決して叶わぬ結婚

決して叶わぬ結婚

大宮西幸 · 完結 · 21.3k 文字

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紹介

マイケルと付き合って五年、私は彼が無名からマフィアのボスへと這い上がる姿を支え続けてきた。

彼は約束してくれた。頂点に立ったら役所へ行って正式に結婚しようと。そして今日こそが、ついに婚姻届を出す日のはずだった。

彼はすでに初恋の女、イヴェイン・プライスのせいで八回も届け出を延期している。

これが九回目の試みで、十回目はない。

チャプター 1

 マイケルと付き合って五年。何者でもなかった彼が這い上がり、マフィアのボスへと上り詰めるまで、私はずっと彼のそばで支え続けてきた。

 トップに立ったら役所へ行って、正式に夫婦になろう。そう彼から約束されていて、今日こそが、その婚姻届を提出する日になるはずだった。

 これまでにも、彼は自分の初恋の相手、イヴェイン・プライスのせいで提出を八回も延期してきた。

 九回目の正直。十回目なんて、絶対にあり得ない。

……

 私は役所の記載台に座り、目の前にある婚姻届を見つめていた。私たちが籍を入れようと試みるのは、これで九回目だ。

 隣に座るマイケルは、スマホをスクロールしている。自分の記入欄は、すでに上の空で書き終えていた。

 私は日付の欄へとペンを滑らせた。手が震える。

 今度こそ大丈夫。だよね、マイケル?

 深呼吸をして、まさに日付を書き込もうとしたその時――ガラス扉が勢いよく開いた。

「マイケル!」

 イヴェインが目を真っ赤に腫らし、涙ぐみながらフロアを駆け抜けてきた。私には目もくれない。

「マイケル!」彼女の声はひび割れていた。「仕事ですごく大きなトラブルがあって……契約書の条件が全然分からないの。お願い、一緒に見て!」

 日付の欄の上で私のペンはピタリと止まり、ゆっくりと首を向けてマイケルを見た。

 彼はイヴェインを見つめ、私を見て、そしてまたイヴェインに視線を戻した。その額には、うっすらと汗がにじんでいる。

「イヴェイン、俺は今、ちょっと取り込み中で――」

「マイケル、今日の午後にはこの契約書にサインしなきゃいけないの!」イヴェインは彼の腕にすがりついた。「どうしたらいいか分からない。お願い。こんなの分かるの、あなたしかいないのよ」

 マイケルの表情が変わるのを、私はただ見つめていた。罪悪感と心配が入り混じった、あの見慣れた顔。

 まただ。

 一回目の記憶が脳裏をよぎる。役所の外に立っていた時、マイケルのスマホが鳴った。

「イヴェインが海外から帰国したんだ。空港まで迎えに行かないと」

 彼は私を階段に取り残し、角を曲がって消えていく彼の車を、私はただ見送った。

 二回目は、入り口のドアのところまで来ていた。マイケルのスマホが震え、メッセージを読んだ彼の顔から血の気が引いた。

「イヴェインが病院に運ばれた。アレルギー反応だって。ごめん、行かなきゃ」

 三回目。私たちは駐車場にいた。「イヴェインがバンジージャンプをするんだけど、怖がってるんだ。俺がいてやらないと」

 四回目。五回目。六回目。七回目。八回目。

 いつもイヴェイン。いつも緊急事態。いつも「次は絶対に籍を入れよう、約束する」。

 そして私は、そのたびに「分かった」と頷いてきた。

 だけど、これが九回目だ。

「レミー……」マイケルがすがるような目で私を見ていた。「俺は……」

 私はペンを置いた。不思議なほどの静けさが私を包み込んでいく。ふふっ、と笑いがこぼれた。

 マイケルが凍りつく。「レミー?」

「いいのよ」と私は言った。「仕事は大事だもの。行ってあげて」

 瞬く間に、マイケルの顔に安堵の色が広がった。彼は急いで立ち上がり、ジャケットを掴む。

「分かってくれてありがとう。次は絶対に来よう、誓うよ。次こそ絶対に籍を入れよう」

 前回も同じことを言っていた。その前も。さらにその前も。

 イヴェインと共に去っていく彼を見送る。突然、このフロアがやけに明るく、そしてうるさく感じられた。

 目の前にある婚姻届に視線を落とす。私はそれを真っ二つに引き裂いた。

 九回、私は待った。

 九回、彼は彼女を選んだ。

 引き裂かれた紙片を、記載台の脇にあるゴミ箱へと落とす。

 私は立ち上がり、一度も振り返ることなくその場を後にした。

 外は思いのほか冷え込んでいた。階段のそばにあるベンチに腰を下ろし、スマホを取り出す。

 メールの受信箱はパンパンだった。何十通もの未読メッセージ。そのすべてが、私が数ヶ月間無視し続けてきた仕事のオファーだ。画面をスクロールしていく。

 そして、それを見つけた。

「件名: シニア戦略企画ディレクター - コルレオーネ・グループ」

 私はその名前を、長い間じっと見つめた。

 コルレオーネ。

 三年前、サリヴァン家が港でコルレオーネの積荷を襲撃し、数千万円相当の物資を強奪した。その襲撃でコルレオーネのメンバーが一人命を落とし、三ヶ月にも及ぶ血みどろの抗争が引き起こされた。

 上層部がようやく停戦を仲介した際、サリヴァン家はマンハッタンから永久追放され、そこはコルレオーネの完全な縄張りとなった。

 マンハッタン。コルレオーネの領地の中心。マイケルのファミリーが、絶対に手を出せない唯一の場所。

 私の親指がキーボードの上を動いた。

「コルレオーネ様

 この度はオファーをいただき、誠にありがとうございます。

 謹んでお受けいたします。

 つきましては、勤務開始日についてご教示いただけますでしょうか。

 何卒よろしくお願い申し上げます。

 レミー・クーパー」

 送信ボタンの上で、指が宙に浮く。

 そして、私はボタンを押した。

 マイケル。私がマンハッタンに着いたら、私たちは終わりよ。

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