紹介
結婚して5年。最愛の我が子のためにキャリアを捨て、家庭に尽くしてきた主人公。
しかし、夫の隣にいるのは、家族のスケジュールも、夫の心も支配するあざとい女性秘書だった。
夫からは冷遇され、秘書に洗脳された実の息子からは「お前なんてママじゃない、出ていけ!」と罵られ、物を投げつけられる日々。
すべての未練を失った主人公は、ついに1枚の離婚届を残し、一切の財産も親権も破棄して、激しい雨の中に消えた。
元夫と秘書、そして我が子は勝ち誇っていた。「彼女は自分たちの力なしでは、生きていけない哀れな女だ」と。
しかし、彼らは何も知らなかった。
彼女の正体が、各国の研究機関が巨額の資金を投じる世界最高峰の天才科学者であることを。
そして、彼女を絶望の淵から救い出し、愛のムチで甘やかす本当の実家が、彼らなど足元にも及ばない*世界を牛耳る超巨大財閥」だということを!
資金援助を打ち切って彼女をコントロールしようとする元夫の前に、主人公の溺愛兄が立ちはだかる。
「うちの妹に、二度とその汚い手を触れるな」
覚醒した天才令嬢のラグジュアリーな大逆転劇と、すべてを失ってから狂ったように妻を追いかける元夫の、絶望的な「後悔タイム」が今、幕を開ける!
チャプター 1
里香の視点
午後六時になってようやく、水原和也からメッセージが届いた。――誕生日パーティー、開始が五時に前倒しになった、と。
手元の実験を放り出し、土砂降りの雨の中へ飛び出してケーキを受け取りに行った。
宴会場の扉を押し開けたときには、長い髪はぐっしょり濡れ、雫が毛先からスカートの裾へと落ちていた。
中はすでに賑やかだった。笑い声、グラスが触れ合う音が四方から押し寄せる。人混みの向こう、中央のテーブルに目が止まった。――水原蓮が、和也とひとりの女の間に座っている。女は蓮の手を握り、その体を和也のほうへ寄せ、親しげに笑っていた。
足が止まる。
顔に貼り付けていた笑みが、ゆっくりと剥がれ落ちていく。残ったのは、骨まで染みるような冷えだけ。
あの苦しい出産の痛みは、今も鮮明だ。五年。私は丸五年、耐えてきた。それなのに――残っていた希望が、音を立てて崩れた。広がるのは底なしの絶望。
私はケーキの箱を近くのテーブルに置き、ペーパーを数枚抜き取って、濡れた髪の雫をゆっくり拭った。
黒の控えめなスクエアネックのワンピース。無造作にまとめた髪が、白鳥のような首筋を見せる。すっぴんでも、ここにいる誰にも劣らない――そう自分で思える程度には。
ほどなくして、背後でひそひそ声がした。
「……あれ、白石家のお嬢様じゃない?」
「そうそう、妊娠で迫って無理やり水原家に入り込んだ女。和也さんが言ってたわ、あんなの妻にする価値ないって」
和也と公の場に出るたび、いつもこうだ。昔なら胸が痛んだ。今は、ただ鈍い。
私はその二人へ微笑んで見せた。彼女たちは途端に気まずそうに視線を逸らした。
ケーキ箱を持ち直し、私は一歩ずつ蓮へ近づいた。
「ハッピーバースデー、宝物」
膝をついて笑いかける。
「ママ、プレゼント持ってきたよ」
けれど、さっきまで朗らかに笑っていたはずの男の子の顔に、年相応ではない嫌悪が浮かんだ。蓮は私を睨み、手にしていたフライドポテトを掴んで投げつけてくる。
「なんで来たの! 呼んでない!」
「蓮」
すぐに和也の低い声が響いた。わずかな不機嫌を含んで。
でも言ったのは、これだけだった。
「食べ物を投げるな。礼儀を忘れるな」
蓮の無礼が私に向けられたこと自体は、問題だと思っていない。
科学的に、丁寧に。五年、根気強く向き合ってきた。――それで育ったのが、この子。
私は立ち上がり、静かな声で告げた。
「蓮。私はあなたのママよ」
「里香、子どもは考えずに口から出すんだ。気にするな」
蓮と和也の間の女が立ち上がった。赤いベアトップドレス。栗色の髪が耳元に落ち、穏やかな表情を作っている。
和也の会社の秘書――石川寧々。
「さっきのはただの冗談よ。蓮に、あなたをからかってって言っただけ。真に受けないで」
柔らかな笑み。けれど瞳の奥に、露骨な挑発が見えた。
「つまり、私の息子に実母を侮辱させたのね」
私は軽く笑った。
「さすが水原グループの社員だわ」
「里香」
和也が立ち上がる。
今日は珍しく、淡いシルバーのスーツ。照明の下で目を引く。真っ直ぐな肩のラインが圧を放ち、薄い唇と深い眼差しは同じくらい冷たい。
入ってきた瞬間、彼の顔に一瞬だけ柔らかな笑みが浮かんだのを見た。――寧々に向けたものだ。私に向き直った今、いつもの無表情に戻っている。
「気分が悪いのは分かる」
彼は言った。
「パーティーの時間を変えて、事前に知らせなかった。そこは俺が悪い。だが、他人に八つ当たりするな」
寧々は彼の秘書であり、幼なじみでもあって、彼のスケジュールを握っている。私たちの生活まで、ついでに支配しているみたいに。結婚式の夜、彼女は和也に国際会議を入れ、私は寝室でひとりだった。和也は何も問題にしなかった。今回の時間変更も、彼女の手配でないはずがない。
けれど、もうどうでもよかった。
「いいわ」
顎を上げ、彼を見据える。
「ただ……少し、哀れだと思っただけ」
和也は眉をひそめたが、追及しなかった。
「こんなブサイクなケーキいらない!」
蓮がテーブル脇の箱に気づき、手のひらで叩き落とした。箱が床に落ち、クリームが派手に飛び散る。
「寧々が買ったケーキがいい!」
見上げる瞳は、寧々へ熱を帯びていた。
「そのケーキ、グルテンが入ってる」
床を見下ろして淡々と告げる。
「食べたらアレルギーが出るわ」
「大丈夫よ。私が買ったのはオールオーガニック。蓮がアレルギーなんて起こすはずないもの」
寧々は気遣うように笑った。
「プレゼント買ってきた? 限定のレーシングカーって約束したよね!」
蓮は私を強く押した。
「持ってこないなら帰れ! 役立たず! 寧々のほうがマシ!」
よろけて一歩下がり、「家族三人」から距離ができた。言葉は棘になって、狙いすましたように胸に刺さる。
「そんな態度なら、プレゼントはあげない」
すると和也が言った。
「今日は蓮の誕生日だ。子ども相手に張り合うのか。感情を子どもにぶつけるな」
淡々とした口調。悪いのは私だと言わんばかり。
彼は近づき、声を落とした。
「寧々は最近、家で色々あってな。家の温かさが必要なんだ。だから蓮のそばにいさせた。お前は不機嫌になるな」
「私が不機嫌になると分かっていて、連れてきた」
笑みの中に、皮肉が満ちた。
「和也。もし私が――寧々を帰らせるか、それとも離婚か――って言ったら、どっちを選ぶ?」
彼の表情を逃さないよう、私は視線を固定した。
驚きは一瞬だけ。すぐに硬い顔に隠され、代わりに露骨な苛立ちが浮いた。
「里香、やめろ。文句があるなら家で言え」
「やめてない。私は本気よ」
私は静かに言った。
「妻として、あなたを誇りに思った時期もあった。けど……私たちはもう無理」
離婚の話をするつもりだった。けれど寧々が近づき、甘い声が胃の奥をむかつかせた。
私は踵を返し、まっすぐ出口へ向かった。
その前に一度だけ振り返り、蓮へ告げる。
「今日から、寧々があなたのママよ」
バッグの中には、限定のレーシングカーが入ったまま。
宴会場を一歩ずつ出る。足取りは軽いのに、胸の奥では何かがゆっくり流れていた――涙なのか、血なのか分からない。
離れるのは、悲しい。けれど残れば、日々の献身と無関心の中で、心がゆっくりと腐っていくだけだ。
なら、手放そう。ここで。
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三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
六兄:「なぜチームが負けた?」――彼女が脱退したからだ。
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*****
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離婚後、奥さんのマスクが外れた
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「わかった。」
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「?」
夫と息子に捨てられた私は、幸福という名の檻を抜け出すことにした
しかし現実の結婚生活は、私を泥のような惨めな境遇へと引きずり落とした。
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離婚届に淡々と署名する二人の姿を前に、私の心は不思議と静まり返った。
「そう、それでいいわ」
最後に乾いた笑みを浮かべ、私は決別を告げる。
今日で、私たちは正真正銘の赤の他人。
知る前の夜
二日後、インターン先に足を踏み入れると、彼が社長のデスクの向こうに座っていた。
あの夜、私を喘がせた男にコーヒーを運ぶ日々。なのに彼は、まるで一線を越えたのが私のほうだと言わんばかりの顔をする。
***
始まりは賭けだった。終わりは、彼女が決して望んではならないただ一人の男だった。
ジューン・アレクサンダーは、見ず知らずの男と寝るつもりなどなかった。だが、夢にまで見たインターンを勝ち取り、その夜を祝っていた彼女は、勢い任せの無茶な賭けに背中を押され、謎めいた男の腕の中へと導かれる。熱を帯びた気配を纏い、寡黙で、そして忘れられない男。
もう二度と会うことはない――そう思っていた。
ところが初出勤の日、オフィスに入った瞬間――
彼が新しい上司だと知る。
最高経営責任者、その人だったのだ。
たった一夜、無謀に身体を重ねた男の下で働かなければならない。ヘルメス・グランデは権力者で、冷たく、そして絶対に手を出してはいけない存在。けれど二人の間に張りつめた緊張は、どうしても消えてくれない。
距離が縮まるほど、彼女の心と、二人の秘密を守り抜くことは難しくなっていく。













