セカンドライフで本物の悪役を生きる

セカンドライフで本物の悪役を生きる

大宮西幸 · 完結 · 24.2k 文字

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紹介

それは骨の髄まで凍りつくような寒さだった。

前世、私は聖ジュード学院の廃棄された地下冷凍庫に閉じ込められていた。扉の外には、高慢ちきな実の兄スペンサーと、三年間愛し続けた恋人ランドンがいた。

そして二人の間に立ち、ランドンの大きなジャケットを着ているのは、義妹のレイシーだった。

「お姉ちゃん、私をいじめたって認めて、全校に謝罪動画を送れば、兄さんが出してくれるって」レイシーの声は今にも消え入りそうなほどか細くて、目尻には嘘泣きの涙が数滴光っていた。

スペンサーの冷酷な声が扉越しに響く。「ブレイス、自業自得だ。お前は学校で横暴に振る舞い、レイシーを自殺寸前まで追い詰めた。今日はそこでよく反省しろ。何が躾というものか、な」

ランドンは苛立たしげに同調する。「ブレイス、本当にがっかりだよ。お前はこんな意地悪な女じゃなかったはずだ」

私は絶望的に鉄扉を叩き続け、声はもう嗄れ果てていた。私は彼らに訴えた。レイシーをいじめたりしていない!洗面所で他の女子を土下座させたのはレイシーだ、私の試験問題を盗んだのも、あの「いじめの証拠」を捏造したのも全部レイシーなのだと!

でも、誰も信じてくれなかった。

私はマイナス20度の冷凍庫の中で、凍死した。死の間際、青紫色に変色した自分の指を見つめながら、心の中にあったのは憎悪だけだった。

チャプター 1

 それは、骨の髄まで沁み込むような寒さだった。

 前の人生で、私は聖ジュード学院の使われなくなった地下の冷凍倉庫に閉じ込められた。扉の向こうにいるのは、雲の上みたいに偉そうな実の兄スペンサーと、三年間も愛した恋人ランドン。

 そして二人の間に立っていたのは、ランドンの大きなアメフトジャケットを羽織った――私の義妹、レイシーだった。

「お姉ちゃん、私をいじめたのはお姉ちゃんだって認めて、全校に謝罪動画を出してくれたら、お兄ちゃんが出してくれるよ」

 レイシーの声は今にも消え入りそうなほどか細くて、目尻にはわざとらしい涙が光っていた。

 扉越しに、スペンサーの冷たい声が刺さった。

「ブライス。自業自得だ。お前は学校でやりたい放題やって、レイシーを自殺寸前まで追い込んだ。今日は中でしっかり反省しろ。――『躾』ってものをな」

 ランドンまで、苛立ち混じりに追い打ちをかけた。

「ブライス、失望したよ。昔のお前は、こんなに意地悪な女じゃなかった」

 私は鉄の扉を叩き続け、叫び続けた。喉はとっくに潰れていた。

 私はレイシーをいじめてなんかいない。トイレで他の女子を跪かせてたのはレイシーだ。私の試験用紙を盗んだのも、あの「いじめの証拠」を捏造したのも――全部、レイシーだ!

 けれど、誰も信じなかった。

 私はマイナス二十度の冷凍倉庫で、凍えながら死んだ。

 最期に見えたのは、紫色に変わっていく自分の指。胸の中に残ったのは、天まで届きそうな憎しみだけだった。

 バン――!

 耳元で爆ぜるような大きな音。

 私は跳ね起きるように目を開け、荒い息を何度も吐いた。肺の奥に、あの冷凍庫の痛みがまだ残っている気がする。

 視界がじわじわと定まる。眩しい蛍光灯。空気に漂う安っぽい香水の匂い。そして目の前に並ぶ、深い青色のロッカー。

 ここは……聖ジュード学院の女子更衣室?

 私は俯いて、自分の手を見た。傷ひとつない。温かい。

 過去に戻ったのか、死に際の幻なのか。そんなことはどうでもよかった。

 私は――もう、全部どうでもよくなっていた。

「うぅ……お姉ちゃん。私、わざとじゃないって言ったのに……どうして冷たいお水なんてかけるの……?」

 吐き気がするほど聞き慣れた声が、少し離れた場所から聞こえた。

 顔を上げる。

 三メートル先で、レイシーが濡れた床にへたり込んでいた。全身びしょ濡れで、白い制服のシャツが肌に張りつき、下のピンク色の下着が透けている。いかにも「可哀想な被害者」の完成形。

 その周りには、すでに正義感に燃えた同級生が輪を作っていた。

「ブライス、やりすぎでしょ! レイシーはあんたの妹でしょ?」

「ケンドリック家のお嬢様だからって、毎日いじめとかマジ最悪」

「今、スマホで撮った! 今度こそ生徒会に処分してもらう!」

 私はその光景を、氷のように冷たい目で見た。

 記憶が一気に戻る。高校三年の新学期、最初の週。前の人生の悲劇が転がり始めた日。

 前の人生のこの日、レイシーは更衣室でわざとバケツを倒し、自分に水を浴びせて床に座り込んで泣いた。そして私のせいだと騒いだ。

 そのときの私は「理性」だの「品性」だのをまだ信じていて、必死に弁解した。涙まで流して、潔白だと訴えた。

 結果はどうだった?

 全校からの孤立。スペンサーの平手打ち。ランドンの冷たい無視。

「お姉ちゃん、謝ってくれたら……お兄ちゃんには言わないから……」

 レイシーが顔を上げる。潤んだ瞳の奥に、私にしか分からない得意と挑発がちらりと走った。

 ――ここで大事にできないと、踏んでいる。

 私は笑った。

 肩が小刻みに震えるほど。

「何笑ってんのよ、頭おかしいんじゃない!」レイシーの取り巻きが、指を突きつけて喚く。

 私は取り巻きを無視して、長い脚でまっすぐレイシーの前まで歩いた。

 濡れた床にヒールが当たって、コツ、コツ、と冷たい音が鳴る。まるで弔鐘のように。

 レイシーは私の口元の笑みを見て、本能的に怯えたのか、じりっと後ずさった。

「お姉ちゃん……な、何する気……?」

「何するって?」

 私は見下ろした。そこにあるのは人間じゃない。私の目には分別できないゴミしか映っていなかった。

「冷たい水をちょっと浴びたくらいで、私に罪を着せるつもり? でっち上げのコスパ良すぎじゃない」

 私はゆっくりしゃがみ込み、優しい声で囁いた。背筋が凍るほど、穏やかに。

 次の瞬間――

 私は手を伸ばし、手入れされた金色の長い髪を、根元から鷲掴みにした。

「ぎゃああっ! なに!? やめて! 離して!」

 頭皮が引き裂かれる痛みで、レイシーの顔が一瞬で歪む。

 周りの女子たちが息を呑んだ。誰も、私がこの場で手を出すなんて思っていなかったのだろう。

「私が冷たい水をかけたって言ったよね?」

 私は髪を掴んだまま、濡れ雑巾でも引きずるようにレイシーを引き起こし、更衣室の奥にある洗面台へ引きずっていった。

「ブライス! やめなよ! 放して!」

 悲鳴を上げながら、数人が止めに入ろうとする。

 私は振り返り、目だけで切りつけた。

「来るなら来なよ。次に頭を沈めるのは、その子だよ」

 しん……と空気が凍りついた。

 誰も、今の私の目を真正面から見られない。

 私は洗面台の前へ向き直り、センサーの蛇口に足で乱暴に触れた。冷たい水が、ざああっと勢いよく流れ出す。

「さあ、レイシー」

 私は彼女の耳元に口を寄せ、歯を食いしばって囁いた。

「教えてあげる。何が『本物のいじめ』か」

 言い終える前に、私はレイシーの後頭部を押さえつけ――容赦なく、その顔を水の溜まった洗面台へ押し込んだ。

「ごぼぼ……っ!」

 水しぶきが跳ねる。レイシーの手が空を掻き、暴れ、爪が洗面台の縁を引っかいて甲高い音を立てた。

 私は無表情のまま押さえつける。手の下の抵抗が少しずつ弱まっていく感触だけが、やけに鮮明だった。

 レイシーが窒息する、その直前。

 私は髪を掴んで引き上げた。

「げほっ、ごほっ! たすけ……げほっ……!」

 レイシーは死にかけの魚みたいに口をぱくぱくさせ、涙と鼻水と水道水で顔をぐちゃぐちゃに濡らした。さっきまでの可憐な被害者面は、跡形もない。

「気持ちいい?」私は冷たく笑った。

 レイシーは、地獄から這い出た化け物でも見るみたいに私を見て、必死に首を横に振った。言葉にならない。

「そんなに被害者が好きなら、慈悲深い私が叶えてあげる」

 私は手を離し、紙タオルで掌を拭った。汚いものに触れたみたいに。

「……あんた、狂ってる! ブライス!」

 スマホを構えていた取り巻きが声を震わせながらも強がる。

「この動画、スペンサーに送る! ランドンにも! あんたのこと、きっと見限るから!」

 その二つの名前に、私は足を止めた。

 みんな、私が怯んだと思っただろう。

 レイシーの目にさえ、助かったという希望がよぎる。

 私はゆっくり振り返り、取り巻きを見て――突然、笑い声を漏らした。

 がらんとした更衣室に反響する、嘲りの笑い。

「……な、何笑って……」取り巻きが後ろへ下がる。

「送れば?」

 私は彼女の前まで歩き、死んだものを見る目で言った。

「今すぐ送って。スペンサーにもランドンにも。――私が、あんな間抜けな二人の薄っぺらい同情を、まだ欲しがってると思ってるの?」

 私はスマホを奪い取り、「バンッ」と壁に叩きつけた。画面が粉々に砕け散る。

「こんなので脅せると思った? ついでに全校に伝えといて。処分も名声も、誰が私を見限るかも――もうどうでもいい」

 私は床のガラス片を、ヒールでぎり、と踏み潰した。耳障りな音が走る。

「今日から、私の目の前で同じ真似したら――」

 踏みつける足を止め、視線だけで告げる。

「虎の威を借りた強がりじゃなくて、窮鼠の怖さを教えてあげる」

 それだけ言って、私は床に転がるレイシーを一度も振り返らず、散らかった水たまりと破片を跨いで、更衣室を出た。

 生き直すなら。

 もう、誰にも媚びない。

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