紹介
二十二年間、私は林原家で誰よりも努力してきたが、最も影の薄い娘だった。常に体操の天才である妹、渚の輝かしい光の影で生きてきた。
高熱に浮かされながら、病院に連れて行ってほしいと家族に跪いて懇願した私に返ってきた言葉は、「渚の授賞式の邪魔をしないで!」だった。
騙されて廃墟同然の機材室に閉じ込められ、血の海の中で最後の力を振り絞って恋人に電話をかけた時、聞こえてきたのは、「七海、いい加減にしろ!渚が今、ステージで受賞しているんだぞ!」という声。
ステージの上では、万雷の拍手が鳴り響き、渚が「年度最優秀青年体操スター」のトロフィーを掲げていた。
その頃、私は最後の一息を引き取った。
栄誉を抱えて帰ってきた彼らは、私が癇癪を起して家出したのだと思っていた。まさか自分たちが立つその建物の下で、私がすでに冷たくなっているとも知らずに。
チャプター 1
【七海視点】
私は死んだ。けれど、誰もそのことを知らない。
今、家族は妹の渚の表彰式から戻り、クラブで祝賀会の準備をしているところだ。私はといえば、魂だけの存在となって彼らの頭上を漂い、その光景を見下ろしていた。
「七海の奴、どこへ行ったんだ?」
兄の亮介が辺りを見回して言った。
「昼過ぎには熱があるとか言ってただろ」
だが、私には答えられない。ただ音もなく、彼のそばに漂うことしかできなかった。
亮介はスマホを取り出し私の番号を鳴らすが、誰も出ない。彼は苛立った様子で吐き捨てた。
「また失踪ごっこか? いい加減にしろよな」
「どうせ家に帰ってふて腐れているのよ」
母は顔も上げずにトロフィーを磨いている。
「あの子はいつもそう。ちょっと具合が悪いぐらいで家族全員を振り回したがるんだから」
父が冷ややかに笑った。
「病院に付き添えとでも言うのか? 今日は渚の晴れ舞台だぞ。ぶち壊しにしてみろ、ただじゃおかん」
ぶち壊し、だって?
私は苦笑しながら彼らを見つめた。物心ついた頃から、家族に迷惑をかけないよう必死だった。病気になっても一人で耐え、理不尽な扱いを受けても口をつぐんできた。今回はあまりの高熱に耐えきれず、勇気を振り絞って助けを求めたというのに。
亮介が呆れたように首を振る。
「七海はどんどんわがままになっていくな。渚を見ろよ、こんな風に騒いだりしないぞ」
「ええ、本当に」
母が即座に同意する。
「うちの渚は手がかからない良い子ね」
その時、渚がソファから立ち上がり、不安げに下唇を噛んだ。
「万が一、お姉ちゃんに何かあったらどうしよう? 最近、情緒不安定だったし……生きてても意味がないとか、みんなに愛されてないとか、そんなことばかり言ってたから……」
私は彼女を睨みつけた。六時間前、高熱でうなされる私を「使われていない旧器材室」へ騙して連れ込んだのは、他ならぬ彼女だった。
『お姉ちゃん、ここでおとなしく休んでて。私の晴れ舞台を台無しにしないでよね』
それなのに今、彼女はいけしゃあしゃあと心配するふりをしている。
父の顔色が沈んだ。
「そんなことで俺たちを脅すつもりか? ふざけるな!」
「自殺をほのめかして同情を買うなんて、病気よ!」
母は怒りで震えている。
また嘘をついている。徹頭徹尾、真っ赤な嘘だ。
私の意識は、あのおぞましい数時間前へと引き戻される──
渚が去ったあと、私は高熱に苦しみながら閉じ込められていた。突然ドアが開く。両親が助けに来てくれたのだと喜んだのも束の間、そこに立っていたのは酒臭い三人の作業員だった。
「あの子から聞いたぞ。お前がモノを盗んだってな。お灸を据えてやれと頼まれたんだ」
床に押し倒され、乱暴な手が伸びてくる。私は必死に抵抗した。
「盗んでなんてない! 渚の嘘よ!」
私の弁明は無視された。彼らは私の懇願など意に介さず、私を凌辱した。
必死の抵抗の最中、もみ合いになって頭を機材棚に激しく打ち付けた。どっと溢れ出す鮮血。それを見た男たちは恐れをなし、慌てふためいて逃げ去った。
私は最後の力を振り絞り、家族に電話をかけた。だが、返ってきた言葉はこれだった。
『いい加減にしろ! 今日は渚の日だ、ぶち壊そうとしてみろ!』
最後に、震える手で恋人の啓太郎にかけた。
「啓太郎……助けて……死んじゃう……」
「七海! いい加減にしろよ!」
啓太郎の声は冷え切っていた。
「今、渚の授賞式に出てるんだ。頼むから騒がないでくれ。今日はあいつの晴れ舞台なんだぞ!」
「本当に、死にそうなの……」
私の弱々しい声は彼に届かない。
「またその手か! 埋め合わせにあのネックレス買ってやるって言っただろ! 俺を休ませてくれよ」
そう言い捨て、彼は一方的に電話を切った。
亮介がうんざりした様子で手を振る。
「もう放っておけよ。どうせ七海の奴、渚に嫉妬してあんなことしてるんだ」
「どうしてお姉ちゃんが私に嫉妬なんて?」
渚が無邪気さを装って首を傾げる。
「決まってるでしょ」
母が鼻で笑った。
「あんたがあの子より優秀だからよ。啓太郎くんだって、あんたの方が才能があるって言ってたじゃない」
渚は殊勝な声色で言った。
「お姉ちゃんも、ただ時間が必要なだけなのかも……。啓太郎コーチは、お姉ちゃんのこと心配してたし」
なんて健気で、思いやりがある妹だろう。もし彼女が私を死に追いやった張本人だと知ったら、彼らはどんな反応をするだろうか。
「行こうぜ。七海のせいで気分を害することはない」
亮介が立ち上がった。
「今夜は渚のための夜だ」
「ああ、祝い直そう」
父も腰を上げる。
「七海のことなど放っておけ。戻りたければ勝手に戻ってくるだろう」
そう言って、彼らは連れ立って去っていった。
私は宙に漂いながら、遠ざかっていく彼らの背中を見つめる。
彼らは永遠に知ることはないだろう。
私が二度と、帰らないということを。
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原田麻友:「……私も知りたいわ。」













