紹介
3年間、一度も交わることのなかった夫婦関係の中で、夏目千尋は亡き母の遺品を取り戻すため、ある危険な賭けに出る。
会員制クラブで泥酔した男、神崎雅臣。
目的のため、彼をベッドへと誘い、一夜の情熱を共にした。千尋にとっては、それきりの割り切った取引のはずだった。……その男が、実は「自分の夫」であるとも知らずに。
その後、彼女は偽名「アンナ」を名乗り、有能なビジネスパートナーとして彼の前に再び現れる。
大胆で挑発的、自分の思い通りにならない彼女に、雅臣はいつしか狂おしいほどに惹かれ、その心を囚われていく。目の前で自分を翻弄する不敵な美女が、まさか自宅に放置している「自分の妻」だとは夢にも思わずに。
冷え切った関係に終止符を打つべく、テーブルに置かれた離婚届。
しかし、予期せぬ「妊娠」が、二人の隠された関係をすべてひっくり返す。
始まりは、冷徹な利害の契約だった。
裏切りと欺瞞のゲームの果てに、先に愛の底へ堕ちたのは、一体どちらなのか――。
チャプター 1
「神崎雅臣が戻ってきた。今夜は光朝クラブにいる。行って顔を出して、少しは情でも繋いでこい」
書斎で父の言葉を聞いた夏目千尋は、鼻で笑った。
三年逃げた夫が、ようやく帰ってくる気になったってわけ?
「……それで?」
夏目博夫が顔を上げる。
「なるべく早く神崎家の子を身籠もれ。子どもさえいれば、お前の立場は固まる。両家の関係も盤石になる」
夏目千尋の瞳が沈む。
夫の顔すら知らないのに、どうやって子どもを作れっていうの?
何年も前、両家の先代同士が、子ども同士の婚約を取り決めた。
当初、夏目博夫は乗り気ではなかった。神崎家が金持ちだろうと、夏目家だって負けていない。もっと良い縁を選べるはずだった。
だが神崎家の勢いは増す一方で、表も裏も押さえ、J市を片手で覆うほどの権勢を得た。
その途端、夏目博夫の態度は変わり、三年前、神崎家に頭を下げて婚約の履行を迫ったのだ。
結婚式当日、神崎雅臣は最後まで姿を見せなかった。
ろくに客もいない式場で、ひとりで儀式を終えたのは千尋だ。あの日以来、彼女は皆の笑い者になった。
後で知った。
神崎雅臣はとっくに海外へ出ていたのだと。
「行かない」
思い出した途端、胸の奥が詰まる。
「私が生きようが死のうが放っておいたくせに、今さら孫が欲しいの?」
夏目博夫の顔色が落ちる。怒りの前触れ。
「千尋。お前の父さんも、お前のためを思って――」
継母の岩崎明依が茶を運びながら入ってきた。柔らかな笑みを浮かべて。
「女はね、子どもがいないと心細いのよ。神崎家でどうやって立っていくの? あなたのお母さまが生きていたら、きっと同じことを言ったはず」
明依は飾り棚へ向かい、玉の腕輪を取り出す。
「ほら、この腕輪。ずっとあなたのために大事に預かっていたの」岩崎明依は穏やかに言った。「お母さまは生前、あなたをいちばん可愛がっていた。あなたが幸せであることを望んでるに決まってるわ」
母の形見。
探しても探しても見つからなかったものが、こんなところに――。
夏目千尋は腕輪を凝視し、爪を掌へ深く食い込ませた。
夏目博夫が続ける。
「千尋、お前は賢い子だ。神崎家は伝統を重んじる。子どもができれば、お前の言葉にも重みが出る。まあ、どうしても嫌なら無理にとは言わんがな」
彼は腕輪を手に取り、わざとらしく眺める。
「ただな。こんなもの、俺のところに置いても安全とは言えん。万が一、うっかり落として割ったりでもしたら……」
「行く!」
夏目千尋は奥歯を噛みしめた。
「でも条件がある」
夏目博夫が目を細める。
「孫を産む。神崎家との関係も固めてあげる。だけど子どもを産んだら、私に五億――それと、その腕輪も返して。それから私を自由にして。ここから出して」
書斎の空気が、数秒、凍りついた。
「五億だと?」夏目博夫の目が陰る。「ふざけるな。図に乗るなよ」
「断ってもいいですよ」
夏目千尋は踵を返し、扉へ向かう。
「腕輪、割りたいなら割れば? その代わり私も、もう駒みたいに扱われなくて済む」
「待て」
夏目博夫は深く息を吸い、歯の間から絞り出すように言った。
「……分かった。認めてやる。だが子どもは必ず神崎家の子だ。ここだけは誤魔化すな」
夏目千尋は扉を開けて出た。
その瞬間、胸の奥に溜まっていた酸っぱいものが、どうしても堪えきれなくなる。
母は千尋が十代の頃に亡くなった。
夏目博夫に追い詰められ――そう、あれは怒りと絶望で殺されたようなものだ。まだ七日も過ぎていないのに、夏目博夫は不倫相手と隠し子を家へ連れてきた。
最初は、娘と息子を公平に扱うそぶりもあった。
けれど結局、娘は息子に勝てない。
息子は家業を継ぐ道具で、娘は家業を守る道具。
夏目千尋は喉の奥の苦しさを押し殺し、涙を拭った。
もういい。
子どもさえ産めば、金を持ってこの家から逃げられる。
……
光朝クラブ。
夏目千尋は給仕の制服を着て、廊下の角の陰に立っていた。
遠目にも分かる、酔った長身の男。
すっと伸びた姿勢、彫りの深い顔立ち、高い眉骨。濃い灰色のシャツの袖を肘まで捲り、滑らかな線の前腕を見せている。
歩くだけで、生まれつきの高貴さと距離感が漂った。
神崎雅臣。
結婚して三年――今日が初めて、その顔をはっきり見る夫。
夏目千尋は影へさらに身を縮めた。
男が横を通り過ぎる。ふわりと漂う酒気に、ほのかな甘い香り。
これから自分が何をするのか分かっているせいで、胸が落ち着かない。男が個室へ入ったのを見届けてから、千尋は深く息を吸い、酔い覚ましのスープを盆に乗せて向かった。
酔い覚ましのスープは事前に用意した。中には効き目が強いと聞いたものを混ぜてある。
名乗って取引を持ちかけることも考えなかったわけじゃない。
でもすぐに、その考えを押し込めた。
取引できるだけの武器が、彼女にはない。
それに、結婚式から逃げて海外へ行った男が、彼女と子どもを作るはずがない。
個室の前でノックする。
「神崎様、ご注文の酔い覚ましのスープをお持ちしました」
中から足音。
扉が開き、男が片手で枠に寄りかかる。見下ろされるだけで息が詰まる。
「中へお持ちします」
夏目千尋は顔を伏せたまま入った。
部屋は灯りがなく、厚いカーテンが外のネオンを遮っている。
神崎雅臣はソファに腰を下ろした。微酔でも、容易に近寄れない圧がある。
平静を装い、器を差し出す。
「これを飲めば、楽になります」
神崎雅臣は受け取ると、一息に飲み干した。
夏目千尋は脇に立ち、心臓が鼓のように鳴る。
器がテーブルに置かれ、彼女が帰らないのを見て、神崎雅臣の眉が僅かに寄った。目つきが危険な色に変わる。
「……まだいるのか?」
夏目千尋は息を吸い、いきなりスカート脇のファスナーを引いた。
黒いワンピースが床へ落ちる。
神崎雅臣の目が鋭くなる。酔いが半分以上醒めた。
「何を――」
次の瞬間、女はそのまま跨り、強引に押し倒した。
柔らかな唇が押し付けられる。
神崎雅臣の身体が硬直する。体内の火が、一気に燃え上がった。
あの酔い覚ましのスープ――何か入ってる!
男は体勢を返し、女を押さえ込む。眼差しは氷のように冷たい。
「言え。誰に遣わされた」
夏目千尋は長い脚を彼の引き締まった腰に絡め、指先を喉仏から滑らせた。
「そんなの、どうでもいい。大事なのは……今、あなたの熱を冷ませるのは、私だけってこと」
指がベルトの中へ潜り、強く握る。
男が低く呻き、彼女の手首を掴む手に青筋が浮いた。
「考え直せ」
顎を持ち上げ、荒い息を吐く。
「今ならまだ――引ける」
夏目千尋は笑い、下唇を噛み、指先で弄ぶ。
――ぶつん。
神崎雅臣の最後の理性が切れ、低く唸って彼女の唇を奪った。
ざらりとした掌が乱暴に衣服を引き裂き、柔らかな膨らみが暗闇に弾ける。
荒く揉まれ、部屋に残るのは重い息と絡む体温だけ。
どれほど経ったのか。
男が猛然と貫き、夏目千尋は悲鳴を上げ、痛みに背を弓なりに反らせた。
男の動きが止まり、嘲るような笑いが漏れる。
「……処女か。送り込んだ奴、随分と金をかけたな」
夏目千尋は唇を噛み、目尻が熱くなるほど痛いのに、引かなかった。
闇の中の深い瞳を睨み返す。
「……結局、できないの? ぐずぐずして」
神崎雅臣は呆れたように笑い、掠れた声がいやに色っぽい。
「見せてやる。俺ができるかどうか」
身体を沈め、さっきより深く、強く。
夏目千尋は震え、爪が彼の肌に食い込む。
痛みの奥から、別の羞恥と渇きが込み上げてきた。
汗で濡れた肌同士が張り付き、息が乱れる。
やがて、ようやく静まった。
男の呼吸が徐々に落ち着き、薬の反動か、そのまま眠りに落ちた。
夏目千尋はそっと押しのけ、起き上がる。
痛い。全身が、骨の芯まで痛い。
暗闇で服を探し、一枚ずつ身につける。
出ようとした瞬間、テーブルのスマホがふっと光った。
神崎雅臣の携帯だ。
画面に、メッセージが表示される。
【神崎社長、例の女は見つかりました。処理しますか?】
夏目千尋はその一行を見つめ、頭の中がぐわんと鳴った。
例の女――私?
処理って、何……?
帰国して真っ先に、私を消すつもりだった……?
その考えが浮かんだ途端、血の気が引いた。
さっきまでの大胆さが、急に恐ろしくなる。
もう一秒もいられない。
夏目千尋は息を殺し、逃げるように部屋を出た。
家まで走り、扉を閉めて、肺が痛くなるほど息をした。
知られてはいけない。
絶対に。暗かったし、灯りもなかった。顔なんて分からないはず――。
そう言い聞かせ、心拍が落ち着いた頃、風呂へ行こうとしてスマホが震えた。
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【俺だ。神崎雅臣】
指が震え、スマホを落としそうになる。
最新チャプター
#210 第210章 新たな人材
最終更新: 9/30/2026#209 第209章 もてあそぶ
最終更新: 9/30/2026#208 第208章 いくらでも回せる
最終更新: 9/30/2026#207 第207章 彼の胸にぶつかる
最終更新: 9/30/2026#206 第206章 薔薇
最終更新: 9/30/2026#205 第205章 お前には関係ない
最終更新: 9/30/2026#204 第204章 チャンスをください
最終更新: 9/30/2026#203 第203章 妊娠したことがある
最終更新: 9/30/2026#202 第202章 愛人が元妻に
最終更新: 9/30/2026#201 第201章 何も知らなかった
最終更新: 9/30/2026
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次に、私の両親。
三番目に、私の自由、私の両目、そして生きる理由のすべて。
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彼は私が汚れていると言った。私は当然の報いを受けているのだと。
しかし、彼が固く信じていたDNA鑑定の結果は嘘だった。あの動画は捏造されたものだった。そして、彼がこれから娶ろうとしている女こそが、私たち全員を破滅させた元凶だった。
私は自殺を試みた。四度。
今は、もう試みない。
彼らは死んだ女を土の中に埋めた。だが間もなく気づくだろう——彼女が地獄をも連れ戻したことに。
妊娠を隠して離婚し、彼は後悔した
三年にわたる隠し通してきた結婚生活のなかで、夫がそう口にしたのは、綾部栞の実家が危機に瀕し、彼女自身が身ごもっていた、まさにその時だった。
助けを求める彼女に、夫は目を向けることすらしなかった。失意の果てに、栞はふくらみ始めた腹を隠し、離婚届に署名する。
これで互いに違う道を歩むだけだと思っていた。ところが、隠していた孕み腹はやがて露見してしまう。
復縁を切り出してきた元夫に、綾部栞は怒りを叩きつけた。
「この子に会いたければ、跪いて許しを請いなさい」
そう言えば、さすがに諦めるだろう——。
だが、彼女は読み違えていた。相手の、その異様なまでの図太さを。
やがて、雲市で最も賑わう中心街の大型街頭ビジョンに、ある動画が一日中エンドレスで流れ始める。
それは、ひとりの男が地面にひざまずき、ただひたすら復縁を乞い続ける姿だった。
地獄から帰った私を、頂点の男が甘やかすなんて聞いてない
十八年間、空気のように扱われ、誘拐事件の際にも迷わず切り捨てられた私。
「強さ」という名の言い訳で死の淵に追いやられた私は、地獄の果てで生き延びた。
そして今、全国民が見守る超人気リアリティショーの舞台に、私は「かつての復讐者」として舞い戻る。
家族が偽りの善人面を振りまく中、彼らの仮面を一枚ずつ剥ぎ取っていく最高のショウタイム。
そんな私を面白がり、盤面をひっくり返す男がいた。冷徹なるF1チャンピオン。彼だけは、私の冷酷な正義を肯定し、その権力で私を囲い込む。
さあ、復讐劇の始まりよ。私を「可哀想な犠牲者」だと思っていた報い、その身に刻ませてあげる。
令嬢は離婚を機に大富豪への道を歩む
「瀬央千弥、離婚して」
周りの連中はこぞって彼女を嘲笑った。あの瀬央様がいなくなったら、御影星奈は惨めな人生を送るに決まっていると。
ところが実際は――
財閥の名家がこぞって彼女を賓客として招き入れ、トップ俳優や女優が熱狂的なファンに。さらに四人の、並々ならぬ経歴を持つ兄弟子たちまで現れて……。
実家の御影家は後悔し、養女を追い出してまで彼女を迎え入れようとする。
そして元夫も、悔恨の表情で彼女を見つめ、「許してくれ」と懇願してきた。
御影星奈は少し眉を上げ、冷笑いを浮かべて言った。
「今の私に、あなたたちが手が届くと思う?」
――もう、私とあなたたちは釣り合わないのよ!
追放された偽物の娘、その正体は最強でした
あの子が現れたその日、私は『偽物の娘』として家を追い出された。
渡されたのは、わずかな小銭と地方行きの片道切符だけ。
さらに婚約者は私をゴミのように捨て、その日のうちに『本物』であるあの子にプロポーズした。
……上等じゃない。せいぜい勝った気でいればいいわ。
だって彼らは、私の【本当の顔】を何一つ知らないのだから。
名門病院が見放した命を救う『天才外科医』。
オークションで数億円の値を叩き出す『伝説の画家』。
裏社会の闘技場で無敗を誇る『影の女王』。
そして――彼らの全財産すら小銭に思えるほどの『真の巨大財閥の後継者』であることを。
今さら元婚約者が土下座で許しを請おうと、本物の娘が嫉妬で狂いそうになろうと、もう遅い。
かつて私に婚約破棄の書類を叩きつけた冷酷で傲慢なCEOでさえ、今や何かに取り憑かれたように私を追い回し、「もう一度だけチャンスをくれ」とすがりついてくる始末。
私を捨てて、自分たちの人生を『アップグレード』したつもり?
笑わせないで。最初から、圧倒的に上の存在だったのは私のほうよ。
南から北へ、届かなかった想い
怒りに震え、彼女は離婚届を起草。これで全て終わりにしようとしたその時、携帯にメッセージが届いた。
「奥様、ご主人様が今夜お泊まりになります」
転生して絶縁したら、元家族は破滅に
22 歳、天華に陥れられた日に生まれ変わった朱那は、過去の卑屈さを捨て、天華の悪事を暴き、偏心な家族に毅然と立ち向かう。芸能界で演技の才能を開花させ、自らの人生を切り開くため、全力で逆襲する。













