彼は死を偽り、私は愛を偽った

彼は死を偽り、私は愛を偽った

間地出草 · 完結 · 20.0k 文字

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紹介

白石芹奈(しらいし せりな)は、森崎明良(もりさき あきら)こそが運命の人だと信じていた。だがそれは大きな間違いだった――彼女は、明良が本当に愛していた女性・森崎純香(もりさき じゅんか)の代役に過ぎなかったのだ。

ある日、明良と双子の兄・森崎翔一(もりさき しょういち)が乗った豪華クルーザーが青海湾(あおみわん)沖で爆発。数日後、明良は翔一の遺灰を手に森崎邸へ戻り、自分こそが翔一だと名乗った。彼の目的は――兄の妻・純香を奪うこと。

芹奈はすぐに彼の嘘を見抜いたが、周囲の誰も信じてくれない。明良は「事故のショックで精神が錯乱している」と言い、彼女を桜原中央病院(さくらはら ちゅうおうびょういん)の精神科病棟に閉じ込めた。しかもその時、芹奈は妊娠していた。

毎日薬を盛られ、出産後には「赤ん坊は死んだ」と告げられる。芹奈の心は完全に壊れた。

三年後、白い病棟の中で死を迎えようとしていた芹奈は、明良の最期の告白を聞く。

「俺はずっと純香を愛していた。翔一が先に手に入れただけだ。お前?お前はただの代用品だ」
「子供は生きている。純香に渡した。あの子は今、彼女を母と呼んでいる」

怒りに満ちたまま息を引き取った芹奈は――目を開けると、明良があの遺灰を抱えて邸宅に戻ってきた瞬間に戻っていた。

今度こそ、彼の嘘を暴き、必ず報いを受けさせる。

チャプター 1

 芹奈視点

 「芹奈、もうすぐ帰ってくるはずよ」

 森崎純香は屋敷の玄関ホールのソファに腰を下ろし、不安げな面持ちで扉を見つめている。

 メキシコ湾でのクルーザー爆発事故の報せが届いてから三日。私たちは片時もここを離れずにいた。救助隊からの連絡を、奇跡を、そして夫たちの無事な帰還を待ちわびて。

 私は向かいのソファで両手を固く握りしめ、表向きは純香と同じように不安と悲痛に暮れる妻を演じている。だがその腹の底では、これから何が起こるかを正確に理解していた。

 「あの人たち、無事よね?」純香が涙のあふれそうな瞳で私を見る。

 「もちろんよ」私は努めて優しく声をかけた。「明良も翔一さんも泳ぎは得意だもの。きっと無事に帰ってくるわ」

 その時、カチャリとドアの鍵が開く音が響き、私たちは弾かれたように立ち上がった。

 入り口に姿を現したのは、包帯だらけの明良だった。その手には白い骨壺が抱えられ、表情は苦渋に満ちている。

 「明良!」

 「翔一さん!」

 私と純香はほぼ同時にそれぞれの夫の名を叫び、ドアへと駆け寄った。

 「よかった、生きててくれたのね!」

 真っ先に彼のもとへ辿り着いた私は、その体にしがみつこうとした。

 だが明良は一歩後ずさりした。手の中の骨壺が微かに震えている。「芹奈……純香さん……明良を、連れて帰ってきました」

 「明良?」私は足を止め、瞬時に顔色を失ってみせる。「それって、どういう……」

 「爆発事故で……」彼は声を詰まらせた。「明良は……逝ってしまったんです」

 「嘘よ!」私は金切り声を上げた。「何を言ってるの? あなたが明良じゃない! 私の夫よ!」

 「芹奈さん、すまない。僕は……僕は翔一なんだ」

 私は彼に掴みかかり、両手でシャツの胸倉を締め上げると激しく揺さぶった。「どうしてあなたが翔一さんだなんて言うのよ! 私が自分の夫を見間違えるはずないでしょう!?」

 揉み合う拍子に明良のシャツの襟元がはだけ、右腕に巻かれた分厚い包帯が露わになる。

 (そこだわ)

 前世の私も、こうしてこの包帯を見つけた。あの時は単なる怪我だと思い込んでいたけれど、今はその下に何が隠されているかを知っている。昇り龍の刺青――明良だけが持つ、決定的な証拠。

 「その腕はどうしたのよ!」私はわざと声を張り上げた。「どうしてそんなに大袈裟な包帯を巻いているの!?」

 明良の瞳孔が収縮し、とっさに手で患部を覆い隠す。「爆発の時にやったんだ……酷い火傷でね」

 「火傷ですって?」私は冷ややかな笑いを漏らした。「それなら、どうして顔は無傷なの? どうして腕だけそんな怪我をしているわけ?」

 「芹奈さん、やめてくれ!」彼は私の拘束を振りほどこうとする。

 「確かめさせてもらうわ!」私は彼の目を射抜くように見据えた。「明良の右腕の内側には龍の刺青があるのよ。あなたが本当に誰なのか、見せてもらうわ!」

 明良の顔色が変わり、素早く左手で右腕を庇う。「触らないでくれ! そこは……酷い傷なんだ!」

 「芹奈、落ち着いて!」不意に純香が割って入り、私たちに歩み寄る。「見えないの? 彼は大怪我をしているのよ。こんな風に責め立てるなんて酷すぎるわ!」

 「私が酷いですって?」私は純香を睨みつけ、目に怒りの涙を溜めた。「この人は今、私の夫が死んだと言ったのよ? 自分は翔一だと言い張っているのよ? それなのに、どう反応しろって言うの!?」

 「でも……」

 「僕は翔一なんだ」明良が不意に声を上げた。「信じられないのはわかる。だが、証拠があるんだ」

 「証拠って何よ?」私は食ってかかる。

 明良は深く息を吸い込み、シャツのボタンを外し始めた。「二人とも知っているはずだ。翔一の左肩にはハート型の痣があるが、明良君にはないことを」

 ボタンが外され、左肩の肌が露わになる。そこには確かに、うっすらとしたハート型の痣があった。

 (なんて小賢しい「証拠」)

 前世の私は、まさにこの痣を見て信じ込んでしまった。けれど今の私は知っている。医療用の特殊メイクや転写シールを使えば、こんな痣くらい簡単に作れるということを。

 「わかってくれたかい?」明良は静かに言った。「僕は本当に、翔一なんだ」

 純香が歩み寄り、その痣を食い入るように見つめる。やがて彼女は顔を覆い、泣き崩れた。「翔一さん……っ、本当に、あなたなの?」

 「僕だよ、純香」明良は慈愛に満ちた瞳で彼女を見つめる。「ただいま」

 「嘘よ……」私はよろよろと後ずさりし、計算通りに今にも気絶しそうな様子を装いながら声を震わせた。「そんなこと、あるわけない……明良が……死んだなんて……」

 「芹奈さん、辛いのはわかる」明良はシャツのボタンを留め直し、一歩一歩、私へと近づいてくる。「だが、これが真実なんだ。すまない……明良は最期の瞬間に、僕に約束させたんだ。君のことを頼む、と」

 「私のことを、頼む……?」私は彼を見上げ、糸が切れたようにその場に崩れ落ちると、声を上げて泣き叫んだ。「明良……明良……っ! どうして私を置いていってしまったの……どうして……!」

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