天使の姉と魔王の妹

天使の姉と魔王の妹

渡り雨 · 完結 · 26.6k 文字

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紹介

交通事故に遭った私と姉は、一緒に異世界へ転生した。しかし、姉はどうやら前世の記憶を失っているらしい。

この世界で、姉は生まれながらにして【天使の血脈】に覚醒し、その後も驚異的な才能を発揮。十代という若さで、世界でも屈指のSランク冒険者へと上り詰めた。

だが、強すぎる光は深い影を生む。世間からの賞賛の裏で、姉への嫉妬は黒い渦となっていたのだ。

ある日、冒険から帰還した姉は、瀕死の重傷を負っていた。
――それは、姉と同じパーティに所属する仲間たちの、醜い嫉妬心が引き起こした悲劇だった。

「許さない……絶対に」

私は決意する。
姉のフリをして、姉を裏切ったクズ共に、地獄を見せてやることを。

チャプター 1

 意識が再び集束したその瞬間、これまでにない温もりに包まれていた。

 陽光がガラス窓を通り抜け、赤ん坊の部屋へと降り注ぐ。懸命に目を開けると、視界はまだぼんやりとしていたが、隣にもう一つ小さな存在がいるのを感じ取れた――私の姉だった。

 前世の記憶が、潮のように押し寄せる。

 私の名前は結愛、彼女は結衣。私たちは交通事故で命を落とした、双子の姉妹だった。まさか死後、異世界で新たな生を受け、しかも姉妹の関係を保ったまま生まれ変われるなんて。

「まあ!エリスが天使族の血を引いているなんて!」

 養母であるリナの驚声が、私の思考を遮った。必死に首を巡らせると、彼女が興奮した面持ちで姉さんを見つめているのが見えた。エリスの額には淡い金色の印が浮かび上がっている。それは天使の血脈の象徴であり、きらきらと輝く様は、目を離せないほど美しかった。

 リナはエリスをそっと抱き上げ、その目に喜びの涙をいっぱいに溜めていた。

「これは神の御恵みですわ!我が家に天使の血を引く子が誕生するなんて!」

 それからリナは私の方を見て、表情を一瞬で困惑へと変えた。自分の額には何もなく、特別な印など一切ないことは分かっていた。血統が全てを決定するこの世界において、私はごくありふれたただの人間の赤ん坊に過ぎない。

 でも、そんなことはどうでもよかった。エリスの桜色の小さな顔を見つめながら、心の中で静かに思う。私と姉さんは、全く異なる道を歩む運命なのだ、と……。

 それでも構わない。姉さんと一緒にいられるなら、何もかも些細なことだ。

——

 六年の歳月が、静かに流れた。

 黄昏時、私は一人で屋敷の裏庭にある魔獣の飼育エリアへとやって来た。小さな動物たちが囲いの中で戯れ、可愛らしい鳴き声を上げている。私の視線は、隅にいる一匹のスライムに注がれていた。

 これはリナが私と姉さんの慈愛の心を育むために、わざわざ用意してくれたペットだ。姉さんはいつも優しくそれを撫で、餌を与えていたけれど……私は、観察することの方に夢中だった。

 得体の知れない探求欲が、胸の内で湧き上がってくる。スライムの身体はどんな構造になっているのだろう。その魔力は、どのように流れているのだろうか。

 その好奇心は燃え盛る炎のように、ますます強くなっていった。

 私は庭の物置から小刀を一本持ち出した。スライムは危険を全く察することなく、従順な様子で私を見つめている。私の手は少しも震えず、一太刀浴びせると、透明な膠状の体液がゆっくりと流れ出した。

 なんて神秘的なんだろう。私はその内部構造を仔細に観察する。そこには細かい魔力の線が網の目のように張り巡らされ、核には微小な魔力石が煌めいていた。刀の切っ先でそっとそれを突き、部位ごとの反応を確かめてみる。

「……ヴィオラ、何をしているの?」

 姉さんの震える声が、背後から聞こえた。顔を上げると、彼女が顔を真っ青にして、目に驚愕と恐怖を浮かべながらも、必死に平静を装っているのが見えた。

「姉さん!」

 私は興奮して振り返る。

「スライムの身体構造ってすごく面白いよ!見て、ここが魔力の循環系で、こっちが――」

 言葉の途中で、私は口を噤んだ。姉さんの怯えた眼差しは、まるで何か恐ろしい怪物でも見るかのようだった。

 一瞬で、理解した。他の人の目には、今の私の行動は確かに恐ろしく映るだろう。六歳の子供が、無表情で小動物を解剖し、あまつさえ満足げな表情を浮かべているのだから。

 でも、私は本当にただ、知りたかっただけなのに……。

——

 夜の屋敷の主ホールでは、暖炉の火が揺らめいていた。

 私はスライムの残骸を興奮気味に抱えてリナの元へ走り、自分の「発見」を彼女に見せびらかそうとした。高揚する中で魔王の血脈が微かに覚醒し、得体の知れない力が血管を駆け巡る。

「母様、見て!スライムの魔力石って、こんなところにあったのよ。それに――」

 私の言葉が終わらないうちに、リナが悲鳴を上げた。彼女は私の目を恐ろしげに見つめ、後ずさりする。

 何が起きたのか分からず、私は手の中のスライムの残骸に目を落とし、再びリナへと視線を上げた。彼女の瞳に映る自分自身の姿が見えた――そこには、猩紅の双眸と、全身から溢れ出る黒い魔力をまとった私がいた。

「化け物!この化け物が!」

 リナはヒステリックに叫んだ。

「天使に魔族の血を引く妹がいるなんて!あり得ないわ!」

 彼女は、その場で気を失った。

 意識を取り戻した後、彼女は一本の革鞭を手に取り、私に向かって容赦なく振り下ろした。鞭が空を切り裂く耳障りな音を立て、私の体に重く叩きつけられる。

 一回、二回、三回……。

 奇妙なことに、私は全く痛みを感じなかった。冷めた心で彼女を見つめていると、かつてないほどの冷たい感情が胸に湧き上がってきた。

「痛いの?」

 私は平然と尋ねた。

「私、全然何も感じないのだけれど……」

 リナの手が止まり、その目には極度の恐怖の後に残された絶望が浮かんでいた。

 分かっていた。この瞬間から、私はもう彼女の娘ではなくなったのだと。

 私は、魔族の血を引く化け物なのだ。

——

 物置が、臨時の監禁室に改造された。私は隅に鎖で繋がれ、丸一ヶ月を過ごした。

 毎晩、階段から足音が聞こえてくる。それは、姉さんがこっそりと私の様子を見に来る音だった。

 今夜も例外ではない。彼女は用心深く扉を開け、手には温かい食べ物とミルクの入った小瓶を携えていた。

「ヴィオラ、ケーキを持ってきたわ」

 彼女はそう囁くと、私の隣に腰を下ろした。

 私は黙って食べ物を受け取り、夢中で口に運んだ。

 この一ヶ月間、温かく、愛情のこもった味がしたのは、姉さんが持ってきてくれる食事だけだった。

「ヴィオラ」

 姉さんは優しく私の髪を撫でる。

「あなたが魔族の血を引いていようと、私には関係ないわ。私が知っているのは、あなたが私の妹だということだけ」

「でも……みんな魔族の血は邪悪だって言うし、母様も私を怖がって……」私の声は少し震えていた。

「それが何だっていうの?」

 姉さんは意に介さない様子で手を振る。

「他人がどう思うかなんて、他人の勝手よ。私は、自分の見たものしか信じない」

 彼女は私の額にそっと口づける。

「あなたはヴィオラ。私の、一番大切な妹。それは、永遠に変わらないわ」

 その瞬間、私はこれまでにない温もりを感じていた。血統が全てを決めるこの世界で、ただ一人、姉さんだけが無条件に私を受け入れてくれる。

 姉さんを守ろう。永遠に、ずっと、守り抜こう。

 一ヶ月後、私は解放された。表向きは全てが元通りになったように見えたが、母が依然として私を恐れているのは分かっていた。彼女は私と二人きりになるのを常に避け、私を見るたびに無意識に後ずさるのだった。

 姉さんだけが、昔と変わらずに接してくれた。

 ある晴れた朝、私が姉さんの部屋を通りかかった時、侍女であるアンナの声が聞こえてきた。

「……あの化け物がやっと出てきたわね。本当に気味が悪いわ。奥様がどうしてさっさと追い出さないのかしら」

「しっ、声が大きいわ。聞かれたら面倒よ」

 もう一人の侍女が言った。

「何を怖がることがあるの?あんなの魔族の雑種じゃない。いずれエリスお嬢様を傷つけるに決まってるわ。今日の燕の巣スープには少し細工をしておいたの。エリスお嬢様が病気になれば、それを名目にあいつを堂々と閉じ込めておけるでしょ」

 私の血が、瞬時に凍りついた。こいつら、姉さんを傷つける気だ。

 他の侍女たちが去った後、私は静かに部屋へ忍び込んだ。アンナが、細工を施した燕の巣スープを盆に乗せ、エリスのベッドへと向かっているところだった。

 姉さんはまだ熟睡しており、危険が迫っていることなど知る由もない。

 私は化粧台から一本の髪簪を手に取ると、アンナが腰を屈めてスープを置こうとした瞬間、ありったけの力でその目に突き立てた。

 鮮血が飛び散り、アンナは苦痛の悲鳴を上げる。私は無表情に彼女を見つめ、それから毒の入ったスープの椀を手に取ると、ゆっくりと彼女の眼窩へと注ぎ込んだ。

「姉さんを傷つけようとする者は、これが末路よ」

 私は静かに言った。

「この……悪魔め……」

 アンナは死の間際、恐怖に染まった目で私を見つめた。

「褒美の毒入りスープよ。よく味わいなさい」私は淡く微笑んだ。

 これが、私が初めて犯した殺人だった。けれど、罪悪感など一切感じなかった。姉さんを守るためならば、私は何だってできる。

——

 地下の密室は、監禁室よりも更に深く、冷たかった。

 石造りの魔法陣が床で封印の光を放ち、分厚い鉄の扉が全ての音を遮断している。微かな照明を供給するのは、魔法水晶のみだ。

 今回ばかりは、リナは本気で私を恐れていた。

 彼女はこの恒久的な魔法陣で、私を完全に封印する決意をしたのだ。

「エリスの未来のため、こうするしかないの……」

 彼女は震える手で封印を起動させ、苦痛に満ちた目で言った。

「ヴィオラ、ごめんなさい。でも、あの子を傷つけさせるわけにはいかないの」

 私は抵抗しなかった。姉さんが無事であるなら、自分がどこにいようと構わないからだ。

 封印の光が次第に強まり、強大な力が私の魔族の血を抑えつけていくのを感じる。だが不思議なことに、血の奥底で何かが封印と共鳴しているようだった。まるで、何かを待ち望んでいるかのように。

 姉さんは毎日、私に会いに来てくれた。彼女は魔法陣の隙間から、涙を浮かべて私に語りかける。

「私が大きくなったら、必ずあなたを助け出すから」

「姉さん」

 私は拳を握りしめる。

「いつか必ず、私の力であなたを守る」

「毎日会いに来るわ、ヴィオラ。あなたのことは、絶対に忘れないから」

 暗闇の中、私は修練を始めた。

 強くならなければ。姉さんを守れるほどに、誰にも彼女を傷つけさせないほどに、強く。

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だが三日経ち、また三日経っても彼女は戻らない。兄たちは次第に焦り始めた。

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次兄:「会社のファイアウォールは、なぜこうも問題ばかり起こす?」――彼女がメンテナンスに来なくなったからだ。
三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
六兄:「なぜチームが負けた?」――彼女が脱退したからだ。

兄たちは地に膝をついて許しを請うた。「戻ってきてくれ。俺たちこそが、血を分けた本当の家族じゃないか」

彼女は絶縁状を兄たちの顔に叩きつけ、冷ややかに笑った。
「車が壁にぶつかってから、ようやくハンドルを切ることを覚えたのね。株が上がってから、ようやく買うことを覚え、罪を犯して判決が下ってから、ようやく悔い改めることを覚えた。残念だけど、私は――許さない!」
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——

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