紹介
婚約者は私との婚約を破棄し、その日のうちに妹になった彼女へプロポーズ。
育ての親たちはわずかな金だけを渡し、私を家から追い出した。
――なら、好きにすればいい。
彼らは知らない。
私が、表では決して名を明かさない天才外科医であることを。
一枚の絵が億で取引される謎の画家であることを。
そして裏社会で“無敗の女王”と恐れられていることも。
さらには、彼らなど到底比べものにならないほどの財閥の正統後継者だということを。
やがて元婚約者は後悔し、偽りの妹は嫉妬に狂っていく。
そんな中、かつて私を冷たく切り捨てた傲慢なCEOまでもが、執着するように私を追い始め――?
「今さら、もう遅いわ」
捨てられたはずの私が、すべてを手に入れる。
最強令嬢による、痛快逆転シンデレラストーリー。
チャプター 1
「紬、お前はもう岩崎家の子じゃない。お前の本当の親はスラム街に住んでいる」
「二十年育ててやった恩を返せなんて言わない。ただ岩崎家を出て、真乃に席を譲れ。……それだけでいい。約束できるか?」
三か月前の両親の言葉が、いまも耳の奥にこびりついている。
あの冷えきった目。今すぐ清宮紬を叩き出したい――そう顔に書いてあった。
それなのに、今夜。
清宮紬のためだという見送りの席で、岩崎のお父さんはお守りを差し出した。
「紬、これは父さんが拝んでもらったんだ。持っていけ。無事でな」
絞り出したような哀しみ。名残惜しげな身振り。わざとらしさが、痛いほど滲んでいる。
清宮紬は凍てつく花みたいに、伏せたまなこを揺らさない。岩崎家の薄っぺらな情に合わせる気などさらさらなく、お守りを受け取ると淡々と尋ねた。
「……もう、行っていい?」
岩崎成夫が一瞬、顔をこわばらせる。父娘情深い芝居が、そこで息切れした。
「清宮家がまだ来てない。もう少し待て」
「門のところ、見てきます」
服装は質素。頭の先からつま先まで黒と灰でまとめ、雪みたいに白い顔だけが不釣り合いなほど整っている。
ただ、その精緻さには生気が欠けていた。
岩崎成夫は腹の底の苛立ちを押し殺し、去っていく背を見送る。拳がきゅっと固まる。
「ほら、見なさいよ!」
母の白石琴音が歯を食いしばり、岩崎成夫のそばで吐き捨てる。
「この子、性格が気味悪いって言ったでしょ。ちっとも私たちの血じゃないの丸わかり! やっぱりスラム街の下層民よ!」
岩崎成夫はワイングラスを指先で弄び、眼鏡の奥で算段を光らせた。
「この気性だ。スラム街に戻れば、痛い目を見るさ」
三か月前――岩崎家の叔母さんが重症でICUに入った。
清宮紬は自ら肝移植の可能性を探ろうとした。だが、その「孝心」が皮肉にも真実を暴いた。清宮紬は岩崎家の血ではなかったのだ。
岩崎成夫と白石琴音は金に糸目をつけず、人脈を総動員して失散した実の娘を探した。拍子抜けするほど早く見つかり、二か月も経たないうちにスラム街の番号から連絡が入る。相手は清宮紬の引き取りを名乗り、今日、迎えをよこすと言った。
二十年前、岩崎家が病院で子を産んだ日は、情勢が荒れていた。
白石琴音は当時の医者の杜撰さを思い出すたび腸が煮えくり返る。実の娘は外で流浪し、自分は清宮紬を贅沢に育ててしまった――。だが体面のため、愚痴は陰で噛み砕くしかなかった。
その話を聞きつけ、送別会の本当の主役――岩崎真乃が、珠光をまとったドレスでわざとらしく首を傾げる。
「パパ、ママ……相手って本当にお姉ちゃんの家族なの? 詐欺だったらどうするの? スラム街って治安が悪いって聞くし、人身売買とか……」
「放っときなさい。外で野垂れ死にでもすればいいわ!」
白石琴音が吐き捨てた。
岩崎真乃の口元が一瞬だけ得意げに歪み、すぐに押し殺される。それでも心配そうに眉を寄せた。
「……私、やっぱりお姉ちゃんを見送りに行くね」
岩崎家のお嬢様。可憐で聞き分けがよく、骨の髄から高貴な血が流れている――そう見せねばならない。
清宮紬は門のそばに立っていた。背後の繁栄も喧噪も、まるで自分とは無関係だと言わんばかりに。
使用人の小川さんが、清宮紬の旅行鞄をどさりと地面へ放った。中から紙束がばらばらと散る。
清宮紬は横目でそれを見た。冷えた水面みたいな瞳が、すべてを見透かすように静かだ。
「すみませんねえ、お嬢さま。私、不器用で。こんなガラクタ、散らしちゃって」
小川さんは拾う気もない。
岩崎真乃が戻ってから、使用人たちは風向きを読んで清宮紬を平気で踏みつけた。
清宮紬は紙に視線を落とし、胸の奥がちくりと疼く。――これは「ガラクタ」じゃない。彼女が積み上げた証明だ。
「お姉ちゃん、こんなゴミ紙を宝物みたいに? スラム街に持っていって、ご飯に換えられるの?」
岩崎真乃がちょうどよく現れ、小川さんと目配せを交わす。見下ろす視線には優越感が満ちていた。
清宮紬は構わず屈んで拾い集める。いちばん上の一枚に、ちらりと『脳端植入研究報告』の文字が走った。
二十年、上等な暮らしをしてきた肌は白く光り、細い手首には手鏡みたいに眩いブレスレット。手だけで嫉妬を買う美しさだった。
岩崎真乃は、それが岩崎家の伝世の品だと知っている。
「……それ、どこから?」
岩崎真乃は歯噛みし、苛立ちを隠さず詰め寄った。
「北条家と縁談する人しか貰えないって言ってたじゃない! あんた岩崎家の子でもないし、千隼兄さんだってあんたなんか娶らない。なのに、なんで!」
清宮紬は立ち上がり、書類を鞄に戻してから、丁寧にファスナーを閉める。ゆっくり振り向き、氷のように岩崎真乃を見下ろした。
「欲しいなら、そう言えば。そんなに怒鳴らなくても」
図星を刺され、岩崎真乃は噛み殺した。だが清宮紬がブレスレットを指先で滑らせ、外しかけるのを見ると、得意げに顎を上げる。
「忠告してあげる。身の丈に合わないものを欲しがらないことね。自分がどぶの下層民だって、わかってないの?」
「下層民って、何?」
清宮紬は二本の指でブレスレットをつまみ、墨色の瞳に冷たい刃を浮かべた。
「誰が決めたの?」
岩崎真乃が手を伸ばして奪おうとする。
「決めるまでもないでしょ? 聞いたわよ、清宮家ってあんた以外に息子が三人もいるんだって。貧乏人は産むのが好きなのよ。養いきれなくて、ゴミ山で漁って生きるんでしょ!」
――けれど、指が触れるより早く。
清宮紬がふっと力を抜く。
ブレスレットは、足元へ落ちた。
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隠された天才:裏の顔が多すぎて、気づけば世界のトップを震撼させていた件
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私が時価総額数十億ドルのファッション帝国を裏で支配していることも、ウォール街の株価をたった一回の取引で大暴落させられることも、誰も知らない。私はその正体を、この平凡で冴えない素顔の裏にすべて隠し持っていた。
さらに劇的なことに、私の実の親はこの街で頂点に君臨する最高峰の大富豪だった。
そして私の婚約者——すでに顔を合わせているにもかかわらず、その正体を知らなかったあの男こそ、この街の誰もが名前を聞くだけで震え上がる、ビジネス界の冷酷な死神:梅原晴琉だったのだ。
ある日、彼は私の手を執り、ゆっくりと距離を詰めると、耳元で低く囁いた。
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「心拍数は確かに少し高めですが、非常に健康的です。心配ありませんよ」
彼は一瞬呆気にとられ、それからふっと吹き出した。その瞬間の彼の笑顔に、私の心臓もなぜかドクンと跳ねた。それは、自分自身でも説明のつかない初めての衝動だった。
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外されるはずのなかった仮面——。だが、あの人が執拗にその霧を剥ぎ取ろうとするとき、私は一体どこへ向かえばいいのだろう?













