紹介
体外受精が成功したその日、私は初めて夫の本当の顔を知った。
彼は最初から、私の身体を利用するつもりだった。
目的は、私の腎臓。
そして、私の卵子さえも、すでに別のものへすり替えられていた。
何も知らない私は、夫と彼の元恋人のための「代理母」にされていたのだ。
けれど、運命は皮肉な悪戯をした。
入れ替えられていたのは、卵子ではなかった。
違っていたのは、精子だった。
お腹の子は、夫の子ではない。
その事実を知った瞬間、私はすべてを理解した。
この結婚は、最初から愛ではなかった。
私を一人の女性としてではなく、ただの道具として見ていた男。
もう、一秒たりとも耐える理由はない。
私は離婚する。
そして必ず見つけ出す。
私のお腹の中で育つ、この小さな命の本当の父親を。
その先に待っていたのは、私を利用する男ではなく、私と子供を心から大切にしてくれる、世界を動かす財閥一族との運命の出会いだった。
チャプター 1
「神谷さん、相沢さんは妊娠3週目です。この時期に骨髄移植を行えば、お腹の子はまず助かりません」
「堕ろせ」
扉一枚隔てた向こうから、神谷陸の冷えきった声がした。
「萌が助かるなら、子ども一人どころか、相沢美月の命だって差し出させる」
診察室の外。
私は、ついさっき印刷されたばかりのエコー写真を握りしめていた。指の関節が白くなるほど強く。
この声を、聞き間違えるはずがない。
五年付き合い、もうすぐ結婚するはずだった婚約者――神谷陸だ。
私はぺたんとした下腹に目を落とした。
この子のために、私は何度も体外受精を繰り返してきた。神谷陸だって、同じように望んでくれていると信じていたのに。
それなのに、彼は中で医者と堕胎の相談をしている。
しかも私に骨髄移植を受けさせて、あの「高嶺の花」を救うつもりで。
白石萌の病気のためなら、神谷陸は真夜中だろうと私を置いて飛んでいく男だった。
男に忘れられない女がいるくらい、別に構わない。
一線さえ越えなければ、そう思っていた。けれど今は……。
背筋を、ぞわりと悪寒が這い上がる。
私は下唇をきつく噛みしめ、血の味が広がってようやく、扉を開けて問い詰めたい衝動を押さえ込んだ。
問い詰めて、どうするの。
どうしてそこまで残酷なのか、と?
五年の想いは何だったのか、と?
違う。
今の神谷陸は、ただただ気持ち悪い。
私は大きく息を吸い、胃の奥にこみ上げる酸っぱいものを無理やり呑み込んで、踵を返した。
「相沢さん!」
神谷陸に「先に帰る」とメッセージを送った直後、背後から低く切迫した声が飛んできた。
全身がびくりと強張る。
さっきの医者だ。
振り返りたくなくて、私は足を速めた。
「相沢さん、待ってください!」
すっと伸びてきた手が、私の行く手を遮る。
検査を担当した遠藤医師が、額に汗を浮かべて立っていた。診察室の閉まった扉を慌ただしく一瞥すると、声を潜める。
「相沢さん、少し場所を変えましょう。この件は……お腹のお子さんに関わる話なんです」
「子ども」という言葉に反射的に下腹を庇う。
「神谷陸に頼まれて中絶を勧めに来たなら、お引き取りください。私は、たとえ死んでも、この子に指一本触れさせません」
「違います、違います!」
遠藤医師は周囲を見回し、誰にも聞かれていないことを確かめると、私の腕を引いて階段の隅へ連れていった。
彼は額の冷や汗を拭い、震える声で言う。
「さっき神谷社長が中にいらしたので、本当のことを言えなかったんです。実は……実は、体外受精の検体が取り違えられていて」
頭の中が真っ白になった。
「……どういう意味ですか」
「その……体外受精をされた時、ちょうどシステムの更新と重なってしまって、看護師がコードを取り違えたんです」
遠藤医師はごくりと唾を飲み込んだ。
「相沢さんのお腹の子は、神谷社長の子ではありません」
――がんっ。
頭の中で、何かが派手に砕け散る音がした。
私は目を見開いたまま、息をすることすら忘れた。
「神谷陸の子じゃ、ない……? じゃあ……誰の……」
遠藤医師は顔面蒼白のまま、震える唇でその名を絞り出した。
「一ノ瀬蓮……一ノ瀬蓮さんのものです」
一ノ瀬蓮。
その名前が落ちた瞬間、階段室の空気が一気に凍りついた気がした。
帝都の社交界で、一ノ瀬蓮を知らない者がいるだろうか。
一ノ瀬家の当主。
苛烈で冷酷、情け容赦なく、頂点に君臨し、名だたる権力者たちですら息を呑む男。
五年前、彼が交通事故に遭った際、一ノ瀬家が跡取りを残すため、病院で精子を極秘に凍結保存した――そんな噂もあった。
その後、一ノ瀬蓮は奇跡的に回復したが、その凍結精子は使われないまま封じられた、とも。
まさか。
そんな偶然の悪戯で、私があの一ノ瀬蓮の子を身ごもるなんて。
「相沢さん、この件が神谷社長に知られたら、うちの病院は終わりです。それに一ノ瀬家に知られたら、私の命だって……!」
遠藤医師は今にも土下座しそうな勢いだった。
「どうかお願いします。この子は……その……」
言いたいことはわかる。
堕ろしてくれ――そういうことだ。
一瞬で頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられた。
神様は、私を弄んでいるの?
私はエコー写真に視線を落とす。
そこにいるのは、私の子だ。
神谷陸は、この子の父親にふさわしくない。
そして一ノ瀬蓮は、この街の権力者たちすべてが頭を垂れる男。
ふいに、狂気じみた考えが胸の奥で芽吹いた。
神谷陸は、白石萌のためなら何だって差し出すんでしょう?
私を、弱くて扱いやすい女だと、神谷家を離れたら生きていけない女だと、そう決めつけているんでしょう?
だったら――
この子を産んだら?
この子さえいれば、私は一ノ瀬家と交渉するための切り札を手にできる。
一ノ瀬蓮の子どもなのだから。
一ノ瀬家の力を借りられれば、腎臓一つ守るどころじゃない。
神谷陸と白石萌みたいな最低の男女を踏み潰すことだって、虫けらを潰すより簡単だ。
私は手を上げ、エコー写真についた皺をそっと伸ばした。瞳がわずかに揺れる。
「遠藤医師」
顔を上げる。
自分でも驚くほど、声は静かだった。
「この医療事故、私は胸の内にしまっておきます。第三者に漏らすこともしません。ただし――父親が誰かについては」
私は遠藤医師の目をまっすぐ見据え、一語一語、区切るように告げた。
「私とあなた以外、誰にも知られたくありません。もし漏れたら……一ノ瀬蓮がどういう人か、先生のほうがよくご存じでしょう」
遠藤医師は肩を震わせ、何度も何度も頷いた。
「はい……はい! わかっています! 絶対に口外しません!」
病院を出た私はタクシーを拾い、神谷家の別荘へ向かった。
五年前、相沢家が没落し、両親を失ってからというもの、私はずっと気力を削られ続けてきた。
けれど今は違う。
この子のためなら、賭けてみてもいい。
玄関をくぐった瞬間、甲高い女の声が飛んできた。
「あら、お帰りなさい。ちゃんと戻ってくる気はあったのね」
ソファに座った神谷雅子は、こちらを見ようともしない。
「朝から姿が見えないと思ったら、どこで男でも漁っていたのかしら。神谷家も運がないわ。こんな疫病神を迎えるなんて」
神谷陸の母。
私にとって、将来の姑になる女だ。
神谷重臣が亡くなってから、彼女は露骨に私を見下すようになった。
子どもを身ごもるまでは神谷家の敷居を跨がせない――そんな条件まで突きつけてきた人でもある。
以前の私なら、神谷陸のために笑って頭を下げたかもしれない。
けれど今は……。
私は靴を履き替えると、そのままリビングを横切った。
視線すら向けない。
あからさまに無視された神谷雅子は、ぶちんとキレたように茶碗をテーブルへ叩きつけた。
「相沢美月! 私が話しているのが聞こえないの? 耳でも潰れたのかしら!」
立ち上がり、指を突きつけて喚き散らす。
「陸に甘やかされてるからって、調子に乗るんじゃないわよ! 自分が何様か、鏡を見なさい! 何年経っても子ども一人授かれないくせに、よくものうのうと居座っていられるわね! 陸が情けをかけてるから追い出されずに済んでるだけでしょう!」
私は足を止め、ゆっくり振り返った。
冷えた目で、まっすぐ神谷雅子を見据える。
本当に、笑える。
ついさっきまで、彼女の自慢の息子は病院で、私の子どもを殺す算段をしていた。
その母親は今ここで、私に「子どももできない女」と喚いている。
もし彼女が知ったら、どうなるだろう。
私のお腹の中にいるのが、一ノ瀬蓮の血を引く子だと知ったら――その顔はどれほど面白く歪むのか。
私は唇の端だけをかすかに持ち上げた。目は、まるで笑っていない。
「お義母さま、その言い方はどうかと思います」
「子どもができるかどうかは、私一人で決まる話ではありませんもの。お義母さまこそ、一度ご自分の大事な息子さんに聞いてみたらいかがです? 駄目なのが私なのか、それともあの人なのか」
「――っ! この恥知らずのクズが!」
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しかも、その布切れにはまだ。生々しい情事の痕跡が残されていた。
吐き気がするほどの裏切り。
幸せの絶頂から地獄へと突き落とされた私。
けれど、泣き寝入りなんてしてやらない。
私はその場でウェディングドレスの裾を翻し、決意した。
「こんな汚らわしい男は捨ててやる」
私が選んだ次の相手は、彼など足元にも及ばない世界的な億万長者で?
私が囲っている億万長者
彼は息を呑むほど美しく、落ちぶれていた。夫の裏切りがもたらした傷が完全に癒えるまで、彼をそばに置いておくつもりだった。
お金で彼の付き添いを買い、すべてのルールを私が決め、すべてを完全に掌握しているつもりだった。
けれど、私の隣で横たわるこの男の正体は、彼が語ったものとはまるで違っていた。
魅惑的な笑顔と抗いがたい容姿の下に隠されていたのは、仇敵から身を隠す億万長者の素顔だった。
今や彼は、私の生活に、私のベッドに、そして私の心に――完全に絡みついている。
身を引くことは、彼のそばにいることよりも、もっと危険かもしれない。
全能令嬢の帰還、家族が倒産?
父は冤罪で獄中にあり、母は病に伏せっている。
六人の兄たちも、ある者は身体に障がいを負い、ある者は無気力に沈んでいた。
そんな折、家に潜り込んでいた偽令嬢は状況を見るや否や一家を見捨てて姿を消し、さらに屋敷までも奪い取ろうとしていた。
世間は夏川家を「落ち目の負け犬」と嘲笑い、皆がこぞって踏みにじる。
紅蓮が静かに一声を発すれば、暗部より無数の異能の士たちが姿を現し、形勢は一瞬にして逆転する。
父は無実のまま出所し、母は健康を取り戻し、廃人同然だった長兄は再び己の足で歩き出し、残る五人の兄たちもまた紅蓮の導きによって各々の才覚を花開かせ、やがて各界を牽引する大物へと成り上がっていく。
しかし、そんな彼女を指さして嘲る者がいる。
「夏川紅蓮は地味で野暮ったい田舎者だ」と。
何を隠そう、彼女は無数の隠された顔を持つ存在。
神医の令嬢も彼女なら、国画の大家も彼女。
伝説のハッカーも彼女なら、正体不明の謎の女優も彼女。
そして、暗部を統べる首領さえも——彼女なのだ。
そんな折、頂点に君臨する名門の若様が、彼女をそっと腕のなかに抱き寄せた。
「誰が彼女を田舎くさい地味女だと言った? 彼女こそ、俺・諏訪淳行の婚約者だ」
紅蓮が流し目をひとつ送る。
「婚約、破棄しなくていいの?」
「しない」
彼が長いあいだ追い求めてきた決して手の届かない高嶺の花こそが、いま腕のなかにいる婚約者なのだ。
解消などありえない——この婚約は、死んでも解消しない。
妻が去り、妊娠を知った俺は、ただ泣き崩れるしかなかった
しかし、結婚して5年後、彼は離婚を切り出した。その時初めて、彼の想い人が私の父の隠し子(私の異母兄弟)だと知った。
離婚を決意した七海だったが、その時にまさかの妊娠が判明した。
本物令嬢の正体がばれました
デザイン部のディレクターの席? 本当の娘へ。
何千万円もの価値がある婚約話? 本当の娘へ。
会社中の人間が、彼女という「野良扱いの娘」がどう転げ落ちていくか、笑いものにしようと様子をうかがっていた。
そんなある日、世界限定二十台の高級バイクが会社の前に止まる。降りてきた不良っぽいイケメンが言った。
「妹、兄貴と一緒に帰るぞ」
新谷家の人間「……は?」
そのあとで彼らはようやく知ることになる。
彼女こそ、国内外の美術館の館長たちが面会待ちの列を作る「南先生」と呼ばれるアーティストであり、
新谷グループの全受賞特許の名義人であり、
さらに、伝説の「国家並みの資産を持つ」と噂される周防家の、本当の長女だということを。
大手財閥の若き当主は、封印していた婚約書を取り出し、薄く唇を吊り上げる。
「なるほど。俺の本当の婚約者は、君だったわけか」
不倫夫を捨てた夜、私は新しい彼に抱かれる
しかし結婚7年目、夫は秘書との不倫に溺れた。
私の誕生日に愛人と旅行に行き、結婚記念日にはあろうことか、私たちの寝室で彼女を抱いた夫。
心が壊れた私は、彼を騙して離婚届にサインをさせた。
「どうせ俺から離れられないだろう」
そう高をくくっていた夫の顔に、受理された離婚届を叩きつける。
「今この瞬間から、私の人生から消え失せて!」
初めて焦燥に駆られ、すがりついてくる夫。
その夜、鳴り止まない私のスマホに出たのは、新しい恋人の彼だった。
「知らないのか?」
受話器の向こうで、彼は低く笑った。
「良き元カレというのは、死人のように静かなものだよ?」
「彼女を出せ!」と激昂する元夫に、彼は冷たく言い放つ。
「それは無理だね」
私の寝顔に優しくキスを落としながら、彼は勝ち誇ったように告げた。
「彼女はクタクタになって、さっき眠ってしまったから」













