紹介
生まれ変わった私は、まず王族の胸飾りを引きちぎり、抑制剤を呷った。彼が私を縛り、支配する術を――根こそぎ奪うために。
誰もが、私が膝をついて戻り、和解を乞うと信じていた。
けれど私は背を向け、死亡率八割の氷霜の北境へ足を踏み入れた。
腕を失い、顔を裂かれ、生と死の狭間で――私は白金の獅王として目を覚ます。
雪の上に跪き、涙ながらに許しを乞う彼に、私はただ一言だけ投げた。
「……お前、何様?」
チャプター 1
「出ていけ!」
濃密な黒豹のフェロモンが、天幕の中をねっとりと塗り潰す。
ケールが低く唸った瞬間、巨体の圧が私の胸を抉るように叩きつけられた。
どさり、と毛足の長い絨毯に転がる。肩に走った激痛。鋭い爪で裂かれた皮膚から、じわりと血が滲み出し、温度を失いながら流れ落ちた。
顔を上げると、発情期に呑まれて真っ赤に染まったケールの眼とぶつかる。
「その哀れっぽい目で俺を見るな、エーリア」ケールは歯を食いしばったまま吐き捨てる。
「発情期の隙を狙って俺のベッドに潜り込めば、伴侶になれるとでも思ったか? 血筋だけは立派で、中身は空っぽの馬鹿が。お前みたいなのが俺の子を産む資格なんてない。失せろ」
痛みと屈辱が絡みつき、胸の奥が焼ける。
それでも――今度は、涙は一滴も出なかった。
私は、死んで、戻ってきた。
前世の今日。ケールは成獣になってから最も危険な発情期を迎えた。越えられなければ、獣核は内側から炎に焼かれ、生殖の力を永久に失う。そこを狙うのが、同じ父を持つ異母弟レオンだ。いつでもそれを口実に、獣王の座を奪う腹づもりだった。
獅子族でもっとも高貴な王女であり、幼い頃から婚約を交わしてきた幼なじみの私――私は何もかも投げ捨てて、彼の傍に残った。
あの夜、理性を失った黒豹に翻弄され、私は朽ち木のように転がされた。
そして望みどおり、彼の子を宿した。
だが、妊娠を知って浮かれていたその日に――ウィラー。か弱い神官。ケールが心のいちばん奥に置き、届かぬ花のように崇めていた女が、荷をまとめて群れを去った。
置いていったのは、一通の手紙だけ。
ケールには後継ができた。だからもう、自分の付き添いは必要ない――そう書かれていた。
数日後、国境から凶報が届く。ウィラーが毒蛇に噛まれ、治療も叶わず死亡。
その瞬間、ケールは壊れた。
私の部屋へ踏み込み、巨大な黒豹へと変じた彼が、牙で私の喉を貫いた時の絶望――思い出すだけで息が詰まる。血が噴き上がり、懇願の言葉すら間に合わないまま、私は群れの下位獣へ投げ与えられた。
骨が噛み砕かれる音が、前世の私が聞いた最後の音。
そしてウィラー――その「死者」は、どこかの暗がりに身を潜め、私の惨状を愉しんでいた。
記憶はそこで、ぶつりと途切れた。喉の奥に、吐き気を催す鉄の味がせり上がる。
俯くと、自分の両手が震えているのが見えた。私は喉の奥で、低く笑った。笑いというより、冷えた反吐に近い。
手の甲で口端の血を拭い、そのまま立ち上がる。苦しげに喘ぐケールには、一瞥もくれない。
体内の奥底で眠っていた、獅子の荒ぶる力を呼び起こす。
「ォオオオオ――!」
天幕を震わせるほどの、鋭い獅子の咆哮。獅子王家にのみ許された呼び声であり、同時に――ウィラーへの合図だ。
私は背を向け、幕を跳ね上げる。
夜風が頬を打った。まとわりつく黒豹の匂いを、容赦なく散らしていく。
天幕からさほど離れない、焚き火の陰。
そこに、ちょうど駆けつけてきたウィラーがいた。
白いドレス。月光に濡れた銀の長髪。私の肩の血と、乱れた衣服を見た瞬間、彼女の唇がゆるく弧を描く。
周囲をさっと見回し、護衛がいないと確かめると、声を潜めて嘲った。
「まあ。高貴なエーリア王女じゃない。どうしたの? 自分から差し出したのに、ケール首領に追い出されちゃったの? 言ったでしょう、ケールにとってあなたの高貴な獅子の血なんて、何の価値もないって」
一歩、近づく。
「本当のところ、あなたは彼の中じゃ――反吐が出るほど嫌われて、唾を吐かれるような役立たずよ。ケールが愛してるのは私。あなたは最初から、余計者の笑い話でしかないの」
その偽りだらけの顔を見た途端、前世で引き裂かれ、喰われた痛みが、神経の隅々までぶり返す。
躊躇はなかった。
私の瞳孔は一瞬で細く立ち上がり、金の獣瞳へと変わる。
「――っ!」
音を立てる暇すら与えない。
ウィラーは悲鳴も出せず、私に押し倒され、地面へ叩きつけられた。片膝で胸を押さえ込み、右手で喉をがっちりと掴む。鋭い爪が、皮膚をすっと裂いた。
「は……な……して……」
ウィラーは目を見開き、ようやく瞳に恐怖が滲む。必死に身をよじるが、私の力はびくともしない。
顔を近づける。金の瞳で、冷え切ったまま見下ろした。
あと半寸力を込めれば、気管など簡単に潰せる。殺す――それは、あまりにも容易い。
けれど私は、そこで止めた。
前世の恨みを、こんな手っ取り早い終わらせ方で済ませるなんて――安すぎる。なにより、こんな塵屑のために、生まれ直した一日目を汚したくなかった。
私はゆっくりと指を離し、立ち上がる。
「よく聞け、ウィラー」
「中で発情してるあのゴミ、欲しいなら好きに拾えばいい。でも――自分の口は、ちゃんと躾けておけ」
蔑むように一瞥する。
「今のお前は、私に話しかける資格すらない」
それだけ告げて、私はウィラーの呆然とした目と、遅れて湧き上がる怨毒の視線を背に、振り返らない。
未練なく踵を返し、夜の奥へと大股で溶け込んだ。
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舐めるつもり?なら、思い知らせてあげる
ところが、その兄が乗ってきたのはトラクターだった。
ガタガタと揺れるトラクターがたどり着いた先は、まるで古城のような大邸宅。そこで私は思い知る。本当の家族のもとに引き取られた私は、貧しくなるどころか、前よりずっと裕福になっていたのだ。
……だが、ちょっと待ってほしい。なぜ私には突然、婚約者というものが存在するのか。しかもその相手は、私の大学の教授だという。誰か、説明してくれないだろうか。
冷酷非道な大物との政略結婚を強いられ、私は開き直った
ヤクザの家に生まれた宿命を恐れるあまり、私は幼馴染の周防文哉のもとへ逃げるように嫁いだ。
けれど結婚から五年――私は家畜のように囚われ、夫とその愛人に蹂躙され続けた。息絶えようとするその瞬間、最後に目に映ったのは、私の目の前で絡み合う二人の姿だった。
【転生】
再び目を開けると、婚約が公の場で発表されたあの瞬間に戻っていた。
周防文哉が愛おしそうに私を見つめ、優しく囁く。
「俺と結婚してくれ。」
次の瞬間――若きヤクザの組長が私の腕を掴み、力強く抱き寄せた。銃口は真っ直ぐ周防文哉に向けられている。
彼が、私の代わりに答えた。
「――断る」
追放された偽物の娘、その正体は最強でした
あの子が現れたその日、私は『偽物の娘』として家を追い出された。
渡されたのは、わずかな小銭と地方行きの片道切符だけ。
さらに婚約者は私をゴミのように捨て、その日のうちに『本物』であるあの子にプロポーズした。
……上等じゃない。せいぜい勝った気でいればいいわ。
だって彼らは、私の【本当の顔】を何一つ知らないのだから。
名門病院が見放した命を救う『天才外科医』。
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そして――彼らの全財産すら小銭に思えるほどの『真の巨大財閥の後継者』であることを。
今さら元婚約者が土下座で許しを請おうと、本物の娘が嫉妬で狂いそうになろうと、もう遅い。
かつて私に婚約破棄の書類を叩きつけた冷酷で傲慢なCEOでさえ、今や何かに取り憑かれたように私を追い回し、「もう一度だけチャンスをくれ」とすがりついてくる始末。
私を捨てて、自分たちの人生を『アップグレード』したつもり?
笑わせないで。最初から、圧倒的に上の存在だったのは私のほうよ。













