目を覚まさなかった母と過ごした7日間

目を覚まさなかった母と過ごした7日間

大宮西幸 · 完結 · 20.7k 文字

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紹介

あなたは、母の冷たい肌に頬を押し当て、彼女がただ眠っているかのように振る舞ったことがありますか?
私は7日間、椅子に登ってクッキーを盗み、 瓶が滑り落ちたときには素手で割れたガラスを掃き集めました—どんな音も、彼女の永遠の眠りを妨げることが恐ろしかったからです。私は彼女の好きな青いワンピースを静かな体にかぶせ、「今は寒くないよ、お母さん。寒くないよ」と囁きました。
私は5歳で、死は毛布で直せるものだと思っていました。
父の書斎は、彼を埋葬する日まで施錠されていました。その日、私は見つけました—壁の緩んだ板の裏に隠されていたものを。彼が一度も見なかったビデオテープ。彼が一度も送らなかった手紙。そして、母が最後の日々にかけた電話の記録。
23件の未着信。23回、彼女が許したいと思っていた男に連絡を試みた結果でした。
母が父にかけようとした最後の電話について、私はずっと考え続けています—彼は彼女が手を差し伸べたことを知っていたのでしょうか?彼女に対する冷たさは本当に無関心だったのか、それとも私には理解できない愛の形だったのでしょうか?
いくつかの秘密は、その守り手と共に死にます。しかし、その問い—その問いは骨の中に埋もれ、成長していきます。

チャプター 1

父の葬儀から二週間、ようやく、父の書斎に足を踏み入れる覚悟ができた。

母は私が五歳のときに亡くなっていたから、父とはほとんど接点がなく、私は祖母と暮らしてきた。

書斎にはまだ、父のパイプタバコの匂いが残っていた。机の上には老眼鏡が置かれ、レンズには最後に読んでいた何かの指紋がそのままついていた。私は深呼吸をすると、子供の頃は立ち入り禁止だったこの部屋の片付けを始めた。

本棚には、旧友が整列しているかのように、本が完璧に整理されていた。一冊ずつ取り出しては箱に詰めていく。そのとき、隅に押し込まれた『失われた時を求めて』の単行本に気づいた。他の本のように古びてはおらず、驚くほど綺麗で、埃ひとつかぶっていなかった。

表紙を開いた私は、息を呑んだ。

母の筆跡が、そこにあった。「親愛なる直人へ。時の流れの中に、私たちがお互いの永遠の美しさを見出せますように。――千代」

見間違えるはずがない。幼い頃、母は私の手をとり、優しく、辛抱強く、文字の書き方を教えてくれた。でも、なぜ父がこの本をこれほど大切に?

ページの間から、小さな真鍮の鍵が床に落ちた。心臓が激しく脈打つのを感じながら、身を屈めてそれを拾い上げる。鍵は古びていて、長年使われてきたせいで角が丸くすり減っていた。

部屋を見回すと、机の裏の壁に、小さな窪みがあるのを見つけた。探していなければ見過ごしてしまうような場所だ。手で表面をなぞると、壁に埋め込まれた隠し金庫が見つかった。

震える手で、鍵を錠に差し込む。

カチリ、と小さな音を立てて金庫が開いた。タイムカプセルを開けたときのような、防虫剤の懐かしい匂いが立ちのぼる。

中にあったものを見て、私は瞬時に泣き崩れた。

一番上に重ねられていたのは、母の絵だった――母が亡くなった後、父が捨てたと思っていたものだ。父はずっと、これを保管していたのだ。一枚一枚に、父の几帳面な字で小さなメモが添えられていた。「映美の三歳の誕生日」「初めてのスイミングレッスン」「公園のブランコ」……。

父は、すべてを覚えていた。

その下には、「映美の初めての誕生日」「遊園地」「海辺の休暇」とラベルが貼られたビデオテープがあった。ケースは経年で黄ばんでいる。父がこんなものまで残していたなんて、信じられなかった。

しかし、その一番下に、三通の手紙を見つけた。封筒は黄ばみ、「千代様」という宛名が「直人」から記されている。封はされたままだ。まるで、父は彼女に渡す勇気が持てなかったかのように。

震える手で二通目の手紙を手に取り、夜中に一人でこれを書く父の姿を想像した。封を破ると、紙には乾いた涙の染みがあり、その水分で表面が波打っていた。

父の字は、いつもの几帳面な筆跡とは似ても似つかない、乱れた必死なものだった。

「千代、君が死んだとき、俺はフランスにいた。若菜が君の通話履歴を消したと知ったのは、ずっと後になってからだ。彼女は、君から一度も電話はなかったと俺に言ったんだ……」

手紙が、手から滑り落ちた。

山口若菜。あの女が……。

十三年経って、ようやく真実を知った。母は死ぬ前に父に連絡しようとしていた。だが、若菜がその通話記録を消したのだ。母が一人で死ぬことを選んだと、父に思い込ませた。

私は床に崩れ落ち、嗚咽した。父もずっと、この痛みと罪悪感を抱えて生きてきたんだ。

でも、分からなかった。父がこれほど母を愛していたのなら、どうして……。

涙を拭い、さらに金庫の中を探ると、底に母の日記を見つけた。表紙は色褪せたピンク色で、使い込まれて柔らかくなっている。

二〇〇八年の、最後の日付のページをめくった。

「今夜、映美が熱を出した。直人さんはおむつを替えて、一晩中そばで看病してくれた。朝になって、彼は私の髪を撫でながら「ありがとう」と言ってくれた。彼の目に、あんな優しさを見たのは久しぶりだった。もう、これで十分なのかもしれない。私たちの愛はおとぎ話じゃないけれど、こういう静かな瞬間に、彼の心を感じることができる」

やっと理解できた。父は母を愛していなかったわけじゃない――ただ、静かに、そしてあまりにも遅く愛していただけだ。そして母は、自分の気持ちを言葉にできないこの男を、受け入れて待っていたのだ。

「映美の三歳の誕生日」と書かれたビデオテープを取り出し、震える手で古いビデオデッキに入れる。画面がちらつき、映像が映し出された。

そこには、母の肩車に乗って、夢中で笑っている私がいた。母はカメラに向かって微笑む。その笑顔は太陽のように暖かかった。画面越しに母の香水の匂いがするようで、何年も心の奥に埋めていた記憶が蘇ってくる。

突然、あの雨の夜を思い出した――母の冷たい手、青白い顔、そして喉が張り裂けるまで叫び続けた私の声……。

「ママ! ママ!」五歳の私は泣き叫んだ。でも、誰も来なかった。

テープが絡まり、映像が止まった。母が瞬きをする途中の顔で、静止している。まるで、私に何かを伝えようとしているかのように、その目はまっすぐに私を見ていた。頭の中で雨音が聞こえ始める――必死で忘れようとしていた、あの音だ。

ビデオデッキに手を伸ばした拍子に、金庫の内側にあった緩んだ木のパネルにぶつかってしまった。パネルが外れ、隠された区画が現れる。

中にあったのは、母の古い携帯電話だった――亡くなる前に持っていた、あの携帯。

画面にはひびが入っていたが、電源はまだ入った。震える指で電源ボタンを押し、通話履歴までスクロールする。

最後の着信履歴を見て、私の血は凍りついた。

「直人 2012年3月12日 22:15」

母が死んだ、その夜だった。

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