あなたは私を見捨てて死なせた

あなたは私を見捨てて死なせた

渡り雨 · 完結 · 16.3k 文字

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紹介

私がピーナッツアレルギーだと知った上で、新たに「キャンパスクイーン」の座に就いた彼氏の新しい『女王』は、私の特製カクテルにピーナッツエキスを混入させた。

ほんの一口飲んだだけで、私の肌には瞬く間に大量の蕁麻疹が広がり、喉は急激に腫れて気道が塞がり始めた。

私はよろめきながら自分のキャンバストートバッグに駆け寄り、命綱であるエピペンを掴み出し、勢いよくキャップを引き抜いた。

だが次の瞬間、私は全身の血の気が引くのを感じた。

緊急用のエピペンは、彼氏の手によって一本の口紅にすり替えられていたのだ。

顔を紫にして床に倒れ込む私の姿を見て、そのキャンパスクイーンは突然吹き出した。

「サプライズ! わざと崇介(そうすけ)に頼んで、すり替えてもらったのよ!」

「ほんと、大げさね。たった一口でアナフィラキシーショックなんて、演技上手すぎじゃない?」

私は彼氏の袖口を死に物狂いで掴み、壊れたふいごのようにヒューヒューと途切れ途切れの、掠れた喘鳴(ぜんめい)を漏らした。

「崇介……本物を、返して……私、本当に、死んじゃう……!」

彼は私の指を一本一本、袖口から冷酷に引き剥がし、汚いものでも見るかのように払い除けると、わずかに眉をひそめた。

「お前、自分のこと高貴なお姫様だとでも思ってんの? たかが一杯の酒で、大げさすぎるだろ」

「七奈美(ななみ)の言う通りだ。お前は本当に、悲劇のヒロインぶるのが好きな『大げさな女』だよ!」

私はもう、彼に理解を求めることを諦めた。
ただ、ポケットに忍ばせていた特注の万年筆のスイッチを押し、私の実家である由緒ある名家(オールドマネー)の一族に向けて、最高レベルのSOS信号を発信した。

チャプター 1

 崇介は目を細め、ちらつく赤いランプを見た。

「今度は何だよ。秘密のボタン? 誰を呼んで助けてもらうつもりだ?」

 彼はペンをその場でへし折り、さらに力任せに踏み砕いた。

「中に……ピーナッツが……」

 全身に蕁麻疹が走る。息を吸うたび、胸の内側を生身のまま引き裂かれるみたいに痛かった。

「死にゃしないよ。オーディション中なんでしょ」

 七奈美は人混みに向かってにこやかに笑い、それから崇介へ視線を戻す。

「それとも、この子をそんな幽霊みたいな顔でここに置いといて、私の歓迎会の空気ぶち壊すつもり?」

 その瞬間だった。胸の奥に張っていた、あれが――「愛」だと信じていた一本の弦が、ぷつりと切れた。

 七奈美と崇介は幼なじみで、互いの初恋だった。去年、七奈美が留学して、ふたりは「円満に」別れたらしい。名目は、いわゆる「いちばんの友達」に戻るため。

 でも先月、七奈美が帰ってきてからは違った。仲間内は一晩中はやし立てた。ふたりは「キングとクイーン」だって。

 私が変に考えないように、崇介は改まった顔で言った。

「全部、過去の話だ。もうとっくに乗り越えてる。まだ七奈美が忘れられないなら、俺がなんでお前と付き合うんだよ」

 七奈美も、鼻で笑うみたいに言った。

「気楽にしなよ、シンデレラ。私が本気で残り物に手を出すつもりなら、あなたが出てくる余地なんてあると思う?」

 私は、その嘘を――信じた。馬鹿みたいに。

 けれど、少しずつおかしいと気づいていった。

 私がいると、七奈美はいつも「たまたま」私たちの間に割り込んで会話を切る。ふたりが付き合っていた頃の内緒話をわざと持ち出したり、ふたりにしか通じない身内ネタで笑い合ったりして、私だけを置き去りにする。

 私が言葉を挟めなくなると、今度は無邪気な顔でこう言うのだ。

「千明、崇介と私は、ただお互いをいちばん理解してる友達なだけ。まさか私に嫉妬してるの? そんな不安がり過ぎないでよ」

 悪意に気づいてから、私は後で崇介に不安を打ち明けた。返ってきたのは、うんざりした声。

「お前さ、ちっちゃいんだよ」

 ――そして今。

 七奈美が身を寄せ、耳元で囁く。

「本気で、あなたが彼を奪えると思ってた? あなたなんて、彼が退屈しのぎに拾って遊ぶ慈善プロジェクト。かわいそ」

 周りがどっと笑った。前のめりになって、腹を抱えて、まるで出来のいいコメディでも観てるみたいに。

「ははっ、演技うますぎ!」

「もっと寄れ! アップで!」

 何十台ものスマホのカメラが顔面に突きつけられる。パシャパシャと焚かれるフラッシュに目がくらみ、視界が白く滲んだ。

 私は必死に崇介のジャケットの袖口を掴み、涙を止められないまま縋った。

「薬を……お願い……ちょうだい……」

 七奈美はわざと一歩前へ出て、崇介の腕にぎゅっと絡みつく。頭を彼の肩に預け、私へ挑発そのものの視線を投げた。

 人混みの男たちがすぐに囃し立てる。

「貢ぐ君やめとけって!」

「マジでこいつに手玉に取られてんの?」

 その声に煽られて、崇介の顔色が変わった。最後の迷いが消える。

「誰が手玉に取られてるって?」

 彼は乱暴に、私の指を一本ずつこじ開けた。

「もういいって。やめろよ。これ以上わざとらしいことしたら、俺、ほんとに怒るぞ」

 私の顔色が息の詰まるほど青白くに変わっていくのを見て、彼の表情が一瞬だけ揺らいだ。腰を落として覗き込もうとした、そのとき――七奈美が彼の腕をぐいっと掴む。

「ほら言ったじゃん。演技が一流だって。あんた、また騙されかけた」

 七奈美はくつくつ笑い、瞳いっぱいに嘲りを浮かべた。

「ただの軽い食物アレルギーでしょ。少し発疹が出たくらいで死なないって」

「探してるの、これ?」

 七奈美が取り出したのは、本物のエピペンだった。

 それを私の目の前で、ひょい、ひょいと無造作に放り上げては受け取る。まるでおもちゃみたいに。

 霞む視界の中心で、私はその命綱から目を離せなかった。

「……ちょうだい……お願い……」

 全身の力をかき集めて、私は前へ倒れ込むように伸びた。震える手で、なんとか届かせようとする。

 指先が触れる、その寸前。

 七奈美は手首をくいっと返し、エピペンを隣の氷桶へ放り投げた。吸い殻と酒の滓で汚れた、冷たい水の中へ。

「やだ、手が滑っちゃった」

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私が時価総額数十億ドルのファッション帝国を裏で支配していることも、ウォール街の株価をたった一回の取引で大暴落させられることも、誰も知らない。私はその正体を、この平凡で冴えない素顔の裏にすべて隠し持っていた。

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四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
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