彼が手を離した後、私は自分の世界タイトルを取り戻した

彼が手を離した後、私は自分の世界タイトルを取り戻した

渡り雨 · 完結 · 17.1k 文字

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紹介

皆は言う、私が渡井傳治の影で、彼を離れては何もできない、と。

だから選抜試合の時、あの「怯えた」後輩をあやすため、彼は躊躇いもなくトウジャンプの途中で手を離し、私を死なせかけた。

彼は私が彼から離れられないと、私が過去十八回のように許すと、そう高を括っていたのだ。

だが、彼の負けだ。

今回、私は泣きもせず、騒ぎもしなかった。

ただ、七年間の想いが詰まったあの鍵をゴミ箱に捨て、そして背を向け、私だけの世界チャンピオンへの道を歩み始めた

チャプター 1

 ロッカールームで、私はうつむいてスケート靴の紐を結んでいた。緊張で指先が微かに震える。

 これは冬季五輪の代表枠を決める重要な一戦だ。七年かけて磨き上げた剣を、今こそ抜く時。成否はこの一挙にかかっている。

 ガラス戸越しに、リンクサイドで胸を押さえ、顔面蒼白になっている鈴川メメの姿が見えた。

 まただ。重要な試合のたびに、彼女は決まって「タイミングよく」具合が悪くなる。

 渡井傳治が彼女の前にしゃがみ込み、優しい表情を向けている。

「メメ、具合が悪いのか? 控室に戻るか?」

 鈴川メメは首を振り、弱々しい声で答えた。

「ううん……先輩たちの試合が見たいの。我慢するから」

 渡井傳治がドアを開けて入ってきた。試合前の激励はない。それどころか、彼は眉をひそめていた。

「友衣、今日はメメの調子が悪いんだ。心臓が苦しいらしい。だから後で気をつけてくれ。動きを派手にしすぎて、彼女を驚かせないように」

 五輪の選抜大会で、私に爪を隠せと言うのか?

 こみ上げる馬鹿らしさを押し殺し、私は習慣的に頷いた。

「分かった。ペースを調整する」

 渡井傳治は安堵の息を吐き、私の肩を叩いた。

「お前はずっと聞き分けが良くて助かるよ。今日勝って、二人で五輪に行こう」

 私は視線を落とした。七年間の連携のため、五輪の夢のため、私は耐えた。

 アナウンスが響き、私たちはリンクへと滑り出した。

 前半は完璧だった。スピン、リフト、シンクロジャンプ。実況アナウンサーの興奮した叫び声が会場に響き渡る。これぞ王牌ペアの絶対的な支配力だ。

 音楽がクライマックスへ向かう。私たちの切り札――スロートリプルアクセルだ。

 渡井傳治が助走し、私を持ち上げる。私はその力を借りて空へ飛び出し、高速で回転しながら馴染みのある遠心力を感じた。

 着氷さえすれば、満点だ。

 私が氷に降りようとした、その瞬間――。

 リンクサイドから、引き裂くような悲鳴が上がった。

「キャーッ! 怖い! 息ができない!」

 土台となるべき渡井傳治は、本能的にリンクサイドへ首を巡らせた。

 私をしっかりと受け止めるはずだった腕から、瞬時に力が抜ける。

 何の緩衝もない。

『ドンッ!』

 後頭部が激しく氷面に叩きつけられた。激痛が炸裂し、視界が真っ赤に染まる。

 意識が遠のく最後の一秒、私は見た。渡井傳治が私を一瞥もせず、真っ直ぐリンクサイドへ駆け寄り、震える鈴川メメを抱きしめる姿を。

「メメ! 喘息か? 薬は!」

 私は冷たい氷の上に横たわり、身動き一つ取れない。

 少し離れた場所から、泣き混じりの鈴川メメの声が聞こえてくる。

「うぅ……私のせいだわ……友衣お姉ちゃんが高く飛ぶのを見て、怖くなっちゃって……」

 渡井傳治は彼女の背中をさすりながら、優しく慰めていた。

「お前のせいじゃない。俺の技術的なミスで受け止め損ねたんだ。怖くない、俺がいる」

 救護スタッフが担架を持って駆け寄ってくる。私が運ばれていくまで、渡井傳治は背を向けたまま、腕の中の少女をあやすことに夢中だった。

 担架が通り過ぎる際、震えながらもはっきりとした鈴川メメの声が聞こえた。

「傳治さん……友衣お姉ちゃんのところに行かなくていいの?」

 私は目を閉じ、口元だけで冷笑を浮かべた。

 医務室。診断は軽い脳震盪だった。

 マネージャーの山田さんがドアを蹴破るようにして入ってきた。怒りで全身を震わせている。

「友衣! 渡井傳治の野郎、未だに顔も見せないなんてどういうつもり!?」

 私はベッドに横たわり、外から聞こえる他の選手の曲を聴いていた。心の中で七年間張り詰めていた糸が、突然ぷつりと切れた。

「鈴川メメについてるんでしょう」

 私は淡々と言った。

「毎回そうじゃない! 鈴川メメが眉をひそめただけで、あんたは透明人間にされる!」

 私は天井を見つめた。脳裏に焼き付いているのは、先ほど渡井傳治が鈴川メメへ駆け寄った時の、あの取り乱した必死な眼差し――あんな目は、私には一度も向けられたことがない。

 私はふと、ある心理を悟った。

 この七年間、私たちは二人三脚で戦ってきたのではない。私の一人芝居だったのだと。

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