死に戻りの令嬢は、車椅子の騎士様を絶対に幸せにしたい

死に戻りの令嬢は、車椅子の騎士様を絶対に幸せにしたい

猫又まる · 完結 · 27.5k 文字

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紹介

一度目の人生で、私は死んだ。
愛する瀬川空栖が、私を庇ってその身を投げ出す瞬間を見届けながら――。

そして、三年前の世界に舞い戻った私。
もう二度と、彼を不幸になんてさせない。今度こそ、私が彼を守り抜く。
そのためなら、私は悪女にだってなってやる。

「私、瀬川空栖様と結婚いたします!」

彼の誕生日パーティー。嘲笑と驚愕が渦巻く中、私は高らかに宣言した。
だが、当の彼――事故で脚の自由を失い、心を閉ざした瀬川空栖は、冷たく私を突き放す。

「正気か? 俺はもう、君を守れない身体障害者だぞ……」

――違う。私が守りたいのは、そんな絶望に沈むあなたじゃない。
あなたの魂の輝きを、私だけは知っているから。

だから、私は何度でも彼の心をこじ開ける。
バスルームの窓から忍び込み、誰にも見せない彼の傷跡に口づけた。

「見ないでくれ……!」
涙ながらに懇願する彼を、私はベルトで車椅子に縛りつける。

「いいえ、見ていいのは私だけ。この傷に触れていいのも、私だけ」
「あなたは私のものよ、瀬川空栖。二度と、どこにも行かせない」

チャプター 1

 綾乃礼央視点

 シャンパンの泡が夜風に震える中、私ははっと目を覚ました。

 潮風が顔を撫で、遠くにはY市のネオンが瞬いている。心臓が激しく脈打ち、そばの手すりを強く握りしめる――ここは瀬川家のプライベートヨット。三年前の、瀬川空栖、二十五歳の誕生日パーティーだ。

 私は、生まれ変わったのだ。

「……最悪」

 泡立つシャンパンを見つめ、私は呟いた。過去の人生のすべてが蘇る――瀬川江の偽善的な顔、瀬川紀子の冷酷な計算、そして、私の結婚式の日にビルから飛び降りた空栖の姿が。

「綾乃さん、大丈夫ですか?」と、若いウェイターが心配そうに声をかけてきた。

 私は床から天井まである窓ガラス越しに瀬川空栖を見た。彼は車椅子に座り、取引先と話している。月光に照らされた横顔は今もなお美しいが、その瞳には冷たさと自嘲の色しか浮かんでいない。かつて馬術界のチャンピオンだった瀬川家の次男は、今や車椅子の身となり、家族からはゴミのように扱われている。

 今度こそ、あなたを死なせたりしない。

「ええ、大丈夫」

 私はグラスをウェイターに渡した。

「礼央、こちらへ来なさい。今すぐ」

 瀬川家の女当主であり、実質的な権力者である瀬川紀子の声が、ラウンジから威厳たっぷりに響いた。私はイブニングドレスの裾を直し、ラウンジへと入った。

 薄暗い照明の中、七十歳の老婆はソファに優雅に腰掛け、ワイングラスを揺らしていた。その瞳は剃刀のように鋭い。

「お座りなさい」

 瀬川紀子は隣の席を叩いた。

「話があるわ」

 私は三年前の無知な少女を演じながら腰を下ろした。だが、今度の私の心は氷のように冷え切っている。この老獪な魔女が何を言うか、手に取るように分かっていた。

「賢い娘は、自分の得になることが何かを分かっているものよ」

 瀬川紀子の声は蜂蜜のように甘い。

「江はあなたのことをたいそう気に入っている。これは良い機会よ、お嬢さん」

 良い機会? 前回、あなたの言うことを聞いたせいで、私は惨めに死んだのに。

「はい、奥様」

 私は彼女の仮面を剥ぎ取りたい衝動を抑え、うつむいた。

「自分のためになることは、分かっております」

 瀬川紀子は満足げに微笑んだ。

「結構だわ。今夜の後、江と過ごす時間を増やしてあげる。空栖のことだけど……」

 彼女は言葉を切り、声に侮蔑をにじませた。

「あのお足で、この家を背負っていくのは無理でしょう。あなたは、欠けたものに尽くすには、あまりに惜しい方だわ」

 私の拳が密かに握りしめられる。この悪辣な女に、真実の愛など永遠に分かりはしないだろう。

 欠けたもの?本当に価値がないのが誰なのか、いずれ思い知らせてあげる。

「おっしゃる通りです」

 私は顔を上げ、甘い笑みを浮かべた。

「私は、正しい選択をいたします」

 ただ、あなたが期待する選択ではないだけ。

 ---

 誕生日パーティーは最高潮に達した。

 メインデッキでは、ゲストたちがシャンパンを掲げ、主役のスピーチを待っていた。スポットライトが、車椅子に居心地悪そうに座る空栖を照らし出す。

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます……」

 空栖の声がスピーカーを通して響き渡る。

 私は後方で、その男を見ていた。三年前の今夜、彼は自分が死ぬほど絶望することになるとは思ってもいなかった。私の心臓は張り裂けそうだった。

 今夜、私がすべてを変える。

「私がこの家に期待された息子でないことは分かっています。ですが、希望がある限り……」

 空栖が言い終わる前に、私は人混みをかき分け始めた。

「すみません、ごめんなさい、通してください……」

 私は当惑した表情でこちらを見つめ、囁き始める富裕層の人垣を押し分けた。

「礼央! 何をしているの!」

 VIP席から瀬川紀子が立ち上がった。その顔は怒りに燃え、グラスを落としそうになっている。

 私は振り返りも、立ち止まりもしなかった。皆の驚愕の視線を浴びながら最前列までたどり着き、バースデーステージに駆け上がった。

「礼央?」

 空栖の瞳孔が鋭く収縮し、車椅子が本能的に後ずさる。

「君は……」

 スポットライトが眩しく降り注ぐ。けれど、私の意識はかつてないほど澄み渡っていた。深く息を吸い込み、ありったけの力で叫んだ。

「私は、瀬川空栖と結婚します!」

 死のような静寂。

 時が止まったかのような、完全な沈黙。

 自分の心臓の鼓動が聞こえる。針のように突き刺さる、驚愕の視線を感じる。でも、どうでもよかった。

「愛しているからです!」

 私の声は全体に轟いた。

「彼を、彼だけを愛しているからです!」

 群衆が爆発した。

「なんてこと!」

「今、彼女なんて言った?」

「正気なの?」

「あの足の悪い男と? 本気で?」

 瀬川紀子のグラスが砕け散る音が聞こえた。跡継ぎである、あの優しげで陰湿な男――瀬川江の顔が、瞬時に歪むのが見えた。VIP席の隅では、記者たちがカメラを取り出している。

 けれど、私の意識はすべて空栖に向けられていた。

 彼の顔は死人のように青ざめ、車椅子の肘掛けを握る手は、指の関節が白くなるほど力が入っていた。

「綾乃さん、君は正気じゃない」

 私は彼の瞳を覗き込んだ――驚き、怒り、屈辱、そして深い不信。だが、その一番奥に、一瞬の……希望の光を見た。

 それで十分だった。

「私はかつてないほど正気よ」

 私は屈み込み、彼の視線をまっすぐに受け止めながら囁いた。

「空栖、私にチャンスをちょうだい。本当の愛が何か、あなたに見せてあげる」

 空栖の呼吸が速まる。何かを言いたげだったが、言葉が喉に詰まっている。信じたいという痛切な願いと、希望を抱くことへの恐怖。彼の内面の葛藤が伝わってきた。

「君は自分が何を言っているのか分かっていない」

 彼の声はかろうじて聞き取れるほどの囁きだった。

「俺は……何者でもない。壊れているんだ」

「あなたは、私のすべてよ」

 瀬川紀子がステージに駆け上がってきた。

「もうやめなさい! 礼央、今すぐ降りなさい! 見っともない!」

 私はゆっくりと体を起こし、かつて私を絶望に追いやった女と向き合った。三年間、憎み続けた相手。今、私の唇に冷たい笑みが浮かぶ。

「いいえ、瀬川奥様。今度の私は、誰の操り人形にもなりません」

 会場は囁き声で満ち、携帯のカメラのフラッシュが焚かれる。明日の見出しは、もう決まったようなものだ。

 ゲームは、再び始まった。

 今度こそ、私は私のやり方で愛し、戦い、そして守り抜く。

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