紹介
あの子が現れたその日、私は『偽物の娘』として家を追い出された。
渡されたのは、わずかな小銭と地方行きの片道切符だけ。
さらに婚約者は私をゴミのように捨て、その日のうちに『本物』であるあの子にプロポーズした。
……上等じゃない。せいぜい勝った気でいればいいわ。
だって彼らは、私の【本当の顔】を何一つ知らないのだから。
名門病院が見放した命を救う『天才外科医』。
オークションで数億円の値を叩き出す『伝説の画家』。
裏社会の闘技場で無敗を誇る『影の女王』。
そして――彼らの全財産すら小銭に思えるほどの『真の巨大財閥の後継者』であることを。
今さら元婚約者が土下座で許しを請おうと、本物の娘が嫉妬で狂いそうになろうと、もう遅い。
かつて私に婚約破棄の書類を叩きつけた冷酷で傲慢なCEOでさえ、今や何かに取り憑かれたように私を追い回し、「もう一度だけチャンスをくれ」とすがりついてくる始末。
私を捨てて、自分たちの人生を『アップグレード』したつもり?
笑わせないで。最初から、圧倒的に上の存在だったのは私のほうよ。
チャプター 1
スーツケースが、新田水紀の目の前に置かれた。
「お前、実の親と離れて長かっただろ。父さんも……これ以上は引き留めない」
新田中尾はそう言いながら、瞳の奥にわずかな痛みを滲ませた。数か月前――見知らぬ番号からかかってきた一本の電話。相手は、新田水紀の実母だと名乗った。
そこから紆余曲折を経て、新田家は“本当の娘”新田真乃を取り戻した。
新田中尾は小さく息を吐く。
「お前が帰るのは茂峰町だったな。あそこは山道が悪い。遅くなると物騒だ」
水紀の実家は貧しく、家族はしょっちゅう食べるものにも困っている――そんな噂まで耳に入っていた。そんな相手に絡まれたら、面倒が増えるだけだ。
「父さんは送らない」
あの連中に顔を見られて、たかられるのは御免だった。
新田水紀はゆっくり立ち上がり、目の前のスーツケースを見下ろす。表情は驚くほど静かだ。
「荷物はいらない」
そう言い捨てて、踵を返す。
だが裏庭へ出たところで、母の山崎和美に行く手を塞がれた。抜け目ない視線が、上から下まで品定めするように水紀をなぞる。
「あなたが行くところ、貧乏なんでしょう。このコートは目立ちすぎるわ。噂される。脱いでいきなさい、あなたのためよ」
山崎和美が国際的なデザイナーに特注したコートだ。宝石の装飾だけで目が眩むほどの価値がある。三浦家との縁談で“格”を誇示するため、無理をして仕立てたもの――それを持ち出されたら、損どころではない。
返事も待たず、手が伸びてくる。
「自分でやる」
新田水紀は半歩退き、コートを脱いだ。
棚に掛かっていたから、何も考えず羽織っただけだ。まさか十八年間“母さん”と呼んだ女に、盗人を見る目で見られるとは。
「水紀、向こうへ行ったら大人しくしなさい」
山崎和美は自然に水紀の手を取り、心配しているふりをしながら袖口をそっと引き上げた。手首に何もないと分かると、ようやく息をつく。
「次はどこを探すの」
新田水紀は冷たく見返し、両手を上げて投げやりに言った。
「いっそ全部ひん剥いて確認したら? 私がどんな宝物をくすねたか、ね」
山崎和美の顔が青くなったり赤くなったりする。図星を刺された焦りが、怒りへ変わった。
「新田家が何年あなたを育てたと思ってるの! 養育費を請求しないだけありがたく思いなさい。何その態度!」
「そっちがその態度なら、私も同じ」
新田水紀は一歩も引かない。
山崎和美は胸を上下させ、手を振り上げた。だが――
その手首を、水紀がぴたりと掴む。
「もう、私を叩く資格はない」
昔は何度も、山崎和美の平手を受けた。
「この不孝者!」
山崎和美は力任せに引こうとするが、びくともしない。
――なに、この子……いつからこんな力が……!
「――ッ!」
ぱぁん、と乾いた音。
頬が裂けるように痛んだ。水紀が我に返ると、目の前に新田中尾が立っていた。容赦のない平手打ち。
「十八年育てた母親に手を上げるとは! 何のために育てた!」
水紀の意識は山崎和美に向いていて、新田中尾が近づいたことに気づかなかった。頬が熱く焼けるように痛む。だがここは新田家。今は勝ち目がない。
腫れた頬を押さえ、水紀は氷みたいな声で言った。
「この一発、いつか必ず返す」
そう言って背を向ける。
去り際、裏庭の薔薇畑に名残惜しそうに目を向けた。祖母が重い病に伏す前、水紀のために植えてくれたものだ。薔薇のように美しく、尽きぬ愛を受けるように――そう願って。
ここに残る、唯一の未練。
本当は最後に剪定していくつもりだった。もう、叶わない。
そのとき、淡いピンク色の――爪先までダイヤが埋め込まれたハイヒールが、ゆっくり花園へ踏み入った。咲き誇る薔薇を踏みつけ、ぐり、と土へ捻じ込む。
「お姉ちゃん」
新田真乃が、気品あるプリンセスドレスで立っていた。隣には三浦家の若様、三浦亮治。
――かつて新田水紀の婚約者だった男。
「パパ、どうしてお姉ちゃんに手を上げるの?」
真乃が甘えるように言う。
「お姉ちゃんだって、急にお金持ちから貧乏に落ちるんだもん。悔しいのは当然だよ。うちは名家なんだから、もっと広い心でいなきゃ」
蜜のような声に、新田中尾の気分は上向いた。真乃を見る目に、愛おしさと誇らしさが混じる。
「お前は本当に立派だ。あいつに何年も令嬢の座を奪われていたのに庇うなんて。これこそ新田家の娘だ、度量も優しさもある!」
褒められた真乃は、謙虚に微笑む。
「お姉ちゃん、気にしないで。私が代わりにちゃんとパパとママに親孝行するから」
水紀はその薄っぺらさに付き合う気はない。冷たく言った。
「私の花、踏み荒らした」
「うちの花でしょ?」
真乃は勝者の笑みを浮かべる。
「ここ、ラベンダーに変えるつもり。紫の海って素敵じゃない? 薔薇って、ちょっと俗っぽいし」
品がないと言っているのと同じだ。
「それはおじいちゃんが植えた」
水紀は低い声で言う。
「あなたに変える権利はない」
祖父は新田家の大半の事業を握っている。新田中尾も山崎和美も逆らえない存在だ。
つまり水紀は、真乃に突きつけたのだ。――お前には権限すらない、と。
真乃の表情が陰る。拳をきつく握りしめた。
水紀が去ろうと背を向けた瞬間、真乃は覚悟を決めて数歩追い――口では大らかに言う。
「お姉ちゃん、外まで送るよ」
階段を降りる水紀に寄り添い、真乃は視線を鋭くし――そっと体当たりして突き落とすつもりだった。
だが。
水紀は、その動きを読んでいた。
真乃がぶつかってきた瞬間、水紀は身を引く。真乃は空振りし、勢いを止められないまま――ごろごろ、と階段を転げ落ちた。
プリンセスドレスは一瞬で土にまみれ、可憐な頬には赤い筋が走る。
痛みに顔を歪め、髪を整えようとして――指先に血がついた。
美を何より愛する真乃の胸は、憎悪で満ちた。水紀を睨みつける。
だが口を開く前に、駆けつけた両親の姿が視界に入る。真乃は瞬時に弱々しい表情へ切り替え、涙を溜めて叫んだ。
「パパ! ママ! 私、お姉ちゃんを送ってあげようとしただけなのに……階段から突き落とされた! お姉ちゃんが悔しいのは分かるけど、私に当たらないで……!」
泣き声は大きく、山崎和美の胸はぐちゃぐちゃにかき乱される。娘を抱き起こしながら、水紀を見る目は憎悪に燃えた。
「この蛇蝎の女! 山に送られて当然よ! 今日、真乃に何かあったら、ただじゃおかない!」
そこへ三浦亮治も駆け寄ってくる。真乃の傷を見た瞬間、顔が硬く沈んだ。
「新田水紀! お前がこんな卑怯な人間だなんて、今まで気づかなかった!」
「亮治兄さん……」
真乃は三浦亮治の胸にすがり、哀れに泣く。
「顔が……すごく痛い……」
男の庇護欲が一気に燃え上がる。三浦亮治は水紀を仇でも見るように睨みつけた。
「今日は新田水紀を帰すな! 真乃が顔に傷を残したら、最後まで責任を取らせる!」
最新チャプター
#286 第286章 盛大な結婚式(2)
最終更新: 8/1/2026#285 第285章 盛大な結婚式(1)
最終更新: 8/1/2026#284 第284章 夢がかなう
最終更新: 8/1/2026#283 第283章 絶望
最終更新: 8/1/2026#282 第282章 お願いだから諦めて
最終更新: 8/1/2026#281 第281章 彼女は諦めない
最終更新: 8/1/2026#280 第280章 反撃を続ける
最終更新: 7/31/2026#279 第279章 真相
最終更新: 7/31/2026#278 第278章 ひどい目に遭う
最終更新: 7/31/2026#277 第277章 生配信
最終更新: 7/31/2026
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死に戻り真令嬢の復讐 ~偽りの家族も血の兄も要りません
破滅を経て死に戻った結衣は、人が変わったように冷徹になる。もう二度と、あの愚かな兄たちのために心を痛めたりはしない。
しかし、冷遇し始めた途端、兄たちの態度が一変する。
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「俺の誤解だったんだ……」と苦悩する医師の次男。
「頼む、やり直させてくれ!」とプライドを捨てて乞うトップスターの三男。
「俺の妹はお前だけだ!」と泣きじゃくる不良の四男。
だが、結衣の答えはひとつだけ。
「みんな、失せて」
復讐と無関心を胸に、彼女は一人の男性の手を取った。
「宮本景太。今日からあなただけが、私のたった一人の『お兄ちゃん』よ」
――しかし、彼女の本当の身分が明かされた時、今度は血縁関係のある「実の兄たち」が押しかけてきて――!?
「『唯一の兄』だと……? じゃあ、俺たちはお前の何なんだ!?」
妻が去り、妊娠を知った俺は、ただ泣き崩れるしかなかった
しかし、結婚して5年後、彼は離婚を切り出した。その時初めて、彼の想い人が私の父の隠し子(私の異母兄弟)だと知った。
離婚を決意した七海だったが、その時にまさかの妊娠が判明した。
家族の縁を切った日、兄たちはすべてを失った
公平を期すという名目のもと、兄たちは彼女からリソースを根こそぎ奪い、その尊厳を踏みにじってまで、運転手の娘を支えた。
彼女は兄たちのためにすべてを捧げたというのに、家を追い出され、無残に死んだ。
生まれ変わった今、彼女は人助けの精神などかなぐり捨てた。許さない、和解しない。あなたたちはあなたたちで固まっていればいい。私は一人、輝くだけ。
兄たちは皆、彼女がただ意地を張っているだけだと思っていた。三日もすれば泣きついて戻ってくるだろうと高を括っていたのだ。
だが三日経ち、また三日経っても彼女は戻らない。兄たちは次第に焦り始めた。
長兄:「なぜ最近、こんなに体調が悪いんだ?」――彼女がもう滋養強壮剤を届けてくれないからだ。
次兄:「会社のファイアウォールは、なぜこうも問題ばかり起こす?」――彼女がメンテナンスに来なくなったからだ。
三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
六兄:「なぜチームが負けた?」――彼女が脱退したからだ。
兄たちは地に膝をついて許しを請うた。「戻ってきてくれ。俺たちこそが、血を分けた本当の家族じゃないか」
彼女は絶縁状を兄たちの顔に叩きつけ、冷ややかに笑った。
「車が壁にぶつかってから、ようやくハンドルを切ることを覚えたのね。株が上がってから、ようやく買うことを覚え、罪を犯して判決が下ってから、ようやく悔い改めることを覚えた。残念だけど、私は――許さない!」
精神病院で怪物マフィアのペットになった私、鎖に繋がれて半径3メートルからの外出禁止なんて聞いてない!
しかし、待っていたのは地獄だった。
全身に返り血を浴びたかのような凶悪なマフィアの跡取り――その「ペット」として生きる三ヶ月の契約。
半径3メートル、鎖の届く範囲が私の世界のすべて。
夜、彼のベッドで丸まり、その腕の中に囲われる時、私は狂いそうなほど心地よい「支配」を感じてしまう。
私を襲った囚人を素手で制圧する彼の狂暴さは、私への独占欲の裏返し。
「お前は俺から逃げられない」
そう囁く彼の唇に支配され、私は今日もまた、この鎖が解けないことを願ってしまう。
全能令嬢の帰還、家族が倒産?
父は冤罪で獄中にあり、母は病に伏せっている。
六人の兄たちも、ある者は身体に障がいを負い、ある者は無気力に沈んでいた。
そんな折、家に潜り込んでいた偽令嬢は状況を見るや否や一家を見捨てて姿を消し、さらに屋敷までも奪い取ろうとしていた。
世間は夏川家を「落ち目の負け犬」と嘲笑い、皆がこぞって踏みにじる。
紅蓮が静かに一声を発すれば、暗部より無数の異能の士たちが姿を現し、形勢は一瞬にして逆転する。
父は無実のまま出所し、母は健康を取り戻し、廃人同然だった長兄は再び己の足で歩き出し、残る五人の兄たちもまた紅蓮の導きによって各々の才覚を花開かせ、やがて各界を牽引する大物へと成り上がっていく。
しかし、そんな彼女を指さして嘲る者がいる。
「夏川紅蓮は地味で野暮ったい田舎者だ」と。
何を隠そう、彼女は無数の隠された顔を持つ存在。
神医の令嬢も彼女なら、国画の大家も彼女。
伝説のハッカーも彼女なら、正体不明の謎の女優も彼女。
そして、暗部を統べる首領さえも——彼女なのだ。
そんな折、頂点に君臨する名門の若様が、彼女をそっと腕のなかに抱き寄せた。
「誰が彼女を田舎くさい地味女だと言った? 彼女こそ、俺・諏訪淳行の婚約者だ」
紅蓮が流し目をひとつ送る。
「婚約、破棄しなくていいの?」
「しない」
彼が長いあいだ追い求めてきた決して手の届かない高嶺の花こそが、いま腕のなかにいる婚約者なのだ。
解消などありえない——この婚約は、死んでも解消しない。













