの血だけだった。
そのあと、彼は私に刻印を施そうとした。守りだと言った。血の刻印があれば、私の存在を感知できる、意識に繋ぎ留めておける――そう。
刻印は定着した。だが、転化は起きなかった。
召喚者であること、この世界に「属していない」ことが原因なのか、身体が変化を拒んだ。刻印だけが残った。壊れ、未完成のまま、手首に刺さった抜けない棘みたいに。
それから私は穢れた伴侶と呼ばれた。血が間違っている、刻印は失敗、称号付きの凶兆。
彼は慰めのように側室の地位を与えた。私は、それに意味があると自分に言い聞かせた。
四年前のことだ。
四年前の血月の夜、私は協定評議会で彼の隣に立ち、ほんの一瞬だけ――心底馬鹿みたいに――契約が閉じるのだと思った。そこへイゾルデが現れた。手紙と、頬の痣と、私が彼女にした「はず」だという話を携えて。彼女は転化できた。失敗した刻印も、棘もない。私にはなれないものになれる。そしてすべては、一週間で崩れた。コルヴィンは一言で私を家業の工房から追い出し、ケイランは説明もなく私を廃墟の塔へ回した。ルーエンは誓いの烙印を使者に持たせて返し、ファエロンはその日の午後に絆を解いた。扉が閉まるみたいに静かに。
水を運び、リネンを洗い、口にする言葉の一つ一つが証拠扱いされる日々が四年。
そして今、イゾルデが戻り、ケイランは大勢の前で彼女の名を呼び、手首の刻印は冷え切り、私は首に縄擦れを残したまま廃墟の塔の外の土に座り込んでいる。
ケイランが指を鳴らす。衛兵が二人前へ出て、私を引き起こした。
彼は私の喉の痕を見た。その表情を何かがよぎる――心配ではない。
「廃墟の塔の門なんて、舞台にもなりゃしない」彼は言った。「それでも、もう演じてるつもりか」
喉はまだ灼けるように痛い。それでも私は言葉を押し出した。
「管理官ヴォス」声を平らに保つ。「塔がそんなに僻地なら、なぜここに? わざわざ私を見に来たんですか」
顎が強張った。ほんの一瞬だけ。
「イゾルデが今夜戻った。再会の場で騒がれるのは御免だ」彼は衛兵に向き直る。「荷物を出せ。門の外へ」
まず私の包みが投げ出された。
次に、私。
私は城壁の外の道に座り、敷居の上に立つ彼を見上げた。祭りの灯りを背負った彼は、問題が問題でなくなるまで見下ろすように私を見下ろす。
「外へ出たら」彼が言う。「二度と、俺がお前を見つけると思うな」
私は見上げて笑った。
それでいい。
立ち上がり、包みを拾い上げ、外街道へ向き直る。協定の崖は壁のすぐ先にある。塔の窓から四年間、毎朝見てきた場所だ。
縄より近い。
最新チャプター
おすすめ 😍
妻が去り、妊娠を知った俺は、ただ泣き崩れるしかなかった
しかし、結婚して5年後、彼は離婚を切り出した。その時初めて、彼の想い人が私の父の隠し子(私の異母兄弟)だと知った。
離婚を決意した七海だったが、その時にまさかの妊娠が判明した。
令嬢は離婚を機に大富豪への道を歩む
「瀬央千弥、離婚して」
周りの連中はこぞって彼女を嘲笑った。あの瀬央様がいなくなったら、御影星奈は惨めな人生を送るに決まっていると。
ところが実際は――
財閥の名家がこぞって彼女を賓客として招き入れ、トップ俳優や女優が熱狂的なファンに。さらに四人の、並々ならぬ経歴を持つ兄弟子たちまで現れて……。
実家の御影家は後悔し、養女を追い出してまで彼女を迎え入れようとする。
そして元夫も、悔恨の表情で彼女を見つめ、「許してくれ」と懇願してきた。
御影星奈は少し眉を上げ、冷笑いを浮かべて言った。
「今の私に、あなたたちが手が届くと思う?」
――もう、私とあなたたちは釣り合わないのよ!
人生を謳歌する
天才デザイナーの私と三つ子を、大富豪は取り戻したい
屈辱に塗れ、身一つで夜逃げするように国を去った私は、その後に彼の「三つ子」を身ごもっていることに気づく。
――6年後。
私は世界に名を馳せる天才デザイナーとなり、奪われたすべてを取り戻すために帰国した。
しかし、悪辣な嘘に目を曇らされた知暁は、私を激しく憎み、「仇敵」として冷酷に立ちはだかる。
やがてすべての真実が白日の下に晒された時、彼は己の過ちに絶望し、プライドを捨てて泣きながら私に許しを乞うた。
だが、傷つけられた私の心はもう戻らない。私は彼の懇願を、冷徹に突き放した。
――もう遅いわ。あなたを一生、許すつもりはない。
そう誓ったはずの私だったが、予想だにしない誤算があった。
私たちが産んだ愛らしい三つ子たちが、今さら戻りたいと泣く父親の、まさかの最強の味方として動き出したのだから。
夫と息子に捨てられた私は、幸福という名の檻を抜け出すことにした
しかし現実の結婚生活は、私を泥のような惨めな境遇へと引きずり落とした。
夫と息子にとって、私は愛人の飼い犬にさえ劣る存在でしかなかったのだ。
離婚届に淡々と署名する二人の姿を前に、私の心は不思議と静まり返った。
「そう、それでいいわ」
最後に乾いた笑みを浮かべ、私は決別を告げる。
今日で、私たちは正真正銘の赤の他人。
鬼畜社長が離婚後に豹変!?甘えん坊な元夫の執着愛
初恋が帰国し、彼女は彼を要らないと言った。
離婚後、彼女は人生の頂点に立った。
トップレベルのデザイナー無憂は彼女だった。
トップクラスの名門が失った令嬢も彼女だった。
手のひらを返せば雲を作り、手のひらを返せば雨を降らせる株の神も彼女だった。
知る前の夜
二日後、インターン先に足を踏み入れると、彼が社長のデスクの向こうに座っていた。
あの夜、私を喘がせた男にコーヒーを運ぶ日々。なのに彼は、まるで一線を越えたのが私のほうだと言わんばかりの顔をする。
***
始まりは賭けだった。終わりは、彼女が決して望んではならないただ一人の男だった。
ジューン・アレクサンダーは、見ず知らずの男と寝るつもりなどなかった。だが、夢にまで見たインターンを勝ち取り、その夜を祝っていた彼女は、勢い任せの無茶な賭けに背中を押され、謎めいた男の腕の中へと導かれる。熱を帯びた気配を纏い、寡黙で、そして忘れられない男。
もう二度と会うことはない――そう思っていた。
ところが初出勤の日、オフィスに入った瞬間――
彼が新しい上司だと知る。
最高経営責任者、その人だったのだ。
たった一夜、無謀に身体を重ねた男の下で働かなければならない。ヘルメス・グランデは権力者で、冷たく、そして絶対に手を出してはいけない存在。けれど二人の間に張りつめた緊張は、どうしても消えてくれない。
距離が縮まるほど、彼女の心と、二人の秘密を守り抜くことは難しくなっていく。
竜王の花嫁
偉大なるイグナス王国を形づくる七つの村では、毎年欠かさず「選定の儀」が執り行われていた。その儀で村の娘のひとりが選ばれ、恐るべき竜王の花嫁となるのだ。
なぜそんな儀を年ごとに続けるのか、誰にもわからない。これまで選ばれていった花嫁たちが、その後どうなったのかも――。
奴隷にされているのか?
竜の餌にされているのか?
それとも……竜王自身が、彼女たちを喰らっているのか?
それだって否定はできない。王は自分たちとは違う、人ではないのだという噂があるのだから。
それでも、その疑問は執念深く人々の胸を苛んだ。
いったい、花嫁を何に使っているのか――!?
だが、誰も王に問いただそうとはしなかった。逆らうなどという無謀が、どんな運命を呼び込むかが怖かったのだ。
もっとも、そんなことはベラドンナの知ったことではない。今年は彼女の村が花嫁を差し出す番だったが、自分が選ばれるはずがないと彼女は確信していた。
なぜかって?
もちろん、計画があるからだ。そして彼女は、その計画が自分を裏切るはずがないと信じ切っていた……いや、本当にそうだろうか。
妊娠を隠して離婚します
九条雅人は彼女の顎を荒々しく掴み、低く唸った。
絢香の頬は屈辱と興奮で真紅に染まったが、その声にはまだ意地が残っていた。「あなたこそ、私に執着しているだけじゃないの?」
雅人は冷酷に鼻で笑った。
「離婚してからどれほど経った? それでもう俺の『ルール』を忘れたか。お前の身体は、今でも俺をこんなによく覚えているくせに。……ほら、咥えろ」
熱を帯び、恐ろしいほどに猛り狂った彼の太いものが、絢香の顔を容赦なく叩いた。
雅人は冷たく笑う。
「俺から離れられるなんて夢にも思うな、絢香。お前は俺だけのものだ」
——
3年間の契約結婚の間、霧島絢香は「雅人が冷徹な人間だから、その心を溶かすことができないのだ」と思い込んでいた。
しかし、彼が桜井陽菜の妊婦健診に付き添い、彼女が少しでも不快な思いをしないよう、見たこともないほどの優しさと甘やかし方で接している姿を目撃したとき、絢香はついに悟った。彼は人を愛せないのではない。ただ、自分を愛していなかっただけなのだと。
絢香は静かに離婚届にサインし、自身の「妊娠診断書」を胸に抱いて彼の元を去った。
だが、絢香が完全に姿を消した瞬間、雅人は狂わんばかりになり、街中を血眼になって彼女を捜し回った。
ついに再会を果たしたとき、雅人の瞳は血走り、その声は掠れていた。
「絢香、俺が悪かった……頼む、俺の元に戻ってきてくれ」
地獄から帰った私を、頂点の男が甘やかすなんて聞いてない
十八年間、空気のように扱われ、誘拐事件の際にも迷わず切り捨てられた私。
「強さ」という名の言い訳で死の淵に追いやられた私は、地獄の果てで生き延びた。
そして今、全国民が見守る超人気リアリティショーの舞台に、私は「かつての復讐者」として舞い戻る。
家族が偽りの善人面を振りまく中、彼らの仮面を一枚ずつ剥ぎ取っていく最高のショウタイム。
そんな私を面白がり、盤面をひっくり返す男がいた。冷徹なるF1チャンピオン。彼だけは、私の冷酷な正義を肯定し、その権力で私を囲い込む。
さあ、復讐劇の始まりよ。私を「可哀想な犠牲者」だと思っていた報い、その身に刻ませてあげる。
億万長者のシンデレラ
そうよね、これはただのビジネスだもの……
でも、彼の触れる手は温かくて……誘惑的で……
「処女なのか?」突然、彼は私を見つめた……
*****
エマ・ウェルズ。卒業を控えた女子大生。継母のジェーンと義姉のアンナから虐待を受け続けてきた彼女の人生で、唯一の希望は王子様のような恋人マシュー・デイビッド。世界一幸せな女性にすると約束してくれた人。
しかし、彼女の世界は完全に崩れ去った。継母が老人から結納金として5万ドルを受け取り、彼女を嫁がせることに同意したのだ。さらに追い打ちをかけるように、愛する恋人が親友のビビアン・ストーンと浮気をしていたことを知る。
土砂降りの雨の中、通りを歩きながら、彼女は絶望の淵に立たされていた……
拳を握りしめ、決意した。売られる運命なら、自分で売り手になってやる。
豪華な車の前に飛び出し、立ち止まる。自分の処女は一体いくらの価値があるのだろう……
*****
デイリー更新













