田舎帰りの地味令嬢と侮られた私、裏社会を統べる伝説のハッカー

田舎帰りの地味令嬢と侮られた私、裏社会を統べる伝説のハッカー

鈴 · 連載中 · 621.8k 文字

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紹介

五年の月日を経て陽城へと戻った彼女を覚えている者は、もう誰もいなかった。

誘拐、失踪、そして家族からの冷遇。けれど、石原絵梨花はそのすべてに目をくれなかった。

世間は彼女を「田舎から帰ってきたパッとしない普通のお嬢様」だと笑う。だが誰も知らない——彼女こそが、ハッカー連合が恐れる神秘の「X」であり、木村氏が直々に指名した唯一無二の後継者、そして裏社会の闇に君臨する最強の存在であることを。

実家に戻った初日、我が物顔で妹に自室を乗っ取られても、絵梨花はただ冷ややかに言い放つ。
「じゃあ、もういらない」

だが、予想外だったのは、隣の部屋に住む“規格外の男”の存在だった。

初めての出会いは、間違えて彼の家の鍵をこじ開けたこと。
二度目の出会いは、壁をひょいと乗り越えて彼の夕飯を勝手に食べたこと。

次々と剥がれ落ちる秘密の仮面、五年前の深すぎる闇、そして松岡友希という男が隠し持っていた危険な本性。
すべてが明るみに出た時、絵梨花が望んだのはただ一つ——「静かに飯を食い、眠ること」だけだったのに。

「石原絵梨花。おい、いつになったら俺を『本命』にしてくれるんだよ?」

平穏を愛する最強の少女を、最高峰の男が逃すはずもなかった。

チャプター 1

真夏の暑さ。西へ傾く日差しが、あちこちに薄い影を落としている。

陽城は夏の盛りを迎え、空気まで熱く感じられるほどの暑さだった。

陽城警察署――年季の入った門の脇で、黒白のシャツに濃い色のジーンズを穿いた若い少女が、扉にもたれかかっていた。両手はポケットに突っ込み、気だるげに目だけを上げて通りを眺めている。

通行人はまばらだった。

隣には三十代半ばの警官が立ち、外に出てから気をつけるべきことを、諭すように語っている。

だが、少女の整った顔には冷ややかな拒絶が浮かび、誰も寄せつけない雰囲気が漂っていた。彼の言葉は途中で喉に詰まり、続かなかった。

――何を言っても、この子は左の耳から入れて右の耳から抜くだろう。

それでも理解はできた。五年間も売られ、連れ回され、ようやく戻ってきたのだ。見慣れたはずの街が、もう知らない街に変わっている。拒みたくもなる。

しかも、聞けば家族はろくに探していなかったらしい。

警官は小さく息を吐き、言った。

「外に出たら、もう人を殴るなよ。今回は運がよかった。容疑者のDNA照合のついでに、君の両親が昔登録してた遺伝子情報に引っかかった」

「親御さんには連絡してある。もうすぐ迎えが来るはずだ」

言い終えた瞬間、かすかな嗤い声が一つ。

ほんの一瞬で消えた。

聞き間違いかと思い、警官は少女を見る。

少女は目を伏せ、睫毛の影に感情をしまい込んでいた。何を考えているのか、まるで読めない。

だが、纏う気配だけは異様に強い。鋭い棘のように人を刺し、警官は息が詰まる。

五年ぶりに家族と再会するというのに、表情は一切変わらない。まるで当事者が彼女ではないかのようだった。

警官はそれ以上言葉を探せず、ただ乾いた視線を向ける。

しばらくして、その圧に耐えきれなくなり、目を逸らした。黙って少女と一緒に待つしかない。

時間だけが過ぎていく。

通りからはますます人影が消え、夕日は遠くの山並みの向こうへ沈んでいった。空には夕暮れの名残がわずかに残るだけだった。

時間だけが過ぎていくのに、誰も迎えに来ない。

警官は気まずさに胃が痛くなる。さっきまで「きっと感激して飛んでくる」と言ったばかりだ。

だが数時間経っても姿はない。焦りの欠片すら見えない。

――この子が、どれほど孤独だったか。

同情が胸に溜まる。

やがて、通りの端に一台の高級車が現れ、ゆっくりこちらへ滑ってきた。

警官は思わず声を弾ませる。

「ほら、来た! きっと君の家族だ!」

少女の喉から、淡い返事が漏れる。

「……うん」

車はほどなく止まり、ドアが開く。

降りてきたのはスーツ姿の若い男だった。眼鏡をかけ、物腰は丁寧で、いかにも有能そうな秘書然とした雰囲気。

その瞬間、警官は言葉を失った。

五年ぶりに戻った娘を、両親が迎えに来ない。代わりに別の男を寄越す――。

男は警官に礼儀正しく挨拶し、続けて少女へ向き直る。

「失礼いたします。石原家のご令嬢、石原絵梨花様でいらっしゃいますか」

その声に、石原絵梨花はようやく顔を上げた。

端正で整った小さな顔。乱れた前髪の下の瞳は淡く、静かで、黒い瞳孔の奥に凍てつくような鋭さが宿っている。

無表情のまま男を一瞥し、頷いた。

男は一瞬たじろいだ。石原絵梨花の目に、確かに冷えたものが走った気がしたのだ。だが消えるのが早すぎて、見間違いかと疑うほどだった。

男は気を取り直し、微笑む。

「絵梨花様、はじめまして。石原社長が急な会議で手が離せず、先に私が迎えに参りました。新山とお呼びください」

それから警官と書類の引き継ぎを行い、最後に石原絵梨花へ手を差し向けた。

「では、参りましょう」

石原絵梨花は彼を見もしない。小さく顎を引き、歩き出す。

車の前に来ると後部座席のドアを開け、ゆっくりと腰を下ろした。

新山は思わず、彼女の背をもう一度見た。

――想像していた“お嬢様”とは、あまりにも違う。

警官は去っていく車を見送り、ぽつりと呟いた。

「どこの家にも、難しい事情ってやつがあるもんだな……」

……

車は幹線道路を滑るように走る。

新山はバックミラー越しに後部座席を窺った。石原絵梨花は窓の外を見つめ、表情一つ動かさない。

逡巡の末、新山は口を開いた。

「絵梨花様、どうかお気になさらず。石原社長は本当にお忙しくて……七緒様は補習で、奥様はそのお迎えに……」

石原絵梨花は外を見たまま、返事をしない。

しばらくして視線を引き戻し、目を閉じた。まるで「休む」と決めたらそれで終わり、とでも言うように。

一時間後。

車は別荘の前で止まった。新山が急いで降り、ドアを開ける。

「絵梨花様、こちらが石原家でございます」

石原絵梨花は車を降り、顔を上げて邸宅を見た。

その瞳に、ようやく僅かな揺らぎが生まれる。

――当然だ。ここが石原家であることくらい、忘れるはずがない。

彼女は五年前、失踪した。

十三歳のあの日、人攫いに連れていかれたのは、この別荘の門の前。ひとりで待っていた時だった。

十八歳で戻ってきた今も、彼女は同じ場所にひとりで立っている。迎える家族は、いない。

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