紹介
私は彼の人生で最も大切な女性だと思っていた。国際展示場で彼が別の女性にウェディングドレスを着せ、みんなの前で私を「関係ない人」と呼ぶのを見るまでは。
あの甘い言葉が本物だと思っていた。彼の家に忍び込んで、あの完璧な結婚計画書を見つけるまでは――新郎 松岡京介、新婦 渡辺綾香、挙式日 三か月後。
私たちに未来があると思っていた。二人が母の前に立ち、最も残酷な方法で私の七年間の幻想を打ち砕くまでは。母が私の腕の中で心臓発作を起こして倒れるまでは。
その時やっと理解した――私は最初から彼らに利用されただけだった。恋愛の練習台、企業秘密を盗むための踏み台。
でも松岡京介は知らなかった。傷ついた女性がどれほど危険な存在になり得るかを。
彼が最初の顧客を失った瞬間から、警察が彼のオフィスのドアを叩いた瞬間から、渡辺綾香が生放送で涙ながらに彼と距離を置いた瞬間から――すべて私が綿密に計画した復讐の一部だった。
最後に、彼がひざまずいて私の許しを乞うた時、私は言った。
「明日、買収契約書が届く。あなたの会社を買い取る」
これは復讐じゃない。債権回収よ。
七年間の勘定書、元本プラス利息。一円たりとも負けない。
チャプター 1
装飾用の資材が詰まった箱を引きずりながら、私はC市国際展示場の入り口へと向かった。
その後ろから、同じように興奮を隠しきれない様子の水野美紀が、弾むような足取りでついてくる。
「遥さん、今日のブースを見たら、きっとたくさんのクライアントが度肝を抜かれますよ。あなたのデザインは本当に完璧なんですから」
私は微笑みながら、無意識のうちに京介から贈られたネックレスに指を這わせた。
今日は、私と京介が二人の関係を正式に公表する日でもあるんだわ。
七年という月日を経て、私たちはついにその一歩を踏み出そうとしていた。
「B-47番ブース……ここね」
私は地図に記された場所を指差した。
だが、そこへ辿り着いた瞬間、作業着姿のスタッフに呼び止められた。
「失礼ですが、石川遥さんでしょうか?」
「はい、そうですが。何か問題でも?」
彼は気まずそうに咳払いをした。
「大変申し訳ございません、石川様。実は、クレームが入りまして、お客様のブース出展は取り消しとなりました」
「……え?」
「参加資格が展示会の要件を満たしていないという申告がありまして……。そのため、申し訳ございませんが、このブースは他の方に割り当てることになりました」
美紀が猛然と詰め寄る。
「何かの間違いですよ! 遥はC市でも指折りのウェディングプランナーなのですよ。資格がないなんてあり得ません!」
「その申告書を見せていただけますか」
私はなんとか冷静さを保ちながら言った。
スタッフが書類を差し出す。そこに記された申告者の署名を目にした瞬間、全身の血が凍りつくのを感じた。
松岡京介。
「そんな……嘘でしょ」美紀が書類をひったくる。「遥さん、これ絶対に何かの間違いですよ。だって、どうして京介さんが……」
私は何も答えられなかった。ただ、数え切れないほど見てきたその見慣れた筆跡を、呆然と見つめることしかできなかった。
「それで……今は誰がこのブースを使っているんですか?」
私はようやく声を絞り出した。
「渡辺綾香さんです。彼女の会社が急遽引き継ぐことになりまして」
本来なら私の場所となるはずだったブースへと足を向ける。遠目からでも、そこが豪華絢爛に飾り付けられているのがわかった。純白のカーテン、クリスタルのシャンデリア、至る所に散りばめられた薔薇の花弁。私が計画していたものより、遥かに金のかかった装飾だ。
そして、その光景が目に飛び込んできた。
ブースの中央には京介が立っており、ウェディングドレスを着ている金髪の女性のベールを、愛おしげに整えている。彼女は陶酔したような眼差しで彼を見上げていた。それはまさに、私が幾度となく夢見てきた光景そのものだった。
あそこにいるのは、私のはずなのに。あのウェディングドレスを着て、彼に見つめられているのは、私であるべきなのに。
「彼女こそ、C市随一のプランナーです」
京介が集まった来場者たちに説明している声が聞こえた。
「その独創性と実行力は、まさに超一流です」
膝から力が抜けた。いつか彼にそう紹介されたいと願っていた言葉。それが今、別の女性のために使われている。
私たちの到着に気づいた綾香の瞳に、勝ち誇ったような色が走る。彼女は見せつけるように京介の腕に自分の腕を絡ませた。
「京介、お客様がいらしたわよ」
その声は、胸焼けがするほど甘ったるいものだった。
京介が振り返る。私を認めても、その表情はピクリとも動かなかった。驚きも、罪悪感も、気まずささえもない。まるで赤の他人を見るような目。
「……遥か?」
「京介、ここは私のブースよ。どうしてあなたが私に対して苦情を申し立てたりしたの?」
周囲の人々がひそひそと囁き始め、好奇の視線が突き刺さるのがわかる。
「遥、これは仕事上の判断だ」
京介の声は、恐ろしいほど冷静だった。
「この展示会で我が社を代表するには、綾香の方が適任だと判断したんだ」
私は耳を疑った。
「京介、そんな……話が違うじゃない。ここは私のブースよ、私のチャンスだったのに!」
「仕事の判断は、プロとしての実力に基づいて下されるべきものだ」
彼はまるで天気の話でもするように、軽く首をかしげてみせた。
「悪いな、遥。だが、それが現実だ」
綾香は、わざとらしい同情を顔に貼り付けて一歩前に出た。
「石川遥さんでしたっけ? お気持ちはわかりますけれど、あなたにはこの規模の展示会は荷が重すぎるのではないでしょうか。もっと……身の丈に合った場所をお探しになってはいかがですか?」
私は顔から火が出るような思いだった。周囲の野次馬は増える一方で、皆がこの見世物を楽しんでいるようだった。
「部外者のせいで、せっかくの気分を台無しにすることはない」
京介は優しく綾香の手を撫でた。
「これからまだ、大勢の顧客に会わなきゃならないんだ」
部外者。
七年間の想いも、共に過ごした数え切れない夜も、捧げてきた献身も信頼も、彼にとってはただの「部外者」という一言で片付けられてしまうものなのか。
私は立ち去ろうとして、ふと足が止まった。綾香の展示テーブルの上に、ある企画書の表紙が見えたからだ。
あれは、私の企画書だ。
正確に言えば、三ヶ月前に私が京介に見せたクリエイティブ案そのものだった。テーマのデザイン、配色のコーディネート、装飾の細部に至るまで、一字一句そのままだった。
彼は私のブースを奪っただけじゃない。私の才能まで盗んで、それを彼女に与えたのね。
私は振り返り、京介の目を真っ直ぐに見据えた。
「その企画書は、私のものよ」
「何だって?」
「テーブルにある『海風』をテーマにした企画書のことよ。それは私が考えたものよ、京介」
京介の表情が一瞬揺らいだが、すぐに冷徹な仮面の下に戻った。
「仕事におけるクリエイティブの起源なんて、誰にも証明できないさ。遥、君もたまたま同じテーマを思いついただけだろう」
綾香がさらに甘い笑みを浮かべる。
「そうですね、素晴らしいアイデアっていうのは、往々にして一致するものなのですよ」
周囲からクスクスと失笑が漏れる。正当な権利を主張しているはずなのに、まるで道化師にでもなったような気分だった。
美紀が私の腕を掴んだ。「遥さん、行きましょう」
だが、私は動かなかった。七年間愛したこの男を、一生を添い遂げると思っていたこの男を見つめた。
「最初から全部計画していたのね?」
私の声は震えていたが、周囲に聞こえるだけの大きさはあった。
「ブースをキャンセルさせ、私のアイデアを盗み、公衆の面前で恥をかかせる。全部、あなたが仕組んだことなのね」
京介は首をかしげた。
「遥、考えすぎだ。これはただの仕事だよ」
「ただの仕事?」
私は乾いた笑い声を上げた。
「じゃあ私たちは? 七年間の想いも、ただの仕事だったの?」
あたりが急に静まり返った。誰もが京介の答えを待っていた。
彼は私を見た。その瞳には、一欠片の温かみもなかった。
「遥、何か勘違いしているようだが……俺たちの間に、そもそもそんな事実はなかっただろう」
その言葉は、平手打ちよりも激しく私を打ちのめした。野次馬たちのひそひそ話がはっきりと耳に届く。
じゃあ、みんなの目には、私がただの痛い妄想女に映っているわけね。
綾香の笑みがさらに深くなる。
「京介、見てあの顔。まるで本当にあなたと何かあったつもりでいるみたい」
「ああ」京介までもが鼻で笑った。「いつだって、勝手な夢を見たがる人間というのはいるものさ」
私の世界が完全に崩れ落ちた。ゆっくりと崩壊するのではない。一瞬にして粉々に砕け散ったのだ。七年間の想いも、思い出も、約束も、この瞬間、すべてがただの妄想に変えられてしまった。
美紀が私の手を強く握りしめる。「遥さん、行きましょう」
今度は、私は頷いた。もうこれ以上、ここに立っていられなかった。これ以上、この人たちに惨めな姿を晒し続けることなんてできなかった。
だか、きびすを返そうとした背中に、綾香の声が投げかけられた。
「今回のことで少しは学べるといいですね、石川さん。仕事において、世間知らずっていうのは最大の致命傷なのですよ」
私は足を止め、振り返って彼女を、そして京介を見た。
「その通りね、渡辺さん」
私の声は、驚くほど静かだった。
「確かに、多くのことを学ばせてもらいました」
私は背を向け、出口へと歩き出した。後ろから美紀がついてくる。背中に突き刺さる視線、嘲笑、そして憐れみ。
私はただ、一刻も早くこの場所から逃げ出したかった。
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天才デザイナーの私と三つ子を、大富豪は取り戻したい
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――6年後。
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しかし、悪辣な嘘に目を曇らされた知暁は、私を激しく憎み、「仇敵」として冷酷に立ちはだかる。
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だが、傷つけられた私の心はもう戻らない。私は彼の懇願を、冷徹に突き放した。
――もう遅いわ。あなたを一生、許すつもりはない。
そう誓ったはずの私だったが、予想だにしない誤算があった。
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しかし現実の結婚生活は、私を泥のような惨めな境遇へと引きずり落とした。
夫と息子にとって、私は愛人の飼い犬にさえ劣る存在でしかなかったのだ。
離婚届に淡々と署名する二人の姿を前に、私の心は不思議と静まり返った。
「そう、それでいいわ」
最後に乾いた笑みを浮かべ、私は決別を告げる。
今日で、私たちは正真正銘の赤の他人。
私が去った日
けれど最後に彼が選んだのは、私ではなく、彼の初恋の女性だった。
夫は、私の心を深く傷つけただけではない。あの女が私の大切なジュエリーデザインを盗むことを許し、さらには実の息子までも操って、私を「怪物」だと思わせた。
嘘で塗り固められた結婚生活の中で、私は少しずつ自分を失っていった。
息が詰まるような日々。愛されていると思い込んでいた時間。すべてが偽りだった。
けれど、彼らはひとつだけ間違えた。
私を、もう戻れないところまで追い詰めたこと。
私が去ると決めたあの日。
私は、最低な夫も、母親への感謝を忘れた息子も、そして彼らによって壊された過去の自分も、すべて置き去りにした。
親友の支え。そして、私の本当の価値を見抜き、才能を認めてくれたある若き実業家との出会い。
その温かな手によって、私はもう一度、自分自身を取り戻した。
失った誇りを取り戻し、眠っていた才能を開花させ、世界へ羽ばたくデザイナーとして新たな人生を歩み始めた。
今、私の作品は世界の舞台で輝いている。
一方で、かつて私を捨てた男は、跪いて許しを乞う。
「戻ってきてくれ」と。
けれど、もう遅い。
私が去ったあの日こそが、私が本当の自分を取り戻した日。
もう二度と、過去には戻らない。













