「野良犬」扱いされた息子を連れ、冷血な社長夫を捨てて再婚する

「野良犬」扱いされた息子を連れ、冷血な社長夫を捨てて再婚する

白石 · 連載中 · 1.1m 文字

720
トレンド
40.4k
閲覧数
552
追加済み
本棚に追加
読み始める
共有:facebooktwitterpinterestwhatsappreddit

紹介

夫が富と名声を手にし、華々しく祝杯をあげていたその夜。
私は3年間の刑務所暮らしを終え、ひっそりと出所した。
すべては父を守るため、夫に強いられた「身代わりの罪」を償うためだった。

けれど、帰宅した私を待っていたのは地獄だった。

光の当たる場所で愛人と笑い合う夫。
その影で、私の最愛の息子は「野良犬」と罵られ、暗い部屋に幽閉されていたのだ。
愛人に嘲笑され、ボロボロの状態で路頭に迷う私に残されたのは、燃え上がるような復讐心だけ。

「あいつの人生を、焼き尽くしてやる」

そう誓った私の前に現れたのは、かつて私が救ったことのある一人の男性だった。
彼は傷ついた私と息子を、信じられないほどの愛で包み込んでくれて……

「残念だったわね、社長。私はあなたと復縁なんてしない」

今さら後悔しても、もう遅い。
私はこの手で、本当の幸せを掴み取る。

チャプター 1

秋の寒風が刃のように、綾瀬美月の華奢な体を容赦なく切りつけていた。

彼女が身に纏っているのは、三年前に投獄された時と同じ古びたセーターだ。袖口は擦り切れて毛玉だらけになり、色もすっかり褪せてしまっている。

見慣れた、それでいて威圧的なほど立派な彫花鉄門の前に立ち、彼女は全身の力を振り絞っていた。

三年。

自由を奪われ、身に覚えのない罪を背負い、他人の身代わりとして贖罪を続けた、長い長い三年だった。

冷え切った指先でインターホンを押す。中から微かに漏れ聞こえる賑やかな音楽と笑い声に、一瞬意識が遠のきそうになった。

今日は、何の日だっただろうか?

鉄門の脇にあるスピーカーから、執事の少し戸惑った声が響いた。

「どなたですか?」

「私です。綾瀬美月です」

久しぶりに発した声は、砂のように乾き、ひどく掠れていた。

数秒の沈黙の後、「カチッ」という音と共に鉄門がゆっくりとスライドして開く。

煌々と明かりが灯る邸宅に近づくにつれ、中の歓声はより鮮明になった。

巨大な掃き出し窓越しに、目が眩むほど璀璨と輝くシャンデリアが見える。

まるで華やかな舞踏会に迷い込んだシンデレラのようだが、彼女が纏っているのは魔法のドレスではなく、場違いな落魄と寒気だけだった。

重厚な玄関の扉を押し開けると、暖かく喧騒に満ちた空気が一瞬にして彼女を包み込んだ。同時に、ホールを満たしていた談笑と音楽が、ぴたりと止む。

全員の視線が、まるで探照灯のように一斉に彼女へと注がれた。

驚き、疑惑、侮蔑、野次馬根性……様々な視線が交錯し、彼女は居心地の悪さにその場で硬直した。

ホールは夢の城のように飾り付けられていた。鮮花、風船、リボン……そして中央には、巨大な多層ケーキが鎮座している。

そのケーキの傍らで、衆星に抱かれる月のように微笑んでいるのは、精緻な白いドレスを身に纏った白石麻里奈だった。

彼女はある男の腕に寄り添い、甘く幸せそうに笑っている。

それは、彼女の夫、桐島蓮だった。

完璧に仕立てられた黒のスーツを着こなし、背筋を伸ばしたその姿。端正な顔立ちには表情がないが、白石麻里奈を見る時だけは、瞳の奥に微かな、傍目には気づかないほどの優しさが掠める。

その彼が今、こちらを見た。

視線が綾瀬美月を捉えた瞬間、その僅かな優しさは跡形もなく消え失せ、残ったのは氷のような冷淡さと、汚らわしいものを見るような微かな嫌悪だけだった。

その視線に、綾瀬美月の心臓はきゅっと縮み上がり、鈍い痛みが走る。

白石麻里奈はようやく彼女に気づいたかのように、驚いて口元を手で覆った。

「美月さん? あ、あなた……どうして戻ってきたの? 今日はまだ……」

彼女は言葉を濁し、何かに怯えるように桐島蓮の背後へと身を縮めた。まるで綾瀬美月が猛獣か何かであるかのように。

桐島蓮は即座に、庇うように白石麻里奈の肩を抱き寄せた。その動作はあまりに自然で、親密だった。

彼は綾瀬美月を見据え、氷点下の声で言い放つ。それは無関係な他人、あるいは使用人に向けるような響きだった。

「誰が来ていいと言った? 出ていけ」

周囲の客たちがひそひそと囁き始める。

「あれが綾瀬美月? あの、不倫して桐島社長を裏切って、桐島グループを倒産させかけたっていう?」

「懲役五年じゃなかったか? どうしてこんなに早く出てきたんだ?」

「見てよあの恰好、縁起でもない。今日がどんな日かもわきまえずに水を差すなんて……」

その言葉の一つ一つが、細い針となって綾瀬美月の耳に突き刺さる。

巨大な屈辱と冤罪の記憶が、瞬く間に彼女を飲み込んだ。

三年前、まさにこの邸宅で、彼女は薬入りの酒を飲まされ、目覚めた時には全身痣だらけの無惨な姿で、桐島蓮に「不貞の現場」を目撃されたのだ。

街中の誰もが彼女を尻軽女だと断じ、彼もまた、失望の果ての怒りを彼女に向けた。

直後に、白石麻里奈が担当していたプロジェクトで巨額の損失が発生した。

あらゆる証拠が、綾瀬美月が裏で糸を引いていたことを指し示していた。

弁解しようとしたが、誰も信じてはくれず、彼女は法廷に引きずり出された。

開廷前、彼女は必死に弁護士を探した。

だが桐島蓮は、彼女の父親の治療費を盾に取り、冷酷に告げたのだ。

『お前のせいで麻里奈のキャリアに傷がついた。これ以上、好き勝手はさせない。罪を認めろ。職務上の地位を利用して会社資金を横領したと認めれば、父親には最高の治療を受けさせてやる』

父のために、彼女は認めた。

不貞の汚名も、経済犯罪の重罪も、すべて一人で背負った。

そして今日、刑期を終え、心身ともに疲弊しきってこの名ばかりの「家」に戻ってきた彼女が見たのは、最愛の夫が、彼女を陥れた女のために盛大な誕生日パーティーを開いている光景だった。

彼は……彼女が今日出所することさえ、忘れていたのかもしれない。

桐島蓮が白石麻里奈を庇う姿、満堂の客たちの侮蔑の眼差し。綾瀬美月は全身の血液が凍りつくのを感じた。

口を開くと、喉が紙やすりで削られたように痛み、微弱な声が漏れた。

「ここは、私の家よ」

その声は小さかったが、静まり返った水面に投じられた小石のように響いた。

桐島蓮の眉が微かに動く。彼女が今日出所することを思い出したようだった。

だが、眼差しの冷たさは変わるどころか、一層濃くなった。

「だからどうした? 酒でも恵んでもらいに来たのか、それとも麻里奈の晴れの日をまたぶち壊しに来たのか?」

彼は白石麻里奈を抱く腕に力を込め、苛立ちと拒絶を露わにする。

「ここにお前の居場所はない。今すぐ、出ていけ」

綾瀬美月はその場に立ち尽くし、手足が冷たくなっていくのを感じた。

かつて深く愛した男、彼女を陥れておきながら花のように笑う女、そしてこの部屋に満ちる繁栄と嘲笑。

僅かに残っていた期待の欠片は、その「出ていけ」という言葉で粉々に砕け散り、灰となった。

彼女は冷たい空気を深く吸い込み、喉の詰まりと目頭の熱さを押し殺した。ナイフのような視線を無視し、冷酷な男を真っ直ぐに見つめ返す。

「桐島蓮」

先ほどよりはっきりとした、しかし隠しきれない震えを帯びた声で彼女は言った。

「出て行ってもいいわ。私の息子を返して」

その言葉が出た瞬間、ホールは先ほど以上に静まり返った。

事情を知らない客たちが驚きの表情を浮かべ、耳打ちし合う。

桐島蓮の顔色が、一瞬にして曇った。

彼は傍らに控えていた、複雑な表情の執事・田中に手を振った。

田中は躊躇いがちに口を開く。

「旦那様、それは……」

「連れて行け」

桐島蓮の口調は有無を言わせぬものだった。冷たい視線が再び綾瀬美月の顔に戻る。

「会ったら、すぐに消えろ。二度と俺の前に現れるな」

彼の言葉に含まれる悪意に心臓が縮む思いだったが、子供に会いたいという切実な渇望がすべてを凌駕した。

彼女はよろめきながら、背を向けた田中の後を追った。桐島蓮と白石麻里奈を振り返る余裕さえなかった。

田中は無言で彼女を先導した。だが、向かう先は明るい本館エリアではなく、薄暗い廊下を抜けた先にある別館、あるいは使用人部屋のある裏手だった。

進むにつれ人気はなくなり、光は薄れ、空気には微かなカビの臭いと冷気が漂い始める。

綾瀬美月の心は、次第に沈んでいった。

やがて田中は、低く古びたドアの前で足を止めた。それはまるで物置か、廃棄された小部屋のようだった。

彼はため息をつき、腰から鍵束を取り出して錠を開けた。

「若様は……この中に」

田中の声には、隠しきれない同情が滲んでいた。

最新チャプター

おすすめ 😍

鬼畜社長が離婚後に豹変!?甘えん坊な元夫の執着愛

鬼畜社長が離婚後に豹変!?甘えん坊な元夫の執着愛

68.6k 閲覧数 · 連載中 · 鯨井
篠崎アエミが最も後悔したことは、すべてを捨てて榎田神也と秘密裏に結婚し、卑屈に彼の傍らにいて、自分自身を失ってしまったことだった。

初恋が帰国し、彼女は彼を要らないと言った。

離婚後、彼女は人生の頂点に立った。

トップレベルのデザイナー無憂は彼女だった。
トップクラスの名門が失った令嬢も彼女だった。
手のひらを返せば雲を作り、手のひらを返せば雨を降らせる株の神も彼女だった。
夫と息子に捨てられた私は、幸福という名の檻を抜け出すことにした

夫と息子に捨てられた私は、幸福という名の檻を抜け出すことにした

49.2k 閲覧数 · 連載中 · 白石 茉鈴​
嫁ぐ前は、夢見ていた。幸せな家庭を築けると信じていた。
しかし現実の結婚生活は、私を泥のような惨めな境遇へと引きずり落とした。
夫と息子にとって、私は愛人の飼い犬にさえ劣る存在でしかなかったのだ。
離婚届に淡々と署名する二人の姿を前に、私の心は不思議と静まり返った。
「そう、それでいいわ」
最後に乾いた笑みを浮かべ、私は決別を告げる。
今日で、私たちは正真正銘の赤の他人。
偽りの仮面

偽りの仮面

12.2k 閲覧数 · 連載中 · 彩月遥
夫が私に抱くのは、愛の伴わない性的な欲望だけ。
彼は、私との間に子供を授かることさえ望んではいない。

そればかりか、外では他の女性と戯れ、私の心を深く傷つける。

逃げ出したい。強く、自立した女性になりたい。
そう願う私を、しかし、彼が手放すつもりは毛頭ないようだった……。
元恋人の叔父に拾われた夜、私は彼という名の「毒」に溺れる

元恋人の叔父に拾われた夜、私は彼という名の「毒」に溺れる

11.5k 閲覧数 · 連載中 · 南宮
元恋人に裏切られ、冷たい玄関先で殺意を向けられたあの日。
私を見捨てた男ではなく、彼が一番恐れていた「危険な叔父」が、暗闇から現れた。
その腕の中だけが、この二年で初めて私を孤独から救い出した。
「次、誰かが君を傷つけたら、こうするんだ」 渡された銃の重みが、私の心に深く刻まれる。
私は逃げ出したかったはずなのに、いま、彼の甘い視線から離れられずにいる。 救いなどいらない。
ただ、この危険な男の「所有物」になりたい。
妻が去り、妊娠を知った俺は、ただ泣き崩れるしかなかった

妻が去り、妊娠を知った俺は、ただ泣き崩れるしかなかった

610.4k 閲覧数 · 連載中 · 蛙坂下道
鈴木七海は、中村健に好きな人がいることをずっと知っていた。それでも、彼との結婚を選んだ。
しかし、結婚して5年後、彼は離婚を切り出した。その時初めて、彼の想い人が私の父の隠し子(私の異母兄弟)だと知った。
離婚を決意した七海だったが、その時にまさかの妊娠が判明した。
追放された偽令嬢、実は超財閥の真の令嬢

追放された偽令嬢、実は超財閥の真の令嬢

284.8k 閲覧数 · 完結 · あざ鳥
「お前みたいな偽物の令嬢、さっさと山奥に帰れ!」

孤児だと判明した途端、彼女は養父母から冷酷に家を追い出され、婚約者も本物の令嬢へと乗り換えた。
彼らは、彼女がこれからド田舎で悲惨な生活を送るのだとあざ笑っていた。

しかし、彼女を迎えに来た実の家族は、なんと世界を牛耳る超巨大財閥の一族だった!
さらに、彼女自身もただの小娘ではない。その正体は、世界の医学界が平伏す伝説の天才医師だったのだ。

実家に戻るや否や、彼女は神業のようなメス捌きで次々と難病患者を救い、医療界の権威たちを圧倒していく。その圧倒的な実力に、誰もが恐れる冷酷なトップ御曹司でさえも彼女に惹かれ、無限額のブラックカードを差し出す始末。

一方、彼女を追い出した養父母の家業は倒産寸前に陥り、元婚約者も彼女の本当の姿を知って絶望の淵に立たされていた。
彼らが泣きついて許しを乞うても、彼女は冷たく言い放つ。

「今さら後悔しても、もう遅いわ」
御曹司に壊される人形

御曹司に壊される人形

23.3k 閲覧数 · 連載中 · キノコ屋
ある交通事故がきっかけで、僕は最愛の人に両足を折られ、監獄に閉じ込められた。

三年後、出所した僕の前に現れたのは、やはり彼だった。

「一生、逃がさないからな」

殺意に満ちた目で、彼はそう言った。

なのに、なぜか僕には、彼の心が深い悲しみに満ちているようにしか見えなかった。
長年の結婚生活を終わらせたら、夫と息子が泣きついてきた

長年の結婚生活を終わらせたら、夫と息子が泣きついてきた

13.7k 閲覧数 · 連載中 · 白石 茉鈴​
長年の婚姻生活の中で、夫と息子の目に映る私は、ただの「最大の恥」でしかなかった。

あの女のために、何度も私を置き去りにした二人。そして今回の件で、私はようやく完全に目が覚めた。

彼らは、私の愛を受け取るに値しない。

だから私は、正式に離婚協議書を差し出した。
すると、あろうことかこの二人は、声を揃えてこう言ったのだ。
――本当に深く愛していたのは、私の方だった、と。

ふん、今さら一体、何の真似のつもりかしら。
私が去った日

私が去った日

13.7k 閲覧数 · 連載中 · バラへの愛
七年間、私は完璧な妻を演じ続けてきた。

けれど最後に彼が選んだのは、私ではなく、彼の初恋の女性だった。

夫は、私の心を深く傷つけただけではない。あの女が私の大切なジュエリーデザインを盗むことを許し、さらには実の息子までも操って、私を「怪物」だと思わせた。

嘘で塗り固められた結婚生活の中で、私は少しずつ自分を失っていった。

息が詰まるような日々。愛されていると思い込んでいた時間。すべてが偽りだった。

けれど、彼らはひとつだけ間違えた。

私を、もう戻れないところまで追い詰めたこと。

私が去ると決めたあの日。

私は、最低な夫も、母親への感謝を忘れた息子も、そして彼らによって壊された過去の自分も、すべて置き去りにした。

親友の支え。そして、私の本当の価値を見抜き、才能を認めてくれたある若き実業家との出会い。

その温かな手によって、私はもう一度、自分自身を取り戻した。

失った誇りを取り戻し、眠っていた才能を開花させ、世界へ羽ばたくデザイナーとして新たな人生を歩み始めた。

今、私の作品は世界の舞台で輝いている。

一方で、かつて私を捨てた男は、跪いて許しを乞う。

「戻ってきてくれ」と。

けれど、もう遅い。

私が去ったあの日こそが、私が本当の自分を取り戻した日。

もう二度と、過去には戻らない。
億万長者のシンデレラ

億万長者のシンデレラ

47.3k 閲覧数 · 完結 · Laurie
「キスはしない」彼の声は冷たかった。
そうよね、これはただのビジネスだもの……
でも、彼の触れる手は温かくて……誘惑的で……
「処女なのか?」突然、彼は私を見つめた……

*****

エマ・ウェルズ。卒業を控えた女子大生。継母のジェーンと義姉のアンナから虐待を受け続けてきた彼女の人生で、唯一の希望は王子様のような恋人マシュー・デイビッド。世界一幸せな女性にすると約束してくれた人。

しかし、彼女の世界は完全に崩れ去った。継母が老人から結納金として5万ドルを受け取り、彼女を嫁がせることに同意したのだ。さらに追い打ちをかけるように、愛する恋人が親友のビビアン・ストーンと浮気をしていたことを知る。

土砂降りの雨の中、通りを歩きながら、彼女は絶望の淵に立たされていた……

拳を握りしめ、決意した。売られる運命なら、自分で売り手になってやる。

豪華な車の前に飛び出し、立ち止まる。自分の処女は一体いくらの価値があるのだろう……

*****

デイリー更新
全能令嬢の帰還、家族が倒産?

全能令嬢の帰還、家族が倒産?

125.1k 閲覧数 · 連載中 · きりゅう りんか
万能の女神・夏川紅蓮が実家に戻ると、一家は何者かの手で破滅に追いやられた後だった。
父は冤罪で獄中にあり、母は病に伏せっている。
六人の兄たちも、ある者は身体に障がいを負い、ある者は無気力に沈んでいた。
そんな折、家に潜り込んでいた偽令嬢は状況を見るや否や一家を見捨てて姿を消し、さらに屋敷までも奪い取ろうとしていた。
世間は夏川家を「落ち目の負け犬」と嘲笑い、皆がこぞって踏みにじる。

紅蓮が静かに一声を発すれば、暗部より無数の異能の士たちが姿を現し、形勢は一瞬にして逆転する。
父は無実のまま出所し、母は健康を取り戻し、廃人同然だった長兄は再び己の足で歩き出し、残る五人の兄たちもまた紅蓮の導きによって各々の才覚を花開かせ、やがて各界を牽引する大物へと成り上がっていく。

しかし、そんな彼女を指さして嘲る者がいる。
「夏川紅蓮は地味で野暮ったい田舎者だ」と。

何を隠そう、彼女は無数の隠された顔を持つ存在。
神医の令嬢も彼女なら、国画の大家も彼女。
伝説のハッカーも彼女なら、正体不明の謎の女優も彼女。
そして、暗部を統べる首領さえも——彼女なのだ。

そんな折、頂点に君臨する名門の若様が、彼女をそっと腕のなかに抱き寄せた。

「誰が彼女を田舎くさい地味女だと言った? 彼女こそ、俺・諏訪淳行の婚約者だ」

紅蓮が流し目をひとつ送る。

「婚約、破棄しなくていいの?」

「しない」

彼が長いあいだ追い求めてきた決して手の届かない高嶺の花こそが、いま腕のなかにいる婚約者なのだ。
解消などありえない——この婚約は、死んでも解消しない。
妊娠を隠して離婚します

妊娠を隠して離婚します

38.3k 閲覧数 · 連載中 · ユイ
「絢香、俺から逃げられるとでも思うな!」
九条雅人は彼女の顎を荒々しく掴み、低く唸った。

絢香の頬は屈辱と興奮で真紅に染まったが、その声にはまだ意地が残っていた。「あなたこそ、私に執着しているだけじゃないの?」

雅人は冷酷に鼻で笑った。
「離婚してからどれほど経った? それでもう俺の『ルール』を忘れたか。お前の身体は、今でも俺をこんなによく覚えているくせに。……ほら、咥えろ」

熱を帯び、恐ろしいほどに猛り狂った彼の太いものが、絢香の顔を容赦なく叩いた。

雅人は冷たく笑う。
「俺から離れられるなんて夢にも思うな、絢香。お前は俺だけのものだ」

——

3年間の契約結婚の間、霧島絢香は「雅人が冷徹な人間だから、その心を溶かすことができないのだ」と思い込んでいた。
しかし、彼が桜井陽菜の妊婦健診に付き添い、彼女が少しでも不快な思いをしないよう、見たこともないほどの優しさと甘やかし方で接している姿を目撃したとき、絢香はついに悟った。彼は人を愛せないのではない。ただ、自分を愛していなかっただけなのだと。

絢香は静かに離婚届にサインし、自身の「妊娠診断書」を胸に抱いて彼の元を去った。

だが、絢香が完全に姿を消した瞬間、雅人は狂わんばかりになり、街中を血眼になって彼女を捜し回った。

ついに再会を果たしたとき、雅人の瞳は血走り、その声は掠れていた。
「絢香、俺が悪かった……頼む、俺の元に戻ってきてくれ」