十本の指を砕かれた私の前で、家族全員が世界チャンピオンのトロフィーに跪いて泣いた

十本の指を砕かれた私の前で、家族全員が世界チャンピオンのトロフィーに跪いて泣いた

渡り雨 · 完結 · 14.4k 文字

216
トレンド
216
閲覧数
0
追加済み
本棚に追加
読み始める
共有:facebooktwitterpinterestwhatsappreddit

紹介

実の兄は、姉のピアノ優勝を守るために、私の十指を握り潰した。

婚約者は、姉に取り入るために人を雇い、私の胎内の子を蹴り落とした。

大火の中で九死に一生を得て、私はようやく目を覚ました。

そして戻ってきた私は、奴らの不倫と謀りの動かぬ証拠を全てネットに晒す。精神が壊れ、家も人生も崩れて土下座する姿を見下ろし、私は冷たく笑って背を向ける――世界の頂へと登り詰めるために。

チャプター 1

「心配するな、智秋。言っただろ。今年の年間ピアノコンクールの優勝は、必ずお前のものだ」

 半分だけ閉まった胡桃の扉。その隙間から、囁きが漏れてくる。

 裕士の声だった。

 私の婚約者。

 彼は今、実の姉である智秋の頬を、まるで宝物でも扱うみたいに両手で包んでいた。

「でも……瑞穂の才能が……」智秋は甘えるように彼の胸に身を寄せる。

「みんな言ってるの。あの子が出たら、私は一生引き立て役だって」

「もう脅威じゃない」

 裕士は智秋の唇に口づけた。あたたかな黄色い照明の下、二人の影がピアノ室で絡み合う。

「帝国音楽学院の院試に集中するため、そして『お前の夢を叶える』ために――あのバカは、自分から休学手続きをした。お前がスタインウェイの最高の舞台へ行くのに、足を引っ張ることはない」

 胃の中が、ぐらりとひっくり返った。

 自分の目が信じられない。

 裕士の勉強のために。ずっと私を妬んできた姉が望む結果を手にするために。私は丸一年かけて仕上げてきたチャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番を捨て、学院に休学願を出した。愛と家族のための献身だと思っていた――まさか、私をいつでも差し出せる生贄扱いしていたなんて。

 私はゆっくりと二歩退き、踵を返す。大理石の廊下を、足音を殺しきれないまま早足で去った。

 学院の建物を出た途端、スマホを取り出し、指導教員の村坂教授へ電話をかける。

「教授……私です、瑞穂です」

 奥歯を噛みしめる。涙と雨が混ざって頬を流れた。

「休学願いを撤回したいんです。今すぐ学籍を戻してください。今年のコンクールに、もう一度申し込みます。はい、絶対に辞退しません」

 電話を切ると、私は車道へ向けて足早に歩いた。頭の中は、奪われかけた全てを取り戻す算段で埋め尽くされていく。

 ――そのとき。

 横断歩道に差しかかった瞬間、眩いハイビームが視界を焼いた。

 きぃぃ、とタイヤが擦れる音。次いで、身体を叩き潰すような衝撃が突き刺さる。

 私は宙へ放り出され、路面に叩きつけられた。血が一気に視界を滲ませ、耳には狂いそうなほどの耳鳴りだけが残る。薄れていく意識の中、黒いランドローバーが停止するのが見えた。

 ドアが開き、雨水の上に降り立ったのは――見慣れた黒いマーチンブーツ。

 実の兄、悠人だった。

 同じ音楽学院の卒業生。私を守るはずの兄が、魂の抜けた処刑人みたいな顔で、こちらへ歩いてくる。

「は……悠人……」

 助けを求めようとした。

 けれど悠人は無表情のまましゃがみ込み、痛みに痙攣する私の両手を、冷たく見下ろした。

 智秋の顔が脳裏をよぎる。悠人は幼い頃から智秋には逆らえなかった。盲目的と言っていいほどに。

 次の瞬間、悠人の大きな手が伸び、私の命そのものだった十指を一気に掴み上げた。

 そして――。

 残酷すぎる力が、容赦なく押し潰してくる。

「ぁあ――!」

 ぱきり、と骨が割れる乾いた音。十指から心臓へ直結する激痛が脳天を貫き、世界が真っ黒に沈んだ。

 翌日。

 重たいまぶたをこじ開けると、鼻を刺す消毒液の匂いが流れ込んできた。

 両手は、分厚いギプスで巻かれている。主治医の小林医師がベッドの足元に立ち、悔しさと憐れみの混ざった目で告げた。

「瑞穂さん……申し訳ありません。指の中手骨は粉砕骨折です。尺骨神経と正中神経に、不可逆的な重度損傷が見られます。今後……ピアノの演奏は、難しいでしょう」

 ピアノが弾けない。

 病室の扉が勢いよく開き、酒臭い悠人が飛び込んできた。目は真っ赤で、ベッド脇に膝をつき、ぐしゃぐしゃに泣き崩れる。

「瑞穂! ごめん! 昨日、バーに行って……ウイスキーを飲みすぎたんだ……! あの雨のせいで、頭がおかしくなって……ほんとに、わざとじゃない! お前をはねるつもりなんか――!」

 その悔恨の顔を見て、胸の奥が言葉にならない冷たさで満たされていく。

 飲酒運転?

 なんて都合のいい言い訳。

 私は目を閉じた。

 指を砕いたときのあの冷酷さを、私ははっきり覚えている。それでも、血の繋がった兄だ。長い沈黙ののち、枯れた声で、たった一言だけ吐き出した。

「……うん」

 しばらくして、病室の外から聞き慣れた足音。

 裕士だ。

「裕士さん、今は面会できません。患者さんは、どなたとも会いたくないと」看護師が入口で制した。

 私はベッドに横たわり、天井の白く眩しい蛍光灯を見つめたまま、扉の向こうの気配を黙って聞く。

「お願いです、一目だけでも会わせてください!」

 裕士の声は、すすり泣きと熱に濡れていた。

「僕は婚約者なんです! 神よ……彼女の手が……彼女がどれほど苦しんでいるか……! 伝えてください。何があっても、たとえピアノが弾けなくなっても、瑞穂は僕の生涯ただ一人の愛だって。来月の結婚式は予定通り挙げます。僕が一生、彼女を支えます!」

 廊下中が感動しそうな告白。

 それを聞くほど、胃の底から吐き気がせり上がる。脳裏には、さっき見たばかりの光景――ピアノ室で智秋を抱き、深く口づける裕士の姿が、何度も何度も焼き付いて離れない。

 彼は外に向けて、そして自分自身に向けて、立派な男を演じている。

 私は何も言わなかった。

 感覚の鈍い十本の指が、ギプスの中でじくじくと跳ねる。屈辱の焼き印。そして、復讐の火種。

 その滑稽な仮面を剥がしはしない。ただ唇を噛み、血の味を確かめながら、この吐き気のする独り芝居を、一言残らず骨の髄まで刻みつけた。

最新チャプター

おすすめ 😍

AV撮影ガイド

AV撮影ガイド

22.1k 閲覧数 · 連載中 · 佐藤製作所
華やかな外見の下に、数えきれないほど知られざる物語が隠されている。佐藤橋、普通の女の子が、偶然の出来事によってAVに足を踏み入れた。様々な男優と出会い、そこからどんな興味深い出来事が起こるのだろうか?
婚約破棄後、私はヤクザの組長と結婚した

婚約破棄後、私はヤクザの組長と結婚した

28.5k 閲覧数 · 連載中 · やもり
裏切りと陰謀が渦巻く世界で、妃那(えな)は突然の誘拐事件に巻き込まれる。
救いの手を差し伸べたのは謎めいた男・葉夜(かなや)だったが、彼の真意は読めない。
一方、妃那の宿敵であり自信家の祈葉(いのか)は、自らの美貌と魅力を武器に黒社会の頂点を目指すが、
思いもよらぬ残酷な試練に追い込まれていく。
誤解と嫉妬、愛と憎しみが絡み合い、
それぞれの思惑がやがて一つの危険な運命へと収束していく――。
不倫夫を捨てた夜、私は新しい彼に抱かれる

不倫夫を捨てた夜、私は新しい彼に抱かれる

568k 閲覧数 · 連載中 · 七海
初恋から結婚まで、片時も離れなかった私たち。
しかし結婚7年目、夫は秘書との不倫に溺れた。

私の誕生日に愛人と旅行に行き、結婚記念日にはあろうことか、私たちの寝室で彼女を抱いた夫。
心が壊れた私は、彼を騙して離婚届にサインをさせた。

「どうせ俺から離れられないだろう」
そう高をくくっていた夫の顔に、受理された離婚届を叩きつける。

「今この瞬間から、私の人生から消え失せて!」

初めて焦燥に駆られ、すがりついてくる夫。
その夜、鳴り止まない私のスマホに出たのは、新しい恋人の彼だった。

「知らないのか?」
受話器の向こうで、彼は低く笑った。
「良き元カレというのは、死人のように静かなものだよ?」

「彼女を出せ!」と激昂する元夫に、彼は冷たく言い放つ。

「それは無理だね」
私の寝顔に優しくキスを落としながら、彼は勝ち誇ったように告げた。
「彼女はクタクタになって、さっき眠ってしまったから」
届かない彼女

届かない彼女

96k 閲覧数 · 連載中 · 鯨井
愛のない結婚に身を投じてしまいました。
夫は、他の女性たちが私を理不尽に攻撃した時、守るどころか、彼女たちに加担して私を傷つけ続けたのです...
完全に心が離れ、私は離婚を決意しました。
実家に戻ると、父は莫大な財産を私に託し、母と祖母は限りない愛情で私を包み込んでくれました。まるで人生をやり直したかのような幸福に包まれています。
そんな矢先、あの男が後悔の念を抱いて現れ、土下座までして復縁を懇願してきたのです。
さあ、このような薄情な男に、どのような仕打ちで報いるべきでしょうか?
社長、突然の三つ子ができました!

社長、突然の三つ子ができました!

96.2k 閲覧数 · 連載中 · キノコ屋
五年前、私は継姉に薬を盛られた。学費に迫られ、私は全てを飲み込んだ。彼の熱い息が耳元に触れ、荒い指先が腿を撫でるたび、震えるような快感が走った。

あの忌まわしい夜から逃げるように去った私だったが、ほどなくして三つ子を妊娠していることに気付く。

五年後、医療界の新星として戻ってきた私は、継母、継姉、実の父へ全ての仕返しを誓う。

その時、彼が現れた。三人の小さな自分そっくりの顔をじっと見つめながら、優しく「パパ」と呼ぶよう子供たちを誘う彼。

ふとシャツのボタンを外し、悪戯っぽく笑って言った――

「どうだい、あの夜の熱をもう一度味わってみないか?」
偽物令嬢の逆転劇

偽物令嬢の逆転劇

11.2k 閲覧数 · 連載中 · ひかり
「泥棒女め、今すぐこの家から出て行きなさい!」

実の娘が戻ってきたその日、私はゴミのように家を追われた。
病弱な「お嬢様」の生きる輸血パックとして虐げられ、血を搾り取られ続けてきた日々。用済みになった途端、身に覚えのない盗みの罪を着せられ、婚約者からも冷酷に捨てられた。
元家族たちは、私が「貧しい田舎で野垂れ死ぬ」と信じて疑わなかった。

だが、彼らは何も知らなかったのだ。
私が、世界中のVIPが縋る伝説の名医であることも。
私を迎えに来たオンボロトラックが、実は国家機密級の超高級カスタムマシンであることも。
そして、私の本当の実家が、国さえも動かす世界屈指の超巨大財閥だということも!

「今まで苦労をかけたね、私たちの可愛いお姫様」
生き別れていた超過保護な両親と、各界の頂点に君臨する最強の兄たちに狂おしいほど溺愛されるシンデレラライフが幕を開ける!
一方、大切な「命の恩人」を自ら捨てた元家族たちには、破滅へと向かう絶望の後悔タイムが待ち受けていて!?

虐げられた天才少女が本当の愛と富を掴み取る、逆転ファンタジー、ここに開幕!
「もう疲れた」不倫夫を捨て、自由になる

「もう疲れた」不倫夫を捨て、自由になる

37.1k 閲覧数 · 連載中 · 青木月
結婚して5年。
数日前には幼馴染と楽しげに戯れていた夫が、今度は初恋の女を連れてホテルの入り口へと消えていく。

二人は人目もはばからず、濃厚な口づけを交わしていた。
夫の腕の中にいる女は、潤んだ瞳で彼を見つめている。一見すると純情そうだが、その眼の奥には私への明らかな悪意が潜んでいた。

妻である私は、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
爪が掌に食い込み、血が滲む。
けれど、手の痛みより、引き裂かれた心の痛みのほうが遥かに強かった。

冷たい風が、私の髪を揺らす。
その瞬間、ふと強烈な疲れを感じた。

ああ、もういいや。
5年間の結婚生活。
私は彼を許すのをやめ、自分自身を解放することにした。
令嬢は離婚を機に大富豪への道を歩む

令嬢は離婚を機に大富豪への道を歩む

655.3k 閲覧数 · 連載中 · 蜜柑
天才陰陽師だった御影星奈は、かつて恋愛脳のどん底に落ち、愛する男のために七年もの間、辱めに耐え続けてきた。しかしついに、ある日はっと我に返る。
「瀬央千弥、離婚して」
周りの連中はこぞって彼女を嘲笑った。あの瀬央様がいなくなったら、御影星奈は惨めな人生を送るに決まっていると。
ところが実際は――
財閥の名家がこぞって彼女を賓客として招き入れ、トップ俳優や女優が熱狂的なファンに。さらに四人の、並々ならぬ経歴を持つ兄弟子たちまで現れて……。
実家の御影家は後悔し、養女を追い出してまで彼女を迎え入れようとする。
そして元夫も、悔恨の表情で彼女を見つめ、「許してくれ」と懇願してきた。
御影星奈は少し眉を上げ、冷笑いを浮かべて言った。
「今の私に、あなたたちが手が届くと思う?」
――もう、私とあなたたちは釣り合わないのよ!
俺様社長とその婚約者——すれ違う愛

俺様社長とその婚約者——すれ違う愛

17.3k 閲覧数 · 連載中 · 紗良益子
私のバレエダンサーとしてのキャリアが崖っぷちに立たされていたその日、婚約者は別の女と一緒に産婦人科で妊婦健診を受けていた。

問い詰めても、彼は何も答えようとしない。私は決意した——こんな馬鹿げた婚約など、破棄してしまおうと。

その後、私は一千万円を投じて、彼にそっくりな若い男を囲った。

やがて事態は思わぬ方向へと転がり始める。元婚約者との間には、何か重大な誤解が横たわっているようだった。けれど、それが運命のすれ違いなのか、それとも世界が仕組んだ悪戯なのか——私たちはもう、二度と交わることのない道を歩み始めていた。
仮面を脱いだ本物の令嬢に、実の兄たちは頭を垂れた

仮面を脱いだ本物の令嬢に、実の兄たちは頭を垂れた

85.4k 閲覧数 · 連載中 · 佐藤製作所
里親の母は私を虐待していたし、義理の姉は最低な女で、よく私をいじめては罪を着せていた。この場所はもう私にとって家じゃなくて、檻になって、生き地獄になっていた!
そんな時、実の両親が私を見つけて、地獄から救い出してくれた。私は彼らがすごく貧しいと思ってたけど、現実は完全にびっくりするものだった!
実の両親は億万長者で、私をすごく可愛がってくれた。私は数十億の財産を持つお姫様になった。それだけでなく、ハンサムでお金持ちのCEOが私に猛烈にアプローチしてきた。
(この小説を軽い気持ちで開くなよ。三日三晩も読み続けちゃうから…)
今さら私の墓前で悔いるな

今さら私の墓前で悔いるな

37.9k 閲覧数 · 連載中 · 神奈木
あの頃、私はまだ木村家の長女だった。
学校は私にとって、遊び場が変わっただけのようなものだった。
けれど、私は次第に気づいていった。どの授業でも一番前の席には、いつも同じ真面目な男子学生が座っていることに。
そして、いつも学校の一等奨学金が、同じ名前の生徒に贈られることに。山本宏樹。
いつからか、私は彼の後を追いかけるようになっていた。
大学の卒業式で、山本宏樹は奨学金を得た優秀な卒業生だった。
彼は卒業生代表の挨拶の場で、私が彼の恋人だと公言し、全校生徒数万人の前でプロポーズしてくれた。
あの頃、彼は前途有望な若き社長で、卒業前からすでに自分の会社を立ち上げていた。
一方の私は、骨肉腫だと診断されたばかりで、明日の太陽を見ることさえ贅沢な望みだった。
私は彼のプロポーズを断り、それから治療のために海外へ渡った。
しかし誰もが、私が貧乏な若者である彼を見下し、金持ちの御曹司に乗り換えて海外へ行ったのだと思っていた。
帰国後、彼は私に五百万円を投げつけ、彼と結婚するように言った。
本物令嬢の正体がばれました

本物令嬢の正体がばれました

41.7k 閲覧数 · 連載中 · ワニノコ
新谷南は新谷家で二十年も育てられたのに、本当の娘が戻ってきた途端、あっさり家を追い出された。

デザイン部のディレクターの席? 本当の娘へ。
何千万円もの価値がある婚約話? 本当の娘へ。

会社中の人間が、彼女という「野良扱いの娘」がどう転げ落ちていくか、笑いものにしようと様子をうかがっていた。

そんなある日、世界限定二十台の高級バイクが会社の前に止まる。降りてきた不良っぽいイケメンが言った。

「妹、兄貴と一緒に帰るぞ」

新谷家の人間「……は?」

そのあとで彼らはようやく知ることになる。

彼女こそ、国内外の美術館の館長たちが面会待ちの列を作る「南先生」と呼ばれるアーティストであり、
新谷グループの全受賞特許の名義人であり、
さらに、伝説の「国家並みの資産を持つ」と噂される周防家の、本当の長女だということを。

大手財閥の若き当主は、封印していた婚約書を取り出し、薄く唇を吊り上げる。

「なるほど。俺の本当の婚約者は、君だったわけか」