一夜限りのつもりが、冷徹な億万長者に執着されています

一夜限りのつもりが、冷徹な億万長者に執着されています

もりかわ みおな · 連載中 · 491.0k 文字

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紹介

「本当に、私でいいんだな?」

媚薬の熱に浮かされ、理性を失った私が下した、人生で最も無謀な決断。
それは、行きずりの男を「一夜の特効薬」として買い取ることだった。
唯の素性の知れない男だと思っていた。……なのに翌朝、隣で眠っていたのは、この街の頂点に君臨する、あの禁欲的で冷徹な億万長者、結城朔夜のだ――。

私、渡辺瑚夏は、渡辺家の「望まれぬ養女」。
本物の令嬢が戻ってきた瞬間、家族は私に濡れ衣を着せ、裏切り、ゴミのように切り捨てた。

だけど、彼らは大きな勘違いをしている。私はもう、悲劇のヒロインを演じるつもりなんてない。
――最凶の『椎名家』の後ろ盾と、私だけの秘密の武器。これさえあれば、奪われたものはすべて奪い返せる。

仇敵どもを一人ずつ地獄へ叩き落としていく私。けれどその裏で、私は結城朔夜が仕掛けた危険な罠に囚われつつあった。
「俺たちは、ただの従兄妹同士だろう?」
言葉とは裏腹に、彼の独占欲に満ちた唇と、熱い指先が私を容赦なく狂わせていく。

彼は私を救う神様なのか、それとも、最も甘美で危険な罠なのか――?

チャプター 1

「……本当に、するの?」

N市屈指の高級ホテル。最上階のスイートで、男は金縁の眼鏡を外した。彫刻みたいに深い輪郭――獲物を射抜くような、あまりにも攻撃的な顔。

渡辺瑚夏は目尻を赤く染め、つま先立ちになる。男のシャツの襟を引き寄せ、赤い唇で喉仏に噛みついた。

するに決まってる。

媚薬を盛られた身体が熱くてたまらない。今すぐ乱暴に引き裂かれたい、そう思ってしまうほどに。

「……っ、」

びりっ。

布が裂ける音。胸元を冷たい空気が撫で、背中がベッドに触れた瞬間――男の熱い唇が胸に噛みついた。

「ん……」

瑚夏は背を反らし、もっと、と身体を押しつける。白い指先が男の下へ滑り込んで――。

――昨夜。

外出する瑚夏に、渡辺家がようやく取り戻した“本物の令嬢”渡辺芽衣が「ついでに乗せて」と言った。

そして目を覚ましたとき、瑚夏はホテルのベッドの上にいた。身体は異様に熱く、媚薬を盛られた兆候がはっきり出ている。

K市で悪名高い、最低最悪の二人組。

そいつらが目の前でズボンを下ろしはじめた。

瑚夏は二人の股間を、それぞれ一発ずつ蹴り上げた。

それから親友に電話して、解毒のためのホストを呼ばせた――こいつを。

男の大きな手が肌を這う。指が通ったところが、火種を落としたみたいに熱を残す。

瑚夏は彼にしがみつき、もっと、もっとと求めてしまう。

――翌朝。

スマホの電源を入れた瞬間、親友から電話が来た。

『昨夜のホスト、どうだった? 気持ちよかった?』

相変わらず口が悪い。

瑚夏は隣で眠る男を見下ろす。

「顔は悪くない。テクは普通。手はきれい……でも、ちょっと年いってる」

『20歳で“年いってる”って何それ!』

向こうの声はやけに楽しそうだった。

20歳?

瑚夏の視線が男の顎に落ちる。朝の薄い青髭が、妙に濃い。

20歳でこのヒゲ? 30歳級の勢いじゃない。

……でも、色気はある。

瑚夏は裸のまま、床に落ちていた白いものをひょいと拾い、男の目の上にかぶせた。素早く服を着て部屋を出る。

腰が痛い。脚がふらふら。

最近のホスト、働きすぎじゃない? やめてって言っても、何度も何度も必死に――。

「で、あの二人のクズはどうなった?」

『瑚夏ちゃん、昨日のキック、ちょい甘かったっぽい。あいつらの“モノ”、治せば使えるってさ』

薬が回り始めてたんだ。狙いが正確なほうがおかしい。

相手が別の女だったら、あの二人の性癖なら壊されて終わりだ。

「ホテルの痕跡、消した?」

『私の仕事、信用しないの?』

「切る」

電話を切った瑚夏の瞳は澄んでいるのに、どこか冷えていた。

瑚夏はずっと慎重だった。昨日も外出前に、五歳の姪が運んできたフルーツジュースを飲んだ。

芽衣は、その子どもを使って薬を盛ったのだ。許せるはずがない。

警察に通報しなかったのは、兄が海外で治療中だから。

通報すれば三つの家が絡み、噂は必ず兄の耳に届く。治療に障る。

あの二人も権力と金を持つボンボンだ。急所を蹴られて黙って引き下がるはずがない。

だが証拠がない以上――恨みは恨みに、借りは借り主に。芽衣に返すだけ。

芽衣がどう捌くかなんて、彼女の問題だ。

『待って。芽衣って腹黒、昨夜ほかにも何やったか知りたくない?』

『昨夜、芽衣はバーで酔わされてさ。渡辺のお母さんが駆けつけて通報しようとしたんだけど、相手が「瑚夏が金払ってやらせた」って言ったって』

……は。

瑚夏は冷たく笑った。

「自作自演で、濡れ衣まで? 芽衣、遊び方うまいじゃない」

「昨夜の連中、警察に自首させて。金、上乗せで」

芽衣が戻ってから何度も自分を“清純で可哀想な子”に仕立て上げ、渡辺家の夫婦は「瑚夏が芽衣を受け入れない」と決めつけた。

ちょうどいい。目の曇ったあの夫婦に、芽衣の素顔を見せてやる。

『ははっ。もう警察が“あの子たち”の調書取ってるよ。私も一緒に渡辺家行って迎えに行こっか?』

「見物したいだけでしょ。いらない」

『じゃあK市で待ってるね……』

「うん」

切ったあと、瑚夏の澄んだ瞳に、ふっと寂しさが滲んだ。

本当は兄が帰ってくるまで――待ってから離れたかったのに。

……

スイートルーム。

瑚夏が出ていくと、ベッドの男は目を覆っていた白いものを外した。

綿100%。真っ白。

――自分の下着だった。

男の顔色が一瞬で沈む。青髭と同じ色に。

スマホを掴み、電話をかける。

「女を一人、調べろ……!」

年寄り扱いだと?

俺は、まだ30だ。

受話器の向こうでは誰かが慌ただしく声を上げていた。

――速報。禁欲で有名な結城社長、ついに童貞卒業。

『……はい、結城社長!』

……

渡辺邸。

瑚夏が門をくぐり、最初の段を上がった瞬間。

「どんっ!」

赤いスーツケースが屋内から投げ出された。

「出ていきなさい!」

玄関口に立つ小林美子が、仇を見る目で瑚夏を睨みつける。

「孤児院上がりの分際で、うちでお嬢様をやってたくせに! 実の娘の芽衣は外で苦労して……やっと見つかったのに! あんた、芽衣を汚すような真似までさせて、人間なの!?」

瑚夏は、どこか他人事のように淡々としていた。余計な感情も、言い訳もない。

渡辺家が孤児院から彼女を引き取ったのは祖母の決断だった。

美子夫婦は虐げはしなかったが、関心も薄かった。

誕生日も、成績も、休みに何をしているかも――二人は知らない。

芽衣が戻ってから、美子は瑚夏に何人もの政略結婚相手を押しつけた。

家柄は一流。だが顔が、どれも好みに合わない。

「お母さん、怒らないで。唐沢家が“姉さんを刑務所にぶち込む”って言ってるの。姉さん、もう十分かわいそう」

芽衣が美子の腕に絡みつき、甘ったるい善人の声を出す。

唐沢家――昨日、瑚夏に急所を蹴られた、あのクズの片割れの家だ。

芽衣は唐沢家からの強硬な電話を思い出し、口元に残酷な弧を描いた。

瑚夏が玩具にされ損ねたなら、ミシン踏みの刑務所生活でも悪くない。

渡辺家は柏木家と縁談がある。芽衣が戻った以上、その席は本来“本物の令嬢”である芽衣のもの。

なのに柏木家の祖母は、瑚夏に少し未練があるらしい。

孤児のくせに、婚約を奪う?

孤児のくせに、あんな高級な顔を持つ?

「かわいそうですって?」美子はさらに怒りを増した。「唐沢家も菊池家も、どっちも相手にしたら終わりよ。あんた、二人の坊ちゃんを病院送りにして……渡辺家に恨みを集めて潰す気でしょう!」

「渡辺瑚夏。芽衣を傷つけた件、通報しないのは私たちの最大の慈悲。出ていけ。今後、お前のすべては渡辺家と無関係だ」

渡辺明山がいつの間にか出てきていた。冷たい顔、失望の色。

十八年育ててやった。政略結婚で渡辺家に利益をもたらせばいいのに、何度も邪魔をする。

挙げ句、二大名家を敵に回し、実の娘まで害した。

孤児院から引き取ったことを後悔する。

「この20万で家賃でも払え。孤児院にいた頃は福田姓だったろ。姓も戻せ」

明山が札束を差し出す。乞食に恵むような冷淡さ。

瑚夏は金には目もくれず、十八年「父」と呼んだ男を見て笑った。

澄んだ瞳が弓なりに細まり――美しい。だが口元には嘲りが薄く浮かぶ。

明山が眉をひそめた。

「慈悲なんていらない。私が通報する」

瑚夏は淡々とスマホを取り出し、通報する素振りを見せる。

本当は親友に、警察がいつ到着するか確認しようとしていただけだ。

その瞬間、芽衣が段を駆け下り、瑚夏のスマホを持つ手を掴む。

「姉さん、バカなの? 通報したら罪が重くなるってわからないの?」

瑚夏は冷笑する。

「なんでそんなに慌ててるの? やましいの?」

芽衣の表情が一瞬固まった。

瑚夏は唐沢家と菊池家を敵に回したのに、どうして平然としていられる?

その余裕はどこから?

「無駄口はいい。荷物持って出ていきなさい。警察が渡辺家に来て連行なんて、縁起でもない」

美子が苛立って催促する。

昨夜のバーの件、彼女は薄々違和感を掴んでいた。

だが、だから何だ。

芽衣が戻った今、柏木家との縁談を保つために瑚夏は不要だ。

別の縁談も断り続け、芽衣をいじめてばかり。残す理由がない。

この口実で追い出せば、誰も渡辺家を責められない。

「旦那様、奥様、警察の方が……」

瑚夏が振り返ると、制服姿の警官が数人、庭に入ってきた。

瑚夏は目尻を上げる。

――ちょうどいい。

美子と明山は同時に眉をひそめた。

最初から門をくぐらせなければよかった。みっともないし不吉だ。

芽衣だけは違った。

警官を見た瞬間、胸の奥から興奮が湧き上がる。

唐沢家、やっぱりやるじゃない。

瑚夏が今出ていけば、逮捕される惨めな姿が見られないと残念に思っていたのに――。

「姉さん……」

芽衣は心配そうな顔を作る。

「怖がらないで。私、よく面会に行くから。お父さんにも頼んで、あなたが中で……」

言い終える前に、警官の朗々たる声が響いた。

「渡辺芽衣さんは、どちらですか?」

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