21回も振ってきたくせに、今になって泣きついてきた

21回も振ってきたくせに、今になって泣きついてきた

渡り雨 · 完結 · 20.0k 文字

387
トレンド
406
閲覧数
3
追加済み
本棚に追加
読み始める
共有:facebooktwitterpinterestwhatsappreddit

紹介

21回。

私と黒豹族の領主ケィル・ナイトシェイドが、番(つがい)の契約を結んでは破棄した回数だ。

私たちの相性が悪かったからではない。

数ヶ月おきに、彼の「高嶺の花」であるセラフィーンが療養院から戻ってくるからだ。

「あいつは俺を庇って両翼を失い、精神を病んでいる。番の刻印(あかし)を見れば発作を起こしてしまうんだ」彼はそう言った。「俺はあいつに命の借りがある」

だから私は刻印を消し去り、契約書を燃やし、私たちが結ばれたことなど一度もないかのように振る舞わなければならなかった。

1回目。私は泣いて縋り、やめてほしいと懇願した。しかし彼は苛立たしげに私の頬を張り飛ばし、こう吐き捨てた。「いい加減にしろ。あいつが療養院に戻れば、また結び直してやるから」

13回目。二人を酒場まで尾行した私は、彼が彼女の失われた翼の痕にそっと口づけするのを見てしまった。堪えきれずに踏み込んで問い詰める私を、彼は容赦なく張り倒し、魔法の磔台(はりつけだい)に丸7日間も繋ぎ止めた。

契約、焼却、刻印の消去。それは決して覚めることのない悪夢のようだった。

そして、21回目。

領主の館で突如として大火災が発生した。私とセラフィーンは別々の部屋に取り残された。黒煙が立ち込め、猛火が荒れ狂う中、ケィルが救えるのはどちらか一人だけだった。

「ケィル……」私は窓辺に這いつくばり、掠れた声で叫んだ。「私、妊娠してるの……助けて……」

彼は黒豹の姿へと変化(へんげ)し、迷うことなくセラフィーンの部屋へと駆け出していった。

30分後、私は護衛の者たちによって瓦礫の中から引きずり出された。背中には広範囲の重度の火傷、気道は灰で塞がり、そして下腹部の下には、赤黒い血だまりが広がっていた。

お腹の赤ん坊は、失われた。

一方、ケィルは無傷のセラフィーンを抱きかかえ、安全な場所に立っていた。火の手が上がってから私が救出されるまでの間、彼はただの一度も、こちらを振り返りはしなかった。

21回目の契約破棄は、私から申し出た。

今回ばかりは、もう二度と結び直すことはない。

チャプター 1

ノラ視点

「契約を解きましょう」

 退院して最初の日、血判を押した『契約解除書』をケィルの前へすっと差し出した。

 ケィルは銀の刃を拭っていた――幾多の敵を斬ってきた、あの武器だ。手元がぴたりと止まり、彼は顔を上げる。金色の瞳に、戸惑いが走った。

「……何だと?」

「契約解除よ」私は淡々と繰り返す。

「セラフィーンが明後日戻ってくるんでしょう?」

 彼の視線が、羊皮紙に残る私の血の印へ落ちる。喉仏がわずかに上下し、彼は銀刃を掴むと掌をすっと切った。血が契約書へ滴り、紙は一瞬で吸い込み、濃い紅の符文へと変わる。

 セラフィーン。彼の、高嶺の花。

 七年前、彼を救って窮地から逃がすため、敵に金鷲族が誇る双翼を潰された。医師は言った。精神が脆く、伴侶の印を見れば発作を起こす、と。

 だから彼女が療養院から戻るたび、私は消える。契約を解く。印を消す。

 ――二十一回目。

 ケィルは暖炉へ歩み寄り、契約書を放り込んだ。炎が一瞬でそれを呑み込む。

 胸の奥が、きりりと痛む。

 伴侶の契約が断たれる感覚――魂を繋いでいた細い糸を、刃物で生々しく断ち切られるみたいに。

 私は目を閉じ、奥歯を噛み締めた。

「今日はずいぶん素直だな」ケィルは灰になっていく紙を見て、満足そうに頷く。

「やっと分かったか」

 ふと、彼が動きを止めた。次の瞬間、私の左手首を掴む。

 新しい傷痕が、くねくねと這っていた。死んだ蛇みたいに歪んだ線。まだ滲む血と、不自然に赤い縁。

「これは……」ケィルが眉を寄せる。

「伴侶の印」私は言う。

「セラフィーンのために、今回は先に消したの」

「正気か!」彼が低く怒鳴った。

「印の抹消は、契約解除から三日待つのが決まりだ! そんなことをしたら――」

「どうなるの?」私は静かに見返す。

「痛む? 命に関わる?」

 そっと手を引き抜く。

「全部知ってる。でも、セラフィーンはこの前、印を見ただけで気を失ったでしょう?」

 ケィルの顔色が変わった。

 十五回目の解除のとき。セラフィーンが私の手首の印をちらりと見て、その場で崩れ落ちた。ケィルは激昂し、私がわざと刺激したと言い張った。そして私を火の檻へ投げ込んだ――魔法の炎で編まれた檻。殺しはしないが、皮膚の一寸一寸が裂かれるように痛む。

 私はそこで丸一日閉じ込められた。全身が熱で真っ赤に染まり、高熱で声も出なかった。

 通りかかった一族は、誰一人として私を見ない。水一口だってくれない。

 嫌われているからだ。私は人間で、獣の姿も力もない。領主の伴侶になる資格がない。

「好きに痛い目を見るがいい」彼は鼻で笑う。

「俺は止めん」

 私は背を向けて荷造りを始めた。五年の間に、この家を出入りしたのは二十回。毎回これが最後だと思って、毎回どこかで期待してしまった。

 でも今は、ただ逃げたい。

「ノラ」ケィルが苛立った声で呼ぶ。

「聞いているのか?」

「うん」私は服を畳み続け、顔すら上げない。

「三週間後にセラフィーンが療養院へ戻る。そのときまた契約を結ぶ」彼はドア枠にもたれ、腕を組む。

「それまでどこにいる?」

「ライラのところ」

「お前のエルフの友人か?」彼の目がすぐに鋭くなる。

「いつまで?」

「三週間」スーツケースのファスナーを閉め、私は彼を見た。

「あなたはセラフィーンに付いているんでしょう?」

 彼は目を細め、首筋の筋肉が張り詰めた。

「大人しくしろ」冷えた声で釘を刺す。

「昔みたいに騒ぐな」

 私は彼を見つめる。

 五年前の氏族祭典。彼は私を抱き寄せて高台に立ち、皆の前で宣言した――

「こいつは俺の伴侶だ」。そのときの瞳には、狂おしいほどの独占欲が燃えていて、私は自分が必要とされているのだと錯覚した。

 今、彼の目にあるのは苛立ちだけ。

「しないよ」私は淡々と言った。

「邪魔にはならない」

 ケィルは数秒私を見てから、わずかに表情を緩める。

「ならいい。セラフィーンが戻ったら埋め合わせを――お前、ずっと星月舞踏会に行きたがっていただろ。礼服を用意させる――」

「いらない」

 ケィルの眉が跳ね上がり、眼差しが一瞬で刃になる。

「どういう意味だ?」

「言葉どおり」胸の中が穴みたいに空っぽで、私はただ見返した。

「埋め合わせなんて要らない」

「ノラ」彼の声がぐっと低くなる。顎が硬く引き締まった。

「また拗ねて何をするつもりだ?」

「してない」

「ならその態度は何だ」彼が一歩詰める。圧が、肌にぶつかった。

「あの日の火事のことを、まだ根に持っているのか?」

 私は彼を見つめ、喉がきゅっと縮む。

 流産してから、彼は一度も私に痛かったかと聞かなかった。

 ただ、どうしてセラフィーンを選ばなければならないのかを何度も説明した。理由さえ正しければ、子どもを失うことも当然だと言うみたいに。

「それに、あの子どものことだが――」彼は言葉を切り、氷みたいな声になった。

「わざと孕んだんだろ。子で俺を縛るつもりか? ノラ、そんな小細工は最初から見えている」

 心臓が、握り潰された。

「……たぶん、あなたの言うとおり」私はかすかに言い、スーツケースの取っ手を掴んだ。

「身の程知らずだった」

 彼が反応する前に、私はそのまま出ていった。


 車がナイトシェイド領を抜ける。

 バックミラーの中で、あの建物群が遠ざかっていく――黒い尖塔が黄昏の空を突き刺し、入口には石彫の黒豹がうずくまり、金の獣眼が冷たく去る車を見送っていた。

 かつて、そこが帰る場所だと思っていた。

 今なら分かる。ただの豪奢な檻だった。五年も私を閉じ込めた檻。

 胸の空洞が、じわじわと広がっていく。少しずつ、内側を削り取られるみたいに。

 でも、もう痛くない。

 痛みに浸かりすぎて、とっくに麻痺してしまった。

 私は通信用の水晶を取り出し、わずかな魔力を流し込む。水晶がほのかに灯った。

 三拍ほどで、繋がる。

 向こうから聞こえたのは、低く落ち着いた女の声。古く、揺るがない力を帯びている。

 私は目を閉じ、震える声で呼んだ。

「お母さん……」

 沈黙。

 水晶のかすかな唸りだけが続く。

「私だよ。ごめんなさい」五年前の、失望した顔がよぎる。目の奥が熱くなった。

「……帰りたい。家に」

最新チャプター

おすすめ 😍

殺されたので戻りましたが、元夫の宿敵に執着されています

殺されたので戻りましたが、元夫の宿敵に執着されています

16.2k 閲覧数 · 連載中 · しらとり ちおり
前世で自分を殺した夫から逃れるため、必死の思いで飛び込んだ部屋。
そこにいたのは、あいつの最大最凶の「宿敵」だった――。

上半身裸の彼に壁へと押し付けられた私は、耳元でその低く甘い声を聴く。
「他の女たち?……どいつもこいつも、もっと優しくしてくれって泣いて縋ってくるがな」

ただの一時しのぎのはずだった。なのにその夜を境に、この危険な男は私に執着し、決して離そうとしない。

前世の夫への復讐を誓い、罠を仕掛けた「復讐劇」の舞台が間近に迫る中。
不敵に微笑む彼は、本当に式場をぶち壊しに現れるつもりなのだろうか――?
マフィア姫の帰還

マフィア姫の帰還

36.6k 閲覧数 · 完結 · Tonje Unosen
タリアは何年ものあいだ、母と義理の妹、そして継父と暮らしてきた。だがある日、ついにそこから逃げ出すことに成功する。

ところがその直後、自分にはまだ外に家族がいるのだと知る。そして本当に自分を愛してくれる人たちが大勢いることも――そんなものは今まで感じたことがなかった。少なくとも、彼女の記憶にあるかぎりでは。

タリアは人を信じることを学ばなければならない。新しくできた兄たちにも、ありのままの自分を受け入れてもらわなければならないのだ。
転生して、家族全員に跪いて懺悔させる

転生して、家族全員に跪いて懺悔させる

319.2k 閲覧数 · 連載中 · 青凪
婚約者が浮気していたなんて、しかもその相手が私の実の妹だったなんて!
婚約者にも妹にも裏切られた私。
さらに悲惨なことに、二人は私の手足を切り落とし、舌を抜き、目の前で体を重ね、そして私を残酷に殺したのです!
骨の髄まで憎い...
しかし幸いなことに、運命の糸が絡み合い、私は蘇ったのです!
二度目の人生、今度は自分のために生き、芸能界の女王になってみせる!
復讐を果たす!
かつて私をいじめ、傷つけた者たちには、十倍の報いを受けさせてやる...
社長、突然の三つ子ができました!

社長、突然の三つ子ができました!

259.9k 閲覧数 · 連載中 · キノコ屋
五年前、私は継姉に薬を盛られた。学費に迫られ、私は全てを飲み込んだ。彼の熱い息が耳元に触れ、荒い指先が腿を撫でるたび、震えるような快感が走った。

あの忌まわしい夜から逃げるように去った私だったが、ほどなくして三つ子を妊娠していることに気付く。

五年後、医療界の新星として戻ってきた私は、継母、継姉、実の父へ全ての仕返しを誓う。

その時、彼が現れた。三人の小さな自分そっくりの顔をじっと見つめながら、優しく「パパ」と呼ぶよう子供たちを誘う彼。

ふとシャツのボタンを外し、悪戯っぽく笑って言った――

「どうだい、あの夜の熱をもう一度味わってみないか?」
天才調香師の復讐

天才調香師の復讐

54k 閲覧数 · 連載中 · 文机硯
私は間違った相手に感情を注いでしまい、クズ野郎とあの裏切り者の女に利用され、彼らは私の仕事の成果まで奪おうと企んでいました。

私は冷笑を浮かべ、そのクズへの復讐を誓いました。

私はある競合会社と契約を結びました。驚いたことに、その会社のCEOは異常な条件を出してきました——私と結婚しなければならないというのです!

それ以来、私はクズを打ち負かし、彼は私を愛おしく大切にしてくれました...実は彼は長年、密かに私のことを想い続けていたのでした。
舐めるつもり?なら、思い知らせてあげる

舐めるつもり?なら、思い知らせてあげる

23.8k 閲覧数 · 連載中 · 桜井 ゆい​
18年間、自分が実の娘でないとは知らずに生きてきた。ある日、荷物をすべて玄関の外に放り出され、街角に立ち尽くす私の前に現れたのは、噂では極貧だという「生家」から迎えに来た、見たこともない「兄」。

ところが、その兄が乗ってきたのはトラクターだった。

ガタガタと揺れるトラクターがたどり着いた先は、まるで古城のような大邸宅。そこで私は思い知る。本当の家族のもとに引き取られた私は、貧しくなるどころか、前よりずっと裕福になっていたのだ。

……だが、ちょっと待ってほしい。なぜ私には突然、婚約者というものが存在するのか。しかもその相手は、私の大学の教授だという。誰か、説明してくれないだろうか。
地獄の淵で誓った「死」の宣告――裏切り者たちへのレクイエム

地獄の淵で誓った「死」の宣告――裏切り者たちへのレクイエム

3.5k 閲覧数 · 連載中 · 南宮
夫は私を病院へ放り込み、愛人と笑い、娘を飢えさせた。
雪の中で凍え死にかけた私を救ったのは、復讐の代行者。
「選べ。彼らを許すか、地獄へ送るか」 私の答えは決まっている。
膝をついて泣き言を漏らす夫を見下ろしながら、私は冷たく微笑む。
罪を償う時間よ。地獄の火よりも熱い、復讐の始まりを教えるわ。
離婚後、奥さんのマスクが外れた

離婚後、奥さんのマスクが外れた

316k 閲覧数 · 連載中 · 来世こそは猫
結婚して2年後、佐藤悟は突然離婚を申し立てた。
彼は言った。「彼女が戻ってきた。離婚しよう。君が欲しいものは何でもあげる。」
結婚して2年後、彼女はもはや彼が自分を愛していない現実を無視できなくなり、過去の関係が感情的な苦痛を引き起こすと、現在の関係に影響を与えることが明らかになった。

山本希は口論を避け、このカップルを祝福することを選び、自分の条件を提示した。
「あなたの最も高価な限定版スポーツカーが欲しい。」
「いいよ。」
「郊外の別荘も。」
「わかった。」
「結婚してからの2年間に得た数十億ドルを分け合うこと。」
「?」
私が囲っている億万長者

私が囲っている億万長者

2.3k 閲覧数 · 連載中 · ほしの ちなつ
私はただ、心の痛みを紛らわせたかっただけ。

彼は息を呑むほど美しく、落ちぶれていた。夫の裏切りがもたらした傷が完全に癒えるまで、彼をそばに置いておくつもりだった。

お金で彼の付き添いを買い、すべてのルールを私が決め、すべてを完全に掌握しているつもりだった。

けれど、私の隣で横たわるこの男の正体は、彼が語ったものとはまるで違っていた。

魅惑的な笑顔と抗いがたい容姿の下に隠されていたのは、仇敵から身を隠す億万長者の素顔だった。

今や彼は、私の生活に、私のベッドに、そして私の心に――完全に絡みついている。

身を引くことは、彼のそばにいることよりも、もっと危険かもしれない。
妻が去り、妊娠を知った俺は、ただ泣き崩れるしかなかった

妻が去り、妊娠を知った俺は、ただ泣き崩れるしかなかった

470.8k 閲覧数 · 連載中 · 蛙坂下道
鈴木七海は、中村健に好きな人がいることをずっと知っていた。それでも、彼との結婚を選んだ。
しかし、結婚して5年後、彼は離婚を切り出した。その時初めて、彼の想い人が私の父の隠し子(私の異母兄弟)だと知った。
離婚を決意した七海だったが、その時にまさかの妊娠が判明した。
夜に沈む

夜に沈む

6.8k 閲覧数 · 連載中 · 洛陽柱
初恋の相手は、百万ドルと引き換えに私を捨てた。そうして私は、望まぬ政略結婚へと追いやられた。

あれから五年。彼が再び私に会おうとした、その時——夫がそのすべてを知ることになる。
監禁から1年、捨てられた令嬢は元婚約者の叔父を娶る

監禁から1年、捨てられた令嬢は元婚約者の叔父を娶る

65.4k 閲覧数 · 連載中 · 鈴木楓花
監禁から1年。ようやく帰宅した今井心晴を待っていたのは、変わり果てた日常だった。
家族は心晴を探そうともせず、あろうことか姉の今井優奈のために盛大な誕生日パーティーを開いていた。
しかも、その横には心晴の元婚約者の姿が……二人は婚約していたのだ。
しかし、心晴はただの被害者ではなかった。
彼女は人知れず巨額の資産と強大なコネクションを築き上げていたのだ。
真実を知った心晴は、復讐の狼煙を上げる。
彼女が選んだ新たなパートナーは、なんと元婚約者の叔父だった。
「これからは私のことを『おばさん』と呼ぶのよ、優奈!」